2008年8月14日 (木)

ペルセウス座流星群

 連日のオリンピック観戦でヒートアップした身体を冷やそうと、夜中に庭に出てみた。

 虫の大合唱が、無機質なエアコンの室外機の音を包み消してくれる。まだ残暑は厳しいが、それでも立秋を過ぎると朝晩はいくぶんしのぎやすい。

 生温かい風に乗って、遠くから電車の音が聞こえてくる。お盆で帰省したのか、隣家は物音ひとつしない。

 ちょうど日付が変わったところ。月も沈んだらしく姿が見えない。

 970813as北東の空をじっと見上げて、待つこと10分ほど。大阪近郊では漆黒の夜空とはいかないが、流れ星が闇を割くように流れて消えていく。これがペルセウス座流星群なのだろうか。

 流星の正体は、宇宙空間に漂っているチリ。わずか数ミリから大きいものでも数センチ。これが猛スピードで地球の大気に突っ込んでくるときに、大気との摩擦で発光する。高度は上空100キロ前後だが、地上から見ていると、夜空を駆け抜ける星のように見える。誰が名づけたのか“流れ星”。

 昔の人は、この流れ星が消えないうちに願い事をすれば叶うと信じていたらしい。もちろん日が暮れたら表は真っ暗で、寄り道するネオン街とてなく、家に帰ってもテレビもない時代の話。夜空にきらめく満天の星や月が、人々の暮らしに深く根を下ろしていたに違いない。

 それに比べたら現代人、とりわけ今の都会の子供たちは、夜空を見上げる機会など皆無に近い。ましてや星に願いをかけるなど思いもよらないだろう。理科の時間に星座を覚えさせられるのも、苦行でしかない。

 お盆で空気が澄んでいるせいか、今宵はふだんより星の数が多い。星座盤を見ながら、ちょっと天体の勉強をしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 7日 (木)

地震・カミナリ・停電…

 もう日付が変わってしまったが、昨日はひどい目に遭った。

 朝、家で朝食を食べていたら、グラッときた。

 地震だ。思わず食器棚を押さえる。テレビの地震速報を見たら震度3らしい。久しぶりにカラダで感じた地震。台風と違って心の準備もできていないから、どうも地震は苦手だ。

 終日クルマで外回りをしていたら、午後から雲行きが怪しい。夕方には雷がゴロゴロ。早めに引き上げて帰路に就くことにしたが、一歩遅かりし。電車が途中の駅で止まってしまった。車内アナウンスによると、落雷による停電と線路の冠水で復旧の目途がたたないとか。

 もう15年近くこの電車に乗っているが、こんなことは初めて。年配客もいっせいにケータイを操り始める。

 家に電話したら停電しているらしい。いさぎよくあきらめて、引き返すのが良さそうだ。ここですでに1時間のロス。

 事務所でニュースを見ながら待機していたが、大阪府北部は大雨警報が出たまま。電車のダイヤも大幅に乱れているらしい。結局クルマで帰宅することにしたが、こちらも大渋滞。いつもなら50分ほどの道のりが、何と2時間半近くかかった。片道20キロだから、歩いてもそんなに変わらない。

 あとで聞いたら、H市の雨量は観測史上最多の1時間 71.5ミリだったとか。駅前のコンビニでは床から40センチまで水が来たらしい。大きな人的被害が出なかったのが幸いだが、ちょっとした災害で都市機能はマヒしてしまう。

 たまには歩いて帰る練習でもしようかな…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月14日 (土)

青いカーネーション

 その昔『赤いスイートピー』なんて歌が流行ったが、今日は『青いカーネーション』の話。

 妻が缶ビールについているシールを集めて懸賞に応募したら、青いカーネーションが当たったらしい。昨夜帰宅したら家に届いていた。

 2008614遺伝子組み換え技術を使って開発された、世界初の青色系カーネーション。すべてをやさしく包み込む月の光をイメージして、ムーンダストと名づけられたとか。

 濃い紫と淡いパープルの2種類。どちらも青というにはちょっと首を傾げる色合いだが、立派な大輪の花はゴージャスそのもの。母の日でおなじみの赤いカーネーションみたいな清楚さはないが、スポットライトに映える凛とした艶(あで)やかさがある。

 次女がクリスタルの花瓶に入れて洗面所に生けている。ほとんど匂いもなく、アートフラワーのように無機質で、生き物特有の自己主張がない。

 梅雨だというのに、ここしばらく雨が降らない。公園を散歩していると、紫陽花も乾いて白く見える。ひと雨来れば、適度な潤いが戻るだろうに。

 家に帰ってから、ふと思いついて洗面所の青いカーネーションに霧吹きを当ててみた。水滴が花弁について、ちょっと生気が蘇ったような気がする。不思議な花である。しばらくは楽しませてもらうことにしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月16日 (土)

大阪城の梅林

 こんな寒くても、季節の移ろいは確かだ。

 2008216大阪城の梅林では、早咲きの寒紅(かんこう)や冬至梅(とうじばい)はすでに満開。このところ毎日のように大阪城の脇を車で走っているが、遠目でも少しずつ梅が色づき始めているのが分かる。

 ちょっと車を停めて梅林に入ると、コートの襟を立てながら年輩の女性グループが談笑している。一眼レフに三脚を持ったアマチュアカメラマンの姿もチラホラ。

 この梅林は、昭和49年に北野高校の卒業生が開校100周年事業として、22品種・880本を大阪市に寄付したもの。ボクの出身校は大阪城の目の前にあって、このニュースを知ったとき、どうしてウチの同窓会で寄付しなかったのかと残念に思ったものだ。

 あれから35年。最近は毎年のように早春の香りを楽しませていただいている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月18日 (日)

豊作

 今年の我が家のユズの収穫は60個ほど。去年より2割ほど豊作だ。

 2003_04220023昨日の夕方、天気も良かったので剪定用のハサミでユズの実を落とした。枝と葉をきれいに外して、子供が食卓の大皿に盛った。これからの季節は鍋物に使うもよし、焼酎に入れるのもよし、それでも余ったら風呂に浮かべて柚子湯にしよう。

 自然の生命力はたくましいものだ。もうこの家を建てて10年近くなるが、このユズの木には、ただの一度も肥料や水を与えたこともないし、害虫駆除をしたこともない。それでも、ボクの背丈を越えるくらいの大きさに立派に育って、毎年今ごろには使い切れないほどの実をつけてくれる。

 春先にはサクラの木は見事な花を咲かせるし、忘れられたザクロの木にも秋口には実が成る。

 いっぽうでホームセンターで買ってきた温室育ちの高価なポット苗は、ちょっと油断するとすぐに枯れてしまう。三食昼寝つきのペットにしても、飼い主に依存しないことには自分ではエサも取れない。こんなに彼らの生命力を弱めてしまったのも、すべてわれわれ人間のエゴが為せる業である。

 あまりいじり回さないで、少し離れて見守っているほうが本当は生き物にはいいのかもしれない。それにしても今の世の中、少子化とやらで子供たちとの距離が近すぎないか。過度な関わり合いは、子供の自立性を阻害するだけ。

 個性的なシワだらけのユズを絞りながら、器量は今ひとつだがこんな腕白坊主も悪くないと思う。秋の夜長、妙なことを考えつつ今宵はチト焼酎がすすむ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月15日 (日)

雨が降る

 今日も雨。

 接近する台風4号が梅雨前線を刺激して、九州や四国では豪雨による災害が懸念されている。せっかくの3連休だというのに、これではどこにも行けない。

 次女と窓の外を見ながら、雨の歌をいくつ知っているかという話になった。演歌やムード歌謡ならいくらでも出てくるけど、子供の知ってるような歌はなかなか思い出せない。

 これならと気がついて、北原白秋の「あ~めが降ります♪あ~めが降る♪あ~そびに行きたし♪傘は~なし♪」を口ずさんだが、「そんなの知らない。傘もないなんて変な歌!」とつれない答え。

 最近の学校では教えないらしい。考えたら昔の唱歌や童謡というのはだいたい暗かった。『赤い靴』『かごめかごめ』『赤とんぼ』『夜汽車』・・・どうしてあんな気味の悪い歌詞に陰気なメロディをつけて子供に歌わせたのだろうか。

 長女に聞いたら、ユーミンや陽水、赤い鳥なんかの曲も習っているらしい。リズムも難しいが、詩自体も大人の詩である。

 でも今どきの子供は早熟だから、ある程度は理解できるかもしれない。それにひきかえボクたちの頃は妙に厳格な線引きがあって、教室で教えるのは旧態依然とした唱歌だけ。たまに学校で歌謡曲などを口にするとエラく怒られたものだ。こういうところは自由度が増して、今の子供たちは幸せだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月27日 (日)

金剛山

 大阪府の最高峰『金剛山』(1125m)に登ってきた。

 こう見えても高校時代は山岳部。大峰山奥駆けも踏破したし、重いテントを背負って北アルプスも縦走した。137

 しかし、最近は山登りなんてトンと縁がない。本当はゆっくり歩いて登りたかったのだが、多数決に押し切られてロープウェイ利用と相成った。金剛山は六甲山(931m)とあまり標高が変わらないが、足の便が悪いためかほとんど観光地化されていない。片道6分のロープウェイで汗もかかずに山頂駅に到着。新緑の濃さが目に眩しく、言い知れぬ静寂が漂う。

 遊歩道の途中で、ちはや星と自然のミュージアムに立ち寄った。黄砂で大阪平野がかすんで見えないのが残念だが、展示されている動植物の写真は楽しい。大阪に残る数少ない大自然。次回は樹氷の美しい厳冬期に来てみたい。

 帰りに千早川ます釣り場で釣り糸を垂れる。入れ喰いに近いから、子供でも簡単に釣れる。釣竿を借りて 20分で6匹。その場で塩焼きと唐揚げにしてもらって、ペロリと平らげた。

 片道1時間半の快適なドライブ。久々にいい空気を満喫した休日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月15日 (日)

竹と笹

 久しぶりに裏庭の草刈りをした。

 夏の間はヤブ蚊が多いので放っとらかし。だから雑草が伸び放題。それを年に数回 気が向いたときに刈り取るのだが、これが結構大変な作業。大きなゴミ袋に何杯も出る。ウチのあたりはそういう家庭が多いのか、樹木ゴミは週1回2袋までに制限されている。とりあえず車庫の奥に積んでおくが、全部なくなるまで1ヶ月近くかかる。

 雑草抜きでいちばん手こずるのが笹。深くしかも横に根を張っていて、一筋縄では抜けない。根絶やしにしようと深く掘っても、さらにその深部に根が残っていてまたすぐに生えてくる。

 園芸店で買い求めたポット苗は丁寧に水遣りをして肥料を補給しないと上手く育たない。でも雑草はたくましく、除草剤をふんだんに撒かれようが、カンカン照りが続こうがモノともしない。

 笹が大きくなると竹になるのかと思っていたが、どうやら笹と竹とは違う植物(同じイネ科だが)らしい。成長期の竹は伸びるのが早いが、何年経ってもウチの裏が竹薮になる気配はない。

 近所の公園には竹が密生していて、春先には小さな竹の子が出てくる。長女がまだ小さい頃、一緒に竹の子を掘って食べてみたことがある。でも食用のタケノコとは種類が違うようで、堅くて不味かった。

 歳時記を引くと『竹』は初秋の季語。
 でも竹なんて、今どき何に使うんだろう。ボクが子供の頃は、物干し竿を「竿ダケ~」と言って売りにくるオジさんがいたが、最近はトンと見かけない。竹トンボや竹馬で遊んだ記憶もある。子供用の釣竿は竹製だったし、もっと以前は竹でスキーを作ったりもしたらしい。耳かき、うちわ、串にも竹が使われていた。肉屋は精肉を竹の皮に包んでくれたし、握り飯にも竹の皮を重宝した。籠(かご)や笊(ざる)が竹カンムリなのはもともと竹を編んで作ったからだが、今ではそんなことを知る人も少ない。

 だいぶ汗をかいて心地よい疲労感。ソファに腰を下ろしたら、ふと目の前に『かぐや姫』の古いCDがあった。今度、次女に「竹から生まれたかぐや姫を知ってる?」と聞いてみよう。たぶん知らないだろうなぁ・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月25日 (日)

紫陽花

 大阪も梅雨本番。これからしばらくは鬱陶しい毎日が続く。

 家の近くの公園で、ちょうど紫陽花(あじさい)が満開だ。激しい驟雨に煙る姿は美しいし、雨露に湿った夕方の表情も艶やかだ。

 あて字だろうが、紫陽花というのはきれいな言葉だ。一般に花と言われている部分は装飾花で、本来の花は中心部で小さく目立たない。花びらに見えるのは萼(がく)。セイヨウアジサイではすべてが装飾花に変化している。

 何年か前に、セイヨウアジサイの鉢植えを買ってきて、庭に出しておいたことがあった。毎日注意してみていると、微妙に花の色が変化する。つぼみは緑色、それが白くなってきて咲く頃には水色か薄紅色。 咲き終わりに近づくにつれて花色は濃くなっていく。調べてみたら、花の色が土壌のpH濃度によって様々に変化するらしい。

 この紫陽花の原産地は日本だが、昔の武士たちは色の変化を節操がないといって嫌った。江戸時代にシーボルトが『日本のバラ』として西洋に紹介し、品種改良を重ねたものが現在のセイヨウアジサイで、日本に逆輸入されている。日本の土は酸性だから原産種は水色だが、ヨーロッパのアルカリ土壌で育ったセイヨウアジサイは少し赤みが強い。

 こんなものを食べる人はいないと思うが、ツボミには毒がある。動物には効き目が強くて昏睡状態に陥るとか。機嫌よくツボミを食べていていつの間にか眠ってしまい、ふと気がついたら紫陽花の花が満開になっていたというのも、おとぎ話みたいでいいかも・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)