2008年6月30日 (月)

丸3年

 今日で、このブログを始めて丸3年。

 自分自身も、3歳年をとった。

 その間に新しい出会いもあったし、親しい人との別れもあった。仕事のほうはいっそう忙しくなり、本業以外の雑事も増えた。

 ブログを書くのは毎日30分程度と決めている。書くことは苦にはならないし、気分転換のつもりでいるのだが、それでも最近は日付が変わるギリギリにアップすることが多くなった。 

 このブログのことは周囲に知れ渡ってきて、定期的な訪問者も増えてきた。しかし知人の目に触れることを意識すると、どうも筆が萎える。また書きたい話題があっても、個人が特定されるとその人に迷惑がかかる。そのあたりにジレンマを感じる昨今である。

 書き始めるタイミングとしては、人生の方向性や価値観が定まってきた50歳くらいからがちょうど良かったと思う。もっと若くして始めていたら、たぶん異質のものになっていただろう。

 3年も経つと、書いている本人がすっかり忘れている記事も多い。

 読み返していて感じるのは、気持ちの入れ具合に濃淡はあるにせよ、書いたときにシロだと思ったことが、数年経ってクロに変わることはまずないということ。過去の自分の考え方に、その通りだと同調することが多い。ただし、書いたときは気持ちが強く移入しているので、あとで読むと筆の勢いを恥ずかしく思うことがある。

 明日から4年目。乞うご期待。

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2008年2月13日 (水)

雨ニモアテズ

 なぜこのブログのタイトルが『雨ニモマケズ』なのかと訊かれることがある。

 もちろん言わずと知れた宮沢賢治の詩のタイトル。特に深い意味もないが、その前時代的な生活態度が気に入って拝借している。

 半年ほど前の産経新聞のコラムで、そのパロディー版『雨ニモアテズ』というのが紹介されていた。賢治のふるさと盛岡の某小児科医が学会で披露したものらしい。

 作者不詳とのことだが、なかなか面白いので引用してみる。

 雨にもあてず 風にもあてず
 雪にも 夏の暑さにもあてず
 ぶよぶよの体に たくさん着こみ
 意欲もなく 体力もなく
 いつもぶつぶつ 不満をいっている

 毎日塾に追われ テレビに吸いついていて 遊ばず
 朝から アクビをし 集会があれば 貧血をおこし
 あらゆることを 自分のためだけ考えてかえりみず
 作業はぐずぐず 注意散漫すぐにあき そしてすぐ忘れ

 りっぱな家の 自分の部屋にとじこもっていて
 東に病人あれば 医者が悪いといい
 西に疲れた母あれば 養老院に行けといい
 南に死にそうな人あれば 寿命だといい
 北に喧嘩や訴訟があれば ながめてかかわらず

 日照りのときは 冷房をつけ
 みんなに 勉強勉強といわれ
 叱られもせず こわいものもしらず
 こんな現代っ子に だれがした

 ついでに、比較のためにホンモノも引用しておく。

 雨にも負けず 風にも負けず
 雪にも 夏の暑さにも負けぬ
 丈夫なからだをもち
 慾はなく 決して怒らず
 いつも静かに笑っている

 一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ
 あらゆることを 自分を勘定に入れずに
 よく見聞きし分かり そして忘れず

 野原の松の林の陰の 小さな萱ぶきの小屋にいて
 東に病気の子供あれば 行って看病してやり
 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
 南に死にそうな人あれば 行ってこわがらなくてもいいといい
 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろといい

 日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き
 みんなにでくのぼーと呼ばれ
 褒められもせず 苦にもされず

 そういうものに わたしはなりたい

 いかがでしょうか。今日はこれまで…

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2008年1月25日 (金)

ブログの話

 ブログはいつ書くのかと、よく訊かれる。

 正直いうと、まったく決まっていない。仕事の最中に思いついて書き始めることもあるし、夜中に目が覚めて、いきなりパソコンを立ち上げることもある。

 朝一番で書いたり、寝る前に書いたり、その日の気分任せ。ただしいつでも臨戦態勢で、アンテナは研ぎ澄ましている。通勤電車の中でも、車を運転している信号待ちのときでも、思いついたことはすぐにメモをとる。

 テーマはまったく行き当たりばったりでもなくて、多少は変化を持たせているつもり。政治・経済の話から芸能・スポーツネタまで何でもござれ。ただし仕事や家族の話題は、あまり具体的には踏み込まない。これがこの覆面ブログの限界でもある。

 ブログを始めてもうかれこれ2年半になるが、たまに古い記事を読み返すことがある。あのときはこんな感じ方をしたのだと、過去の自分と対峙するのは楽しい。ハッキリ覚えている記事もあれば、すっかり忘れている記事もある。まったく考えがブレていない場合もあるが、そうでないこともあるし、気持ちの濃淡が変化していることもある。

 強いインパクトを感じて舌鋒鋭く切り込んだ出来事でも、時間の経過で気持ちが丸く収まっている。後で読むと、何もここまで書かなくてもと苦笑することも多い。文芸作品や歌謡曲でもそうだが、風雨にさらされても残るものが本質なのだろう。

 毎日その日に感じたことを少しずつでも書き綴っていくと、ボクという人間の姿が見えてくる。

 このブログは子供たちへのメッセージでもある。いつか大人になったとき、改めて父親の生きた軌跡に触れてくれたら嬉しい。またこれを書いているボクくらいの年になって、自分の人生と重ね合わせながら読み返してくれたらさらに嬉しい。

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2007年12月18日 (火)

ブログを通じて

 以前に何度かブログのアクセス解析の話を書いたことがあるが、たいていのブロガーは自分で訪問者の分析をしている。

 アクセス経路を割り出すくらいは朝飯前。たとえばパソコンに登録したブックマークから来る場合はすぐにそれと分かるし、yahooやgoogleのような検索サイトからの訪問者なら、どんなキーワードで調べてきたのかも一目瞭然。

 自分の家を開けておいて隠しカメラをつけているようなものだ。こっそり覗きに来ても、ちゃんと足あとが残っていて、滞在時間まで分かる。しかも歩いてきたのか、電車で来たのかということまで追跡できる。

 このブログを始めてもう2年半になるが、毎日必ず決まった時間に訪問してくれる方が何人かいる。Tさんはそのひとり。いつも楽しみに読んでいると言って下さるので、こちらもそれを励みにしていた。ところがそのTさんのアクセスが10月くらいからパタっと止まった。パソコンでも買い替えたのかと思っていたが、さすがに気になって2週間ほど前にお宅に電話してみた。

 すると奥さんが電話口に出て、Tさんが脳出血で倒れて入院しておられるという。ちょうどアクセスが途絶えた時期と符合する。不吉な予感が当たって、愕然とした。

 先日病院にお見舞いに行ってきたが、最悪の事態は免れて、思ったより元気そうなので少し安心した。

 そういえば今年の7月、急にこのブログを中断したときも何人かの友達が心配してメールをくれた。IT時代の申し子のようなブログにして、このように血の通った触れ合いのツールになるということが何とも摩訶不思議である。

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2007年10月27日 (土)

ブログの話

 このブログは一般公開していない。 

 だから読者の大半は、ボクと個人的にお付き合いのある人だと思う。いちおうアクセス解析もしているから、いつ誰が読んでくれているかはだいたい分かる。毎朝きまった時間に訪問して下さる人もいるし、一日に何度も覗いてくれる友達もいる。いつも来るはずの常連客が顔を見せないと、どうしたのかとこちらが心配になったりする。まあ喫茶店のマスターみたいな心境とでも言おうか・・・

 ブログを始めたときに、ある人から個人を特定できる情報は避けたほうがいいと教わった。それはセキュリティ面での忠告だったのだが、そのときボクはそれとは別に、覆面で顔を隠してブログを書くこともなかなか面白そうだと感じていた。

 そして、それから2年4ヶ月。その方針は今も変えていない。

 しかし大半の読者にボクの正体がバレているとしたら、匿名性にこだわることにはあまり意味がないかもしれない。

 そんなことを感じつつ少し方針転換しようかと思っていたら、最近知らない訪問者が増えてきた。長いことやっていると google 検索などでも上位でヒットするようになってきたらしい。そしてそういう一見(いちげん)さんの中には自分のパソコンに「お気に入り」登録して、そこから定期訪問してくれる人もある。

 ちょっと以前とは読者層が変わってきた。近ごろは未知の新しい人たちの目に触れることをも想像しながら、キーボードを叩いている。

 逆に自分が毎日必ず訪問する他人のブログもある。たいていは知り合いや友達など。遠くで暮らしていて長い間会っていなくても、日々の動静や考えていることなどお互い手にとるように分かる。だからそんなブログの更新がしばらく途絶えると、何かあったのかと気になる。

 これからの高齢化社会で、ひょっとしたらブログの更新やアクセスが安否確認の手段になる時代が来るかもしれない。それだけパソコンというツールがわれわれの生活に浸透してきたということを改めて感じる。

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2007年9月16日 (日)

ブログな日々

 ブログを再開して2ヶ月ほど経った。

 2年も書いていると、正直言って以前に書いた内容を忘れていることがある。テーマくらいは覚えていても、どんな話だったか頭に残っていないことも多い。

 そのために、ブログのサイドバーには検索機能をつけてある。おそらくこれは、ボク自身が使うことがいちばん多いと思う。キーワードを入れて検索するとその言葉を含む記事がリストアップされるから、読み返してみるとそのときの記憶が蘇ってくる。

 生意気にも時事問題などにいっぱしの評論めいたことを書いている記事も多々あるが、あとになって読んでみると、やはり書いたときとはかなりの温度差がある。日本人は熱しやすく冷めやすい国民で、何か大きな事件が起こるといっせいにみんなそちらを向く。マスコミにあおり立てられて、ついつい自分もその熱気の中で書いていたとしたら紅顔の至り。政治や社会の出来事についての客観的な評価は、時の経過の中で定まっていくものだと改めて感じる。

 安倍さんの突然の辞任劇で日本中に激震が走ってからまだ数日。たまたまその日から読み始めた『小泉の勝利・メディアの敗北』(上杉隆)を昨夜読み終えた。

 テーマに興味を持って買ったのだが、読んでみてそのスタイルを新鮮に感じた。小泉政権発足以来の著者が書いた記事を次々と引用して、ひとつずつその記事の評価を下しているのだ。分析を誤った場合は、なぜそんな記事を書くに至ったのかを冷静に検証して、自身を含めたメディアの敗北をいさぎよく認めている。

 だいたい日本のマスコミは自分の言動に責任を持たないことが多いが、この態度は立派。
 「自らの過ちを器用な方法で取り繕うメディアであるよりも、素直に認めて謝罪するジャーナリストでありたい。利口な卑怯者と呼ばれるならむしろ、正直な愚か者でありたい。」というくだりには唸らされた。
 たまにはこのブログの古い記事を振り返って、なぜそのときそう感じたのかを考えてみることにしようと思う。

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2007年7月10日 (火)

アンコール

 ちょっと照れ臭い。

 かねてからオトコには二言はないと信じている。出処進退は自ら決すべし。辞表を書いたのに上司に説得されて翻意するなど、オトコの風上にも置けないと思っている。決めるまではいくら悩んでも構わない。しかし、いったん判断を公表したあとで、周りから意見されて初志を曲げるなど愚かなことだと考えている。まあ昔気質の頑固者、というか小心者かもしれない。

 そんな決心がちょっと揺らいだ。

 6月30日、思えばあの日は長丁場の最終日、引退公演の日だった。最後の幕が閉じて、老優は舞台を降りた。控え室に戻ってひと息ついて衣装を脱ごうとしたら、客席から万雷の拍手が聞こえてくる。老優は予期せぬ結末に驚き、舞台のソデからこっそり客席を覗いた。座ったままで帰ろうとしない観客たち。役者冥利に尽きる瞬間で、老優は逃げるようにその場を去った。

 こんな自分の演技でも楽しみにしてくれている人たちがいる。最終公演での残像が頭の隅から消えなかった。そして熟慮の末、ちょっと違う演出でとりあえず幕を開くことにした。

 これまでは、毎日短い時間でも休まずに舞台に上がり続けることが大切だと思っていた。しかしこれからはもう少し質を追い求めることにしたい。心の琴線に響いたことだけを書き記す形にしようと思う。

 更新の頻度は落ちるかもしれないが、多作よりも寡作を目ざそう。
 とりあえず今日が復活初日である。

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2007年6月30日 (土)

あとがき

 このブログを始めたのは2年前の7月1日。早いものでちょうど丸2年になる。

 もともと書くことが嫌いではないが、我ながらよく続いたものだと思う。早朝に書いたり、日付の変わるギリギリに駆け込み投稿したことも再々ならず。ノートパソコンを持ち歩いて、出張先や旅行先で書いたこともあった。

 他人(ひと)に聞かれたら、ボケ防止が目的だと茶化して答えている。でもそれはまんざらウソでもない。日常生活のなかでボンヤリと感じていることでも、文章にまとめるとなるとなかなか難しいものだ。考えを形にすることによって、頭の整理ができる。またそれをネットで発信することには、それなりの責任を伴う。

 このブログは一般公開していないので、不特定多数の読者の目に触れることはない。だから、いわゆる『荒らし』の被害を受けることもなかった。

 アクセス解析していくと、友達や同業者、クライアントなどボクの直接的な知り合いが大半である。もちろんブログというのは日記と違って、本来そういった読者を意識して書くものだ。ただこの閉鎖的なブログは、広く浅くというのではなく、狭く深くという道を選んでしまった。つまり、特定少数固定読者を対象とすることになってしまったのだ。そして誤解を恐れずに言えば、読者の顔が浮かぶことによってその人たちとのディープな関係を多少負担に感じることもなくはなかった。

 そのあたりがこのブログの限界かもしれない。

 たとえばある人と会っていろいろと感じたことがあったとする。その人が確実にこのブログの読者であるとしたら、やはりオブラートに包んだような当たり障りのない書き方になってしまう。もう一歩踏み込んで書きたいことがあったとしても、残念ながら筆が竦(すく)む。この2年の間に、そんなことを感じたことが何度かあった。

 ブログを始めた当初の目的は達したと思っている。少し充電期間を置いて、また違う形で再スタートを切りたい。これまで叱咤激励をいただいた読者の皆さんに感謝しつつ、いったんここで終了させます。またいつかどこかでお目にかかりましょう。

 長らくのご愛読ありがとうございました。  (了)

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2007年6月10日 (日)

ブログのこと

 このところ仕事が忙しかったり夜の付き合いが続いたりで、帰りが遅くなることが多い。

 そんな日は、朝早くか夕方にブログを書いてしまう。はじめは30分程度の気分転換と思っていたが、テーマによっては1時間くらいかかることがある。

 今月末でこのブログを始めてちょうど2年になる。当初からなるべく仕事には関係のないテーマを幅広く選んで、職業や住所など自分自身を特定できる話題を避けてきた。しかし読者の多くは自分の知人だから、そういう人には隠す必要もない。

 訪問者のIDを分析して特定するアクセス解析という手法がある。IDに個人名をつけておくと、誰がいつ訪問してきたかが記録される。その人の生活リズムや帰宅時間まで分かるから推理小説のアリバイ工作にも使えるかもしれない。

 そのアクセス解析で、最近は知らない人が増えてきたと思っていたら、先日ある会合で数人の人からブログのことを聞かれた。どうやら読者らしい。ボクはメールの署名欄にブログのアドレスを入れているので、そこから入ってきたとのこと。改めて紹介しなくても、メールをやりとりする相手は読んでくれている可能性がある。

 同業者の中には、ブログ風に仕立てたHPを運営している人もいる。そうすると仕事の話はもっと生々しく書ける。今だと半分ボカしているから、靴をはいたまま足の裏を掻いているようなまどろっこしさがある。

 逆に読者が分かっていることによる限界もある。確実にその人の目に触れることが分かっていると、筆力が萎える。もっと本当は言いたいことがあっても、それ以上は書けない。いっそのことまったく誰も知らない不特定読者を相手にしたブログもいいかと思うが、複数のブログを運営できるほどの余裕もない。

 2年経って感じることはいろいろ。少し充電して再出発してみようかとも思う。

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2007年2月22日 (木)

ブログ本

 2007_02210031 3冊目のブログ本の見本ができた。今回は難しい漢字があったりして、少し校正に時間がかかった。

 このブログを始めて1年7ヶ月。

 ボクはブログにあまり画像を使わないので、これだけ書いてもまだ契約容量の1%にも達していない。つまりこのペースだと、あと150年くらいは大丈夫ということのようだ。

 そうはいっても、現在の契約先サーバーを全面的に信頼してデータ保存を任せるというのも何やら心配だ。よもやそんなことはあるまいが、ある日いきなりデータがきれいに消失してしまったら泣くに泣けない。そう思ってボクは、1年前から他のサーバーでも毎日バックアップをとっている。

  毎日30分でも、これだけ続けば費やした時間や労力の総量はたいへんなものになる。この先いつまで書き続けられるかは分からないが、自分の記録として残しておこうと思って、半年ごとにブログ本にしている。バックアップしたデータをメールしたら製本してくれるブログ出版局というのがあってとても便利。200ページくらいの本なら、1冊 3,000円ほどでできる。

 第2冊までは、ブログを読んで頂いている知人に差し上げた。しかし、あまり押し付けがましくなってもどうかと思い、3冊目からは希望者だけに進呈することにする。現在増刷中なので、読んで下さる方はご連絡下さい。

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2006年12月24日 (日)

ブログのこと

 このブログを始めて1年半になる。

 ブログとはいっても一般公開していないので、読者のほぼ100%がボクと個人的に面識のある人たちだ。つまり、ネットを介して特定少数の読者に向けてメッセージを発信していることになる。

 だからこのブログは特定の知人との関係を深めるには格好のツールなのだが、逆に正体が分かっているが故の限界もある。その相手が読むと思うと、ストレートに書きにくいことがあるのだ。

 書こうか書くまいか迷っているネタがある。迷った末、本当の思いをはぐらかしてオブラートに包んでしまった話もある。その相手がどう受け止めるかを想像すると、自分の考えを正直には吐露できない。そのあたりがこのブログの限界である。

 複数のブログを運営している人もいるらしい。ボクもまったく正体を明らかにしないブログを始めようかと思っている。そこには一切顔は見せず本心だけをさらけ出す。ジキルとハイドみたいになるかもしれない。まったくの匿名性というのも魅力だが、逆にどこかで責任の所在を明らかにしておきたい。ボクは記者の名前のない記事がキライなのだ。

 今流行りのソーシャルネットワーキングサービス(SNS)というのは、ネットを通じて人と人とのつながりをサポートするコミュニティ型の会員制のサービスのこと。ボクもこの半年の間に知人から続けてお誘いがあって、試しに2つのSNSの会員になってみた。でも登録しただけで、もう一歩踏み込めない。

 無機質なITの向こう側にどうやって人の温かみを感じ取れるか、まだしばらくは試行錯誤の日々が続く。

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2006年11月 7日 (火)

ブログと手帳と夢カード

 毎日があっという間に過ぎていく。そんな中でも、日々の仕事や生活に追いかけられないで、もう少しビジョンのある生き方をしたいといつも思っている。難しくいうと、中長期計画とかいうヤツ。

 それには日常生活から離れてボーとしているのがいい。ボクにとってそういう息抜きの時間は、車を運転したり電車に乗っていたりする移動時間かもしれない。ハンドルを握っているときにふと閃(ひらめ)くことがあるし、通勤電車の車窓からの景色を眺めながら新しい発想が沸いてくることもある。

 そんなボクがヒマなときによく見るのは、このブログと手帳。
 ブログというのはその日に思いついたことを書き綴っているだけのものだが、意外と思考の整理に役立つ。ブログを始めてから、頭の中で考えていることとそれを文章に表現することとはだいぶ違うと思うようになった。そして数ヶ月前に自分が書いたものを読み返してみると、その時の自分の精神状態などが鮮やかに蘇ってきてなかなか面白い。

 手帳を開いて考えている時間も長い。手帳には記録と計画の両方の要素があって、自分自身の過去と未来とを結ぶ重要なツールである。昔の手帳に記(しる)された時間と人名だけの無機質なメモ書きから当時の自分の行動を推測するのも楽しい。

 もうひとつ、先日読んだ渡辺美樹『夢に日付を』に夢カードのすすめというのがあった。仕事でもプライベートでも、自分が達成したい目標を1枚ずつカードにして常に明確にイメージすることが重要だという。夢に日付を入れて夢で終わらせない努力を続けるという言葉に共感して、とりあえず文房具屋でカードだけたくさん買ってきた。でもまだ白紙で机に積んだまま・・・

 カードを書くヒマがないなんていうのは論外なんでしょうネ・・・

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2006年9月 6日 (水)

アクセス解析

 『アクセス解析』といっても、いったい何のことだろうと思われるかもしれない。このブログをいつ誰がどんなふうに見ている(アクセスしている)のかを分析することである。

 ブログをやっている人なら分かると思うが、これ自体はそんなに難しいことではない。ちょっと慣れたら、簡単にアクセスした時間やアクセス元情報くらいは抽出できる。

 アクセス元は名前ではなくIDで表示されるが、これを定期的に見ていると、そのIDが誰のものかがある程度見当がつくようになる。今のところ固有名詞が特定できているIDは10人ほどで、この人たちはほぼ定期的に訪問して下さる方々だ。コメントを入れなくても、シッカリと足跡が残っている。そして、そんな常連客の姿が2,3日見られないと心配したり、久々に足跡を見つけてホッとしたりしている。旅行に行っていたはずの友達からのアクセスがあると、無事に帰ってきたことが分かったりもする。

 このブログは一般公開していないので、どういうルートで入ってきたのかもチェックしている。たいていの常連客は自分のパソコンのブックマーク(お気に入り)に登録して、そこから訪問してきて下さる。

 また google などの検索サイト経由の一見(いちげん)さんは、どういうキーワードからたどり着いたのかも分析できる。6月はサッカーワールドカップから入ってきたのが多かった。つい先日、天声人語の話を書いてからは、この言葉から検索してくる人が増えた。小泉総理の話は何度も書いている割にヒットがないのは数が多すぎるからだと思う。逆に1年ほど前に書いた新潟ブルースでいまだにヒットしてくるのは、マイナーで件数が少ないからだろう。

 まったく無味乾燥に見えるITのデータから、その奥に潜むヒトの息づかいを探し当てるのも、なかなか楽しい。

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2006年7月13日 (木)

1日休み

 昨日 ブログの更新を休んだ。

 理由はココログのサーバーメンテナンス。ここしばらく、ずっとアクセスが遅くて困っていた。特に深夜がひどかった。ブログを書く人が急増して、ホストコンピューターがパンクしてしまったということらしいが、夜遅くに時間がないときなど本当に難儀していた。でも、これで大幅にレスポンスが改善されるらしいので、当分は安心して夜中に書けそうだ。

 考えてみたら、これまで旅行していてブログを休んだことはあったが、大阪にいて書かなかったというのは初めてのこと。日課を奪われたみたいで、何となく寂しかった。昨夜日付が変わる前に最後のアクセスを試みたが、やはりメンテナンスは終わっておらず、あきらめて床に就いた。

 ちなみに、昨日頭の中で膨らましていた幻の原稿は『ゼロ金利解除』『ジダンの頭突き』『国連安保理』『頑張れジャイアンツ』『枝豆と生ビール』など。ところが、一晩寝たら不思議なことにイメージが萎んでしまった。昨日と今日で食べたいモノが違うように、創作意欲というのもデリケートなモノらしい。買い置きの具材で料理する気にもなれないから、またの機会に回そうと思う。

 昨夜、ヒマに任せて自分の過去の記事をゆっくり読み返していたら、未熟さを感じる文章をアチコチで見つけた。また、他人のブログサーフィンをしていて、参考になる記事も多々見つけた。ボクはこれまで継続することが大切だと思ってきたが、タマにはゆっくり充電することで気づくこともあるということがよく分かった。

 昨夜はたまたま、藤川の連続無失点記録が途絶えた。この記録の継続というのも、本人にとってプレッシャーだったと思う。しかし、幸か不幸かリセットされて、気分的には楽になったはずだ。ボクも似たような気持ちかもしれない。ただ漫然と続けるのではなく、一日一日気持ちを込めながら、また新たな思いで再スタートを切る。

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2006年7月 1日 (土)

早一年

 このブログを始めてちょうど1年。

 この1年で、ブログという言葉もかなりポピュラーになってきた。今では、パソコンを触る人ならほぼ誰でも知っているし、ボクのまわりでも、最近ブログを始めた人がチラホラ。なかにはボクのブログに触発されてやりだした人もいるかもしれない。

 ボクがブロガーだということも、かなりの人に知られるようになってきた。そして、自分もやってみたいという相談を受けることもある。そのときにボクが決まって言うのは「始めることは簡単。でも続けられるかどうかは本人次第。あまり背伸びせずに少しずつでもいいから毎日書くことが大切」ということ。その日食べたモノを書き綴ってもいい。読んだ本の感想でもいい。耽美派の旗手 永井荷風の『断腸亭日乗』にしても、鋭い文明批評の行間に、華麗な女性遍歴や下町の美味いモノ屋の話が散りばめられている。そうでなきゃ42年も続かない。あんまりヨソ行きに着飾らないで、普段着のままで思いつくことを無理なく書いたほうがいい。

 忙しい日もあるし体調が悪いときもあるが、大切なのは継続すること。もし、ブログを義務だと思って書くのなら止めたほうがいい。宿題みたいに追いかけられて、負担が増えるだけだ。

 ボクは逆に、ブログを書くのは自分の楽しみだと思っている。だから、まったく苦にならない。ビッシリ予定が詰まっている日でも、30分くらいの時間はどうにでもなる。むしろそんなときほど気分転換が必要で、目の前の仕事や生活からちょっと離れて、気ままにパソコンのキーを叩く時間は貴重である。

 これからブログを始める人は是非ご連絡下さい。先輩として多少のアドバイスはできると思います。

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2006年6月15日 (木)

自叙伝

 今から2年前のこと。ちょうど50歳になったときに、自叙伝を書いてみようかと思い立った。

 その前の年に、同級生がたて続けに3人亡くなった。ボクもいちおう自分なりに健康管理には気をつかっているつもりだが、生身の人間のことだから、突然何が起こるか分からない。

 若い頃は、記憶力のいい方だと思っていた。しかし、さすがに五十の坂を越すと、物忘れが気になるようになってきた。人の名前がすぐに出てこないこともあって、この調子だと、あと10年もしたらかなり心配なことになりそうだ。せめて今のうちに、何とか記憶を繋ぎ合わせて、生まれてから現在までの記録を綴ってみようと思い立ったのである。

 最近だと、大きな家電店に行くと、自叙伝や家計図のソフトもある。しかし、結局は word文書で、そのまま書き連ねることにした。ヒマを見つけては古い記憶をたどって書いていったら、ギッチリ詰めて A4 50枚くらいにはなった。その後も、折をみては、膨らましたり推敲を重ねたりしている。少なくとも自分が生きている間は誰に見せるわけでもないから、あとは老後の楽しみにとっておこうかと思っている。骨組みさえしっかり書いておけば、老化した頭でもそれから先の加筆くらいはできるだろう。

 その自叙伝を書いている途中で、もう少し突っ込んで書きたいテーマがたくさんあることに気がついた。昔の思い出だとか、自分の経験談だとか、政治や社会などの時事問題もある。しかし、これをいちいち自叙伝に書いていくと、寄り道だらけで焦点がぼやけてしまう。

 そんなことを考えていて、ちょうど1年前にふと『ブログ』というものに行き当たった。最初は『若い人が書いているホームページ上の日記みたいなもの』という程度の認識で、何だかよく分からなかった。いろいろ調べているうちに、この程度なら自分でもできそうだと思って、開設の申し込みをした。無理せずにやれる範囲にと思っていたが、あれよあれよで早1年になろうとしている。「チリも積もれば・・・」と言うが、改めて読み返してみると、その分量に驚く。これも、これまで励ましていただいた方々のお陰と、感謝している。

 その日による出来不出来みたいなのは、自分でも感じる。でもそれはさておいて、今いちばん感じているのは、継続することの難しさ、大切さである。金本の連続試合出場しかり・・・

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2006年5月12日 (金)

微妙な変化

 東京に日帰り出張してきた。帰りは少し遅めの新幹線で帰阪したので、ちょうど日付が変わった頃に帰宅。家族はすでに寝静まっている。

 さて、このブログを始めて10ヶ月と少し。最初の半年分を単行本にして親しい人たちに差し上げた。自分ではその本を滅多に開いて読むことはないが、たまたま今朝の新幹線でパラパラと斜め読みしてみた。

 すると面白いことに気がついた。忘れている内容が意外と多いというのが一つ。もう一つは、読んでいて共感できる(自分で書いていてそんなことを言うのも変だけど)ところもあるが、書き直したいと思う箇所が結構多いということ。半年くらいでそんなに考えが変わるというのはちょっとした驚きだった。でもこれは、文章にして残したから気づいたことである。

 ブログを書くときには、書いた後で何度か読み直して推敲しているつもりだ。内容や表現から展開、言葉づかいや送りがな、句読点の位置などもそれなりに考えて、これでよしと思ってからアップする。だから、数日後に読み返しても特に違和感はない。しかし、半年も経つと人間というのは不思議なもので、少しずつ自分の物差しが変化している。

 わずか半年でそう感じるのだから、長年大量に書き続けている文筆家などはさぞかし大変だろうと思う。画家や作曲家なんかでも似たような話を聞いたことがある。しかし皮肉なもので、大成した芸術家の若い頃の未熟な作品に高値がつくこともある。

 ちょうど少し増刷しようかと思っていた折だった。その際に少し手を加えるべきかどうか悩むことになった。多少不本意であっても、このままにしておいて過去の自分と対峙して反論するのも面白いかもしれないが・・・

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2006年4月13日 (木)

知人のブログ

 このブログを始めて9ヶ月半になるが、最近知人からブログを始めたというお知らせをもらうことがある。これはとても嬉しい。

 よく知っているつもりの人でも、ブログを眺めていると、その人のフィールドや感性、もっと大袈裟にいえば人生観みたいなものが垣間見られてなかなか興味深い。

 つい先日も、20年以上前に一緒に仕事をしていた女性からメールをもらった。彼女は結婚退職後、二人のお嬢さんを育てながら、映像翻訳の仕事を続け、長野オリンピックのボランティアまで引き受けていたらしい。

 その彼女も昨年12月からブログを始めていて、読ませてもらったらとても面白かった。退職後はまったく接点もなかったが、子育てやご両親の介護などをキッチリとこなしながら、自分の時間も上手にやりくりしているようで、充実した前向きの人生が見てとれる。

 昔の仲間が自分の知らないトコロでシッカリと根を張って活躍しているのは、とても励みになる。今度いつか会うときは、お互いもっと成長していられるように、ボクも負けずに頑張ろう。

 逆にIT社会の暗部の話。最近、いわゆるスパムメールが増える一方だ。いちおうフィルターをかけてシャットアウトしているのだが、上手にくぐり抜けてくる。どうやらホームページで公開しているボクのメールアドレスがロボットに収集されているようで、英語、中国語、韓国語はおろか、近頃はアラビア語のメールまで来るのには閉口する。

 かねがねネットの怖さは匿名性と攪拌性だと思っていたが、どこの誰だか分からない輩(やから)から来るメールはどうも不気味だ。ネットの向こうに相手の顔が多少でも見えたら、幾分は安心できるような気がするのだが・・

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2006年2月23日 (木)

独り言

 「毎日ネタをさがして書き続けるのもたいへんでしょう」と言ってくれた人がいる。

 たしかにそうかもしれないし、そう思うときもある。でも、ネタは意外とどこにでも転がっているもので、パソコンのキーを叩くことはさほど苦にはならない。

 たいてい最初に、タイトルと骨格を考える。そして、思いつくままにいくつかの項目を箇条書きにしておいて、それを組み合わせて行間を膨らませていく。最後に、全体のバランスを考えながら、適当に加除修正する。時間があれば、後で読み直して手を加えることもある。時計が夜中になっているのは、最終修正した時間が記録されているからだ。

 仕事でも色々な文書を作るが、だいたい同じやり方だ。だから、ボクのような仕事のスタイルには、パソコンは手離せない。

 たまに博物館などで、昔の作家の生原稿にお目にかかることがある。司馬遼太郎の原稿なんかは、何度も繰り返し推敲されている。じっと眺めていると、書き手の思考過程や逡巡なども感じられてペンの温かみが伝わってくる。いつだったか忘れたが、川端康成の『雪国』の手書き原稿を見る機会があった。こちらは非常に几帳面な文字で丁寧に書き綴られていて驚かされた。そんな時代だったら、ペンを持つことが苦手なボクは絶対にモノなど書けない。

 堀江メール問題も、民主党から新証拠が提出されないまま収拾される気配である。かねてから、メールの怖さは匿名性と攪拌(かくはん)性だと思っていたが、今回はたまたまその1通の証拠能力が政治問題にまで発展した。考えてみたら、ボクでも毎日100件以上のメールを受取るが、そのほとんどに心当たりがない。闇の彼方の発信者には個性がなくて、まったくどこの誰だか分からない。昔の肉筆だけの時代なら、今回のような事件は起こらなかっただろうに。

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2006年2月 1日 (水)

ブログの話

 ブログを書いている人のことをブロガーという。ボクも、ブロガーになってもう半年を越えた。最近では、まわりでもボクがブロガーだと知っている人が増えてきて、色々とブログのことを聞かれることがある。そこで、今日は、ちょっとブログの話をしてみたい。

 まず、なぜそんなことを始めたのかという質問がいちばん多い。ボクは以前から、自分が日々思いつくことを、何かの形にまとめられないかと考えていた。特に50歳を越えてからは やたらと忘れっぽくなり、自分の備忘録としても残しておくことが必要だと思うようになった。そこで、今流行りのブログに挑戦してみたのが直接の動機である。

 セキュリティ面など色々と考えるところがあって、個人の正体を特定できる情報は一切開示していない。今のところ一般公開はしていないので、読者の大半はボクの親しい人だと思う。面白いのは、IPアドレスを割り出すと、いつ誰が訪問してくれたかがすぐ分かることだ。毎日同じ時間に覗いてくれる几帳面なお客さんもあるし、意外と宵っ張りなのに驚かされる知人もいる。先日、ちょうどブログを読んでいた友達を驚かしてやろうと思って、その瞬間にメールを送ったら、案の定仰天された。

 このブログは、なるべく仕事以外のテーマを選んでいる。始終会っている相手でも、その人との話題は、仕事の話だけだったり、共通の趣味の話ばかりであったりと、意外と偏っていることに最近気がついた。いくら親しい間柄でも、すべてを理解し合うということはありえない。ボクはブログには万遍なく様々の話題を書き連ねているつもりだが、そうすることによって日常の行動から考え方、関心事などを、多面的に分かってもらえるという効用がある。

 先週会った人からは「昨日は東京だったらしいね。」とか、「牛タンの店、連れて行ってよ。」なんて言われて、会話にも幅が出てくる。また、以前に紅茶が好きだという話を書いたら、その後は必ず紅茶を出して下さるようになったお宅があって、ちょっと恐縮している。

 自分の備忘録としても、コミュニケーションツールとしても、なかなか面白いというのが、ブロガー半年経っての感想である。

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2005年10月 1日 (土)

今日から10月

 今日から10月、さすがに朝夕はしのぎやすくなってきた。いよいよこれから本格的な秋の到来である。あいにく土曜日なので学生の制服姿はあまり見られないが、今日から「衣がえ」だ。

 7月1日から始めたこのブログも早3ヶ月。よくここまで続いたものだ。そのうち休んだのは、8月に2泊3日で旅行していた真ん中の1日だけ。それ以外にも何度か宿泊出張していた日があったが、ノートパソコンさえ持ち歩いていたら、宿泊先でもブログを書くことは可能だ。このブログは@niftyのサーバーで管理されているから、日本中(いや世界中)どこからでも、ボクがそのホストコンピューターにアクセスできたら書き込みできる仕組みになっている。

 これまで何度かメゲそうになったこともある。しかし、その都度、皆さんに励まして頂いて何とか続いている。「今日のブログはまだか!」とメールを頂いて、夜の11時を過ぎてから書き始めて、滑り込みでアップしたことも何度かある。

 また、このブログはアップした時間が入るが、書いている時間は気まぐれで、夜中に酔っ払ってパソコンに向かっていることもあるし、早朝に目が覚めて書き始めることもある。

 自分での決めごとは、無理をしないこと、背伸びしないことで、1日30分程度で書き上げられる内容にすることにしている。電車の中や車の信号待ちの時でも、ふとブログのネタを思いついてメモすることもある。また、3ヶ月も経つと、前に書いた内容をすっかり忘れていて、「あー こんなこと考えていたんだ。」なんて感心して読み耽(ふけ)ることもある。そろそろ自分の備忘録としても役立ちそうである。

 これから先、野球の消化試合を見ていてもあまり力が入らないから、静かな秋の夜長はパソコンに向かうことにしよう。

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2005年8月 1日 (月)

何とか1ヶ月

 このブログを始めて1ヶ月経った。

 知人からは「たいへんだぞ!」と脅かされながら、三日坊主にならないで、よく1ヶ月もったものだと思う。しかし、ここまで来たら、何とかもう少し続けられる自信もついてきた。

 ブログを始めたキッカケは、自分の考えをある程度の形にして外部に発信していきたいというのが一つの理由。もう一つは、自分自身の頭の整理のためである。50歳を過ぎると、多少記憶力が衰えてきて、ついこの間まで考えていたこともすぐに忘れてしまうようになった。かといって、メモ書きではすぐに失くしてしまう。自分自身の備忘録として、その日感じたことを記録しておくには、ブログは格好のツールではないかと思うに至ったのである。

 いろいろ考えた末、このブログには、名前も職業も住所も、個人を特定できるものは一切明かさないことにした。しかし、かなりの数の友人や知人に連絡したので、読んで頂いている方の大半は、ボクの正体が分かっておられるはずだ。実はボクも、そういう読者の顔をある程度イメージしながら、毎日パソコンに向かっている。

 先週お目にかかった方のうち、お二人から、このブログの感想を頂いた。「あれは同感だ。」とか、「それはちょっと違うよ。」とか、当然のことながら感じ方は人それぞれである。そして、ブログを読んで頂くことによって、「あいつはこんな人間だったんだ。」とか、「あんなことを考えているんだ。」などということを分かって頂ければ幸いである。また、それに対するご意見、ご感想をお寄せ頂けたら、たいへんありがたい。激励、叱責も大歓迎である。

 子供の頃から、作文は嫌いではないし、文章を書くことはいっこうに苦にならない。毎日、ブログを書くのは30分間と決めているが、寝る前だったり、朝早くだったり、書く時間はマチマチである。テーマは、その日感じたこと(仕事からは少し離れて)、そして、なるべく特定のジャンルに集中しないように心がけている。当面は無理のない程度に続けていきますので、また時々お立ち寄り下さい。

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2005年7月 1日 (金)

今日からブログ

 今日からブログを始めることになった。

 昨日は、日帰りの東京出張。

 今、2ヶ月に一度くらいのペースで、仕事で東京に行っている。たまに東京の空気に触れると、刺激にもなるし、自分自身もリフレッシュできるような気がする。

 ボクはもともとは関西人だが、長い間東京で暮らしていたので、東京にもそれなりの愛着がある。東京にいた頃は、生まれ育った大阪の自慢をしていたし、大阪で東京の悪口を聞くと、そんなことはないよと庇いたくなる。どっちつかずのコウモリみたいなもんで、我ながら「天の邪鬼」(こんな字だったかなぁ)だと思う。

 ふだんは、大阪弁のシャワーの中で暮らしているけど、たまに東京に行くと、あの少しヨソヨソしい距離感が何とも快適なこと・・・  大阪は、良くも悪くも他人との距離が短いんだよねェ。電車に乗っていても、隣のオバチャンがいきなり話しかけてくるし。

 しかし、便利だとはいえ、日帰り出張というのは何となく慌しくて味気ないモノ。今度は少しゆっくりしたいものだと思う。

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