2008年12月25日 (木)

持ち込み

 たまに、コーヒーを飲む喫茶店がある。

 平日の朝、同じ時間に行くと、同じ席に同じ客がいて、同じものを食べている。まるでそこだけ時間が止まっているような不思議な空間。

 ボクが座るいちばん奥の禁煙席で、いつもコーヒーを飲んでいる客がいる。年の頃は40代半ばのサラリーマン風で、少しくたびれた背広を着ている。その彼がいつも、店員の目を盗むようにポケットから菓子パンを出して頬張る。トースト付きのモーニングセットなら350円、コーヒー単品なら180円の店だ。その菓子パンが好物なのか、それとも倹約してそうしているのかは知らない。

 禁煙席はちょうど店員から死角になっているのだが、それにしても、いつも目を白黒させながら、瞬時に飲み込むように口に入れるのが哀れである。

 数日前の昼食時のこと。たまたまクルマを停められる店が見当たらなくて、マクドナルドに飛び込んだ。隣席は子連れのヤンママ軍団で、まあ賑やかなこと。テーブルの上にはハンバーバーセットだけでなく、KFCのフライドチキンからたこ焼きまで並べている。彼女たちはまったく悪びれる様子もなく大声で笑い転げていて、店員も見て見ぬふり。

 この店も、もちろん持ち込みはお断りのはず。菓子パンをコソコソ食べていたサラリーマン氏の表情がふと目に浮かんだ。はて、これって男女差なのか、それとも世代差なのか。

 ついでに、先日の忘年会。いい日本酒が手に入ったので店で飲みたいと参加者のひとりが言い出した。ペットボトルに移してコッソリ持ち込んだらと、誰かが悪知恵をつける。でも、そんなことをしたらせっかくの酒が不味くなる。持ち込み料を払ってもいいからと店に掛け合ったら、店主に一杯飲ませるということで交渉成立。

 やっぱり飲み食いは堂々としなきゃ~

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2008年12月24日 (水)

メリークリスマス!

 今日はクリスマスイブ。

 大阪ではホワイトクリスマスとまではいかなかったが、今朝はかなり冷え込んだ。

 首をすくめて、いつもの通勤電車に乗りこむ。紙袋を下げた若い女性がひとりふたり… 彼氏へのプレゼントが入っているのかもしれない。

 うらやましいというわけでもないが、これまでの我が人生を振り返ってみると、クリスマスにはあまり甘美な思い出がない。勉強や仕事ばかりというわけでもなかったはずなのに、いったい何をしていたのだろう。

 さて今年も残りわずか。事務所で仕事の段取りをつけたあと、クルマで外出。今日は予想外に時間がかかって、帰る頃にはとっぷり日も暮れた。OBPの高層ビルの間に、青白いイルミネーションが寒そうに輝く。晩秋から初冬にかけての大阪城界隈の佇まいは、もっとも好きな大阪の景色のひとつである。

 しかし考えてみれば、キリスト教徒でもないのに、こんな習慣を誰が持ち込んだのだろう。しかも欧米の聖夜は家族で静かにすごすものなのに、それを日本風に上手にアレンジして、商売に結びつけるところがまたエライ。バレンタインデーもそうだが、商魂のたくましさにはホトホト感心する。

 そしてあと1週間もすれば、みんないっせいに神仏に詣でてお屠蘇で新年を祝う。何とも忙しいというか、節操のない民族である。

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2008年12月19日 (金)

大阪府警にて

 2週間ほど前のこと、大阪府警からいきなり電話がかかってきた。

 幸いにしてこれまで元気で暮らしているが、ボクは平成7年の地下鉄サリン事件の被害者の一人である。その一部始終については、以前にも書いたことがある

 刑事事件の推移はたまに報道されているが、これとは別に民事で損害賠償請求をしている。しかし教団にはカネがなく、われわれ被害者は東京地裁に破産申立てをした。簡単にいえば、教団の財産を金銭に換価して、債権者に配当する手続きである。ボクは一度も裁判所に出廷したことがないが、何百人かの原告団の一人に名を連ねている。

 破産管財人は東京でも高名な弁護士。事件から十数年の時間を費やして、ようやくこの11月に配当手続きが終結した。最終配当率は3割ほど。つまり 100万円請求した人は30万円ほどの配当を受け取ったことになる。これは予想をはるかに上回る立派な金額で、被害者救済のために債権放棄してくれた営団地下鉄や、関係者の労苦に感謝申しあげたい。

 民事事件としてはこれで一件落着。しかし今なお後遺症に苦しむ多くの被害者がおられる。そこで国もようやく重い腰を上げて、その救済に乗り出すことになった。

 ということで、この6月に「オウム真理教犯罪被害者等を救済するための給付金の支給に関する法律」というのが成立した。今回の電話は、その特別法に基づいて被害内容を確認するためのもの。

 前置きが長くなったが、そういう経過があって、昨日大阪府警の事情聴取を受けてきた。

 完成したばかりの立派な府警庁舎の応接室で、犯罪被害給付事務担当の2人と面談。1時間ほど経緯を説明しているうちに、当時の記憶が鮮やかに蘇ってきた。

 改めて考えたら、事故に遭遇したのは不運だったが、紙一重で助かったのは幸運というしかない。もしあのとき命を落としていたら、すでに13回忌。人々の記憶からも薄れ、残された家族は母子家庭になって、今ごろどこでどうしていただろう。

 人の運命など分からないものだ。あまりアクセクせず、まあのんびりやろう。帰り道、目の前の大阪城を眺めながら、ふとそんなことを考えていた。

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2008年12月 4日 (木)

車内アナウンス

 JR環状線の車内で ”Please watch your step,when you leave the train”という放送が流れた。

 たまたまアメリカ人のカップルが前に座っていて、不思議そうに聞き耳を立てている。ボクたちはもう感覚が麻痺しているが、たしかに「お降りの際には足元にお気をつけ下さい」なんて、大の大人に掛ける言葉ではない。

 アナウンスで必要なのは、停車駅と乗換えの案内、そしてせいぜい、どちらのドアが開くかくらいのものだろう。

 それなのに「本日はご乗車ありがとうございます」に始まって、「急停車することがあります。吊り革、手すりをお持ち下さい」と続く。

 その後は堰を切ったかのように、優先座席や女性専用車両の案内だの、ケータイ電源オフへの協力要請だのがエンドレスでくり返される。さらに「痴漢は犯罪です」と注意して、雨の日なら「傘の忘れ物が増えています」、夜中なら「お疲れのところ車内が混み合い、まことに恐れ入ります」とまで言い添える。

 こちらは静かに雑誌でも読みたいのに、余計なお世話だ。乗客も誰も本気では聞いておらず、半分あきらめている。

 ようやく電車を降りてエスカレーターに乗ったら、今度は「右側はお急ぎのお客様にお譲り下さい」「雨で滑りやすくなっております」。最後に「もうすぐ終点です。足元にご注意下さい」とくる。

 いったいこれは親切なのだろうか。ここまで度を越すと、お節介としか言いようがない。過剰な注意は、知らず知らずのうちに人の思考能力を退化させる。

 耳栓でも買おうかな…

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2008年12月 3日 (水)

スキンケア

 昔はリップクリームなんて使ったこともなかった。

 何でオトコがあんなものをつけるのかと、訝(いぶか)しく思っていた。それが最近は手放せなくなった。別にお洒落で使っているわけではなくて、唇が乾燥してひび割れるのがみっともないからだ。とくに、これからの時期は必携品。

 カサカサする顔にはスキンクリーム、パソコンを使う指先にはハンドクリームもたっぷり塗る。どうしてこんなヤワな身体になってしまったのかと我ながら情けない。

 若い時分は極端な脂性(あぶらしょう)で、顔なんかギトギトしていた。Yシャツも1日着たら、首回りがネットリ汚れて変色してしまう。それが40歳をすぎた頃から汗の量が減って、この季節なら、帰宅してYシャツを脱いでも、注意して見なければ朝出て行くときとほとんど変わらない。

 足の裏もアカギレするようになって、冬はかかとの厚い専用靴下を履いている。昔は発汗が多くて、夏などは靴下を脱ぐと鼻をおおいたくなる悪臭が立ち上ったのに、今ではまったくそんな気配もない。

 これは皮膚の老化や血流の悪化が原因で、ひとことで言えば加齢によるものらしい。

 あまり汗をかかなくなったのはありがたいが、スキンケアが必要になったのは煩わしい。

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2008年11月30日 (日)

インフルエンザ

 インフルエンザの予防接種に行ってきた。

 この言葉を聞くと、思い出したくない遠い記憶がよみがえる。次女が1歳半の冬、インフルエンザ性の熱性痙攣を起こして救急病院に駆け込んだ。居合わせた当直医やスタッフ全員が懸命の処置をして下さったが、日付が変わっても意識が戻らず、一時は心肺停止状態にまでなった。寒々しい廊下で一夜を過ごした我々は、本当に生きた心地がしなかった。

 処置室から響き渡る怒号、走り回る足音。当直がたまたま小児科医だったのは幸運で、しかもそのK医師は、無精ヒゲを伸ばして身なりも構わないような熱血先生。どんなことをしてでも目の前の幼い生命を救おうという強い信念が、素人の我々にもひしひしと伝わってきた。

 あれだけ長時間意識不明が続いたのに、何の後遺症も残らなかったのは奇跡的なことだそうだ。これもひとえに、彼らの迅速で適切な処置のおかげだと感謝している。

 最近、病院のタライ回しが問題になっているが、もしあのとき他の病院で受入れを拒絶されていたら、あるいはあのK医師にめぐり合っていなかったらと思うと、今でも背筋が冷たくなる。

 先日の「医者には社会的常識がかなり欠落している人が多い」という麻生発言は不適切としか言いようがないが、この国には高い職業倫理を備えた素晴らしい医師がたくさんいる。

 そのインフルエンザ。今年はすでに11月から堺市や箕面市あたりで猛威をふるっているらしい。抗体ができるのに2週間かかるそうだから、予防接種はお早めに。

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2008年11月29日 (土)

アルコール依存症

 アルコール依存症というのは、簡単に言えば、お酒がやめられなくなってしまう病気のこと。

 20年ほど前に、アルコール依存症や一気飲みの弊害などの事例研究をしていたことがあった。

 神奈川県の三浦半島にある久里浜アルコール症センターは、日本最大のアルコール依存症専門病院。一度ここの先生の講演を聞いたことがあるが、依存症患者の末路は悲惨である。

 ちょうど今、大学生の大麻汚染問題が俎上に上がっているが、20世紀初頭のアメリカではアルコールも禁止されていた。「酒は百薬の長」といっても、長年にわたって過剰摂取を続けると心身に重大な影響を与える。

 日本の飲酒人口は6,000万人ほどで、このうちアルコール依存症の患者は約230万人とされている。つまり飲酒者の26人に1人がアルコール依存症という計算になる。

 厚生労働省はほぼ毎日純アルコール量で150mℓ(日本酒約5合半、ビール大瓶約6本、ウイスキーではダブルで約6杯)以上飲む習慣のある人を「大量飲酒者」と呼んで、彼らをアルコール依存症とみなしている。

 いっぽうで「適正飲酒」というのは、純アルコール量で約20gだから、中年男性の3割以上が適正外飲酒に相当し、その多くはほぼ毎日常習している。適正飲酒の目安はというと、

 ●ビール大びん1本(633mℓ)
   純アルコール換算 25g アルコール度数 5%  

 ●ワイン1/4本強(200mℓ)
   純アルコール換算 22g アルコール度数 14%

 ●日本酒 1合(180mℓ)
   純アルコール換算 22g アルコール度数 15%

 ●焼酎 0.6合(110mℓ)
   純アルコール換算 22g アルコール度数 25%

 ●ウイスキーダブル1杯(60mℓ)
   純アルコール換算 21g アルコール度数 43%

 ちなみにボクは大量飲酒者ではないが、適正外飲酒者である。

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2008年11月18日 (火)

本棚

 ヨソのお宅や事務所に行くと、ついつい本棚を見てしまう。

 どんな本が並んでいるのか眺めるのは楽しい。背表紙を見ているだけで、持ち主の趣味や嗜好から価値観、大げさにいえば人生観まで透けてみえる。

 若い頃、長らく会社の独身寮で暮らしていた。男同士だから遠慮もなく、しょっちゅう他人の部屋にあがりこむ。勝手に酒まで飲みながら、よく本棚に手を伸ばしたものだ。マッチョな体育会系のくせに難解な哲学書を読んでいたり、真面目一辺倒の朴念仁が怪しげなグラビア誌の愛好者だったり… 

 他人のCDラックを覗くのも面白い。全部クラシックというのもいささかうんざりするが、その隅っこにカラオケベスト曲なんてタイトルのCDが4、5枚並んでいたりすると、人間臭さを見たようで救われる。

 いくら親しくても、他人の心の底まではとうてい窺い知れない。だいたい人の個性というのは、理詰めでスパっと説明できるものようなものではない。親から受け継いだDNAもあろうが、この世に生を受けてから、ヤマほどの出会いや経験があって その延長線の一番先に今のその人がいる。いわば不純物のゴッタ煮みたいなもの。そして本棚やらCDラックには、その一部を解くカギが潜んでいる。

 有名な文筆家が、他人に本棚を見られるのはタンスの中の下着を見られるより恥ずかしいと言っていた。今となってはその気持ち、分からなくもない。

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2008年11月12日 (水)

語呂合わせ

  今年から、11月11日が「介護の日」になった。

 「いい日・いい日」の語呂合わせらしい。最近、介護施設へ見舞いに行くことが増えたが、介護は高齢化社会で誰もが直面する身近な問題。幸いにして我が両親はともに健在でいてくれることを感謝しなければならない。

 ところでちょっと調べてみたら、この11月11日は語呂がいいのか、「○○の日」というのがヤマほどある。

 ●配線器具の日 
 コンセントの差込口の形状を「1111」に見立てて、日本配線器具工業会が制定。

 ●電池の日
 同じく乾電池の+-を「十一」に見立てて、電池工業会が制定。 

 ●ジュエリーデー
 日本で正式に宝石の重量表示に200mgを1ct(カラット)とする国際単位が採用された日として日本ジュエリー協会が制定。

 ●ピーナッツの日
 ピーナッツは1つの殻に2粒の豆が同居する双子であることから、11のぞろ目の日を全国落花生協会が記念日に制定。

 ●チーズの日
 日本の歴史上でチーズの製造が確認される最古の記録から、チーズ普及協議会が制定。

 ●サッカーの日
 サッカーが11人対11人で行うスポーツであることから制定。

 ●靴下の日
 靴下を2足並べた時の形が11 11に見えることから、日本靴下協会が制定。

 ほかにも、鮭の日、もやしの日、下駄の日、煙突の日、公共建築の日、世界平和記念日など・・・

 それにしても、さまざまな業界団体があることに感心する。またみんな商魂たくましい。

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2008年10月 2日 (木)

学習機能

 パソコンとケータイ。

 どちらが得意かと聞かれたら、圧倒的にパソコン。メールひとつ打つにしても、ケータイだとパソコンの何倍も時間がかかる。ケータイでブログの更新をする人もいるらしいが、自分にはとうていマネできない。もし挑戦したとしたら丸1日かかるだろう。

 ケータイのメールなどめったに打たないが、たまに外出先から返信することがある。これでも一生懸命やっているので、誤字脱字・変換ミスはご容赦願いたい。

 ようやく最近気づいたのは、ケータイの文字変換には学習機能があるということ。一度変換した文字列は、もう一度変換しようとすると先頭に出てくる。これはなかなか便利である。

 感心して早速娘に話したら「今さら何を!」と不思議そうな顔をされた。知らないのはどうやらボクだけだったらしい。

 文字のサイズを小さくすることも教わった。購入したときの初期設定のまま使っていたからずっとデカ文字。あの液晶の小窓ではとても文章を考えることなどできないと決めてかかっていたのに、文字サイズを変えるといくぶん改善されることが分かった。

 ちょっと真面目に取り扱い説明書を読んでみたが、10分でギブアップ。あの細かい文字とワケの分からない単語の数々。硬直化したアタマと老眼にはちょっとツライ。こっちにはもう、学習機能などないのだから。  

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2008年8月26日 (火)

ケータイ紛失

 このご時世、ケータイを失くすとたいへんなことになる。

 ちょうど1週間ほど前のこと、そそっかしいボクは、ケータイをある役所の窓口に忘れてきた。

 いつもスーツの胸ポケットに収めているのだが、上着を脱いだときにスルっとポケットからすべり落ちたようだ。幸いに担当者とは名刺交換していたので、ボクのケータイだと分かったらしく、すぐに役所から事務所に電話があった。担当者は事務所にボクがいなかったので「至急電話を下さい」とだけ伝えた。

 ここからがややこしい。役所からの電話をボクに伝えるために、事務所からボクのケータイに電話連絡。でも何度鳴らしても出るはずがない。役所の担当者の机の上で、ボクのケータイは虚しく鳴り続けていたのだ。

 その頃はさすがのボクもケータイがないことに気づいていた。でもノンキなボクは、きっと事務所の充電器につけっ放しで出てきたのだろうくらいに思っていた。夕方事務所に戻ってようやく一部始終が分かり、あわてて役所に取りに行って事なきを得た。

 役所ではいちおうケータイの色と電話番号を確認。ロックも難なく外せたので、自分のものだと証明ができた。

 こうして結局は無事に手元へ戻ってきたが、今の世の中、ケータイを失くすとたいへんである。

 本体くらいは買えばすむが、電話帳には300件近い番号が登録されている。他人に見られてもどうってことはないが、万一本当に紛失したら仕事にならない。ケータイに詳しい知人に聞いたら「バックアップしてないの?」とビックリされた。そんなのはビジネスマンとしては当然だそうだ。

 スケジュール帳と電話帳は、他人には無価値でも、自分にとっては貴重な無形財産。大事に至らずにホッと胸をなで下ろしているが、今回の一件はいい教訓になった。

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2008年8月15日 (金)

日経スポーツ新聞

 毎朝、日経新聞を読んでいるが、ここ最近はスポーツ欄から目を通す。

 だいたいお盆の頃は、政治・経済分野では大きなニュースがない。いわゆる夏枯れという時期だ。

 それにひきかえ、このところスポーツ欄は記事満載。北京五輪に高校野球。後半戦がスタートしたプロ野球からも目が離せない。

 日経はもともとスポーツ欄などには力を入れていないのだが、それでもたっぷり4面を割いている。加えて日本選手がメダルでも取ろうものなら、1面に囲み記事が出るし、社会面でも選手の生い立ちや家庭環境などが紹介される。

 スポーツ欄から読むなんて邪道と思われるかもしれないが、さにあらず。寿司屋で玉子から注文するようなもの。味にうるさい客は、玉子焼の出来具合で職人の技量を評価するのだ。

 日経を1面から読んだり、経済欄や株式欄などをジックリ眺めているようではまだまだ修行が足りぬ。ウニやトロは最後の楽しみにとっておいて、達人はおもむろにスポーツ欄から開くのだ。他紙と比べても、署名入り記事は切り口が鋭く、著名人のコラムにもスパイスが散りばめられている。

 と思っていたら、最近電車で日経のスポーツ欄を読んでいるサラリーマンをよく見かけるようになった。それならスポーツ新聞買えばいいのに。さてはこのヒトも寿司屋で玉子から食べるクチかと、ひとりで苦笑している。

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2008年7月31日 (木)

お土産(続き)

 外国人に渡す土産は難しい。

 もらう本人にしてみれば、彼らの数少ない日本の情報を、その土産が上書きすることになる。大げさにいえば、日本という看板を背負った親善大使の役割を果たすかもしれないのだ。

 すぐに忘れ去られて棚の上でホコリを被っているような置き物なら、持っていかないほうがいい。ボクはいつまでもカタチが残るモノよりも、印象に残る食べ物や実用品がいいと思う。

 以前に上海に行ったとき、同行者が、使い捨てのカイロをヤマほど持参して、現地で配っていた。

 袋を振るだけで温かくなるなんて、手品みたいな話だ。まだ当時は彼の地ではそんな商品がなく、もらったアルバイト学生たちも珍しさに目を輝かせていた。ちなみにその同行者は”Mr.hotman”と呼ばれて大モテ。

 もっと昔は、東南アジアの奥地ではペットボトルやスーパーのレジ袋でさえ喜ばれたという。

 先日の日経新聞で、外国人観光客向けに『折りたたみ傘』がよく売れているという記事を見た。コンパクトで軽く、色鮮やかな折りたたみ傘は、海外では少ないらしい。値段も手ごろなので、何十本とまとめて買っていく人もいるとか。

 日本の観光地でも、つまらないキーホルダーやボールペンなどが山積みしてある。たまにそんなものをくれる人がいるが、あんなものをもらって誰が喜ぶのか。

 もう少し気の利いた土産がないものかと、いつも思う。

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2008年7月30日 (水)

お土産

 たまに海外に行くときに、何を土産に持って行こうかと悩むことがある。

 これは渡す相手によって異なる。たまたま現地に駐在している日本人と、その地で生まれ育った外国人とでは、当然のことながら喜ばれる品が違う。

 日本では簡単に手に入るものでも、外国ではめったになかったり、売っていてもとんでもなく高価だったりすることがある。近ごろは日本のデパートやスーパーが海外進出していて、和食の食材コーナーなども充実しているが、日本国内のようにはいかない。

 仲のいい相手なら、あらかじめ何が欲しいか聞いておくことにしている。

 いつだったか北京に行く前に、親しい駐在員に電話したら、味噌を頼まれたことがあった。中華料理でも味噌は使うだろうと思ったが、そうではなくて味噌汁に使う日本の味噌が欲しいらしい。銘柄は何でもいいというから、スーパーで適当に2、3パック買って持参した。現地で彼と一緒に北京ダックを食べに行ったが、たしかにむこうの味噌は甘くて味噌汁には使えない。

 何もリクエストがないときは、日本の雑誌を取り揃えて持っていく。2千円分くらいで充分。外国でも手には入るが、飛行機で来るから日本の3倍くらいはする。会社で大切に回し読みして、最後は自宅に持ち帰るという。

 15年ほど前に、ニューヨーク事務所へ『週刊現代』と『週刊ポスト』を持参したことがあった。日本でなら、サラリーマンが通勤電車で読む程度の雑誌だ。ところが見開きのグラビアを開けたとたん、駐在員が腰を抜かした。女優のヘアヌード写真が載っていたのだ。彼らが日本にいた数年前には、まだ解禁されていなかったと驚いていた。たしかにそうかもしれない。慣れてしまっていた自分が恥ずかしかったが、アメリカでは『プレイボーイ』や『ペントハウス』を通勤電車で読むことはないらしい。

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2008年7月 6日 (日)

テレビの買い替え

 実家のテレビを買い替えた。

 5年前に買った23型の液晶テレビが故障した。修理業者を呼んだら、部品の交換に4万円ほどかかるらしい。また3年後には、地上デジタル放送用の専用チューナー(約3万円)が必要になるから、今買い替えるのがトクだという。

 ということで、両親を連れて梅田のヨドバシカメラへ。いつの間にか、液晶もプラズマもすっかり安くなっている。どうせ難しい機能は使いこなせないから、32型で12万円弱のお手ごろ商品を買い求めた。

 それでも親は勿体ないと思うらしい。故障したテレビは、当時で30万円近くした。でも、もうモトはとっているだろう。1日6時間使うとして 5年間で1万時間。ということは時間当たり30円。テレビほど酷使する家電製品はない。

 その昔、こうやって単位当たりの計算をするのが得意な先輩がいた。5万円のスーツを50回着たら1回1,000円だとか、1万円の靴を100回履いたら100円だとか。

 レジで「古いテレビはどうされますか?」と聞かれた。持って帰ってもらうと3千円ほどのリサイクル費用がかかる。6千円払って5年間の保証をつけるのは惜しくないが、捨てるものにお金を払うなんて戦前派には許せないらしい。

 結局は近所の廃品処理業者に無料で引き取ってもらった。解体して換金するのだろうか。それも、余計なコストがかかると採算が合わないはず。明日から始まる洞爺湖サミットでも、テーマのひとつは環境問題。資源を無駄なく活用することと、ソロバン勘定のバランスは難しい。

 新しいテレビの鮮明な画像を見ながら、古いテレビの行方が気にかかる。

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2008年7月 4日 (金)

深夜営業

 若い頃、長らく初台(渋谷区)の独身寮でお世話になった。

 甲州街道に面していて交通至便。さらに便利なことに、寮の隣にコンビニがあった。日付が変わる時分にタクシーで帰還して、そのコンビニに立ち寄る毎日。

 カップ麺やら飲み物、ツマミに雑誌の類を調達。レジで支払いをすませて表に出ると、新宿副都心の高層ビル群が夜空に輝く。都会暮らしは何と便利なものかと思った。こんな生活をしていたら、婚期が遅れるのも当然だ。

 たしかその頃に、コンビニの24時間営業が始まったと記憶している。

 さらにそれから10年ほどして、ボクはある中堅ハンバーガーチェーンに籍を置く。経営は厳しく、少しでも売上げを伸ばしたかった。繁華街の店では、閉店後の深夜でも向かいのコンビニは賑わっている。「ウチもやろう!」と誰かが言い出した。たしかに深夜営業したからといって、盛り場では文句も出ないし、家賃が余分にかかるわけでもない。。

 試験的に数店でスタートしてみた。深夜の売上増によって変動費だけカバーすればいいと割り切ったから、業績は好転する。「他の店でもやろう!」 反対できる空気ではなかった。わずかながら数字は改善したが、そのために深夜のシフトまで組んで、従業員たちにも家族にも大変な負担を強いることになった。背に腹は変えられなかったとはいえ、今思えば、商売の正道ではなかった。

 最近、その深夜営業規制を検討する自治体が現れている。目的は、地球温暖化防止対策や青少年の非行防止など。京都市では早ければ来年度から深夜営業の自粛を求めるという。

 人間らしい生活を取り戻そうということだ。特別な仕事の人でもないかぎり、夜は家族団欒や安息にあてる時間のはず。便利さばかりを追求するのはいかがなものか。われわれも、生活スタイルを見直す好機かもしれない。

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2008年6月21日 (土)

手帳

 一日に何度も手帳を開ける。

 予定は変わることがあるからなるべく鉛筆で書く。細かい字でビッシリ書き込んだり、それを書き替えたり、またそれを確認したりのくり返し。丁寧には使っているつもりだが、秋口あたりになるとかなり草臥(くたび)れてきて、年末にはボロボロになる。

 サイズは市販の手帳のうちでいちばん薄いものを愛用している。スーツの胸の内ポケットに収まるし、見開きで1ヶ月単位の予定が分かって使いやすい。

 だからおのずと字は細かくなる。スペースが狭いためイニシャルだけというのもあって、あとで書いた本人もよく悩む。

 最近はケータイにスケジュールを入れている人も多いが、あれは苦手だ。画面が小さいし、一覧性がなくて使いづらい。やはり慣れた手帳がいい。

 手帳は過去の記録としても役に立つ。直近6、7年の手帳はとってあるのだが、それより古いのは断片的にしか残っていない。

 たまに時間があるときに、古い手帳をパラパラ眺めるのは楽しい。若い頃に付き合っていた人たちやよく行った店の名前なんかが出てくると、懐かしさで目がとまる。そして頭の中は、しばし数十年前にフラッシュバックしてしまう。

 大阪に引っ越してくるときに、古い手帳の大半は処分してしまった。今思えばかけがえのない財産だったのに、本当に勿体ないことをした。みんな残しておけばよかったと後悔している。

 今なぜだか手元にあるのは、小学校の日記帳と中学の生徒手帳と高校の住所録。これも今さら捨てられない。

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2008年6月15日 (日)

父の日

 今日は「父の日」。

 息子であり父親である自分は、この日は二役をこなさねばならない。

 父への贈り物は、妹に頼んでいる。昭和ひとケタ世代の父は、身の回りのものはすべて母任せで、あまり自分で選んで買う習慣がない。ポロシャツ、ネクタイ、パジャマ、帽子など、毎年妹が母と相談して決めている。

 その昔、ウチの小学校では、毎年その日に父親参観があった。教室の後ろに子供たちが描いた父親の似顔絵が並んでいて、よそ行きの格好をした本人たちが順番に入ってくる。父に感謝する歯の浮くような作文を読まされるのが、どうも苦手だった。子供心にも、何だか作為的な儀式だと思っていたが、あの頃はまだ、戦前の封建的な父権がわずかながら残っていたように思う。

 数日前の新聞によると、日本・中国・韓国・台湾4ヶ国のアンケートで「父親の威厳を尊重すべき」という意見は、日本では5割程度だが、他の3ヶ国は8割を超えているそうだ。民主主義や男女平等の台頭によって、父親の尊厳など蹴散らされてしまったらしい。記事は、日本人は明確な家族像を持たないと結んでいる。

 たしかに最近の凶悪事件を見ていると、幼い頃からの家庭崩壊に起因するものが多い。両親の役割のあいまいさにも責任の一端がある。

 われわれ父親には、母親とは違った存在意義が求められている。日常生活では些事にこだわらず泰然自若としつつも、大切な節目では毅然とした意見を言う。その距離感が大切で、それゆえ父親の言葉は重く、心の奥まで響き渡る。

 役割を上手に演じなければと、自戒しつつ思う。「父の日の お礼の電話も なぜか母」という投稿句が、昨今の父親の姿を巧く言い表している。

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2008年6月11日 (水)

叔母の見舞い

 叔母の入院先へ見舞いに行ってきた。

 春先から心臓が痛かったらしい。

 1207sutento病院で検査してもらったら、心臓の血管が3本ほど詰まりかけていた。放っておくと心筋梗塞になりかねない。ということで、狭くなった血管にステントという金網状のチューブを装着することになった。

 まず、足の付け根の動脈からカテーテルを心臓近くまで挿入する。狭くなった血管をバルーン(風船)で拡張させて、そこにステントをはめ込む。これで血管を内腔から押し広げる。

 バルーンは動脈硬化部位を広げるだけだが、ステントを使うとそのまま固定されるから、再狭窄の可能性が低くなるそうだ。

 心臓血管外科というのは最先端の医療分野。病室で造影写真を見ながら、そんなことが簡単にできる科学技術に感心してしまった。もちろん医学知識は必須だが、外科医には手先の器用さが要求される。

 1週間に1本ずつ施術して、明日が最後の1本。本人は思ったより元気そうなので安心した。

 月末に快気祝いをしようと約束して、病室を出てきた。

 叔母の好物の冷酒でも用意しておこうか。

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叔母の見舞い

 叔母の入院先へ見舞いに行ってきた。

 春先から心臓が痛かったらしい。

 1207sutento病院で検査してもらったら、心臓の血管が3本ほど詰まりかけていた。放っておくと心筋梗塞になりかねない。ということで、狭くなった血管にステントという金網状のチューブを装着することになった。

 まず、足の付け根の動脈からカテーテルを心臓近くまで挿入する。狭くなった血管をバルーン(風船)で拡張させて、そこにステントをはめ込む。これで血管を内腔から押し広げる。

 バルーンは動脈硬化部位を広げるだけだが、ステントを使うとそのまま固定されるから、再狭窄の可能性が低くなるそうだ。

 心臓血管外科というのは最先端の医療分野。病室で造影写真を見ながら、そんなことが簡単にできる科学技術に感心してしまった。もちろん医学知識は必須だが、外科医には手先の器用さが要求される。

 1週間に1本ずつ施術して、明日が最後の1本。本人は思ったより元気そうなので安心した。

 月末に快気祝いをしようと約束して、病室を出てきた。

 叔母の好物の冷酒でも用意しておこうか。

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2008年6月 6日 (金)

自動化

 自動ドアでも高速道路のETCでも、センサーが感知して開閉する。

 最近は商業施設や駅・ホテルのトイレなどで自動水栓が増えてきたが、これも似たような仕組みで、蛇口のあたりに手をかざすと水が出てくる。そして洗った後は温風乾燥機に手を入れて乾かすだけ。そのせいか近ごろは、ハンカチを口に加えて手を洗う姿も少なくなった。

 しかし、蛇口をひねるくらいそれほど大儀だろうか。むしろ不器用なボクは、蛇口に手を近づけすぎて、うまく水が出ないことが多い。不用意に隣の洗面台に載せたカバンをセンサーが感知して、ビシャビシャに濡らしてしまったこともある。障害者用ならともかく、こんなものは過剰サービスだといまだに思っている。

 決まった位置に手を出すと、決まっただけの水が出てくる。もちろん微調整など利かない。何でも画一化されて、個性は消えてなくなる。ロボットが握った回転寿司はシャリの量まで同じで、職人は出番がない。これも便利なようで味気ない。

 クルマの運転が好きな人は、オートマチックよりもマニュアル車を好む。何でも機械が決めてくれるお仕着せの生き方よりも、多少はゴツゴツしていても、山あり谷ありの人生のほうがはるかに魅力的ではないか。

 どうも自動水栓は好みでない。そんなことを思いつつ、今日もセンサーに狙いを定めて手をかざしている。

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2008年6月 3日 (火)

ドギー・バッグ

 船場吉兆が廃業を発表した。 

 老舗料亭が食べ残しを使い回しするのは客に対する重大な背信行為だが、手付かずの料理が勿体ないという感覚はよく分かる。

 産経のコラムに、ある有名な女性作家が、残したものは容器をもらって自分で詰めて持ち帰ればいいと書いている。

 たしかにその通りだと思う。日本にはあまりそんな習慣がないが、これはけっして恥ずかしいことではない。店のほうも個性的な持ち帰り容器を座敷に用意しておけばいい。ナマモノには配慮が必要だが、家で待つ妻子も土産を喜ぶかもしれない。その昔、披露宴などの料理は、その大半を折箱に詰めて持って帰るものだったらしい。家族は夜遅くまで起きて、その折詰めを待っていた。

 アメリカでは、どんな高級レストランでも持ち帰り用の容器(ドギー・バッグ“Doggy bag”)が用意されている。飼い犬のためにという口実で、残った料理を持って帰るのだ。食中毒を心配する店と、勿体ないと思う客が、阿吽(あうん)の呼吸で考えついた知恵といえる。 そして持ち帰った料理は、子供がお腹を空かせた時のおやつになったり、翌日の朝食に変身したりする。

 いかにもアメリカ的な合理主義。たしかに衛生上の問題があるかもしれないが、それは客にきちんと説明すればいいこと。納得して持ち帰れば、その先は客の自己責任だ。

 こんな慣行が根付けば、使い回しもしようがない。平身低頭の女将の姿を見ながら、そんなことをふと思う。

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2008年5月26日 (月)

ちょっと気晴らし…

 今日は以前からの約束で、仲間とのゴルフ。

 前日の雨も上がって、朝から快晴。はじめてのゴルフ場なので早めに家を出て、吹田ICから中国道を西へ。大阪市内へ向かう車は通勤ラッシュが始まっているが、逆向きなので車も少ない。

 吉川ICで降りて、8時前にはゴルフ場到着。チェックインを済ませて、ゆっくりコーヒーを飲んでいたら同伴者が揃った。それにしてもゴルフは平日に限る。空いているし料金も安い。かつてバブル期の土日ならビジターで3万円。しかも首都圏だと片道2時間はザラだから、帰りは渋滞でクタクタ。

 迎賓館と見まがうような贅を尽くしたクラブハウス。凝りすぎた戦略的なコース設計。高級割烹のような何千円もする昼食。接待用に仰々しく包装されたお土産の数々…みんな幻のように消えていった。たまに新聞で有名なゴルフ場が経営破綻したというニュースを見るが、あの頃はわれわれ庶民までが踊らされていた。

 賑やかなラウンドが終わって、ひと風呂浴びて帰路につく。もちろんアルコールはご法度だ。ちょうど帰りの高速で夕立に見舞われた。ゴルフの途中で降られなかっただけついている。

 さて、今月もあと1週間。月末締めの仕事がまだ残っている。また週末は忙しくなりそうだ。

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2008年5月12日 (月)

白いカーネーション

 母の日に花屋の前を通りかかると思い出すことがある。

 小学校の低学年くらいの頃だったと思う。

 教室で担任の先生がカーネーションの造花を配った。安全ピンで胸の名札の横につける。リボンには「お母さん ありがとう」というような文字が印刷してあった。回りを見回すとみんな赤いカーネーション。その中に一人だけ白いカーネーションをつけた女の子がいた。

 ボクは先生の説明を聞いて、彼女には母親がいないことを知った。亡くなったのか、離婚したのかは知らない。でもまるで悲しみに追い打ちをかけるような白。どうして幼い子供にそんな残酷なことをするのだろう。彼女は泣きべそをかいていた。

 その子の家は二間続きの古い文化住宅で、一度だけ万年床の上でトランプをした記憶がある。あれは今でいう父子家庭だったのかもしれない。そしていつの間にかその子は転校して姿を消してしまった。その古家のあたりも再開発されて、今では跡形もない。

 亡くなった橋本竜太郎元首相が、母の日の思い出を聞かれて「ボクはカーネーションを赤と白に分けるという発想が嫌いだった」と答えたことがある。質問した記者も意外な返答に言葉を失った。

 彼のお母さんは社会福祉活動で活躍した有名な方だが、実母ではなかったのだ。嫌味で鼻っ柱の強い性格は好きになれなかったが、寂しそうな横顔から、ちょっと人間臭い一面を垣間見た思いがした。

 我が家では昨日、子供たちが赤いカーネーションの鉢植えを買ってきた。妻の笑顔を見ながら、ふと遠い昔を思う。あの子もどこかで幸せなお母さんになっただろうか。

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2008年4月30日 (水)

ガソリン値上げ

 明日からガソリン税の暫定税率が復活する。

 ということで、夕方忘れないようにスタンドで給油。いつもより客が多い。
 「満タンですか?」
 「もちろん!これ以上入らないくらい一杯!」
 「ハハハ~分かりましたよ」

 伝票を見たらリッター131円。明日からこれに30円ほど上乗せになるというから、60リッター入れるとして2千円弱の負担増。われわれはせいぜい月に1、2回の給油だからタカがしれているが、運送業界などはたいへんだろう。

 消費者の立場からすると、もちろん安いに越したことはない。しかしこの問題の本質は、ガソリンの値段の話ではなくて税金の政策論。ガソリン国会などと注目を集めているが、少し騒ぎすぎではないか。年金やら医療保険の話とは質が違うし、影響の大きさも比較にならない。何でも反対の野党やらマスコミに、国民が躍らされている。

 近ごろの新聞は、何でも一緒くたに大きな活字で書き立てる。だから読者はその軽重が分からなくなる。とても大切なことと、まあまあ大切なことと、どっちでもいいことを、キチンと分かるように区別して書けというのはワガママだろうか…

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2008年4月20日 (日)

知らんぷり

 仕事で必要があって、役所へ印鑑証明書と住民票を取りに行った。

 わがH市では、最寄駅の改札横に市役所の出張所がある。そしてここは休日でも開いていて、なかなか重宝する。

 申請書を書いていくと、使用目的とか提出先とかいう欄に行きあたる。相続、登記、保険、自動車…いつも思うことだが、なんでこんなことを書かされるのだろう。大きなお世話だ。まともに目的を書くと長くなるので、とりあえず「その他」にマルをつけて窓口に出す。案の定、使用目的を聞かれて説明させられた。

 相手はあっさり納得して、コンピューターのキーボードを叩き始めた。かと思うと、いきなりこっちを見て、
「いつもイヌの散歩をされてますよね…」ときた。
「え…??」と驚くボク。
「わたし○○公園の近所なんです。よくお見かけしますよ。」

 イヌの散歩などせいぜい月に1、2回だが、どこで見られているか分からないものだ。しかし、市役所の職員(パートかもしれないが)が、職務時間中に来庁者とこの類の私的会話を交わすのはルール違反ではないのか。正直あまりいい気はしなかった。誰に対しても平坦に、私的な興味は持たずに応対するのが行政サービスの基本だと思う。

 ウチの事務所の近くに郵便局があって、週に2、3回は行く。職員が4、5人の小さな所帯で、だいたい顔は覚えている。ボクは世間話もしないし、相手も用件しか答えない。

 あるとき、その郵便局から事務所に電話がかかってきた。5分ほど前にボクが出した郵便物の料金が違っていたことを伝える内容だった。ボクは驚いた。あの窓口の女性は、ボクが誰だか知っていたのだ。

 考えてみたら、知っていて当然かもしれない。しかし、それに気づかせないのがプロの応対だ。ホテルのバーテンダーしかり。背後の壁に溶け込んでいても、客の話はちゃんと聞いている。場合によっては客の仕事も、客同士の関係も知っている。でも余計なことは一切言わない。

 サービス業のプロとはこういうものだ。笑顔は必要だが、その先は黒子に徹すべし…

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2008年4月14日 (月)

天気予報

 今朝は休刊日。5時半過ぎに目が覚めてテレビをつける。天気予報によると、午後からは天気も回復して気温は20℃を越えるらしい。

 晴れようが雨が降ろうが、ボクの予定は変わらない。せいぜい天候や気温で服装を変えるくらいのもので、台風や大雪で仕事をキャンセルしたことも記憶にない。要は天候に関係なく、粛々とボクの日常は進んでいく。つまらないといえばつまらないし、情緒がないといえばそれまでだ。

 そして、しばらくすると妻が、またもう少しすると長女が起きてくる。妻はカーテンを開けて空を見上げている。長女は食事をしながらテレビの天気予報に見入っている。

 このふたりの生活は、ボクよりは多少天候に影響されるのだ。

 妻はまず空模様を見て、洗濯すべきかどうか考える。マロンの散歩も雨だと出られない。天気がいいと自転車で買い物に出かけるが、雨だと車を使うらしい。

 長女は部活の予定が変わる。雨が降ると屋外コートが使えないから「キントレ」という筋肉トレーニングに相成る。外でボールを打つのは楽しいが、雨を横目で眺めながら腕立て伏せをするのはツライらしい。

 考えてみれば、気象予報士というのもご苦労な仕事。的中してほめられることもなく、外れると非難轟々。しかし天気図から大きな流れは予想できても、移動する方向や速度など正確に分かるはずがない。ましてや長期予報など人智の及ばざるところ。当たらずとも大目に見てあげようではないか。

 さてそろそろ出勤時間。庭にいた次女がスリッパを空中にフワッと上げたら、裏返しに着地した。どうやら明日は雨らしい。

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2008年4月12日 (土)

タスポ

 長い信号待ちに飽きて後ろをふり返ると、タバコの自動販売機に奇妙なモノがついている。

 自分でタバコを吸わないので気がつかなかったが、これが今話題になっている未成年者識別装置『タスポ』というヤツ。たしかこの自販機でタバコを買うには専用のICカードが必要だったはず。

 あとで調べてみたら、名前や住所、電話番号、生年月日といった個人情報に顔写真まで添えてカードを作らなければならないそうだ。たかがタバコくらいで大仰な…と思ってしまう。

 もともと酒やタバコの自販機は、深夜11時から翌朝5時までは使えない。これは未成年者の飲酒や喫煙を予防するための措置だったのだが、どうやらそれだけでは効果が薄かったらしい。これからは自販機でタバコを買うには、面倒なカードを作っていつもそれを携帯していなければならない。相次ぐ迫害に加えて、愛煙家にはますます暮らしにくい世の中になってきた。

 このシステムは初期費用だけで900億円。おまけに運営維持費が年間100億円。タバコ業界はよくそんな巨額の投資に踏み切ったものだ。

 町のタバコ屋といえば、昼間はおばあちゃんが店番をしていて、閉店後は店頭の自販機が頼り。そしてその自販機は、今やタバコ販売全体の6割を稼いでいる。

 このシステムの導入で自販機の売上げが減るのではないか。そうすると痛手を受けるのは町のタバコ屋で、24時間営業のコンビニに客が流れてしまうような気がする。

 世論の批判をかわして自販機販売を守るために巨費を投じた新システム。しかしこれが喫煙者の自販機離れを誘発するとしたら、皮肉というしかない。

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2008年3月29日 (土)

得した気分

 朝食の目玉焼きに2つ黄身が入っている。最近珍しい二黄卵。今日は朝から縁起がいい。

 電車でポケットをゴソゴソやっていたら、ティッシュの間から折りたたんだ千円札が出てきた。自分のものには違いないが、何だかトクした気分。

 午前中、梅田に出たついでにヨドバシカメラでパソコン関連の小物をまとめ買い。合計2万円弱だが、たまったポイントを使ったので出費はなし。タダで買えたみたいでウレしい。

 地下街で遅めの昼食。和定食を頼んだら、余った小鉢までサービスしてくれて650円也。さっきの千円札を広げてお勘定。

 荷物が多いのでタクシーに乗る。あいにく渋滞。カシャカシャとメーターは容赦なく上がる。最後にもうワンメーター覚悟していたが、ギリギリで踏みとどまってくれた。運転手は残念そうな顔。そうは問屋がおろさない。80円もうけた気分。

 事務所に戻ったら、スポーツクラブの無料体験チケットと銀行の食事つきセミナーの招待券が来ている。こういうのは結局高い買い物につく。危ない危ない…

 春の暖かさに誘われて、ちょっと近所の居酒屋へ。店主が気前良くなみなみとグラスに注いでくれた清酒が枡にこぼれる。それをまたゆっくりと飲み干す。これも小市民のささやかな楽しみ。アテは鰆の西京焼とホタルイカの酢味噌和え。

 こういう日はさっと引き上げる。駅で週刊誌を買って電車に乗り込む。運よく座れた。お釣りをポケットにしまおうとしたら、さっきのレシートが出てきた。何だか安いと思ったら、注文のつけ忘れ。

 何だか今日はだいぶトクをしたような…たまにはケーキでも買って帰ろうか。

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2008年3月21日 (金)

待つわ

 ボクが20代だった頃、あみんという女子大生ディオが『待つわ』という曲を歌っていた。

 ある一定の年代以上の人なら、彼女たちの
「待つわ~♪ いつまでも待つわ~♪」というスローなバラードが頭の片隅に残っていると思う。

 「いつまでも待つわ」なんて、今どき死語だろう。近ごろの若者たちの待ち合わせ事情は知らないが、ケータイ時代の勝負は早い。

 そんなことを思いつつ「『待つ』ということ」(鷲田清一)を斜め読み。ケータイの誕生は「待つ」という日常を喪失させた。本来「待つ」には、期待や願いや祈りが内包されていたのに、いつでもどこでも誰とでも交信できるケータイは即座に決着をつけてしまう。身を任せる時間は失われ、万事に段取りが重視される。

 哲学者だから難しく書いているが、要するにこういうこと。待ち合わせの相手が遅れたとする。ケータイが出現する前なら、時計を何度も見ながら、イライラ・期待・不安・あせりなどのさまざまな感情を交錯させつつ、相手との関係を認識していくという貴重な時間があった。ところが待たなくてよくなった現代人は、逆に熟慮する時間を奪われているのではないか。

 あるアンケートで、待ち合わせでどれだけその人を待てるかという質問があった。これに対して、待つなら25分、待たせるなら17分という平均値が出ている。たった2分ほどの赤信号でもイライラする大阪人なら、もう少し短いかもしれない。

 ついでに「走れメロス」(太宰治)を読み返してみた。暴君に親友を預けたメロスは、処刑されるために刑場に戻ってくる。3日間牢獄でメロスを待つだけだった親友。最後に抱き合ったときに彼は、たった一度だけメロスを疑ったことを恥じて力いっぱい頬を殴らせた。感動的なラストシーンだが、ただ待つことで相手との関係が深まることもある。

 昔の生活では当たり前のこと。返事を待つ、機が熟するのを待つ、雨がやむのを待つ、恋人を待つ。しかし情報が瞬時に伝わるIT社会ではそんな余裕はない。それがいいのか悪いのか、ちょっと考えさせられる。

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2008年3月18日 (火)

粋人

 お彼岸に入って、すっかり春めいてきた。

 仕事も一段落したので、事務所からのんびり歩いて10分ほどの太閤園でちょっと贅沢なランチを楽しむことに。

 日本庭園が望める瓢箪の窓側の席を予約しておいた。暖かい陽射しを受けて、庭園の緑がいっせいに新芽を吹きはじめている。池のさざなみに反射した光が店内の天井に不思議な模様を映し出す。

 都会の中の静寂を楽しみながら、ゆったりした気分で旬の会席膳を堪能。

 ボクたちの隣の席にひとりで現れた老人はなかなかの洒落者。70歳前後だろうか。スプリングコートを脱いで帽子を預けると、いきなり白ワインをオーダー。単行本を片手に銘柄を指定してワインのお代わりをしたかと思えば、メニューも見ないで「貝柱を○○で…」なんて注文の仕方をする。

 お任せのセットメニューではなく、好きなものを好きなだけ好きなように料理してもらって平らげる。そして実に美味そうにワインを重ねて、さっと席を立って引き上げる。あとには爽やかな残り香。

 粋人とは、そんなもの。真似してもサマにならないだろうが…

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2008年1月15日 (火)

ドンド焼き

 テレビのニュースをつけたら、東北のドンド焼きの様子が映っていた。

 Dondoこれは小正月に行われる火祭りで、正月の門松、注連縄(しめなわ)、書き初めなどを焼く。うちの実家のあたりでは濁らず「トンド」と読ませていたが、どうやら全国共通の行事らしい。

 亡くなった祖父に手を引かれて、寒い夜道を首をすくめながら近所の氏神さんまで歩く。境内に入ると真っ赤な火が燃え盛り、大人や子供が一緒になってトンドの炎を囲んでいる。青竹がパチパチと大きな音を立てて弾ける。焼け残った書き初めの切れ端が炎とともに空に舞う。

 祝い箸や注連飾りを投げ込んでいると、お神酒で頬を赤らめた町内会の役員さんが駄菓子を持たせてくれた。この行事は、正月にお迎えした神様が天に帰っていく儀式だと教わって、神妙な気持ちで火の粉のはるか向こうの夜空を見上げた幼い日。

 その火で餅を焼いて食べると無病息災。火が高く上がるほど吉兆だという。

 最近はみんな燃えるゴミとして捨てられてしまうのだろうか。考えたら近ごろは身の回りに生の火がない。オール電化住宅の普及で、生活に直結した火が減ってきた。子供の楽しみだったたき火も、防火やダイオキシン騒動の影響で目にすることも少ない。我が家は誰もタバコを吸わないから、家にマッチすらない。おそらく子供たちはマッチを擦れないと思う。

 燃え盛る炎に手をかざす心地よさ。今となっては懐かしい昭和の感触である。

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2008年1月14日 (月)

法事

 親戚の法事で奈良まで行ってきた。

 早世した従兄弟の33回忌。小学校6年生の冬に小児喘息で亡くなった。もし元気で生きていたら45歳。今ごろは家庭も持って、子供もそれなりの年齢になっていただろう。

 小さな額縁に封じ込まれた遺影は、幼い頃の姿かたちのまま。向こうは向こうで仏間に集まった親戚の顔を見渡しながら、「あいつらも年とったな…」と歳月の重みをかみしめているかもしれない。変色した卒業文集を開くと、わら半紙にガリ版印刷された鉄筆の痕がみずみずしい。

 焼香をしながら、過ぎ去った時間の長さを思う。自分でも子供を持った今、親の無念さが改めて胸にしみる。悔恨、寂寥、諦観…どんな思いでこれまでの長い年月を過ごしてきたことか。

 自宅から少し離れた店で、法要の会食。めったに会わない親戚がそろって、こちらは賑やかな宴席となった。幼い頃はよく行き来していた従兄弟たちも、社会に出てからは顔を会わすことも減った。お互いの子供たちにもなかなか会う機会がないが、知らない間に大きくなって、いずれは就職、結婚という日も近いだろう。

 あっという間に時間が経って、再会を約してそれぞれ帰路についた。

 駅で空を見上げると、真冬の雲が厚ぼったく垂れ込めている。昼間の酒に酔った頬に、白いものが触れて解ける。もうすぐ大寒…

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2008年1月 9日 (水)

買い物

 買い物はあまり得意ではない。

 とくにウィンドーショッピングとやらは苦手。たいていは必要に迫られて買いに行くのであって、何か安くていいものがないかとバーゲン会場をウロウロすることなどまずない。

 ケチではないのだが、身の回りはシンプルがいい。モノに囲まれて暮らすというのは性に合わなくて、必要最小限のモノがあればそれ以上は望まない。モノに対する執着も薄い。

 たまに家族の買い物に付き合わされるが、女性陣の飽くなき購買欲にはいつも感嘆するのみ。子供とて、オンナとしてのDNAはしっかり備えているから油断はできない。

 そのボクが唯一、見境いなく買ってしまうのが本。若い頃から、あまり考えないでまとめ買いする。読むのは半分くらいで、後は積読(つんどく)。

 だから在庫管理もキッチリできていない。その証拠に昨年だけでも、すでに持っている本を2冊も買ってしまった。ところがまったく読んだ記憶がない。きっと積読だったのだと思って本棚にあった先客を開けてみたら、何とラインマーカーの跡まで付いている。これじゃ言い訳もできない。

 いちどオツムの検査をしたほうが良さそうだ。

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2007年12月12日 (水)

auショップにて

 ケータイの機種変更をしてきた。

 P_a5527sa_image_2久々に近所の auショップに行ったが、最近のケータイの進化には驚かされる。音楽が聴けるくらいは当たり前で、テレビやビデオまで見られるし、サイフ代わりにも使えて道案内までしてくれる。

  店の女の子がカタカナ言葉を駆使して説明してくれるが、まったくチンプンカンプン。いまだにケータイでインターネットすらできないのだから、近頃流行りのワンセグやらおサイフケータイなどのついた多機能機種はとうてい使いこなせない。

「ケータイで何をされますか?」
「電話と最低限のメールができて、FMが聴けたらそれでいいよ。」
「着うたとかはこだわります?」
「全然…」 
「ディスプレイは高画質がいいですか?」
「老眼だからデカ文字のほうが…」
「それじゃシニア向けの簡単ケータイというのもありますけど…」

 うしろに並んでいる若いカップルがくすくす笑っている。

 結局は海外でもICカードを差し替えずにそのまま使えるケータイにしてもらった。定価だと4万円近くするらしいが、2年間他社に乗り換えない条件だと1万円ほど。しかも溜まったポイントを使うと、妻のと2台で1万円ちょっと。不思議な価格設定だが、店が混んできたので早々に契約をすませて引き上げることにした。

 それから2日。まだ自分でも慣れていない。それなのに、もう目ざとくボクのケータイが変わったことに気づいた連中がいる。以前と着メロが違うというのだ。他人の着メロまで覚えているとは… 思わずうなってしまった。

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2007年12月 9日 (日)

師走の日曜日

 朝起きたら冬の青空が広がっていた。

 ゆっくり朝刊に目を通してから、セーターを着込んでマロンの散歩に出かけた。3キロほどの小型犬だが、寒くなると体調がいいのかリードを引く力が強い。

 向こうからベビーカーに乗せられた小さな女の子が来た。遠くからマロンを見つけて「ワンワン!」と嬌声を上げる。背すじが伸び上がって、カートから飛び出しそうだ。後ろからそのベビーカーを押している母親が、微笑みながらこちらに会釈する。

 すれ違ってから考えた。我が家が13年前に大阪に来たばかりの頃、長女がちょうどあれくらいの年格好だった。ヤンチャで動物好き。公園でイヌに出くわすと、いつも声を上げて追いかけ回していた。

 あの頃は賃貸マンション暮らしで、イヌを飼うこともできず。ぬいぐるみの首にヒモをつけて、汗だくで部屋の中を走り回っていた。その子がもう中学生である。

 近所の公園をひと回りして、雑木林に足を踏み入れてみた。寂しくなってきた落葉樹のすき間から穏やかな陽光が射し込む。まだ朝早いから子供たちの姿もなく、落ち葉の絨毯の向こうで、同じようにイヌの散歩をしている人同士が言葉を交わしている。

 池の端で立ち止まって、持ってきたパンくずを投げてみた。池の底からコイが現れて獲物をかすめ取っていく。するとすぐに大きなサギが飛んできて、じっと様子をうかがっている。

 パンでも食べるのかと思って見ていたら、サギは器用にくちばしを水中に潜らせて、瞬時に小魚を捕らえた。なんとパンくずに寄ってくる小魚を狙っていたのだ。

 鳥の知恵に感心していたら、見物客が二人、三人と増えてきた。「また捕まえた!」「賢いな~」。ちょうどパンくずがなくなったところで、ショータイムは残念ながらお開き。笑顔で声を掛け合って解散と相成る。

 動物というのは他人同士の固い心の扉を開けてくれるものかもしれない。家で遅めの朝食をとりながら、ふとそんなことを考えていた。

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2007年12月 7日 (金)

値上げラッシュ

 最近新聞の経済欄を開くと、円高と株安の話題ばかり。ボクも多少は外貨預金や株を持っているが、あまり日々の値動きには一喜一憂しないことにしている。

 原油の上昇も止まらない。今月から石油元売り大手がいっせいに灯油やガソリンの卸価格を引き上げた。これでガソリンの店頭価格は155円くらいまで上がるとか。

 その余波は、電気・ガス、国際線の航空運賃、タクシーの値上げに及ぶ。さらに穀物高から調味料やパン、菓子、ビール…と値上げの連鎖が広がる。

 それにしても、総務省が出す消費者物価の統計数値はピントが外れている。9月まで消費者物価は下がり続け、10月でようやく 0.1ポイント上昇に転じた。われわれの暮らしに直結する食品や公共料金が軒並み上がっているのに、プラズマテレビなどの家電製品の値下がりに引っ張られて物価の平均値とやらは下がるらしい。かくも役所の統計は生活実感からはほど遠い。

 失業率は全国的に悪化しているが、なかでも大阪の惨状は目に余る。これこそ宿年の政治課題で、下請け零細企業を中心とした産業構造を大きく転換しない限り、突破口は見当たらない。

 そして年が明けると知事選。太田知事は三選出馬を断念し、各党の候補者選びは難航している。知名度の高いタレントの名前も取りざたされているが、人気投票ではなく政策論を中心とした選挙戦であってほしい。

 そろそろ、大阪に本当の春が来ないものか。

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2007年12月 6日 (木)

失せ物

 久しぶりに父と一緒に電車に乗った。

 父は改札機を通した切符を小銭入れにしまう。どこに入れたか分からなくなって降車駅で探すことが多いので、しまう場所を決めているらしい。

 近ごろはPitapaを使うから切符を買うことも減ったが、ボクも切符をよく失くす。改札機を通した後、ついつい無造作にポケットに放り込むが、どこに入れたか思い出せない。小さくて薄い切符は定期入れの間に挟まっていたり、ハンカチの中に埋もれていたりする。

 いつも通勤でお世話になっているK電鉄には『忘れ物窓口』というのがあって、ボクはその常連客。傘にカバン・土産袋まで、これまで置き忘れて受け取りに行ったことは4、5回ではきかず、情けないことにケータイにまで番号登録している始末。ところがその都度、親切な車掌さんが見つけてくれるか他の乗客が届けてくれるかして、本当に失くなったタメシがない。「これも人徳の為せるワザ」と家族には威張っているが、相手にもされない。

 一度だけ、通勤カバンを置き忘れたことすらしばらく失念していたことがあった。事務所にないから家だろうと思っていたが、どこにも見当たらない。もしや電車の中ではと、その忘れ物窓口に問い合わせたのは10日以上も経ってからのこと。あるにはあったが、保管期限が過ぎていて、すでに警察に転送されていた。

 かろうじてカバンの中味は答えられたから返してもらえたが、警察の遺失物センターでは「なぜそんなに長い間気づかなかったのか」とさんざん訝しがられた。

 さすがに最近はだいぶ学習したので、網棚には絶対に上げない。重くても手に荷物を持ったまま、カバンは肩から掛けたまま。もしそういう人を電車で見かけたら、間違いなくボクと同病の御仁である。

 最近妙に肩が凝るのは、そんな理由かもしれない。

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2007年11月29日 (木)

すごい

 2週間ほど前のこと、次女の授業参観に行ってきた。

 担任はボクと同年輩の女の先生。手ぎわのいい授業なのだが、筋書き通りでどうも面白みに欠ける。周囲に立つ保護者の目を意識していて、ふだんとは違う『よそ行き授業』のような雰囲気が見てとれた。もっと熱い血の通った授業を期待していたのだが、教師受難の時代だからそれもやむをえまい。

 そのなかでちょっと気になったのは言葉の使い方。子供を誉めるときに「すごい」を頻発する。よく調べた発表だからなのか、まとめ方が上手いのか、それとも単に声が大きいからなのか、そこをもう少し具体的に説明してほしい。ご本人は何気なく使っているのだろうが、子供のほうも何を誉められたのか分からないだろう。

 よくテレビのグルメ番組で「美味い!」を連発するタレントがいるが、そんなレポーターを使うテレビ局の気がしれない。安易な言葉に走ると表現力はつかない。

 そんなことを思っていたら、数日前の新聞で 某大学教授のコラムが目にとまった。

 ゼミ生と栗拾いに出かけたときのこと。一面のイガ栗に「すごい」。イガの中に愛らしいアマガエルを見つけて「すごい」。「全く違うものなのに同じ表現なんですよ」と苦笑する。

 その教授は「感覚的な生活言葉ばかりでは論理的に考える力はつかない」という。さらに「言葉を活用する力をつけるには教師に技術がいる」ともいう。論理的に考えて活用する力というのは、先ごろの全国学力テストで指摘された今の子供たちの弱点だ。

 先生が技術を持って子供の力を誘い出す。大切なことは昔から変わらない。

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2007年11月24日 (土)

神農祭

 昨日、神農祭に行ってきた。

 1123211 「神農(しんのう)さん」として親しまれる大阪市中央区道修町の少彦名(すくなひこな)神社の大祭。道修町は江戸時代から薬種業が軒を連ねる薬の町で、今でも大手製薬メーカーの本社ビルが並んでいる。

 前夜にテレビニュースで報道されたためか大変な人出で、参拝客が長蛇の列を作っていた。交通整理のガードマンに誘導されながら、たっぷり30分待たされてようやく本殿の前に。

 大阪の一年を締めくくるこの「とめの祭」は、毎年11月の22、23日が大祭。これまで来る機会がなかったが、「あれっこんなところに…」と思うようなひっそりした佇まいで、ふだんの日なら見逃してしまいそうだ。

 ここの名物は縁起物の張り子のトラ。なぜトラなのかと思っていたが、江戸末期にコレラが大阪で流行した際、道修町の薬問屋がトラの頭骨を混ぜて作った丸薬と一緒に、厄よけとして患者に施薬したのが始まりらしい。

 いちばん小さいトラを買い求めて、「無病息災」「家内安全」を祈願。参拝客をかき分けるようにして境内を出た。

 さて、今日はこれからインフルエンザの予防接種。

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2007年11月10日 (土)

週刊こどもニュース

 よくNHKの「週刊こどもニュース」(毎週土曜日18時20分~)を見る。

 はじめのうちは子供番組だと思っていたが、なかなかよくできている。字幕はフリガナつき。模型や図表をうまく使って、世の中の動きを易しく説明してくれる。大人になると、今さら他人(ひと)に聞けないことがたくさんあるが、とくに国際情勢や政治問題の解説は簡潔で分かりやすい。

 ボクはいつも子供たちには知ったかぶりをしながら、実はこの番組からこっそり情報を仕入れている。特に中東情勢などは、大人向けの報道番組など何回聞いても難しくて理解できない。自慢じゃないが、主たる情報源はこの「週刊こどもニュース」と「朝日小学生新聞」である。

 出演している子供たちの視点は新鮮だ。子供は単視眼だが、遠慮なく核心をついてくるから大人もボヤボヤしていられない。

 こんなものを見ている大人もいないだろうと思っていたら、そうでもないことが分かった。あの番組の平均視聴率は10%だが、60代以上に限ると何と20%だとか。NHKでは半分冗談で「週刊老人ニュース」と呼んでいるらしい。

 どうやらもう、頭だけは老人の仲間入りである。

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2007年11月 8日 (木)

ほろ酔い

 先週末の日経に、お酒の適量についてのアンケート記事があった。

 ちょっと興味があったので丹念に読んでみた。自分が適量と考えるお酒の量は人によってバラバラ。また男性が女性より多いのも想定内。意外なのは、年をとると酒に弱くなるはずなのに、適量として回答した量は50歳代が最も多いこと。「若者の酒離れ」と「バブル期に社会人として脂の乗り切った時代を過ごしたオヤジ世代ほどよく飲んでいる」という分析結果には、なるほどと肯(うなづ)かされた。こいつは負けてはいられない。

 厚労省が出している目安だと、ほろ酔いの適量はアルコール換算で1日20gほどらしい。これはビールなら中ビン1本、日本酒だと1合、ワインでグラス2杯、ウィスキーダブル1杯に相当する。ちなみにアンケートに答えた人たちが自分で適量と考えている量の40%ほどだ。

 たしかにこんなもんじゃ生殺し。我が家で大人しく晩酌というならともかく、外で飲むときはいくらナンでもこれでは収まらない。勢いがついて「もう1軒!」なんてことになると、軽く適量の数倍ものアルコールを摂取している。

 しかしひと昔前の呑んべぇどもに比べたら、近ごろはみんな行儀がよくなった。ボクが若い頃は、肩を組んで千鳥足で盛り場を徘徊する中高年のオジサンたちや終電間際に駅のベンチで寝ている若者なんかをよく見かけたが、最近はそんな姿もめっきり減った。

 すべてにマニュアル化が進んで、型やぶりな人間は弾き飛ばされてしまったんだろうか・・・

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2007年11月 1日 (木)

生体認証

 朝、用があって事務所の近くのM銀行に行ってきた。

 給料日後や月末は長蛇の列だが、月初は意外と人が少ない。

 ふだんの出金や振込みはATMしか使わないから、窓口に行く機会などまずない。しかし今日は少し時間があったので、ヒマそうにしている行員をつかまえて生体認証のことを訊ねてみた。

 最近よくATMで、指をかざしている人を見るようになった。何だか便利そうで以前から興味があったのだが、行員の話だと生体認証はパスワードとの組み合わせで本人確認をするため、指をかざしても暗証番号の入力は必要らしい。つまり手順をひとつ増やして、よりセキュリティを高めるためのものだそうだ。

 まだすべての支店に生体認証対応のATMがあるわけでもない。しかもコンビニなどのATMではほとんど使えない。おまけに静脈の形を読み取る方法に指方式と手のひら方式の2通りの方式があって、金融機関によってマチマチ。だから、M銀行の生体認証カードはU銀行では使えない。こんな規格くらい統一すればいいのにと思いながら、今回は見送ることにした。

 この生体認証ビジネスはこれからの成長分野だとか。新しいノートパソコンには標準装備されているし、自動車のドアやハンドルに組み込める認証技術の開発が進められている。

 静脈の形はひとりずつ微妙に違っていて、それを機械が読み取って個人を識別するのが今の世の中だそうだ。先日、何百人というお客の履物を間違えずに出す料亭の下足番の話を週刊誌で読んだが、こういう人間の五感に頼る名人芸もだんだん廃れていくのだろうか。ちょっと寂しい・・・

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2007年10月19日 (金)

大阪弁と京都弁

 関東の人には分からないだろうが、大阪弁と京都弁というのは似ているが少し違う。

 まず会話のスピードが大阪は早くて京都は遅い。大阪の会話は漫才のテンポだと思えばいい。

 単語や発音も微妙に異なる。たとえば「来ない」というのを、大阪では「けーへん」、京都では「きーひん」、神戸では「こーへん」という。ちなみに神戸の人は、「どこ行きよーん」「何しとぉー」というように、語尾に「よーん」や「とぉー」をよく使う。その昔大学に入った頃、神戸から通っていた友達が「~しよーん」という言い方をするのが耳慣れなくて、ちょうどその頃習いたてのフランス語みたいだと思った記憶がある。

 ウチの子供たちは、妻の影響で家ではほとんど標準語に近い言葉をしゃべる。でも学校では、コテコテの大阪弁を使っているらしい。長女は最近ようやく大阪弁と京都弁の違いが分かってきて、ボクに京都弁を教えてほしいという。

 世間では「~どす」というのが京言葉だと思われているようだが、今どきそんなのは舞妓さんか一部の年寄りしか使わない。

 ボクが京都にいた頃は、若い女の子が「~しはった」というハンナリした丁寧敬語(ネコにまで)をよく使っていたが、今はどうなのだろうか。

 発音だけ違う言葉もある。ボクの下宿屋のおばあさんは「うち」とか「おおきに」という言葉をよく使ったが、自分が幼い頃から聞きなれていたアクセントとは違うので奇異に感じたものだ。

 以前に劇団四季が全国公演していた『ライオン・キング』は、セリフをご当地ごとの方言(本場ニューヨークではもちろんブルックリン訛り)に変えていた。マニアによると大阪版と京都版で言葉が違っていたらしいが、芸の細かいことをするものだ。

 最近はだんだん共通語化しているが、やはり方言は文化。大阪弁と京都弁とが同じ言葉にはならないでほしいと思う。微妙な言い回しを聞き分けるのも楽しいものだ。

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2007年10月16日 (火)

間違いファックス

 最近、間違い電話が減った。

 近ごろのケータイや固定電話には電話帳機能があるから、自分で相手の番号をプッシュして電話することが少なくなったからだろう。

 でも、間違いファックスはたまに来る。そしてこのファックスというのは一方通行で、送った相手もその間違いに気づかないから始末が悪い。放っておけばいいようなものの、あまり頻繁に来ると送り手に連絡しようかと迷う。でも相手が海外だとそうもいかない。以前に香港の商社から毎週のように薬の注文書が届いて困っていたが、いつのまにか来なくなってホッとしている。

 若い頃、長らく会社の独身寮にお世話になっていた。入社当初は食堂に置いてあった黒電話で呼び出すシステムだったが、最後の頃は自分の部屋に電話をつけることが許されるようになった。そしてそのときボクは何を思ったか、電話とファックスの兼用機を買った。当時の家庭用ファックスは、グルグル巻きの感熱紙を内蔵するタイプのもの。

 考えてみたら、独身の寮生にはファックスなんてあまり必要ない。そして、タマに入ってくるのは間違いファックスばかり。

 何度か続けてどこかの工務店から何十枚も設計図面が来たことがあった。感熱紙が勿体ないので先方に電話したら、謝るでもなく「処分しておいてください」と素っ気なかった。

 夜中にピーというファックス音で起こされたことも一度ならず。いちばんビックリしたのは某医療機関から、心電図と検査データが送られてきたこと。患者名の横に「緊急(emergency)」というゴム印が押してあった。放っておいたが、しばらく気がかりだった。

 一度ジョークでファックスを使ったことがある。「みんなでメシでも食べてくれ!」と大書した横に1万円札を3枚並べて、知人の開店祝いにファックスしたのだ。すぐに電話がかかってきて大笑い。あとでおごらされたのはいうまでもない。

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2007年10月 7日 (日)

口ぐせ

 誰にでも口ぐせがある。

 他人(ひと)の癖はよく分かる。家族や知人なら「また言ってる・・」と思う。テレビに出てくる有名人でも然り。昔の友達に久々に会って、若い頃からの口ぐせが直っていないのを聞くと懐かしさにホッとする。でもそれを本人に話してもあまり気づいていない。自分の癖というのはそんなものかもしれない。

 ちょっと前の新聞に、家庭でのお母さんとお父さんの口ぐせを子供たちがまとめた記事があった。

 早く食べなさい、早く片づけなさい、早く宿題しなさい、早く寝なさい・・・お母さんはいつも急(せ)からしく追い立てるのが特徴。片やお父さん。メガネ知らんか、新聞はどうした、ケータイどこ置いたかな・・・と家の中でいつも何かを探している。

 ふだんのストレスやコンプレックスが無意識のうちに口ぐせとなって出るというのは心理カウンセラー。「もちろん」を多用する人は自信家、「まあ、いいか」は自己防衛、「やっぱり」は自己主張の強さを示しているらしい。

 昭和天皇は「あっそう」。ミスター長嶋は「いわゆるひとつの」。アニマル浜口は「京子!気合だ!」。安倍前総理は「しっかりと」。他人のならすぐに分かるが、自分の口ぐせばかりは分からない。

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2007年9月27日 (木)

ホールインワン

 北新地でスナックをしているSさんがやって来た。

 彼女は毎月末に、ウチの事務所に来てくれる。ふだんは遅刻の常習犯なのに、その日に限って約束の時間より20分も早く現れた。

 開口いちばん、
「たいへんなことをしてしまったのよ~」
「どうしたん?」
「それがね、先週コンペでホールインワンをしてしまったんよ!たまたま130ヤードを7番ウッドで打ったらピンに真直ぐ。グリーンでトントンと跳ねてピンに吸い込まれていったのよ・・・」
「え~!それはすごい!おめでとう!見たかったなぁ~ ところで保険入ってたの?」
「うん!でもね・・・」

 ホールインワンはゴルファーの夢。アマチュアはもちろん、プロでさえ達成するのは容易でない。実力1%、運が99%といわれていて、天文学的な確率でしか出現しない。

 ただし万が一、これをやってしまったら大変なことになる。その日のゴルフはそれでおしまいで、あとはお祭り騒ぎの大宴会。もちろん費用はすべてホールインワンを達成した人の負担である。キャディなどへのご祝儀やコースへの記念植樹のほか、記念品を作ってゴルフ仲間に配ったり祝賀パーティを開いたり、最低でも数十万円から場合によっては100万円近くかかることもあるらしい。

 Sさんが翌日喜び勇んで保険会社に電話したのは言うまでもない。ところが、セルフプレーでキャディを付けていなかった場合は保険金は支払えないと拒絶された。前の組や後の組の人が証明してくれてもダメだという。

 合点がいかなくて知り合いの弁護士に聞いてみたら、ホールインワン保険の約款では「ゴルフ場所属のキャディを使うこと」が要件とされているとのこと。そしてもし他の方法でホールインワンを証明できたとしても、保険金請求を認めないのが判例の立場だそうだ。

 ということは、せっかく保険に入っていたのに今回は役立たず。Sさんがすでに発注した名入りのタオルなどは全額自己負担と相成る。

「それなら店で1万円ポッキリの記念パーティーでもやればどう?案内状と一緒に記念のタオルをお客さんに送りつけて・・・」
「うんそうやね~ でもこれからはキャディつきのゴルフ場でやらんとアカンわ・・・」

 北新地のママは商魂たくましい。でも、まさか次回の心配はないだろう。

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2007年9月22日 (土)

古い薬

 ちょっと前に、ハイキングで見つけた毒キノコを食べて亡くなった人の話が報道されていた。

 食用のキノコとよく似ていて猛毒を持つキノコがあるらしい。ゴルフ場でよくボールと見まちがうような大きさの白いキノコが生えていて、摘んでいるキャディさんがいる。ボクなどはコワくて絶対食べようとは思わない。生半可な知識で野生のキノコを口にする人は相当勇気のある人だと思う。

 机の引き出しを開けると、ガラクタに混じって古い薬がたくさん出てくる。病院の薬袋に入ったものはおよそ見当がつくが、残りは何の薬だか分からない。錠剤は使用期限もないだろうと思って、余ったものを無造作に引き出しに突っ込んである。そしてそのまま忘れてしまう。鎮痛剤だったか胃腸薬か、花粉症の薬か何かの抗生物質だったかもしれない。間違えて飲んでも死ぬことはあるまいが、飲む勇気がない。さりとて勿体なくて捨てるに捨てられない。

 そう思っていたら、先日あるお宅で、洗面所に置いてあったご主人の痔の薬を、奥さんが自分の口内炎の薬と間違えて口の中に塗っていたという爆笑話を聞かされた。チューブが似ていたそうだ。それでも口内炎は治ったらしいが、奥さんは仏頂面。

 よく分からない薬は使わないほうがいい。もう思い切って捨てるかな・・・

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2007年9月12日 (水)

ささやかな贅沢

 ささやかな贅沢・・・

 電車を1台遅らせて座る土曜日の通勤。1個160円のローソンの高級おむすび。プレミアムビール。いくらかんでも鼻が痛くならない保湿ティッシュ。

 缶コーヒーの自動販売機を通りすぎて、スタバで飲むアイスカフェラテ。平日昼間のガラガラの新幹線グリーン車。割増し料金を払って食べる定食屋のトン汁。たまの休日にゆっくり朝刊に目を通したあと、もう一度ベッドに戻っての二度寝。子供の頃、カキ氷にたっぷりかけた練乳。

 わざと昼どきを遅らせて入った蕎麦屋で、ゆっくり噛み締める新蕎麦の風味。熱い蕎麦湯のお代わり。仕事で疲れた帰りのワンメータータクシー。回転寿司の金色の皿。急な雨のため駅で買ったビニール傘。ファミレスのドリンクバーで、惜しげなくティーバッグを使って作るアイスティー。

 妻子が寝静まってから、リビングのソファにひとり深々と沈み込んで舌の先で転がす琥珀色のナイトキャップ。ハイオクガソリン。温泉での朝風呂・朝酒。前日に仕事をすませた後、出張先のホテルでほっとして味わうモーニングコーヒー。

 まだ明るいうちに、バスタブに溢れんばかりにお湯を張って浸かる一番風呂。酒屋で買ったロック用のカチ割り氷。

 そして寝る前に、ほろ酔いで庭に出て夜空を見上げながらの深呼吸。

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2007年9月 1日 (土)

ペットボトル

 連日の猛暑の中で世界陸上。

 ボクは毎晩ナイター中継の合間にチャンネルをひねるくらいのものだが、どうしてこんな暑い時期に開催するのだろうか。主催者側は大量の売れ残りチケットに頭を抱えているらしいが、それは予想されたこと。とくに平日昼間の予選なんて、高い入場料を払って見に行くヒトの気がしれない。

 日本人選手の活躍がないというのも不運。同じ時期に白熱し始めたプロ野球のペナント争いは話題になっても、世界陸上のほうは開催地の大阪ですら酒のサカナにもならない。

 調べてみたらスタンド最上段の自由席で4000~6000円、昼間の予選でも2000円はチト高い。計算高い大阪人なら、タダのチケットをくれるのなら話のネタに行くけど、自分で買ってまでは行かないというのがホンネだろう。

 その暑い昼間の予選での話。家の冷蔵庫で凍らせたペットボトルを持ち込もうとして入場口でトラブルになるケースが多いらしい。恰好の暑さ対策なのだが、カンやペットボトルは危険防止のため持ち込みが禁止されている。ジュースなら紙コップにあけたらいいが、凍っているとそれもできない。

 プロ野球ファンなら知っていると思うが、球場には缶ビールの持ち込みは禁止されていて、それを知らずに持ってきた場合は入場口で紙コップに中味をあけさせられる。酔った観客がカンやビンを投げるのを防ぐための措置らしい。

 今はどうだか知らないが、昔の神宮球場にはボクの好きな銘柄のビールがなかった。しかたなく仲間と近所の酒屋で買ってきて、ナイショで大きなバッグに詰めて入ったものだ。客席では足元のバッグからコッソリ1本ずつ出して飲みながら声援を送る。ある程度できあがってくるとだんだん大胆になるが、酔っ払いが恐ろしいのか球場関係者も見て見ぬフリをしてくれる。

 ペットボトルのスポーツドリンクじゃ酔わないが、頭に血がのぼって凍ったボトルを投げられたらコワイだろう。それを思えば持ち込めないのもしかたがない。

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2007年8月19日 (日)

夕涼み

 昨日ちょっと腰の具合がよくなってきたので、夕方から家族で京都へ出かけた。

 四条通りをブラブラ歩いていると、浴衣を着た男性が目立つ。和服姿の若いカップルなど、大阪のミナミあたりだとあまり見られないイキな風情。臆せず自然に着こなしているのは好感が持てる。

 土曜日の夕方とあって、四条河原町は家族連れやカップルで混み合っている。ここをたまに歩くと、ふだん自分が闊歩している大阪の繁華街とはちょっと違う雰囲気を感じる。気のせいだろうか。

 誰が名づけたのか、京都・大阪・神戸を三都という。東京の人からみたら同じように見えるらしいが、関西人からみるとそれぞれの個性が尖る。

 大阪と京都は対照的な土地柄。開放的な大阪人は厚かましく、初対面の人に持ち物の値段を聞くことも憚(はばか)らない。逆に京都人は排他的で、ホンネとタテマエを使い分ける。

 ボクの学生時代の下宿先のおばあさんは典型的な京都人。ハッキリとモノを言わず、婉曲な表現をする人だった。長い間、狭い土地で都としての面目を保ってきた生活の知恵なのだろう。

 面白いのは、大阪人は京都人を何とも思わないが、京都人は大阪人を嫌っていること。ズケズケとモノを言ったり、あからさまな拝金主義を苦々しく感じているらしい。

 買い物をすませた後、タクシーで河原町通りを北へ。左右の建物を眺めていると、少しずつ新しい店に代わっている。”GAP”の新しい店を長女が見つけたが、以前に何があったのかは思い出せない。

 10分ほどで全日空ホテルへ。目ざすは屋上ビアガーデン。このホテルは二条城の東側にあって、少し足の便は悪いが三方(東・西・北)の山並みを望むには絶好の立地。さすがに日が沈むと、生暖かい夜風が心地よい。周囲にあまり高い建物がないので、稜線をグルっと端から端まで見渡すことができる。ジョッキを片手に大空を見上げながら、素敵な黄昏どきを楽しませてもらった。

 あれだけの猛暑だったのに、日が暮れると初秋の気配。京都は季節の移ろいが早い。

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2007年8月 3日 (金)

どこでもケータイ

 ある駅のトイレでの話。

 用を足していたら、背後の個室の中から話し声が聞こえてくる。どうもケータイで話をしているらしい。器用なヤツもいるものだと感心していたら、その隣の個室からまたまた着信音。この人は「今取り込み中なので、後で電話します。」と切ってしまった。

 まさか相手の人も、電話を掛けた相手がトイレにこもっているとは想像もつかないだろう。ボクはケータイに電話するときは最初に必ず「今いいですか?」と聞くことにしている。「後で電話します」と言われてイメージするのは、運転中とか会議中、食事中くらいのものだが、これからはトイレの中というのも想定しておこう。

 数日前のこと。仕事帰りに仲間と一杯飲んでいたら、いきなりケータイが鳴った。取ってはみたが周囲の話し声がうるさくてよく聞こえない。外に出ても繁華街だから騒々しい。結局は店のトイレに駆け込んで手短かに話をすませることにした。電話で話しながら、タメシに「今どこにいるか分かりますか?」と聞いてみた。「何だかにぎやかだったけど、静かになりましたね」「トイレですよ。店のトイレ!」「えっ!それは失礼・・・」 相手は勘違いしたようで、あわてて電話を切った。

 考えてみたら、ケータイはこちらの顔や居場所が分からないからこそ重宝する。あまり便利になるのも困りモノ。GPSナビだの画像電話とかいうヤツはゴメン蒙りたい。

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2007年7月31日 (火)

エアコン

 このクソ暑いときに、エアコンのリモコンが動かなくなった。

 電池が切れたのかと思って新しい電池と交換したが、まったく液晶画面に表示が出ない。メーカーのHPで調べてみたが、どうやらリモコン自体の故障らしい。

 自分で修理するのも難しそうだ。もう15年くらい前に買ったエアコンだから、メーカーに注文してもすぐには手に入らないだろうし、あったとしても1万円近くするらしい。リサイクルショップに積んであるというから聞いてみたが、他社製のリモコンしかなかった。ネットオークションを調べていたら、同じリモコンが1700円で出品されている。「これだ!」と1800円で入札したら、即座に1900円で応札された。2000円に上げたら2100円。2、3回繰り返したがキリがないからあきらめた。仕組みはよく分からないが、誰かが意図的に値段を釣り上げているのだろうか。

 いろいろ調べているうちに、最近は共用リモコンというのが2千円くらいで売られていることが分かった。とりあえず妻と近所の量販店に出かける。

 時節柄、エアコン売り場は買い物客であふれている。ようやく店員をつかまえて尋ねたら、共用リモコンは古い型式のエアコンには対応しておらず、作動しない可能性もあるらしい。

 15年前のエアコンと最新のエアコンを比べたら消費電力が3分の1だと、その店員はいう。年間で節約できる電気代までパネルにしてあって商魂たくましい。本体はまだ使えるのにと思いつつ、結局は新しいエアコンに買い替えることになった。

 翌日が取り付け工事。ようやく熟眠できる。

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2007年7月28日 (土)

耳なし法一

 裏の雑草が伸びてきたので、半日かけて草刈りをした。

 これがなかなかの難行である。

 もう少し早い時期にやればよかったのだが、この季節になるとやたらと蚊が多い。その数はハンパではなく、多少の虫よけスプレーなど何の効き目もない。だから蚊を避けるために入念な身支度を整える。

 下は裾の締まったGパンに長めの靴下。上はTシャツの上からゴルフの雨合羽をスッポリ被る。さらに軍手をして帽子着用。顔の下半分から首まではタオルで覆って、大きな眼鏡を掛ける。さながら銀行強盗のいでたちだが、こうするとほとんど素肌は露出しない。

 しばらく放ってあったので、大人の膝丈を越えるくらいの雑草が伸びている。しかも急斜面だから足場の確保もままならない。とりあえず根元から刈り取って、ゴミ袋に入れて並べていく。10杯分ほど出したあたりで体力の限界。残りは刈ったまま1週間ほど放置しておいて、枯れるのを待つ。

 ひと仕事終えて玄関に戻ってきたら、マロンに猛然と吠えられた。あまりに異様な格好なので、ご主人様だと分からないらしい。顔に巻いたタオルをとると不思議そうにこちらを見ている。

 裸になってシャワーを浴びた。下着までずっしりと汗を含んで重い。サウナ効果は抜群。1キロは痩せただろう。

 風呂場で鏡を見て驚いた。目の周りを何ヶ所も蚊に食われている。なるほどメガネの隙間から入ってきたらしい。全身すべてガードしたつもりだったが甘かった。

 現代版 耳なし法一である。

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2007年7月19日 (木)

「地震 雷 火事 親父」

 梅雨明けを目の前にして、台風や地震による災害が続いている。

 日本では昔から、怖いものの代表として「地震 雷 火事 親父」という言葉がある。ボクはこのなかに台風がないことをずっと不思議に思っていた。

 大阪ではあまり地震が起きないから、子供が怖いものの代表格は台風だった。ボクが幼い頃は台風が来たらすぐに停電。そうするとローソクの周りで家族が肩を寄せ合って、ラジオに聞き耳を立てながらじっと台風の通過を待つ。家中のあちこちで雨漏りがして、バケツや洗面器は大忙し。締め切った雨戸のすき間から恐る恐る外を覗くと、風雨が吹き荒れて屋根瓦や看板などが飛び交っていた。

 最近本を読んでいて、この『親父』というのはもともとは『大山風(おおやまじ)』が変化したものだと知った。そして大山風とは、台風による強い南風のことだそうだ。

 しかし、台風から変化してその座を奪うくらいだから、昔の親父は威厳があったのだろう。

 ちょっと前の某広告代理店のアンケートが面白い。現代人が怖いもの。
  1位「大きな地震」 90.4%
  2位「台風や大雨、渇水などの異常気象」 58.4%
  3位「泥棒や強盗などの侵入者」  52.3%
  4位以下は「個人情報流出による不正使用や詐欺」
                   「火災、不審火」など
  8位は「食品の安全性」
  11位は「会社倒産や賃金低下」

 あれっ・・・頑固親父はどこ行ったんだろう?

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2007年7月18日 (水)

黒い綿棒

 今流行りの『黒い綿棒』を買ってみた。 

 Ahcan05_1数年前に登場して、これまでの「衛生用品は白」という常識を打ち破る先駆けとなったもの。ためしにそれで耳掃除をしてみると、白っぽい耳あかがハッキリ分かる。よく見ると、綿棒の先が螺旋(らせん)状になっていて、汚れを吸着しやすい工夫がしてある。使用後の爽快感。なんだかやみつきになる予感がする。

 ボクは見たことがないが、ヨーロッパでは黒いトイレットペーパーが流行っているらしい。数ヶ月前に日本にも上陸して、あっという間に完売。現在は入荷待ちだそうだ。スーパーの特売品の10倍以上もするというのに・・・

 黒い飛行機を運航することで有名になったスターフライヤー(羽田-北九州)の機内トイレにこの黒いトイレットペーパーが設置されているという。週刊誌によると、乗客の抵抗感は少なく「白も置いているが黒の減りが圧倒的に早い」とか。

 そして今年、白だとダイコンや豆腐が見にくいということで、京セラが『黒いまな板』を製品化した。しかしここまでくると、さすがにボクには抵抗がある。

 もともと白は清潔なイメージで、寿司屋の白いカウンターは職人の心意気を示す。でも最近では病院でも色のついた白衣を見かけるし、テニスウェアもカラフル。下着や石鹸の世界でも白は押されがちだという。

 ところで花嫁衣裳が純白なのは「あなたの色に染めて下さい」という意味だが、イマドキそんなことを考えるお嬢さんはいないのでしょうね~ でもこれが真っ黒だとちょっと不気味だけど・・・

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2007年7月11日 (水)

お節介と親切

 電車のつり革にぶら下がって、雑誌を読んでいた。 Jinnai

 前の座席のおばさん二人の話し声が聞こえてくる。夫の悪口から食べ物の話、ワイドショーネタまで話は尽きない。そのうちに、先日行われた藤原紀香の披露宴の話題になった。ふたりとも相当の芸能オタクとみたが、たまたま新郎の名前を度忘れしたようだ。

 思い出せないと、胸に突っかかって気持ちが悪いらしい。「たしか吉本や!」と言いながら、次々と芸人の名前が出てくるのだが、なかなか当人に行きつかない。

 こうなるとこちらも気が散って本を読む気にもなれない。まわりの乗客もみんなこの二人の話に聞き耳を立てていて、不思議な空気が車内に流れている。

 いくら芸能オンチでも、それくらいは知っている。「陣内智則ですよ!」という言葉がのど元まで出かけていたのに、勇気がなくて言えなかった。そのうちにボクは電車を降りたが、あの二人は終点までずっとその話を続けていたのだろうか。

 ウチに帰ってその話をしたら、長女から面白い話を聞いた。

 この間の期末試験前に、電車の中で同級生と世界地図を見ながら国名を確かめ合っていたらしい。そしてたまたま二人が言葉に詰まったら、後ろから「○○○や!」と中年男性の声がした。長女は「キモかったよ」と笑う。

 東京だと絶対ありえないこと。でもここは大阪。他人との距離が近いのだ。お節介と親切とは紙一重である。

 残念ながら、まだボクは一人前の大阪人にはなれない。

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2007年6月27日 (水)

顔ちぇき

 子供の頃から絵を描くのは嫌いではなかったが、似顔絵だけは苦手だった。

 同級生で先生の似顔絵を描くのが上手な子がいたが、あれも一種の才能だと思う。社会人になってからは、会った人の名刺の裏に似顔絵を器用に描く上司がいた。その上司に言わせると、特徴をとらえてそれを誇張して描くのがコツだそうだ。何度かマネをしてみたが、ボクの作品はお世辞にも似顔絵とはいえなかった。

 最近ケータイで『顔ちぇき』というサイトがある。

 これは最近若い子に流行りの顔認識技術を使ったエンタメサイト。遊び方は簡単で、ケータイのカメラで正面から写してメールで送るだけ。すぐに判定結果が閲覧できるURLが返信されてくる。

 それで、ボクの結果はというと、唐沢寿明61%、ビートたけし59%、高知東生57%と出た。あまりピンとこないので、メガネをかけて斜め45度で再チャレンジしたら、今度は平沼赳夫57%、佐藤B作52%ときた。いよいよワカラン。どんな顔だか想像できないでしょうね。

 でも、ヒマつぶしにはいいかも・・・

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2007年6月23日 (土)

健康診断

 年に1回の健康診断を受けてきた。

 いつもの血圧測定、血液検査から始まって胸部・胃部X線撮影などのほか、今年から腹囲測定と体脂肪率測定というのが新たに加わっていた。

 この体脂肪率測定機というのは、筋肉と脂肪との電気抵抗の差で脂肪のつき具合を調べるもので、昨年ウチで買い換えた体重計にもついている。最近、世間がメタボリック症候群で騒いでいることに目をつけたのだろうが、ボクはこの精度は怪しいと思っている。検査技師に「新兵器ですね」と話しかけてみたが、まだ扱いに慣れていないらしくウワの空。測定値があまりに低いので誤作動かと思ったようだが、ボクはもともと痩せ型の筋肉質で、とくにこの測定方法だと極端に体脂肪率が低く出る。

 先週痛めたノドが全快しないので、問診の医師にそのことを相談した。たいしたことはないだろうとの所見だったが、どんな薬を処方されているのかと尋ねられた。しかしそう聞かれても、知識がないから咳止めと抗生物質くらいとしか答えようがない。

 個人の病歴や治療歴、飲んだ薬などの医療データをカードで管理できるようになれば、こういうときにどれだけ便利かと思う。そのカードを携帯していれば、海外で急病になっても現地の医師に読み取ってもらえば余計な検査もいらない。

 半年ほど前に、厚労省が医療・介護・福祉分野のIT活用の将来構想と、その実現に向けた5年間の行動計画を公表した。そのなかに診察内容と医療費を記したレセプトや健康診断の結果などを電子データで管理して、患者や医療機関が活用できるようにするという項目があったが、あの話は進んでいるのだろうか。医療情報の透明性を高めたらセカンドオピニオンも受けやすいし、同じ検査を何度も実施するという無駄もなくなる。

 何でもIT化が流行りの昨今だが、医療の世界ではまだまだ遅れている。

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2007年6月19日 (火)

名簿

 一日中事務所にいると、いろいろな電話がかかってくる。

 収益マンションの案内や怪しげな投資話、エセ同和団体からの寄付依頼。コピー機の営業、NTTナンタラからのお得な電話料のお勧め、選挙の時期になると投票を依頼する電話。一度通販で買った明太子や健康食品の販売元もしょっちゅう電話してくる。そんなのにイチイチ相手をしていたらキリがない。

 たぶん何かの名簿を見て電話してくるのだろう。同業者名簿や学校の卒業名簿などのほか、どこかの顧客名簿が流出している可能性もある。しかし、こちらの職業や出身校が分かっているとしたら、あまりそっけない応対もできない。

 最近、自宅にも家庭教師や進学塾の勧誘電話が頻繁にかかってくるようになった。冗談で「成績の悪い子のリストがあるのだ」と笑っているが、ひょっとしたら子供が今通っている塾の名簿を誰かが持ち出している可能性もある。

 家を建築していたときに、やたらと家具屋や電気屋、カーテン業者などからDMが来るのには驚いた。名簿を横流ししているのではないかとハウスメーカーの営業マンを問い詰めたら「市役所の建築確認申請を閲覧して名簿を売る業者がいるのです」と教えられた。

 ベビー用品会社が妊娠中の女性を対象に行ったアンケートから出産予定日が抜かれて業者に出回っているという話が問題になったことがある。いち早く情報を握って、マタニティーや育児関連商品、内祝いなどを案内するDMを送れば、ビジネスチャンスは確実に広がる。

 個人情報保護法ができたものの、ヤミの世界には何百・何千という名簿業者があるという。そして顧客を絞って効率的な営業活動をするためには誰しも質のいい名簿が欲しい。ボクたちが気軽に書いているアンケートなどもどこで何に使われるか分からないから、あまり個人を特定できる細かいデータは書かないほうがいいかもしれない。

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2007年6月13日 (水)

医者通い

 ようやく中耳炎は治ったが、また耳鼻科に通っている。

 先週末からノドの調子が悪い。金曜日に遅くまで飲んでいたのが良くなかった。最近は声帯が弱くなったのか、深酒すると翌日声がかすれる。とくにカラオケに行くとダメ。自分では歌わなくても、歌声に対抗して話し声までが知らず知らずのうちに大きくなっている。しかも酔った勢いで多弁になる。ボクは吸わないが、タバコの煙もノドには良くない。ちょっと今週はおとなしくしておこう。

 今年はよく医者に行く年だ。何年か前に1年以上医者にかからず、所属する健保組合から記念品をもらったことがあった。それなのに今年はもう医者の領収書だけで2、3万円。まあ車でも長持ちさせるには、メンテナンスの手間と金をケチってはならないというから仕方ない。

 そういえば来週は健康診断。もう今さらピカピカにはならないだろうが、コマメに油を注しながら少しでも長持ちさせることにしよう。

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2007年6月 6日 (水)

ノーと言えない

 金沢名物でかぶら寿司というのがある。

 塩漬けにしたブリの薄切りをかぶらに挟んで、人参や昆布と一緒に米麹で漬け込んで醗酵させたものだ。酒の肴として人気があるのだが、麹特有のコクと甘みがボクの口には合わない。

 これを金沢の知人が送ってくれたことがある。まさか「不味かった」とも言えず、お礼の電話でちょっと誉めすぎた。

 そうしたら翌年から毎年送ってくるようになった。もちろん封も切らずにウチの冷蔵庫に入ったまま。好きな人が食べてくれたらいいが、勿体無いと思いつつコッソリ処分したこともあった。そのうちに送ってこなくなったので、内心ホッとしている。

 お嬢さんが役者のタマゴだという人がいた。もちろん娘の出る芝居はチケットをたくさん買っている。一度そのチケットをもらって見に行ったことがあるが、とてもカネを取れる演技ではない。あとでその人に感想を聞かれて、よせばいいのについつい持ち上げてしまった。その後は毎回のようにチケットが届くが、これも困りものである。

 日本人は悲しいかなノーと言えない民族だ。こんなときアメリカ人なら「うれしいけど、同じ送ってくれるなら私は○○が好きだ」とか「好意はありがたいが、あの芝居はボクの趣味ではない」とかハッキリ答えるだろう。

 外面と本音が違うことで、逆に自分を追い込んでしまう。そう思いながら、熨斗袋に『寸志』と書いている自分がいる。内心では充分すぎる金額だと思いながら・・・

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2007年5月23日 (水)

オーダー

 ちょっと贅沢かもしれないが、ここ数年ずっとスーツとワイシャツをオーダーしている。

 スーツは年に2、3着。ワイシャツも3、4着。それぞれ決まった店で誂(あつら)える。既製品よりも多少は割高だが、身体にピッタリして着心地がいい。何よりも売り場でサイズを探す手間が要らないから楽だ。

 店には自分専用のカルテが保存されていて、いつどの生地でどんな形のスーツやワイシャツを作ったかが記録されている。以前は、新しいスーツを家に持って帰ったらクロゼットに同じような色柄の先客がいたりしたものだが、カルテを見ながら生地を選ぶとそんな心配もない。

 ちょうど先月末に夏物のスーツが届いたので、先週から夏物に衣替え。さすがにフィット感はいい。

 さて次はビジネスバッグをオーダーしようと思って、作ってくれるところを探している。洋服は毎日着替えるが、バッグはほぼ毎日同じものを使う。そう考えれば大切な商売道具だから、少々高くつくのはやむをえない。ということで、誰かいいところを知りませんか。

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2007年5月21日 (月)

ポケットティッシュ

 誰でもポケットやバッグの中には、街角でもらったポケットティッシュの1つや2つは入っているだろう。

 以前はこういうティッシュも消費者金融や怪しげな風俗関係のものが多くて、そのまま人前で使うのは憚られたものだ。しかし最近では、ケータイやら美容室やら英会話学校やら居酒屋やら、まさに百花繚乱といったところ。

 ボクが小学校の頃、実家の茶箪笥の引き出しにちり紙が置いてあった。それを必要なだけ取って折り畳んで、ハンカチと一緒にズボンのポケットに入れるのが毎朝の日課。それがいつ頃からか、ポケットティッシュにとって代わられていく。初めの頃は駅やスーパーで買っていた記憶もあるが、今どきそんなもの買う人はいないだろう。

 日本では年間40億個のポケットティッシュが生産されて、その90%が無料配布だという。街頭でポケットティッシュを配布しているのは見慣れた光景。これを余分にもらったり、バッグを広げて5個10個と入れるのが平気になれば、もう立派な大阪のおばちゃんである。

 広告主からすると受け取ってもらえる確率が高く、消費者にしてもチラシより実用的。でも考えてみれば贅沢な話で、こんな国はおそらく日本だけだろう。

 15年ほど前に上海に行ったときのこと。ボクがポケットから出したティッシュを相手の中国人が不思議そうに見ていた。次回行ったときに10個ほど進呈したら「日本ではこれが無料なのか?」と驚かれた。ボクたちは当たり前のことでも、それがとんでもなく豊かな国に思えたらしい。

 アメリカでもまだ、このティッシュ商法は一般的でない。先日の新聞で、ニューヨークの吉野家がサービスクーポン付きのポケットティッシュを配ったら、来店者数が5倍以上に伸びたという記事を見た。ヤンキースの日本祭りやラスベガスの大相撲巡業などでも使われていたらしい。

 はたして日本式の販促戦術はアメリカで定着するだろうか。ニューヨークのおばちゃんたちの厚かましさにも興味があるところ。

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2007年5月20日 (日)

トイレの話

 ちょっと驚いた話。

 先日ある飲食店でトイレに立ったときのこと。
 店の奥に男性用と女性用のマークがついた個室があったが、どちらも使用中だった。少し待っていると、男性用トイレから水を流す音がして、出てきたのは何とおばさん。ボクと目が合ったが堂々としたもので、悪びれる様子もなく自分の席に戻っていった。

 入れ替わりに個室へ入ると、中は便器が1個あるだけ。たぶん女性用も同じような造りなのだろう。だとしたら、扉に男性用と女性用の表示をするのをやめて、初めから2つとも男女兼用にしたらどうなのか。女性は化粧直しなどで時間がかかるから、待っているうちに緊急事態が起こらないとも限らない。こういうときは男に生まれてよかったと思う。

 これまで高速道路のSAで、男性用トイレから出てくる年配の女性を何度か見たことがある。ボクも娘たちが小さい頃、空いている男性用トイレによく駆け込んだものだ。

 ホールや会館を設計するときに、トイレの数というのは結構難しいらしい。ボクはほぼ毎月のように研修やセミナーでその手の施設に行く。受講者のうち女性は2割くらいしかいないが、休憩時間の女性トイレの列の長さにはいつも驚かされる。これが女性向けの企画だったらいったいどんなことになるのだろうか。

 最近のバリアフリートイレは男女兼用。ホールや会館には男性用と女性用のほかに多目的兼用トイレを作っておいて、その日の男女比によってそのトイレの看板を架けかえたらどうかと思う。

 大きな温泉旅館の大浴場は、その日の宿泊客の構成によって男女ののれんを取り替えるという話を聞いたことがある。風呂場だと髭剃りと化粧水を交換したらそれで済むのかもしれないが、トイレはねぇ~

 女性の皆さん、どうでしょうか・・・

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2007年5月18日 (金)

2千円札

 昼食の精算で5千円札を出したら、お釣りの中に変なお札が混じっている。

 あれっと思ってよく見たら、2千円札だった。

 「キミと会うのは、ずいぶん久しぶりだねぇ~ でもキミはホンモノなの?」
 そう思って、あらためて表裏をゆっくり眺めてみた。何だかふだん見慣れたお札とは様子が違う。裏の人物画だって誰だか分からず、あとで調べてみたら光源氏と冷泉帝だとか。

 この2千円札を世に送り出したのは、亡くなった小渕総理。ミレニアムにちなんで、2000年7月に発行された。しかし今考えても、いかにも唐突な登場だった。

 その後、この2千円札はあまり人気がないのかほとんど流通していない。これまでに製造された9億枚のうち、8割以上はまだ日銀の金庫に眠っているらしい。

 だから街でほとんど出会うこともない。買い物で出したらレジ係の手がとまるし、いまだに使えない自動販売機もある。きっとお釣りで渡されても本物かどうか分からないだろう。

 ある商店では、集金の中から2千円札が出てくると、いちいち付箋を貼って「注意2千円」と書いておくらしい。ニセモノだったら大変なので、翌朝早々に銀行へ預けに行くという。大きさも千円札や5千円札とまぎらわしくて、あまり実用には向かない。

 たとえば3千円の買い物をして、2千円札と千円札の2枚で支払うのはとても不自然に感じてしまう。6千円なら、5千円札と千円札の2枚でも別に抵抗ないのだけれど。

 単なる慣れだけではないような気がする。欧米で流通している2のつく貨幣が日本でなじまない。これはひょっとしたら「そろばん」の位取りが関係しているのではないか。われわれ日本人には、2よりも5のほうが分かりやすい。

 何でも欧米のマネすればよいというわけではない。大げさにいえば日本人固有の感性を大切にしなければならない。役立たずの2千円札。結局は小渕さんが残した20世紀の遺産かも。

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2007年5月17日 (木)

マイ箸

 結婚してちょっと戸惑ったのは、自分専用の箸があるということだった。

 所帯を持てば当たり前のことだが、結婚するまで親元で暮らしていた男性にはこの感覚はピンとこないと思う。

 でもボクは、東京で15年近く気ままな独身生活をしていた。もちろん箸くらい持ってはいたが、まず使うことがない。それに独身寮だと、食堂のテーブルの箸入れに何十本も立てられた箸から無造作に2本を取って使うだけ。昼と夜はほぼ外食だから割り箸。だから、マイ箸には縁がない。

 日本人は割り箸を一人当たり年間 200膳使うらしい。そしてこの98%は輸入で、環境保護のためにマイ箸を提唱する市民団体もある。エコロジーも分かるが、飲食店でいちいちカバンから自分の箸を取り出すというのもちょっと異様である。

 どこの家でも、それぞれ自分専用の箸や茶碗が決まっているが、実はこれは日本だけの習慣。海外では個人がマイスプーン、マイフォークを決めて使うことなどない。同じく箸を使う中国・韓国・ベトナムなどでも、いくつかの箸を家族で共用している。

 ところが日本では、古代から箸は使い切りが常識。神と共食するための祭器だからそのたびに新調するもので、くり返して何度も使うものではなかったらしい。

 そんなルーツに関係なく、ボクは気楽な割り箸が好きだ。世界の森を救うためにマイ箸を使っている人には申し訳ないが、長年慣れ親しんだ割り箸をもう何十年かは使わせて頂こうと思っている。

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2007年5月15日 (火)

喫茶店

 最近めったに喫茶店に入ることはない。

 コーヒーを飲むならドトールやスターバックスで充分だし、喫茶店で人と待ち合わせすることも少なくなった。

 今から1年ほど前のこと。大阪市の外れで、昼時に車を停められる店を探していたことがあった。あいにくファミレスの駐車場も一杯で、その近辺にはコンビニもなかった。そしてたまたま信号待ちをしていたら、すぐ前の喫茶店の脇に1台分の駐車スペースが空いているのが目にとまった。

 信号で引っかからなければ気がつかないような店だった。どこでもいいと思って車を入れた。店のドアを開けると、その裏側にぶら下げられた鈴がカランカランと音を立てる。奥からメルヘンチックな衣装を着たおばさんが出てきた。

 薄暗い店の中でスポーツ新聞を広げている先客が一人。ボクが通されたのは何とインベーダーゲームのテーブル席。食事のメニューはカレーライスとナポリタンとミックスサンドだけ。カレーを注文してから改めてゆっくりと店内を見回すと、よどんだ空気の中で、時間がすっかり止まってしまっている。

 店の隅には年代モノのジュークボックス。今どき誰が使うのかピンクの公衆電話も健在。隣のテーブルの上にはコインを入れるおみくじがある。そういえば、大学の近くの喫茶店には、似たような機械でピーナッツが出るのもあった。

 およそ時代から取り残されたような奇妙な空間が気に入って、その後何度かその店でカレーを食べた。いつ行ってもガラガラ。制服でもないのにおばさんの衣装も同じ。レトルトのカレーなのになかなか出てこない。これでよく商売やってるものだと不思議だった。

 ところが先週、その店の前を通ったら、店は取り壊されて影も形も消え失せていた。あれは幻だったのかと思うと、ちょっと寂しい。もう一度、あのカレーが食べたい。

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2007年5月13日 (日)

3分間

 今朝起きてイヌと一緒に近所の公園へ出かけたが、家を出てすぐ腕時計を忘れてきたことに気がついた。もちろんケータイも持っていない。今日は時間を気にする必要もないから、ふだんより少し遠回りして家に帰ったら ちょうど40分。ボクの体感時間よりも 10分ほど長い散歩だった。

 この時間の感覚はなかなか難しい。

 昔、会社の朝礼で3分間スピーチというのがあった。仕事で気づいたことでも家庭内の話でも時事ネタでも何でもいい。みんなの前で3分間スピーチをする。長すぎても短すぎてもいけない。でも制限時間内にちょっとしたメリハリをつけて気の利いた話をするのはなかなか難しい。当番の前夜は眠れなかったりしたものだ。

 いったいこの3分間というのは長いのか短いのか。

 ボーとして砂時計を眺めていると、3分間というのは案外長い。若い頃長いと感じたのはチキンラーメンやボンカレーを待つ3分間だが、さすがに最近は食べる機会が減った。

 スポーツの世界では、サッカーのロスタイムの3分間は短いと感じる。ボクシングの1ラウンドもあっという間に過ぎていく。相撲の仕切り時間は十両で3分間(幕内4分)だが、こっちは待つほうだから長く感じる。

 何かに熱中していると、3分くらいはあっという間に過ぎていく。NTTの市内通話が3分間10円だった頃、会社が電話料金削減のために、電話機に通話時間表示をつけたことがあった。社員には不評だったが、ビジネスの話はなかなか要領よく3分では終わらない。

 カラオケに行くと、昔の演歌はフルコーラスで3分くらい。他人(ひと)の歌は歌い出ししか聴いていないから、気がつけばもう終わっている。それでも長く感じるとしたら、よっぽど退屈に違いない。

 楽しい時間が過ぎるのは早いが、3分間くらいが我慢の限界でもある。

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2007年5月 5日 (土)

連休商戦

 昨日もいい天気だった。

 神戸ワイナリーの農業公園にでも行こうかと、朝起きてネットで渋滞情報を見たら、中国道は大渋滞。いさぎよくあきらめて、近場で人の少なそうなところを探す。

 結局は、家から40分ほどの文化パルク城陽に行くことにした。ここは木津川を越えた城陽市にある5階建ての複合文化施設で、畑の真ん中にそそり立つ。歴史資料館、図書室などもあるが、お目当てはリクライニング式の椅子を備えたプラネタリウム。子供たちが小さい頃に何度か来たことがあるが、いつも気の毒なくらい空いていて、しかもボクが知る限り最も立派なプラネタリウム。大きなドームスクリーンいっぱいに広がる星空は夢があって楽しい。

 帰りにくずはモールに立ち寄ってみた。連休で人がいないのか、ふだんの休日よりも閑散としている。やはりこういうときは近場に限ると、機嫌よく買い物をすませて帰路につく。家の近くまで帰ってきたら、地方ナンバーの見慣れない車が多い。大阪の人たちは遠出して、遠方の人たちが大阪に遊びに来ているらしい。

 夕食後はずっと本を読んでいたが、日付が変わった頃に、爽やかな夜風に誘われて、ふと近所のバーまで足を運んだ。驚いたことに深夜でもカウンターは満席で、2階席に通された。マスターは申し訳なさそうに、
「今日はふだんと違うお客様が来られているのです。」という。

 先週会った花屋さんが、連休やお盆の売上げは読めないと話していた。ふだんと違って一見客が多い。仕入れが少ないと品切れするし、多すぎると売れ残る。まあバーだと酒が傷むことはないが、居酒屋の大将は、アルバイトの人数配置が難しいと愚痴っていた。

 連休もあと2日。みんな帳尻は合ったのだろうか。

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2007年5月 1日 (火)

過剰包装

 ひとりのときは、昼食は簡単なもので済ませることが多い。

  先日、どこの駐車場もいっぱいだったので、サンドイッチを買おうと思ってパン屋に入った。ボクでも名前を知っている大手チェーン店である。

 レジには数人が並んでいて、ボクの前の女性はトレーにヤマほどパンを載せている。彼女の番が来た。店の女の子は、慣れた手つきでそのパンを1つずつ透明の小袋に入れ始める。多分20個近くはあったと思う。後ろで黙って待ちながら、この馬鹿げた習慣はどうにかならないものかとため息が出る。

 あれはお客に対するサービスなのか、それとも自分のところのパンに箔をつけるための所為なのか。たしかにそうしてくれたら食べやすいが、ドーナツやピザ以外は一緒に紙袋に入れたらそれで済むはずだ。

 ハンバーガーショップの過剰包装もスゴイ。ハンバーガー2つにポテトとジュースを頼んだら、別々に包んだハンバーガーをまずは1つの紙袋に入れる。ジュースやポテトはそれぞれ別の紙袋。最後にそれをまとめて入れる大きなビニール袋。客はわずかな中味と一緒に、たくさんの袋と空気を買って帰る。

 今の世の中 こうした過剰包装が多い。高級贈答品などは開けても開けても中味に行き着かないし、家電製品のダンボール箱も大きくて頑丈だ。アマゾンのネットショッピングで買う本の包装は本体の3倍くらいあるが、画一的な大きさにすることでコストダウンになるというから不思議な気がする。

 この4月から施行された改正容器リサイクル法。今、小売業界ではレジ袋削減対応が急務になっているが、ちょっと遅すぎたという気もしないでもない。

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2007年4月26日 (木)

天気予報

 ここ数日、天候不順が続いている。

 寝る前に中2の長女は、天気予報ばかり見て、友達とメールしている。

 長女が所属するテニス部は、雨が降った翌朝は下級生がコートの整備をする。朝まで雨が降り続いていたらもちろん何もしないが、やんでいたらローラーを掛けて地ならしをするらしい。

 集合は朝7時。家が遠い子は5時起きだ。ウチは正規の電車通学ルートだと40分かかるが、車だと15分で着くから、結局コート整備の日は妻が車で送っていく。そのほうが妻も早起きしないでいいから楽だという。

 今週は、運悪く連日コート整備。
 昨日などは見事に天気予報が外れて、朝起きたら雨が上がっていた。あわてて妻が長女を起こして、食事もそこそこに車で出て行った。するとまた非情の雨が降り始める。天気は気まぐれで、なかなか思い通りにはいかないものだ。

 昨夜も長女はテレビで甲子園の雨を眺めながら、友達と連絡を取り合っていた。もちろん関心は、野球ではなく雨である。そして今朝起きたら、その雨はすっかりやんでいた。妻と長女が代わる代わる空を見上げながらブツブツ言っているのを横で聞きながら、ボクは黙々と箸を運ぶ。

 梅雨入りする頃までには1年生も入ってくるだろう。そうするとコート整備もお役ご免になるらしい。

 それまでは、雨上がりの朝は忙しい。

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2007年4月25日 (水)

中耳炎

 ようやく花粉症が落ち着いたと思っていたら、今度は中耳炎になってしまった。

 この1ヶ月ほどクシャミをしたり、勢いよく鼻をかむことが多かった。そして左耳の変調に気づいたのは10日ほど前のこと。どうも耳が痛くて、音も聞こえにくい。何だか鼓膜がバリバリいうような気がする。

 ということで、ちょっと早めに仕事を終えて近所の耳鼻科に行ったら、
「典型的な急性中耳炎ですね・・・」とのこと。

 耳の奥を映像で見せられると、たしかに左の鼓膜が真っ赤に腫れている。下が黄色くなっていて、
「ウミが溜まりかけていますよ」と言う。

「よく子供がなるんですけど、何か心当たりありますか?」と聞かれて説明したら、呆れたように、
「これから鼻をかむときは気をつけて下さい」と念を押された。

 抗生物質に痛み止めと胃薬、点耳薬とついでに花粉症のアレルギー薬までヤマほど薬を抱えて帰宅すると、待ち構えていた子供たちは鬼を首を取ったように、
「だいたいクシャミがうるさすぎるよ」と口を揃える。

「やかましい!好きでクシャミしてるんじゃない!」と怒鳴ったら、鼓膜がピクっとする。

 あれから10日ほど経って、ようやく中耳炎は治ったものの、まだ完全に左耳の聴力が回復していない。チューブを鼻の奥に入れて空気を通したり、鼓膜マッサージをしたりしている。

 耳なんて聞こえて当たり前だと思っていたが、こうして痛めるとありがたみがよく分かる。皆さんもご注意あれ。

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2007年4月 8日 (日)

免許更新

 門真の運転免許試験場に行って、免許の更新をしてきた。

 ここは日曜日もやっていて即日交付だから、ものスゴイ人数が押し寄せる。案内のハガキには 8時45分から受付開始と書いてあったが、30分ほど早めに行ってみた。ところがすでに長蛇の列で、受付も始まっている。

 今までは無事故・無違反の優良運転手だった。ところが今回は運悪く 3年前に駐車違反キップを切られたため、『違反運転手』というありがたくない名前。だから更新手数料も少し高くて、講習時間も長い。

 まあ、それはあきらめるとして、写真を撮るのにも「2時間コースの方(違反運転手)」「30分コースの方(優良運転手)」と呼び出し方が違うのには驚いた。何だかマッサージの待合室にいるみたいだが、呼び出されて他の人たちの「コイツが違反者か」という冷たい視線を浴びながら写真室に入っていくのも何だか気恥ずかしい。

 写真の後、指定された2時間の講習室に入って、グルっとあたりを見回した。先客は、目つきの悪いチンピラ風の若者に茶髪のヤンママ。いちばん奥には牢名主のように金のネックレスをぶら下げたヘッドスキンの中年男までいて多種多様。どうも居心地が悪い。

 ホラー映画のような交通事故のビデオをたっぷり見せられた後、最後に「次回は優良運転手として更新して下さい」と言われて、有効期間3年の免許証を手渡された。そう思って見るせいか、どうも写真の人相が悪い。

 ちょっと疲れた日曜日・・・

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2007年4月 1日 (日)

手帳を見ながら

 昨日休んだので、今日は出勤。

 空はどんより曇っていて、頬に触れる空気は生暖かい。ふだんの静かな日曜日と違って、事務所の前は花見客が行き交う。昨日から始まった選挙カーの連呼も耳障りで、どうも落ち着かない。

 今日から新年度だから年間計画でも立てようかと、さっきから手帳を開いて考えている。

 1週間先まではギッシリ詰まっているが、さすがに5月、6月あたりはパラパラ。ずっと飛んで、12月はすでに忘年会の予定が数件入っている。

 細かい字で手帳に予定を入れて自己満足していた時期があった。でも最近は週に1日くらいはフリーにしている。そうすることで突発事項にも対応できるし、事務所でボーとしていると意外な発見があったりもする。「忙中閑あり」でこそ好リズムが維持できる。バタバタ動き回っているだけでは成長がない。

 計画性は重要だが、たまには思いつきの時間を過ごしてみたい。今さら難しいが、あてのない旅など贅沢で素敵だ。
 もう20年以上前に「ボストン・バッグに角瓶と文庫本を入れて旅に出た・・・」というサントリーのCMがあった。若者が季節外れの温泉宿で寝転がって、漱石の『こころ』を開いていた。

 この歳になると、あんな気ままな旅に憧れる。でももう正月の旅行を予約しているようではダメかな・・・

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2007年3月25日 (日)

臓器移植

 昨日の午後、知人の入院先に見舞いに行ってきた。

 彼は重度の腎不全で、週3回の人工透析を受けていたが、この1月に生体腎移植手術をした。ドナーは奥さんである。

 愛媛徳洲会病院での病気腎移植が話題を集めているが、日本ではドナーが圧倒的に足りない。血のつながりのない夫婦間での移植は適合性に問題があることが多いが、彼の場合はうまくいったらしい。経過も順調で「女房の分身がここにいますよ」と笑っていた。

 同じ1月に初めて会った人は、腎臓移植のためにフィリピンに行くという。彼の国では経済的な事情で腎臓を売る人たちがたくさんいる。現地での移植手術には1千万円近くかかるらしいが、日本人なら出せない金額ではない。

 医療と倫理の問題は難しい。

 つい先ごろ、向井亜紀夫妻が代理出産でもうけた子供の出生届について、最高裁は不受理を確定させた。卵子を提供した女性ではなく、お腹を痛めて出産した女性が母親だという。心情的には気の毒だが、現行制度ではやむを得ないだろう。

 臓器移植は、肝臓、肺、心臓ととどまるところを知らない。ひょっとしたら将来、脳移植までできるようになるかもしれない。そうすると、生き残るのは他人の脳をもらった肉体なのか、それとも他人の肉体をもらった脳なのか。

 会社なら赤字部門を切り捨てて、健全な事業分野だけを組み合わせて合併させることがある。そのときに、どちらが存続会社になるかでよくモメる。

 人間も健康な臓器や器官だけを組み合わせて残すことができるようになったらどうなるのだろう。Aさんの消化器にBクンの手足、顔はCちゃん・・・いったいキミは誰なのだ。ヒトのアイデンティティーとやらはどこへ行く。しかし健康な歯だけが誰かの身体で輝いているというのも、オカルト映画みたいでちょっとコワイ。

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2007年3月21日 (水)

ザリガニ釣り

 天気が良かったので、箕面ヴィソラまで遠出してきた。

 実家の仏壇にお彼岸のお参りをした後、新御堂筋を北に向かう。ふだんの休日なら市内の幹線道路はガラガラなのに、年度末の道路工事で予想外の渋滞。毎年のことながら、予算があるから消化するという発想はどうにかならないものか。

 このヴィソラのキーテナントはカルフール。撤退後はイオンが買収したが、今でもカルフールの看板だけは残している。そしてこのショッピングモールは、かつてはウチの家族のお気に入りの場所だった。

 ボクはここで、品揃えの豊富なワインを選ぶのが好きだった。妻はスパイスの利いたチキンの丸焼きや珍しい輸入食材を選ぶのを楽しみにしていた。

  このショッピングモールの敷地内には小川や遊歩道などが上手に取り入れられている。北摂の山並みを眺めながら青空の下で作りたてのサンドイッチをつまんでいると、ちょっとしたピクニック気分が楽しめる。イヌも同伴できるから、その頃まだ我が家に来たばかりのマロンをよく連れていった。

 そして、子供たちの目当てはザリガニ釣り。
 初めて行ったときに、小川にザリガニがいるのを長女が見つけた。近所の男の子たちが網やバケツを持って走り回っていたが、何の準備もしていないボクたちはただ黙って見ているだけ。子供たちは家に帰ってからもその光景が忘れられなかったらしい。数ヵ月後に再訪したときは、竿にタコ糸、スルメにバケツを持参した。岩影に隠れたザリガニをスルメでおびき出すと、面白いほど簡単に釣れた。

 何組かの家族連れが息をこらしてボクたちを取り巻いていた。予想外の釣果に子供たちは得意満面だった。獲物はほとんどバケツに入れて家に持って帰ったが、悲しいことにわずか1週間ほどの命だった。

 ウチの子供たちは、ボクに似て無類の動物好きである。今でこそイヌだけだが、幼い頃は、金魚、ミドリガメ、カニ、カタツムリ、カブトムシ、スズムシなどさまざまな小動物を飼った。捕まえることも楽しいが、世話をすることでボクは命の大切さを教えたかった。

 今日も小川を覗くと、ザリガニの姿があった。しかし長女はもうザリガニ釣りは卒業したらしく、妻と洋服売り場に消えていく。次女はまだ未練があるようだが、それでも以前ほどの執着はない。

 今日はお彼岸。子供たちの成長を先祖に感謝しつつ、これまで我が家で飼っていた動物たちの供養にも思いを致すことにしよう。

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2007年3月18日 (日)

連休

 仕事が一段落したので、昨日・今日と2日間仕事を休んだ。

 考えてみたら、連休をとったのは正月以来のこと。その間、体調を崩して1日だけ休んだが、それ以外はこの2ヶ月不眠不休。でも、こんな生活はいつまでも続かない。来年こそは、繁忙期の体制を考えなければならない。

 休日とはいっても、悲しいかないつもの習慣で6時前には目が覚めてしまう。誰も起きていない寒々しいリビングで朝刊を読んでから、二度寝のベッドに戻る。

 遅めの朝食の後、イヌと散歩に出かけた。近所にウメの名所があったことを思い出して足を伸ばしてみた。もう盛りも過ぎて見物客も少ないが、淀川が遠望できるこの景色がボクは好きだ。目を凝らすと、川面にきらめく柔らかい陽光が春の訪れを告げている。ここ数日気温こそ上がらないが、確かな季節の足どりを感じる。

 午後からの陽射しに誘われて久々に庭に出たが、八重桜のツボミはまだ硬い。こちらの開花予報は4月中旬あたりだろうか。サクラの開花には寒冷刺激が必要で、寒い時期に保温暖房すると逆効果らしい。

 生き物は万事そうなのかもしれない。人間も温室で甘やかして育てるよりは、寒風に晒(さら)したほうが大輪の花をつけるのだろう。

 夕方、部活帰りの長女と駅で合流して、近所に新しくできた和風割烹を覗いてみた。天然モノの鯛の歯ごたえに野生のたくましさを感じながら、子供の育て方を改めて考えさせられた。

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2007年3月11日 (日)

お辞儀の話

 一昨日の午前中のこと、急いで事務所を飛び出してペンケースをカバンに入れ忘れたことに気がついた。

 訪問先は梅田だから、コンビニもない。ペン1本のために面倒だが、デパートに駆け込むことにした。時計を見たらちょうど開店時間の10時。入り口やエスカレーター乗り場では、おネ~さんたちやエラそうな男性社員たちが最敬礼で客を迎えている。まるでドミノの将棋倒しのように整列して順番に深々とお辞儀をする。いつものことながら、何だか気恥ずかしい光景。

 これって日本だけの習慣かもしれない。ボクは経験がないが、高級旅館などでも玄関に仲居さんたちがズラリと並んで客を迎える姿は壮観だそうだ。

 デパートには細かな接客マニュアルがあるのだろう。新入社員はお辞儀の角度まで徹底的に練習させられるに違いない。

 しかしあいさつの基本は、その言葉や所作に気持ちをこめることだ。深々と腰を折って頭を下げてくれないでも、ニコっと微笑んで「おはようございます」で気持ちは充分に伝わると思う。

 先日読んだ週刊誌によると、スーパーのレジでも「ありがとうございました」と言うときの姿勢が変化してきたという。最近では、おヘソの前あたりで両手の甲を重ねて、肘を左右に突き出してペコっと一礼するのが流行りらしい。そしてそのコラムは、突っ張った両肘が不自然だと書いている。

 何でもマニュアルで統一しようとするからこんなことになる。人が気持ちを行動に表すときに、その表現方法は千差万別のはずだ。それを無理にそろえようとすると、気持ちのほうがついていかない。

 バカ丁寧なお辞儀の列をくぐり抜けてようやく200円のボールペンを手に入れたボクは、何だか気疲れしてしまって、早々に文具売り場を退散した。

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2007年3月 8日 (木)

バイク

 ボクは自転車というのがあまり好きでない。

 別に乗れないわけではないのだが、必要なときにやむを得ず乗る程度で、サイクリングを楽しむとかいうのとはおよそ縁遠い。

 ちなみにウチでは、ボク以外の3人はみんな愛車を持っている。ボクもたまに妻の自転車を借りることがあるが、近くならブラブラ歩いていくことのほうが多い。ウチのあたりは丘陵地だから、自転車漕ぎもさほど楽ではないのだ。

 そんなボクだが、実は社会人になり立ての若い頃、しばらくバイクに乗っていたことがある。ところが最近のボクのイメージはどうもバイクという行動的な乗り物には合わないらしく、この話はなかなか信じてもらえない。

 もう30年近く前の話だ。ボクはそのとき、本郷のバイク屋の店先にいた。なぜそんなところにいたのかは覚えていない。そこの店員と話しているうちにバイクが欲しくなって、店頭のいちばん安い原付バイクの値段を聞いてみたら 5万円ほどだという。

 たまたまそれくらいなら持ち合わせがあったので、思い切って衝動買い。もちろんバイクなど乗ったこともないから、店員に基本的な操作方法を教わった。隣のガソリンスタンドで給油しているボクの後ろ姿を、その店員はいつまでも心配そうに見つめていた。

 上京してまだ半年も経たない頃だったから、東京の地理もおぼつかない。本郷から当時住んでいた多摩川近くの独身寮まで、30キロくらいはあったと思う。初めてのバイクに乗ってどこをどう走って帰ったのだろうか。寮にたどりついたときには日もとっぷり暮れていて、冷や汗びっしょりで肩はガクガクだった。

 それからは、休日によくそのバイクで多摩川の川べりを走っていたが、引越しのときに手放してしまった。それからというものの、一度もバイクに乗ったことがない。やっぱり似合わないかな・・・

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2007年2月21日 (水)

男の家事

 男の家事の話。

 ボクはほとんど家事を手伝わない人間だから、エラそうなことは言えない。
 でもその男の家事について、先日面白い話を聞いたので、ちょっと紹介する。

 ある母親が、結婚した息子夫婦の様子を見に行ったらしい。
 すると、息子が洗濯物を干していた。それを見て母親は「夫にこんなことをさせるなんて、ひどい嫁だわ!」と息子を不憫に思ったという。

 その母親は、他の日に、今度は新婚の娘夫婦の家を訪れた。
 すると、またここでも旦那さんが同じように洗濯物を干していた。母親は「まあ良くできた旦那さんだこと。娘は幸せね」と相好を崩したらしい。

 このエピソードは、二つの興味深い問題を含んでいる。

 一つは、日本人とりわけ一定の年代以上の人たちの意識の底には、「家事は女がやるもの」という考えが深く根を下ろしているいう事実。でも、今の若い世代はあまり男女の機能分担ということを気にしない。例の柳沢発言にしても、ご当人は「まずいことを言ってしまった」と反省しているだろうが、実はこの年代の人の本音がポロっと出てしまったにすぎない。そして、この世代間ギャップは非常に大きいとボクは思う。

 もう一つは、人間というものは公平にはモノが見られない生き物だということ。ボクは仕事柄、あちこちのお宅で親子、兄弟、嫁姑の問題や、それに関連する教育、縁談、介護などありとあらゆる話を聞かされる。そして、たいていは一方の当事者から聞くだけだから、もしその通りならばその相手方はとんでもない非常識な人ということになる。

 でも現実はさにあらず。先の洗濯物の話がすべてを物語る。同じことをしても、それを受け取る人の立場や気持ちによってまったく受けとめ方が違うのだ。だから身内に対する不平不満は、かなり歪められていることを割り引いて話半分に聞かねばならないと常々考えている。

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2007年2月19日 (月)

なりすまし

 昨日の朝、事務所に着いたら母から電話がかかってきた。

 ボクの住所を教えてほしいという。そういえば先日、妻がどこかの懸賞で日帰りバスツアーを当てた。妻は行けないので、ウチの両親が参加することになった。ただし当選者は妻だから、母は妻の名前で参加することになる。

 当日喜び勇んで集合場所に集まったら、主催者から「念のために住所・氏名を書いて下さい」と言われたらしい。氏名はともかく、息子の住所までは覚えていない。適当に書いて、後で厄介なことになっても困る。だからあわてて電話してきたのだ。隣で父の声がする。「それで生年月日は?」「いくら何でもそれは不自然やろ~」「それもそうやね・・・」 ということで、いい加減な本人確認は無事に終わったらしい。

 これも一種の「なりすまし」というヤツだ。最近はインターネットを悪用した巧妙ななりすましが増えているが、それと比べたら可愛いものだ。子供の頃の『意地悪ばあさん』で、気に入らないヤツの名前で大量に寿司の出前を取って困らせるなんていう手口があったことを思い出す。

 近頃ちょっと気になったなりすましの例を二つ。

 まずは先月末のこと。郵便局から1通の手紙が届いた。宛先はウチの住所で、ボクの名前の後ろに「○○××様方 中山チヨ様」と書いてある。聞いたことも見たこともない名前だ。開封したら本人確認の文書で、数年前から口座の入出金がないので、届け出られた住所に本人が実在するかどうかの確認を求めている。不思議なことがあるものだ。いったい誰が何の目的でそんな口座を開設したのだろうか。そのまま放ってあるが何だか気味が悪い。

 もうひとつは、電子メールのなりすまし。もうずいぶん前だが、高校の同級生からメールが来た。ちょうど同窓会の前後で、よくメールのやりとりをしていた頃の話だ。アドレスは間違いなく彼女のモノ。しかし内容がどうもおかしい。気になって本人にメールを転送(返信ではなく)してみたら、まったく心当たりがないと驚いていた。

 IPアドレスやパスワードだけで本人確認をする社会というのは、便利なようでセキュリティ管理はいっそう面倒になっていく。今流行りのオンラインショッピングにしても、サイトの向こうで誰かがこっそりクレジットカードの番号や個人情報を覗いていたとしたら、ちょっと不気味である。

 時代に逆行するようだが、肉筆や肉声の時代を少し懐かしく思う。
 まあ肉声でも、オレオレ詐欺に引っかかるような人もいるが・・・

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2007年1月 6日 (土)

書き初め

 今日から3連休。

 またこれで正月気分に戻ってしまって、エンジン全開は来週からという人が多いだろう。正月でお金も気力も使い果たして、家でゴロゴロというのが一般的な姿だとしたら、この祝日法改正はちょっといただけない。

 もっともこの3連休は全国的に大荒れの空模様らしいから、家でゆっくりするにはちょうどいいかもしれない。

 そしてかく言うボクは、今日は始動準備。
 少し遅めに出勤してきて、資料の準備や整理をしていたら日が暮れてしまった。

 6時過ぎに帰宅したら、子供たちはようやく宿題を終えて一息ついていた。ちょっと次女の書き初めの筆を借りて古新聞で筆致を試してみたら、長い間忘れていた感触が蘇る。考えてみたら、冠婚葬祭の記帳にしても筆ペンでなくサインペンを持つくらいだから、筆なんて縁遠くなったものだ。

 少し墨をすって、余った半紙に『希望』と書いた。この字は小学生の頃、大阪市の書き初めコンクールで金賞をもらった思い出の字。縦1メートルほどの大きな作品が大阪市立美術館に展示してあるのを母と一緒に見に行った。自分の書いたものがこんなに高いところに行儀よく貼り付けられて、それをまた大勢の人が腕組みして眺めているというのが何だか奇妙で気恥ずかしかった。

 しかしもう筆の運びもサッパリで、往年の面影もない。同じ人間が書いたとはとても思えず、自分でも情けない。さ~てと、では今年は精神修養のために習字でもやろうかな~

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2007年1月 4日 (木)

正月休み

 両親と二組の妹家族たちと一緒に、伊勢で新年会をしてきた。

 大人8人と子供4人、総勢12人の大旅行。2日の夕方に現地のホテルで集合して夜は宴会。今年80歳になる父は、さすがに若い頃に比べたら酒量は減ったが年の割には相当いけるクチ。また妹たちはその血を継いで酒が強い。その連れ合いも揃って左党だから、たまにみんなで集まると宴は尽きない。それぞれ忙しい身だが、年に一度くらいこうして集まるのも楽しいものだ。

 翌朝解散して、両親たちは伊勢神宮へ。ウチの家族はもう1泊して、温水プールやテニスを楽しんで今夜帰ってきた。連日の美食とアルコールで胃袋と肝臓が悲鳴をあげているので、しばらくは粗食にするつもり。

 甥たちの成長ぶりには驚いた。妹たちの家族も大阪で暮らしているが、年に数回会えばいいところ。高2と中2の甥たちはいつの間にかボクより背が高くなり、会うたびに大人びてくる。この分だと一緒に酒を飲む日も近いだろう。振り返って自分の娘たち。毎日顔を会わせているから気がつかないが、少しは成長しているのだろうか。

 昨日、両親や妹たちと別れてからメルパール伊勢志摩に行ってきた。これは郵便貯金で運営しているリゾート施設で、付近の温水プールを探していた妻がネットで見つけてきたもの。あまり期待もしていなかったのだが、行ってみて施設の立派さに驚嘆した。ただし、カーナビがあるからたどり着けたものの、道案内ひとつないし従業員もまるで商売っ気がない。

  『仏作って魂入れず』とはこのことで、親方日の丸で赤字垂れ流しに違いないと思って家に帰って調べたら、案の定 7年前に250億円の巨費を投じて建設されたが年間12億円の赤字。民営化に伴いこの3月末で閉鎖が決まっているらしい。現在 日本郵政公社が買い手を公募しているが、まだこの先どうなるかは未定。でもあの素晴らしい施設に今度は泊まってみたい。

 ついでに、今日行ってきた志摩スペイン村。ここは開業12年目。8年前はそれなりに楽しめたが、今回は設備の老朽化ばかりが目についた。その間に何度かTDLやUSJに行っているので、余計に格差を感じたのかもしれない。

 売上減で設備改修にお金が回らず、魅力がないから新しい客を呼び込めないという悪循環。長崎ハウステンボスと同じく地方のテーマパークの限界かもしれない。フラメンコショーを見たが、年を取りすぎたダンサーたちの遠い異国への出稼ぎ人生を想像すると何だかモノ悲しい。もうおそらくここには来ることはないだろう。

 そして今日の帰り道、正月だけ渋滞する伊勢自動車道を走りながら、地方との格差問題や税金の使い道を改めて考えていた。

 ということでタップリと正月休みを楽しんできたので、気持ちを切り替えて明日からは仕事!

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2006年12月12日 (火)

カレーシュー

 先日 昼食を食べていたときの話。

 一緒に店に入った連れが「カレーシューが・・・」と話を切り出した。カレーの臭いのことかと思って聞いていたら、どうやら『加齢臭』のことらしい。最近よく週刊誌などで見るようになった言葉だ。自分ではあまり気がつかないが、特に男性は40歳を過ぎたら注意したほうがいいとか。

 こんな言葉、昔からあったのかと気になって調べてみたら、2000年に資生堂が原因物質を発見して名づけた言葉らしい。それにしても耳から聞くと分かりにくい言葉だ。『オヤジ臭』ではダメなのだろうか。

 こんなふうに、漢字がすぐに思い浮かばない熟語は苦手だが、子供の頃の勘違いをいくつか。

 まずは『タイフーイッカ』。「明日はタイフーイッカで晴天になる模様です」とかいうヤツ。テレビの天気予報だと耳からしか入ってこないから、ボクはずっと『台風一家』だと信じていた。台風は家族で大挙して来るのかと思いきや『台風一過』の間違い。誰が考えたのか知らないが、コレって難しすぎる。

 それからロッキード事件のときに『コーチャンのショクタクジンモン』というのがあった。その頃の友達でコーちゃんというのが「アメリカは食卓で訊問するんやな~」なんて暢気なことを言って感心していた。今では笑い話だけど『嘱託』などあんまり縁のない言葉だから仕方がない。

 中学に『フダンの努力』というのが口癖の先生がいたが、これもずっと『普段』だと思っていて『不断』とは知らなかった。

 だいたい書けないような難しい言葉使うなって・・・

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2006年12月11日 (月)

職住接近

 昨日は車で帰宅したので、今朝は早起きして車で出勤した。

 家から事務所まで約20km。6時に家を出ると40分で着くが、通勤ラッシュに巻き込まれると1時間半はかかる。

 『職住接近』というのは仕事場と自宅とが近い(または同じ)という意味だが、ボクたちの同業者はこういうのが結構多い。1階が事務所で2階が自宅という人もいるし、自宅マンションの1室だけを仕事部屋にしている人もある。

 どちらがいいとは一概にいえない。本人の好みや家族の意向もあるだろう。職住接近のいちばんのメリットは通勤に時間がかからないことで、休日や夜間の急用にも対応しやすい。人に会わない日はポロシャツとGパンで仕事をすることもできる。たまにそんな人の事務所を訪ねていくと、奥さんが2階からお茶を持って現れたりする。家で商売をしているようなもので、家業という感覚なのだろう。

 でも最大の欠点は、仕事とプライベートのけじめがなくなること。毎朝スーツに着替えて家の玄関を出るときのちょっとした緊張感がボクは好きだ。この時期だと肌をさす冷気が半分眠っている神経を研ぎ澄ましてくれる。また帰りの電車に揺られているうちに頭が切り替わってクールダウンしていく。

 通勤といっても東京の人に笑われそうだが、たかだか30分ちょっとでしかも本も充分読める程度の混み具合。若い頃に20年近く東京で会社勤めをしていたが、あの通勤地獄とは比ぶべくもない。

 もうひとつボクが職住接近を避けている理由は、今の事務所が自分が生まれ育った実家の場所だということ。子供の頃からの顔なじみも多く、自分の一挙一動がすぐに近隣に知れ渡る。東京のマンション暮らしの距離感に慣れてしまった身には、ディープな近所付き合いはいささか疲れる。しかも自分の妻子までその中に巻き込むのは鬱陶しく、思い切って郊外の知らない土地に居を構えることにした。

 家を建てて8年。これくらいなら自分の職住の距離感は適当だと思っている。

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2006年12月 9日 (土)

留守番

 朝から雨模様。

 今日はウチで留守番である。長女と妻は部活のクリスマス会とやらに出かけ、次女は塾とスイミングスクール。女3人があれやこれやと言い残して出かけた後の家はガランとして、物音ひとつしない。

 昨夜の忘年会の焼肉がまだ胸にもたれていて、ひとりで軽い昼食をすませたところ。こういうのもたまには気楽でいい。

 先週の今ごろは、妻が東京の実家に帰っていた。子供たちは父親不在には慣れているが、母親がいないのは初めての経験。家を空ける妻も不安らしく、宿題は終わったかとか、風呂から上がって髪を乾かしたかとかと始終ケータイが鳴る。

 でも意外と子供たちは寂しがらず、むしろ万事放っとらかしのボクとの生活を楽しんでいる様子。2日目の夜は外に食事に行こうかと水を向けたが、ゆっくり家で食べたいと年寄りのようなことをいう。仕方がないので近くのスーパーへ買出しに出かけた。滅多に行かないから要領が分からず、駐車券のもらい方まで娘の指示に従わねばならない。ようやく買い物をすませたレジで、買ったはずのない大量のお菓子に気づくがもう後の祭り。

 別に何もせずとも、冬の日はあっという間に暮れていく。慣れない主夫業に忙殺されていたら、電話の向こうから「結構たいへんでしょう・・・」と妻の勝ち誇ったような笑い声が響く。

 数日前に熱を出したのはその疲れかもしれない。今日はひとりで英気を養おう。

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2006年12月 7日 (木)

鬼の霍乱

 昨日車で仕事先に向かう途中のこと、何となく身体がだるいことに気がついた。多少寒気もする。熱の出る前触れだろうか。インフルエンザの予防接種は受けたから、風邪かもしれない。

 夕方事務所に戻ってきたがどうも熱っぽいので、大事をとって早めに帰宅することにした。

 ウチで体温を計ったら39.5℃。夕食の後、解熱剤を飲んですぐに床に就いた。こんなことは珍しい。まだ9時前だったが、あっという間に眠りについてしまった。途中で妻や子供たちが様子を見にきてくれたらしいが、半分夢の中。

 目覚ましが鳴ったのが6時だから9時間近く熟睡していたことになる。まだ完全に熱は下がっていないが、寝汗をかいたので昨夜よりはだいぶ楽になった。

 今日また車を運転しながら、ひょっとしてこれは少しは身体を大切にせよとの神の啓示だろうかと考えていた。ここしばらく動きっぱなしで、疲労が蓄積していたのかもしれない。ボクは若い頃から自分の身体を過信するところがある。深夜残業や休日出勤、早起きに夜更かし、不規則な食事に加えて深酒・・・ しかもそんな生活を自ら誇るところがあった。でもそろそろ年と相談して、ゆったりと人生を楽しめるようにシフトダウンしなければ。

 ということで今日はもう一日早く帰ります。明日からまた忘年会だから。

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2006年11月29日 (水)

ガス欠

 家に帰ったら「あ~ヒヤヒヤしたぁ~」と妻が言う。

 「どうしたの?」と聞いたら、もう少しでガス欠になりかけて、車が止まってしまうかと思ったとのこと。早朝に長女を学校に送る途中のことらしい。ウチの車は直近の平均燃費とガソリン残量から計算して、あと何キロ走れるという表示が出る。その数字がだんだん減ってきて学校に着く直前にゼロになったらしい。

 最近ガソリンスタンドの廃業が続いているが、朝の7時前だとまだドコも開いてない。車中で長女と顔を見合わせながらうろたえている姿が思い浮かんで噴き出してしまった。

 アクセルをなるべく噴かさないように気をつけながら何とか家までたどり着いて、後で近所のスタンドで満タンにしたという。「いくら入ったの?」と聞いたら63ℓ。ウチの車は70ℓ入るから、まだ数十キロは走れたことになる。だからそんなに心配するほどでもなかったのに・・・

 長女が「どうしてガソリンなのにガスっていうの?」と聞く。 妻が考えながら「gasolineを略してgas アメリカだとガソリン・スタンドでは通じないのよ。ガス・ステーションかな~」

 もういいよ。分かったから早くメシにしてくれ。コッチがガス欠になりそうだ。

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2006年11月15日 (水)

本日休診

 ず~と以前に『本日休診』という井伏鱒二の小説を読んだことがある。そういえば子供の頃、近所の内科にも日曜日にはそんな看板があがっていた。

 時代は変わって、最近の開業医は土日も診察しているところが増えてきた。ウチの最寄り駅周辺の若い先生方も、軒並み土日は休みナシ。

 これは患者からするとありがたい。しかし逆に、ご本人やスタッフ、ご家族などは大変だと思う。繁盛するのはありがたいが、毎週こういう生活が続くと盆と正月くらいしかまとまった休みがとれない。タマには充電しないと自分が病気になってしまいそうだ。

 若い開業医が土日の診察を厭(いと)わなくなったのは、医師が増えて患者の取り合いになっているということが大きな理由。ボクが知っている何軒かの開業医のデータを見ても、ここ数年で保険収入が増えているところは少ない。医者の世界も限られたパイの取り合いになっていて、経営という視点で考えると『医は仁術』と暢気に構えてもいられない。

 医師会という団体は強制加入ではない。弁護士は弁護士会に入らないと弁護士業ができないが、医師は医師免許さえあれば医師会に入らなくても医業ができる。都市部ではこの未加入割合が全体の1割を超えていて、土日に診察している医師の大半は未加入者だ。業界ではアウトサイダーとして白い目で見られているらしい。

 医師会は選挙のときに大票田になったり、医療制度改革や薬価見直しが話題になるとたびたびマスコミに登場する。基本的には医師の職域を守るための事業者団体で、以前は医療機関の数や距離を制限して既得権益を守ってきた。しかし規制緩和は時代の流れ。独禁法の強化によってオモテだっては開業規制もしにくくなってきた。

 数年前の子供の運動会で、日曜日に診察しているはずの近所の開業医の姿を見た。あとで診療所の前を通ったら『本日は代理診察』との看板。遠くから来てくれる患者もあるから、自分は不在でも休診にできないのだろう。昨今いろいろと風当たりも強いが、医者というのもなかなか大変な仕事である。 

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2006年11月 8日 (水)

新聞の読み方

 毎朝、新聞をどこから読みますか?

 子供の頃、実家では朝日新聞をとっていたので、最初に読むのはフジ三太郎。それからテレビ欄、スポーツ欄を読んで、最後に3面記事にパラパラ目を通してオシマイ。というのが恥ずかしながら高校生くらいまでのボクの読み方。

 さすがに社会人になってからはもう少し丁寧に読むようになった。そして、満員電車の中で見出しの活字だけをザッと眺める技術も体得した。今では新聞を読む時間はせいぜい20分くらいだが、相当の速読だからアウトラインは頭に入っている。

 会社に勤めていた頃、3年ほど調査部という部署にいた。新聞を読むのが仕事みたいなところで、5大紙を交替で読んで必要な箇所をクリッピングしていた。20年近く経った今でも、新聞を開けると最初に読むのは死亡欄で、その次は人事異動欄。春秋の叙勲記事も丹念に読む。そんなの見ても知っている人などまずいないが、身についた習慣は消えない。

 一般の人には馴染みがないが、日経流通新聞や日経産業新聞も購読していた。両紙とも駅売りしているので今でもときどき買うが、タマに読むと面白い。

 醸造産業新聞、醸界タイムス、食品産業新聞なんていう業界紙も読んでいた。これは各社の新商品や組織変更など細かい情報が得られて重宝する。

 その後3年ほど、関連の外食産業に籍を置いていたが、そのときは毎日為替記事から目が離せなかった。年間30億円の原材料調達を預かっていたから責任は大きい。牛肉や鶏卵などの商品相場も始終睨んでいて、円高の瞬間を狙ってフライドポテトを発注したものだ。借入金も大きかったから金利動向にも敏感だった。

 今は緊張感を持って新聞を開くことがなくなった。ふと紙面の隅の鶏肉相場が目に入って、あの当時を懐かしく思い出した次第。

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2006年10月29日 (日)

深夜の散歩

 昨夜、日付が変わろうとする頃、妻と近所のバーに出かけた。

 2年ほど前にボクがたまたま見つけた。10人も入れば満員になりそうな小さな店だが、駅から離れていて静かなのがいい。また、ウチからだと風呂上りにぶらっとサンダル履きで行ける距離なのがうれしい。

 そんな店だが、ココのマスターの腕は確か。「鄙(ひな)には稀な」という言葉がピッタリで、そんじょそこらのバーテンダーなんか真っ青である。

 2年前に初めて入ったときにビールを頼んだら、ボクの好きなプレミアムモルツの生が出てきた。今なら珍しくもないが、当時はまだよほどトガった経営者じゃないとこんな田舎でプレミアムビールなんか扱わない。

 次にジントニックを頼むと「ジンは何かお好みがありますか?」ときた。カウンター奥のボトルを眺めて「タンカレーはないんですか?」と尋ねたら、若いマスターの目が光る。「好敵手!」と思ったかどうかは知らない。冷凍庫の奥からトロトロに冷えたタンカレーのボトルを出してきた。「オ~やるじゃないか・・・」 彼はグラスをキチンと氷で冷やしてから、慣れた手つきでステアーする。この身のこなしはタダ者ではない。どこかの一流店で修行を重ねて、何か事情があってこの地に舞い戻ったのだろう。ボクは勝手に彼の人生のストーリーを作り上げていた。

 カウンターに置かれたジントニックをひと口含むと、生ライムの程よい酸味とトニックの甘みが口の中で弾ける。美味い!これまで飲んだジントニックの中でおそらく最高の味。ジントニックなんて簡単なカクテルに思えるが、意外と奥が深い。

 それからは年に2,3回、気が向いたら週末にフラっと立ち寄るようになった。こういう店はあまり馴染みになり過ぎず、適度な距離を保つのがいい。

 昨夜はいつものジントニックを2杯お代わりして、最後はハバナクラブのソーダ割り。カウンターで1時間少しくつろいで、お勘定は二人で6千円ほど。

 帰り道、寝静まった住宅街のどこからか金木犀の甘い香りが漂う。夜空を見上げて大きく息を吸い込んだら、もう家はすぐそこ。夜更かしにはほどよいマッタリとした秋の夜長でした。

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2006年10月28日 (土)

転校生

 最近、我が家の近くは工事ラッシュ。

 大規模な造成工事から戸建て分譲の新築・建替え・リフォームまで、アチコチでトンチンカンチンにぎやかだ。大型車両の往来も増えて、平日の昼間は車の出し入れに難儀することがあるらしい。少しは景気が回復してきたのだろうか。

 通勤の決まった道以外はあまり歩くことがないから、たまの休日にイヌと散歩してみると景観の激変に驚くことがある。ウチのあたりは駅から徒歩圏で、大企業のグランドや社宅が多かったのだが、それが次々と大規模マンションに姿を変えていく。ボクが好きな丘の上からの淀川の遠景も、そのうちに見えなくなってしまいそうで悲しい。

 週末は不動産のチラシが多いが、よく見ていると 3千万円も出せば家族4人で充分暮らせるような新築住宅が買える。そのあたりまでだと普通のサラリーマンの年収の5~6倍。何とか頑張れば手が届きそうな金額だ。頭金なしの35年ローンなんて気が遠くなりそうだが、高い家賃を払い続けても自分のモノにならない賃貸マンションよりはマシかもしれない。

 子供の学校でも、新学期になるといつも数人の入れ替わりがあるらしい。ボクは大阪市内のディープな地域に育ったから、人の出入りは少なく転校生は珍しかった。たまに聞き慣れない言葉を話す子供が転入してくると、とても奇妙な気がしてみんなで聞き耳を立てたものだ。「コイツ、テレビみたいな言葉(標準語のこと)しゃべってるでぇ~」とか言いながら・・・

 タメシに次女に「今度越してきた○○チャン(転入生)の言ってること分かる?」と聞いたら「アタリマエだよ。日本人なんだから・・・」とやり込められた。あ~そうだ。この子は東京言葉と大阪弁のバイリンガルだったんだ。日本も狭くなりました! 

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2006年9月23日 (土)

ビール工場見学

 気持ちのいい秋晴れが続く。昨日の午後、ビール工場の見学をしてきた。
 Dc071603
 行き先はS社の京都工場。ふだんボクがお世話になっている若い仕事仲間たちと総勢8人で、和気藹々の遠足気分。みんな会社はバラバラ。勝手にボクの名前を使って、会社には研修と称して来ている。営業マンというのは気楽なものだ。(ヒトのことは言えないが・・・)

 スタッフに工場内をご案内してもらって、ビールの製造工程を解説してもらう。そして、見学後はできたてのビールを試飲。これがいつ飲んでも美味い。2杯もお代わりしてしまった。お酒は蔵出し課税といって、工場敷地の中で飲む分には酒税がかからない。新鮮でしかもタダ(もちろん会社は製造コストだけはかかっているが)なんて最高!

 でも、結局はそれでは飲み足りず、みんなで事務所に戻ってきて近所の居酒屋にくり出す。勢いがついているので、ペースの速いこと・・・ まあ金曜日だし、いいか・・・

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2006年9月20日 (水)

外国かぶれ

 何でも外国とくに欧米のモノが日本のモノよりも優れていると思っている人たちがいる。

 車はベンツ。シャネルのスーツを着てバッグはルイ・ヴィトン。ノルウェイ産のスモークサーモンと黒海のキャビアをつまみながらフランスワインを傾ける。

 まあヒトの趣味の問題だから、勝手ですけどね・・・ でも昨今は、たいていのモノは日本産で事足りるし、逆に日本産のほうが安くて良質という場合も少なくない。

 その昔、日本で始めて『白札』というウィスキーを発売した寿屋(サントリーの前身)の鳥井信治郎は「醒めよ人!舶来盲信の時代は去れり・・・」という挑戦的なキャッチコピーで世に問うた。今とは比較にならないほど舶来信仰が強かった時代に、書き手の心意気が伝わってくるような気骨に溢れた宣伝文句である。

 外国とは文化や習慣の違いもある。
 欧米では食事のときに食器の音をたててはならない(日本ではソバをすする音は失礼ではないが)とかいう類のモノ。もちろん「郷に入っては郷に従え」というように、アメリカに行ったときはその習慣に従うべきだと思う。

 欧米の優れたマナー(身体がちょっと触れたら”excuse me”とか、エレベーターの中でのルールなど)は、そのまま日本に取り入れたらいい。しかし、単なる習慣の違いみたいなものまで日本に無理やり持ち込むのはどうかと思う。

 ボクがいちばん不思議なマナーは「女性に年齢を聞いてはいけない」というマナーである。先日ある女性評論家が自分の年を聞かれて「外国では考えられないことです」と憮然としていたのが可笑しかった。

 ボクはまず、その答え方自体が非常にキライだ。「それがどうした。ここは日本だ!」と言いたくなるのだが、それは別としていったいなぜ悪いのだろう。出身地や住まい、趣味などと同じく個人情報のひとつだから、いきなり初対面で聞くべきことではないというのは分かる。しかし「40歳です」と答えて「とても見えません。30歳ソコソコかと思いました」なんてことで話が盛り上がるかもしれない。よく名簿なんかで、女性の生年月日だけがブランクになっているのは違和感がある。

 その女性評論家は、他の雑誌の対談で相手の学歴や年収を明らさまに訊ねていたが、ボクにしたらソッチのほうがよほど失礼だと思う。

 あまり外国を毛嫌いするヒトも困るけど、外国かぶれはもっと困る。

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2006年8月25日 (金)

ポイント還元

 家電量販店でよくある『ポイント還元』のハナシ・・・

 15%還元とかポイント倍づけなんて言われたらついつい買ってしまうが、どうもいつも店の策略に嵌(は)められているような気がする。

  先週、最軽量のノートパソコン(Let's note)を買った。約25万円で13%(つまり3万円)ほどのポイントがついてくる。ところがクレジットカードだとポイントが2%下がるので、デビッドカードで現金決済することにした。

 ついでにこのポイントでルーターを買おうとしたら、モデルチェンジ前の機種だったらしくポイントが30%もつくという。ポイントで買った分には新たなポイントは発生しないから、迷ったあげくこれも現金で買った。

 結局はみんな現金で払わされて、ポイントばかりが机の引き出しに眠っている。どうも家電店にはパチンコ屋の釘師のような輩(やから)がいて、ポイントを使わせないで死蔵させる戦略を練っているようだ。クレジットカードだとポイントが下がるというのもクセモノで、現金で買わせて余計なカード手数料を抑えている。

 公正取引委員会は、このポイント還元は値引きだとして、ポイントによる実質的な販売価格が仕入価格を下回った場合は不当廉売にあたるとしている。まあそんな難しい理屈はいいとして、われわれ消費者から見ると、ポイント還元は値引きよりもおとり的要素が強く、有利か不利かの比較が難しい。

 いっそのこと、貯めたポイントをお金で返してくれないかなぁ~ そうすればこんなに悩むこともないのに・・・

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2006年8月14日 (月)

お盆の風景

 お盆休みに入って、電車は今日から休日ダイヤ。乗客もふだんの半分くらいで、ゆっくり座って出勤。

 よく「お盆も仕事ですか?」と驚かれるが、ボクはお盆やGWはあまり休まない。どこに行っても混んでいるから、だいたい家か事務所でおとなしくしている。旅行するにしても、ピークを外したほうが割安で混雑も避けられる。

 ニュースをつけると、毎度おなじみの高速道路の帰省渋滞や空港の入出国ラッシュ光景。小さな子供を抱いたお父さんの疲れ切った表情がアップで映し出されると、何だか気の毒でこんなマネはしたくないと思う。ボクにとってお盆の時期は、気力・体力の回復を図る大切な充電期間なのだ。

 しかし、これも実家が近いからできること。離れていたら、やはり盆か正月くらいは先祖の墓参りに帰省するだろう。

 先日の神戸新聞に、墓参り代行業のことが紹介されていた。忙しかったり健康を害したりで郷里の墓参りに行けない人たちの代わりに墓の掃除やお参りをするサービスで、ソコソコ需要があるらしい。何年か前の週刊誌で、お寺に設置された中継カメラにインターネットアクセスして、お墓や納骨堂の位牌などをリアルタイムの動画で見ることができる在宅法要サービスの記事を見たことを思い出した。

 さぞかしご先祖サマもびっくりしているだろうが、あの世のIT化も時間の問題だ。そのうちに墓参りをサボっている不埒な子孫には、三途の川の向こう岸から督促メールが来るようになるかもしれない。

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2006年8月13日 (日)

チビリチビリ・・・

 食卓のジャックダニエルがカラになった。

 いつ頃開けたのか覚えていないが、かなり前だったと思う。そんなにウィスキーを飲むわけでもないので、底から2センチほどが長い間残ったままになっていた。晩酌で少しずつチビリチビリ・・・そして、最後は意を決して全部空けてしまった。

 幼い頃、カルピスの濃縮ビンで似たようなことがあった。たいていは到来物なのだが、大切に少しずつ水で薄めて飲む。残りが寂しくなってくると、子供の浅知恵で水の量を多少増やして飲む。そして、いよいよそれも底を尽くと、最後は空きビンに水を少し入れてよく振ってコップに戻す。ほとんど味もしないが、遠くで仄(ほの)かにカルピスの香りがする。それを大切に味わってとうとうおしまい。

 長女に話したら「ナンだか悲しいネ・・・」ときた。世代間ギャップかなぁ・・・ シャンプーの容器にお湯を入れて最後まで使ったり、マヨネーズをハサミで切ってスプーンで使い切るなんていう発想はこの子たちにはないのかも知れない。

 モノを最後まで大切に使うことは恥ずかしいことではない。子供の頃、お茶碗についたご飯粒を残したら「お百姓さんに申し訳ない」と亡くなった祖母に叱られた。その祖母は、残ったスイカの皮をきれいに切って漬物にしていた。祖父は、煙草の吸殻を解(ほぐ)してキセルに詰めて吸っていた。

 ボクが生まれて50年ちょっと。その間に、この社会は驚くほど豊かになって、われわれの生活も大きく変容した。今では車やエアコンは当然のこと、パソコンや携帯電話のない暮らしなど考えられない。しかしそのいっぽうで、物のありがたさや人に感謝する気持ちを大切にし続けたいと思う。でも、そのことを次世代に伝えていくことはなかなか難しい。

 いつの間にか野球中継も終わって、回りに人影なし・・・ さ~て、次はナニを飲もうか・・・チビリチビリと・・・

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2006年8月 6日 (日)

恐竜とパンとバール

 家族で、長居公園の大阪市立自然史博物館に行ってきた。

 これまでも何回か行ったことがあるが、実物大に復元されたマンモスや恐竜の巨大骨格標本は迫力満点。ボクがこの博物館が好きなのは、化石、鉱物、動植物など 約1万点を超える貴重な標本が保存されていること。仕事でこの近くに来ることも多く、1時間くらいポッカリ時間が空くと、たまに立ち寄ってボーとガラス越しに標本を眺めている。

 ちょっと40年ほど記憶をさかのぼると、この博物館の前身として、靭(うつぼ)公園の近くに大阪市立自然科学博物館という苔むした建物があった。当時まだ小学生だったボクは、学校の理科室の鉱物標本に魅入られて鉱物蒐集を始めていた。そして、本格的な同好会である大阪石友会に入会させてもらう。毎月その博物館の会議室で行われていた月例会に出席して大人たちの発表を聞いていたが、まったくのチンプンカンプンだった。

 その当時の標本の大半は、この新しい博物館に引き継がれている。あの頃 毎月飽きるほどガラス越しに眺めていた標本のいくつかは記憶に残っていて、今でも見たらそれと分かる。現在の立派な博物館には、昔の展示室のようなカビ臭さもないし、薄暗い間接照明もないが、こうしてガラス越しに同じ標本を眺めていると40年前にタイムスリップしそうである。

 帰りにブランジェリ・タケウチに寄り道。15坪ほどのこの小さなパン屋はいつも大盛況。どこの駅から歩いても10分はかかる不便な立地だが、個性的な風味は一度食べたら病みつきになる。最近の尖ったレストランは、この店のパンを使っていることをウリにしている。ペストリー系も評価が高いが、ボクの好みはハード系。チーズやナッツ、フルーツなどをたっぷり練り込んで、オリーブオイルや黒胡椒をきかせている。しかも麦と酵母の香りが濃厚。車で待っていたらちょうど釜から出たばかりの焼きたてを妻が買ってきて、我慢できずにフーフー言いながら車で食べた。遠来の高級車も多いが、道が狭いのが難点で、今日は交通整理のガードマンまで置いていたのには驚いた。

 淀屋橋のバールに立ち寄って、ちょっと一服。バールとはイタリアのカフェみたいなもので、喫茶からアルコール、食事まで楽しめる気楽な店。車で酒が飲めないのが残念だが、今日はタケウチのパンがある。冷えたワインを楽しみに家路を急ごう。

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2006年8月 4日 (金)

家族というもの

 一昨日の夜、長女が合宿から帰ってきた。その前日に妻と次女が東京から戻ってきたので、久々に家族4人が顔をそろえた。ボクの気ままな独身生活も終わり、イヌの散歩とゴミ出しからも開放されて、また元の生活サイクルに戻った。

 この10日間ほどの間、真直ぐ帰宅したのは1回だけ。あとはたいていどこかに寄り道して、しかも多少のアルコールが入っている。帰宅後イヌと一緒に近所をひと回りした後は、風呂を沸かすのも面倒で、シャワーで汗を流してそのまま眠ってしまう。部屋の窓を開けて空気の入れ替えくらいしたらいいのだろうが、また閉めるのを忘れてしまいそうで、10日間一度も足を踏み入れたことのない部屋もある。まあ男のひとり暮らしというのはそんなものだろう。

 家族というのも、いると騒々しいが、いないとなると寂しいものだ。そんなに広い家でもないけれど、人気(ひとけ)もなくガランとして空白感が虚しい。

 逆に他の3人にとって、自分はどんな存在なのだろうか。考えてみたら、ボクなんかはほとんど宿泊出張もないし、週のうち半分くらいは家族と夕食を共にしている。子供たちも、物心ついた頃からそんな父親しか知らない。昔勤めていた頃、出張の多い営業マンから、子供と接する時間が少ないために子供がなつかずに泣いて困るという話を聞いたことを思い出す。

 毎晩ほんの1時間でも一緒に食卓を囲んでいたら、お互いの考えていることもおよそ察しがつくし、微妙な健康状態も分かる。そんな当たり前のことを、さまざまな事情からできない家庭も多い。同年代の友達だと、サラリーマンの3人に1人くらいは単身赴任。社命とあらばやむを得ないし、昇進にも影響するのだろう。しかし、個人の生活という面で考えたら、一家の大黒柱が長期にわたって家族と別居するということは異常なことである。

 この間の収穫は、留守を守ってくれたイヌと親密な関係が築けたこと。たぶん誰もいない家で寂しかったのだと思う。でも、妻子が帰ってきたとたん、また邪険にされ始めた。イヌは家での序列を知っているのかと思うと、ちょっと悲しい。

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2006年8月 1日 (火)

男の買い物

 買い物はあまり得意ではない。

 とくにアチコチの店で見比べてから買うというのは苦手で、必要なものだけをササッと買って即退散。だから、目的もないのに売り場をウロウロするウィンドーショッピングとやらにはあまり縁がない。

 ところが、ウチの3人のオンナたちは、揃いも揃って買い物が大好きときている。たまに海外にでも行ったら、3人ともこのときとばかりに目の色を変えて洋服だの靴だのを探す。そんなときボクはいつもベンチにひとり腰掛けて、その姿を不思議そうに眺めている。いったいあのエネルギーはどこから出てくるのだろうかと訝(いぶか)りつつ・・・

 そして彼女たちは買い物に疲れたら、ボクを見つけては交代交代に近づいてくる。「あっこんなトコロにいたの。パパも革靴買ったら・・・」「いいよ。3足あるから・・・」「あっそう・・・」とまた他の売り場に消えていく。『飽くなき×××』とでも言おうか・・・ ボクはケチでもないのだが、あまり物欲がない。そのうえモノに囲まれて暮らすのが好きではなく、どちらかというとシンプルライフを好む。

 そんなボクだが、とうとう先週の土曜日、必要に迫られて駅前のスーパーに買出しに行ってきた。慣れない売り場をキョロキョロしながら、中トロの刺身、焼き鳥、レトルトカレー、朝食用のパンとヨーグルトなどをカゴに入れる。締めて2千円と少し。駐車券のもらい方が分からず、またウロウロ。ようやく家に帰ってきたら、ちょうどタイミングよく東京の妻から電話。「ポイントカード使った?」  またそのポイントを貯めて、何かもらおうと企んでいるのだろうか。

 きっと地球上に最後まで残る生物はオンナである。間違いない!

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2006年7月30日 (日)

一般の方

 一昨日の夜、業界の大先輩が亡くなられた。そこで急遽、昨夜のお通夜と今日の告別式の受付をすることになった。実はボクは勤めていたときに何度もそういう経験があって、自分で言うのもナンだが、この手の段取りは非常に手際がいい。でも今回はそんなことはオクビにも出さず、与えられた自分の持ち場を黙々とこなすだけ。

 弔問客は同業の人たちのほか、故人の顧客や親戚、近所の人たちまで幅広い。耳障りだったのは、受付で会館の従業員が「一般の方でよろしかったでしょうか」とイチイチ確認すること。一般というのは親戚以外のその他大勢という意味なのか、いったい何を知りたいのだろう。今度ボクが聞かれたら「いや~特殊関係ですよ」とニヤっと笑ってやろうか、などと馬鹿なことを考えている。

 よく『会社関係』と書いてあるのも意味不明だ。故人が会社経営をしていたらその従業員などはそうだろうし、喪主である長男が勤めている会社仲間もそうだろう。ボクなどは会社員ではないから、もうこの列には並べない。しかし後で芳名帳を見る家族の便宜のために区別するのなら、会社という括(くく)りはあまりに大雑把すぎる。むしろ故人の関係だけを詳しく分けて、あとは奥さん関係とか長男関係とか書いたほうがずっと分かりやすい。

 葬儀の後は、事務所でシャワーを浴びてラフな格好に着替える。今日は友達から甲子園のナイター観戦(阪神-ヤクルト)に誘われていたのだ。試合は3対3のまま延長12回で決着がつかず結局は引き分け。5時間ものゲームとなるとビールを飲みすぎて、トイレを探しているうちにおかしな場所に迷い込んだ。すると「一般の方は立ち入りをご遠慮願います」との貼り紙。昼間もたしか「一般の方」で悩んでいたのだが、どうも今日はこの言葉に縁がある。まあそれはいいとして、エーとトイレ、トイレはドコじゃ・・・

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2006年7月27日 (木)

ひとり暮らし

 先週末から、妻と子供たちが東京の実家に帰っている。

 ガランとした家の中に、イヌと2人(?)だけ。ご飯の炊き方から洗濯機の操作方法、植木の水遣り、イヌの世話からゴミの出し方まで、出かける前に細かく言い残して、女3人は嵐のように去ってしまった。静かな独身生活が楽しめると ほくそ笑んでいたものの、どの部屋もシーンとして、かえって落ち着かない。夜中にグラス片手にウロウロするボクを、イヌが不思議そうに眺めている奇妙な光景。一戸建ては、男の独り住まいにはどうも勝手が悪い。

 東京の3人からは、今どこで洋服を買っただの、何を食べただのと、昼夜を問わずメールが来る。コッチが生きているかどうか少しは心配してくれているのかもしれないが、まあ暢気なモノだ。

 そんな単身生活を謳歌する暇もなく、一昨日の夜、長女がひとりで新幹線に乗って帰ってきた。そしてまた今朝からテニス部の合宿で菅平に・・・東京から直接行ったほうが近いのに、みんなで大阪から貸切バスで行くのがいいらしい。

 また数日はひとり暮らし。独身時代は、ちょっとした料理くらいはできたのだが、さすがに面倒臭くてすべて外食。でも、こうして毎晩誰かが遊んでくれるのも人徳(?)の為せる業か・・・そして深夜に帰宅すると、郵便受けは夕刊やら回覧板やら宅配便の不在票やらで埋まっている。一息ついてから、酔い覚ましにイヌを連れて近所を一回りするのが日課。えーっと明日は金曜日、燃えるゴミの日だったかなぁ・・・

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2006年7月23日 (日)

晩酌

 週の内、外で食べて帰るのが1,2回。それ以外の真っすぐ帰る日は、ほぼ毎日ウチで晩酌をしている。

 そうはいっても、ウチで飲む量はタカがしれている。最初は缶ビールを1本。気が向くと2本。妻も付き合ってくれるので、ボクが飲むのはそのうち3分の2くらい。その後は、さまざまな選択肢がある。

 ワインを開けることもあるし、ウィスキー、焼酎、日本酒・・・料理やその日の気分によって飲み分ける。何にしようかと考えていると、次女が「氷?」と聞いて冷蔵庫に走る。ついでに自分のスポーツドリンクも抱えて戻ってくる。子供は麦茶でいいと思うが、最近の子はよく分からない。

 近頃また、ウィスキーに凝りだした。とくにアイラモルトウィスキーが美味いと思うようになってきた。これは、スコットランド北部のアイラ島で作られたスコッチ。濃厚なヨード臭とスモーキーフレーバーが特徴で、海藻や潮の香りが混じった独特の風味は一度飲んだら忘れられない。最初は異臭としか思えなかったが、慣れてきたらこの個性的な香りが何とも魅力的。泡盛やくさやが好きだという感覚に近いと思う。なかでもどっしりと厚いボディのラフロイグが最近のお気に入り。とにかく消毒液のような強烈な味わいで、ヒトにはあまり勧めない。ちなみに妻は嫌がって、絶対に飲まない。こんなマニアックな酒が、ウチの近所の安売り酒屋の店頭に並んでいるのも不思議だが、それを妻が見つけて買ってきてくれた。いったいどんなヤツが飲むんだか、いつも顔が見たいと思っている。

 ソーダとトニックウォーター、レモンくらいは常備してある。好きな酒を好きなようにして好きなだけ楽しむ。向かいで妻は、缶チューハイかカンパリソーダをゆっくり飲んでいる。せいぜい1時間半くらいの晩酌。お互いマイペースで無理に勧めない。これが万事に通じる人生の奥義(?)である。

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2006年7月16日 (日)

親子の関係

 最近のニュースを見ていて、親子関係の多様化を考えさせされる。世の中も複雑になってきているから、さまざまの親子がいても不思議ではないけれど・・・

 まずは、秋田の男児殺害事件で逮捕された畠山容疑者。先に亡くなった自分の子供に対する虐待も度を越していたらしいが、昨日その我が子を橋から突き落としたことを供述して、事件は新たな展開へ。親を選べないのは子供の不幸だが、彼女にはおよそ親になるための自覚が欠けていたとしか思えない。

 次に、奈良の有名進学校T学園男子生徒の放火事件。スパルタの父親から逃れたい一心で、自宅に火をつけたらしい。わが子を医者にしたいという親の気持ちは分かるが、毎晩深夜まで、暴力で勉強を強制するというのも凄い。この男子生徒への減刑嘆願書が1500通だとかで、世論は同情的だ。逆に、今どき珍しい父親だと、ボクなどは妙に感心してしまう。ちなみに、ウチでそんなことをしたら、即座にレッドカードでボクが追い出されそうだ。

 それから、娘が誘拐された東京のカリスマ美容整形外科医。救出された娘と抱き合う姿がテレビ放映されていたが、その金満生活ぶりが世間の反発を招いたらしい。被害者なのに、批判的な記事が目立つのはお気の毒。三田佳子の長男の大麻事件のときにも感じたことだが、金やモノをふんだんに与えることは、必ずしも子供のためにはならない。

 そして最後に、横田めぐみさんのご両親。夫とされる金英男氏の「めぐみさんは自殺した」という発言をどんな思いで聞いていたことだろう。北朝鮮が孤立していくなかで、いっそう問題解決は難しくなってきたが、どうか最後まで望みを捨てないでほしい。

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2006年7月15日 (土)

忙しい夏

 朝から車の定期点検に行ってきた。家に戻ってきたのが10時過ぎ。すでに気温は30℃を越えている。シャワーで汗を流してからスーツに着替える。

 今日は午後から来客があるので、11時前に家を出た。さすがに真夏の土曜日、電車に乗ってもネクタイ姿は少ない。ここ数日は上着を着ていたら「暑くない?」とよく聞かれるが、どうもクールビズは苦手なのだ。

 今日の来客は近所のY子さん。Y子さんは、ボクの高校の5年後輩で一級建築士。大学を出てしばらく大手設計会社に勤めた後、独立して設計事務所を構えるバリバリのキャリアウーマンである。

 彼女の相談は 今流行の”LLP”。ナニそれ?と思う人があるかも知れないが、英語でいうと”Limited Liability Partnership”、日本では『有限責任事業組合』と訳されている。昨年の法改正で新しくできた事業形態で、まだ産声をあげたばかりの新制度。最近は新聞などでもたまに見かけるようになったから、ご存知の方もあるかもしれない。要は、会社と組合との利点をあわせ持つ事業体で、大学と民間の共同事業や士業のワンストップサービスなどに向くとされている。

 ボクもそういった一般的な知識程度しか持ち合わせておらず、実務ではまだ出くわしたこともない。当分は縁のないものと思っていたら、数日前にY子さんが事務所に現れた。彼女は2年前からある大学と共同研究をしていて、その特許権を事業化するスキームとしてLLPを思いついたらしい。その日は一般的な説明だけして別れたが、今日は先輩を伴って来所された。1時間ほど2人から事業計画の説明を受けながら、ふつうの会社との違いやその優劣を話し合った。

 まだいろいろと課題も多いし、将来の方向も漠然としている。でも、こういう新しい構想を膨らますのは夢があって楽しい。国立大学が独立行政法人化されたことで、民間との共同事業にも拍車がかかったようだ。難しい仕事だが、微力ながらお手伝いしてみようかと思う。そのためには、少し特許権の勉強もしなければなぁ・・・

 机の引き出しをゴソゴソしていたら、生命保険代理店のテキストが出てきた。そういえばコッチの試験ももうすぐだった。あ~なかなか夏休みが取れそうにない。

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2006年6月30日 (金)

懐かしい音

 十人十曲、ケータイにはさまざまな着メロがある。

 若い子は好みの新曲をダウンロードして、自分だけの着メロを作る。ボクは面倒くさいからそんなことはせず、初めからケータイに入っている数曲の内から選ぶ。今使っているケータイには『昔の黒電話』というのがあって、数ヶ月前からそれを着メロにしている。「リィ~ン♪リィ~ン♪」というあのレトロな音だ。ボクが子供の頃は、どこの家でもなぜだか玄関先に黒電話が置いてあった。まだ電話のない家も多かったから、近所の呼び出しのためかもしれない。茶の間まで聞こえてくる電話の音は か細くて、少し哀愁を帯びていた。でも、もうこの音を懐かしむ世代もだんだん減ってきた。

 今はたまに事務所の窓を開けても、行き交う車の騒音やクラクションの音しか聞こえない。しかし、昔はさまざまの音が暮らしの大切なリズムだった。記憶にあるのは、豆腐屋(さすがに納豆売りは来なかった)のラッパの音、さお竹屋の声、紙芝居の拍子木、焼き芋屋の笛、『ロバのパン屋』の音楽・・・

 詩人のサトウハチローは、明治を懐かしんだエッセイで、豆腐売り、下駄の歯入れ屋、甘酒屋、鍋焼きうどんなどの売り声を挙げている。『ラオ(羅宇)屋さんの笛』というのはボクも知らないが、キセルの修理屋のことらしい。亡くなった祖父がよくキセル煙草を吸っていたが、もうそんな商売もなくなったのだろう。

 「雑音というものが町になかった。だから売り屋さんの声が気持ちよく障子にひびいて来たのです」とサトウハチロー。そんな時代をちょっとうらやましく思う。

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2006年6月24日 (土)

健康診断

 今朝、健康診断に行ってきた。

 採血、心電図、胃のX線検査などの簡単なもので、30分とかからない。以前には何度か人間ドックを受診したが、時間がかかりすぎるのでやめてしまった。ここ数年は、年1回のこのお手軽コースのみ。ちなみに、もう何年も医者にはかかったことがない。

 内科医をしている妹の夫の紹介で、ウチの両親は、毎年精密検査を受診させてもらっている。そしてこれは、胃カメラから大腸検査までのヘビーなコース。老体には負担だろうが、彼に言わせると、ドックのバリウム検査は気休めみたいなもので、初期病変など分からないそうだ。ボクも勧められたが、なにぶん親に似ず、病院が苦手で検査が嫌い。だから、50歳を過ぎた今でも、胃カメラすら飲んだ経験がない。

 そのボクが、生命保険の代理店をすることになった。以前から熱心な勧誘があって、ずっと逃げ回っていたのだが、外堀まで埋められてしまい、とうとう観念した。先日、その説明に現れたD生命の担当者は「まず代理店の試験を受けていただきますヨ」とサラっと言う。「エー!そんなの聞いてないヨ」「大丈夫です。今まで落ちた方はいませんから・・ 受験料2万5千円お預かりしますネ」「エー!そんな高いの?」「モチロン後でお返ししますよ。合格されてから・・」「落ちたらどうなるの?」「大丈夫です。落ちませんから・・」

 結局、彼女は分厚いテキスト数冊と過去問を置いていった。試験は7月25日。「あまり早く勉強すると忘れますから、テキスト開くのは前日の夜だけにしてくださいネ!」という彼女の言を信じて、テキストは積んだまま。

 この年になって、また受験とは・・・ しばらくは憂鬱である。落ちてもいいけど、カネ返せぇ~

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2006年6月 9日 (金)

こづかい

 先日の新聞に、サラリーマンのこづかいの話が出ていた。

 ここのところ少し景気が良くなってきたので、今年は若干の昇給も期待できそうだ。そして、それが亭主のこづかいにも反映されるのかどうかという、ちょっと哀愁のこもったモノ悲しい記事だった。

 ボクは、自慢じゃないが、結婚してこのかた妻から一度もこづかいなんてもらったことがない。もちろん毎月の必要な生活費は妻に渡すが、それ以外は自分で管理している。だから、非日常的な大きな買い物はすべてボクが払う。旅行しても外食しても、すべて自分の財布から出す。子供たちもそれを見ていて、ボクにちゃんと「ありがとう」とか「ごちそうさま」とか言う。それは、ボクにしてみたら当たり前のことだ。

 だいたい、自分で汗水たらして働いて得た金をマルごと妻に渡して、その妻に頭を下げてこづかいをもらうなんて馬鹿げたことがあるだろうか。そして、あの給与振込とかいう制度も、この悪弊の蔓延に拍車をかけた。

 亡くなった向田邦子のドラマなんかを見ていると、ひと昔前の給料日光景が見えてくる。妻は心づくしの手料理と晩酌の準備をして夫を迎える。帰宅した夫が妻に給料袋を差し出し、妻はこれを恭しく頂く。そこから生活費だけ渡す場合もあるし、何枚か札を抜いてこづかいにする場合もあるが、そこには、厳然たる夫権(父権)の姿があった。

 近頃流行りの『拝金主義』というのは「お金がすべて、お金のためには何をしてもいい」という意味で使われている。行き過ぎた拝金主義は人の価値観を狂わせるが、ボクはいっぽうで世の中が便利になりすぎて、お金を頂くことのありがたさが薄れてきているように思う。給料の話もそうだが、商売でも、昔は月末に丁稚(でっち)が集金に行かされた。つい最近までは、営業マンが得意先から手形や小切手をもらってきて、そこで初めて取引が完結した。ところが今はすべて振込み決済。便利にはなったけど、仕事でも家庭でも、お金に頭を下げることが少なくなったなぁ・・・というのが実感である。

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2006年6月 3日 (土)

バーベキュー

 大阪は今日もいい天気。

 数人の仲間と、南港のキャンプサイトでバーベキューをしてきた。アウトドアに手馴れた人がいて、手際よくテントを立てて、コンロを据え付けていく。ボクたちは彼の指示に従うだけ・・・ ふだんはスーツ姿しか見る機会がないが、首にタオルを巻いて炭火を起こしている凛々しい姿を見ると、また彼の印象が変わる。

 夕方までタップリ飲み食いして、ご機嫌で帰りの電車に乗ったら、たまたま知人にバッタリ出くわした。向こうは家族と一緒のようで、コチラに気づかない。

 いつもは会社の応接室で会う人だ。ふだんは物静かで厳格な人だが、今日の表情はこれまで見たこともないほど柔和で、しかも饒舌だった。人間にはさまざまな面があって、ふだん自分が接しているのは、そのうちのわずかな部分だということを改めて感じつつ、コッソリと先に電車を降りた。

 人との関係は、何度か会ううちに自然と定まってくる。でも、いつもその決まった位置で対峙していると、一定の距離や角度でしかその人を見られなくなる。たまにはリセットして、違う視点から眺めたら、今まで気がつかなかった部分が分かるのかもしれない。

 先週読んだ経済誌に、裸一貫から巨万の富を築いた政商 小佐野賢治のこんな言葉が紹介されていた。
 「経営者には3つの目が必要だ。1つ目は、虫の目。虫は複眼で、虫のように、さまざまな視点からものを見る習慣をつけておかねばならない。2つ目は、鳥の目、鳥のように、高いところから全体を俯瞰しなければならない。そして3つ目は、魚の目、魚が水の流れを自在に感知するように、経営者たる者は、時代のトレンドに敏感でなければならない。」

 なかなかうまく言い当てていて、今の世の中でも充分通用する箴言(しんげん)である。

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2006年6月 2日 (金)

老化は目から

 また老眼がすすんできた。

 車を運転するのには今まで普通の近視用を使っていたが、それだとカーナビの文字がほとんど見えなくなってしまった。仕方がないから遠中両用を使うことにした。パソコン用に作ったものだが、この方がかなり見やすい。

 メガネに頼らないと自分の眼で遠近調整ができなくなってきたというのは情けない。毎日パソコンの前に4,5時間は座っているから、職業病かとも思う。

 先日、ある歯医者さんとそんな話をしていたら、歯医者という職業もかなり目を酷使する仕事らしい。そして、患者の歯と自分の眼との間の距離はだいたい決まっていて、その距離に合わせた老眼鏡を作るそうだ。ボクサーみたいにキッチリ自分の距離をとって治療するらしい。苦手なのは幼稚園の歯科検診で、子供が泣き出すと距離を縮めて口の中を覗き込むから、突然歯が見えなくなって困りますと笑っていた。なんだかその姿を想像しただけで可笑しくなる。

 でも、一定の距離でしかモノが見えないというのは実に不便だ。最近では、メガネがないと、本屋で立ち読みするときに本の背文字が見づらい。風呂上りに足の爪を切ろうとしても、裸眼だと怪我をする。天井にネジ釘を打とうとしたらドライバーがネジの溝に入らない。

 あ~ イヤだ!

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2006年5月26日 (金)

引越し

 数えてみたら、これまで8回の引越しを経験している。

 最初の引越しは、実家から京都の下宿に移ったとき。通学できない距離ではなかったが、勉強に専念するという理由で親に無理を言って家を出た。ガランとした寒々しい8畳部屋で初めての一人暮らし。今では京都でもバストイレ付きのワンルームマンションが主流らしいが、当時はまだ賄(まかな)いつきの下宿が多かった。かぐや姫の『神田川』を口ずさみながら自転車で銭湯に通ったのが、ボクの一人暮らしの原点である。

 その次は就職して東京での独身寮暮らし。独身時代に都合3回引っ越したが、まだそんなに荷物もなく、友達に手伝ってもらって軽トラックで運べる程度の引越しだった。

 結婚していっぺんに所帯道具が増えた。1歳半の子連れで大阪に戻ってきたときは2トン車2台分。トラックに積まれていく荷物を眺めていて、改めて肩にズシリと生活の重みを感じた。

 その後2年半ほどの賃貸マンション暮らしを経て今の家に転居。このときはもう何人ものプロに頼まないと到底無理な分量だった。新居でダンボール箱を開けるだけでも1週間以上かかったし、またその箱を処分するのも大変だった。

 そしてそれから8年。妻も子供たちもボクとは違ってモノを増やす性質(たち)だから、荷物はさらに増殖を続けている。とてもじゃないが動くのはもう無理。でも、たまには引越ししたほうが荷物の整理になるのではと、ふと思う。

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2006年5月13日 (土)

傘がな~ぃ

 今朝 家の玄関で傘を探したら、男物が1本もない。仕方がないから、比較的地味そうな女物の傘をさして駅に急いだ。

 きっと事務所に溜まっているのだろう思って探したが、2本しか見当たらない。ついこの間まで合わせて5、6本の傘があったはずなのに、どこに行ってしまったのだろう。

 『○○会館』や『△△ホテル』の傘立てに忘れてきたのかもしれないし、うっかり飲み屋に置き傘している可能性もある。しばらくして車のトランクから出てくることもあるし、訪問先に置き忘れていたことも一度ならず・・・

 こうして半年くらい経つと半分くらいの傘が入れ替わる。

 もう閉店してしまったが、天満橋松坂屋の恒例イベントで『忘れ物市』というのがあった。電車や駅に置き忘れられた品々に値札がつけられて広い催事場に並ぶ。財布やメガネ、杖から始まって、骨壷なんて不気味なものも売られていたとか・・・ ウチの母はここで傘を買うのを楽しみにしていた。ボクなんかはしょっちゅう傘をなくすから、自分の傘が並んでいるのではないかと思ったものだ。よく『お茶の間の法律相談』とやらで、そんな問題が出る。でも、いくら自分の傘であっても所有権は主張できないらしい。

 放置自転車も同じ。よくトラックが回収に来ているが、しばらくするとまたそれが自転車屋に並ぶ。それをまた買って放置して、またトラックに持っていかれる。資源は最後まで有効活用されるのだろうが、いったい誰が儲けているんだろうか・・・ 複雑な輪廻の世界。

 それにしても傘がな~ぃ♪ 井上陽水でこんな曲なかったかなぁ~

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2006年4月26日 (水)

注文の多い客

 いつだったか、旨い寿司屋があるというので行ってみたことがある。

 ネタはまずまず。清潔で店の雰囲気もいい。勘定もそれほど高くなかった。でも、二度と行く気がしない。

 その理由は、店主が客の前で職人を怒鳴り散らすことだった。

 寿司屋の徒弟制度の厳しさというのは聞いたことがある。見習いの間はお茶出しと布巾掛けだけ。その隙に親方の職人業(わざ)を盗んで覚えるらしいが、当分は包丁など握らせてもらえない。

 弟子を厳しく躾けるのは自由だ。でも、それを客の前でやられたらコチラも身の置き所がなくなる。折角の料理や酒も不味くなるし、早々に退散したくなる。

 逆に好感を持てる例をあげると、以前にボクがよく通っていた割烹の大将は、カウンターの中で新入りの職人にいつも自分の包丁捌きを見せて教えていた。親子ほど年の違う若い弟子たちの方を時たま振り向いて、「ほら、こうやるんだ!」というように目配(くば)せしてみせる。ぶっきら棒だが愛情のこもったその仕草を、ボクはいつも好ましく思っていた。怒鳴るばかりが教育ではない。

 店主の注文の多い店も苦手だ。鍋に勝手に具を入れると叱られたり、お銚子は2本までと決められていたり、挙句の果てには水を飲むのは禁止というカレー屋まである。冗談じゃない。どっちが客なんだ。そんな面倒な店は、コッチからご免蒙(こうむ)りたい。

 しかし、最近マナーを知らない客も増えたのも事実。寿司屋でタバコを吸ったり、静かなバーで大声で騒いだり・・ それを注意しない大人たちが多い。でも、そんな客には店主がビシッと言って欲しい。店と客の間には一定のルールがあるはずだ。

 『注文の多い料理店』のことを書くつもりだったが、どうやらコチラが『注文の多い客』のようだ。

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2006年4月22日 (土)

電子マネー

 ちょっと驚いたニュースを紹介する。

 このほど日本銀行が公表したマネタリーベース(市中の現金量)統計によると、硬貨の流通残高が減少したらしい。その統計だと、3月の硬貨の流通残高は4兆4521億円、前年同月比で0.04%減とわずかながら減少している。あんまりピンとこない数字だけど、硬貨の流通残高が減少したのは初めてのことらしい。

 特に減少が顕著なのは5円玉と50円玉。100円玉や500円玉は自動販売機での利用率が高く、また1円玉は消費税のおつり需要のためにやや増加しているとのこと。

 今回の前年割れの原因は『電子マネー』の普及だといわれている。電子マネーの代表格といえば、JR東日本の『スイカ』やJR西日本の『イコカ』カード。当初は定期券や回数券代わりで利用されていたが、現在では駅内での買い物にも利用できるようになっている。また、コンビニ等での『エディ』も発行枚数が急増中。さらには携帯電話の『おサイフケータイ』も登場するなど、今後ますます小銭のいらない電子マネーが普及していくことは確実だ。硬貨がいらない世の中が、もう目の前まで迫っているのかもしれない。

 この10年間で見事にテレフォンカードと公衆電話が世の中から消えてしまった。今度は硬貨かもしれない。ところで小銭入れ買ったばかりなんだけど、どーしようか・・・

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2006年4月16日 (日)

ビフォーアフター

 明日から、我が家のリフォームをすることになった。

 家を建ててちょうど丸8年。当時は娘たちも小さかったので、広い子供部屋を二人で使わせていた。しかし最近、中学生になった長女が個室を欲しがるようになり、家族で相談の結果、その子供部屋を分割することになった。

 近頃流行りのテレビ番組のマネをして、我が家ではそのリフォーム工事のことを『ビフォーアフター』といい、担当の女性設計士のことを『匠(たくみ)』と呼んでいる。万事に好奇心の強いボクは建築図面を見るのが好きで、数ヶ月前から素人なりにいろいろとプランを練っていた。しかし、匠はプロだった。ウチに来るなり、ボクには思いもつかない分割案を提案してくれて、さすが「モチはモチ屋」だと感心した次第。

 子供たちも、数日前から妻にせきたてられて子供部屋の荷物を片づけ始めた。夕方帰宅したら、家中 段ボールや紙袋、ゴミ袋の山。何でこんなにモノが多いのか。子供部屋だけでもこの騒ぎだから、万一引越しでもすることになったら大変なことになる。将来を見越して、8年前にはかなり収納スペースの多い家にしたのだが、その間に荷物が5割くらい増えたかもしれない。

 そんなことを思っていたら、押入れの奥からボクが数年前に実家から運んできた『少年少女・世界の名作文学・全50巻』というのが出てきた。この全集は、ボクが小学生の頃、毎月1冊ずつ近所の本屋から『ジャポニカ』という百科事典と一緒に届けてもらっていたもので、ボクはそれをすごく楽しみにしていた。最近は大型書店しか行かないから、本屋が自転車で配達するなんて光景にもあまり出くわさない。そして、その1冊を手にしてパラパラ開けていたら、段ボールの向こうから「このゴミ運んでくれるぅ~」と妻の声。

 工事は丸1週間の予定で、その間はちょっと不自由な生活だが、子供たちは完成を楽しみにしている。

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2006年4月 1日 (土)

エイプリルフール

 エイプリルフールというのは、真面目な日本人にはどうもそぐわない。

 日本人はユーモアやジョークに欠けた民族だと言われていて、あまりこの種の冗談は通用しない。とくに、公式の場でのユーモアやジョークなどは「不真面目だ」と非難されることさえある。

 国民性の違いだろうか。広辞苑によると、「欧米の習慣で、4月1日に罪のない嘘をついて人をかつぎ合うこと。4月馬鹿。」とある。その昔、ヨーロッパでは3月25日を新年とし、4月1日まで春の祭りを開催していたが、1564年にフランスのシャルル9世が1月1日を新年とする暦を採用した。これに反発した人々が4月1日を「嘘の新年」として、馬鹿騒ぎをするようになったのがエイプリルフールの始まりとされている。

 欧米では、まともな新聞も大真面目でウソの記事を書く。ご丁寧に合成写真まで入っているのもある。いやしくも公共の報道機関がいくら4月1日だからといってウソのニュースを流していいのかと思うが、みんな騙されることを楽しんでいて本気で怒る人もいないらしい。その昔アメリカでは、「エジソンが水をワインに変える機械を発明した」というニュースがあっという間に全米に広がったという。わが日本人は、どうもこういう茶目っ気が足りない。

 20年ほど前に、東京新聞が見開き1枚にまるまる大ウソばかりを載せたことがある。きんさん・ぎんさんに、どうさんという三つ子の妹がいたとかいう大きな記事の横に、ニセの写真まではめ込んである。そして最後まで読むと、紙面の下に小さな字で「今日のこのページはすべて嘘です」書いてあって読者は「ナーンだ!」と気づく。誰が企画したのか、なかなか粋なことをする。それ以降、4月1日は注意して新聞を見ているが、ついぞそんな記事に出くわしたことがない。

 ところで、今日からしばらくこのブログはお休みします。しばらくパソコンを持たずに旅に出て充電してきます。これはウソではありませんので念のため。

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2006年3月26日 (日)

体重計

 体重計を買った。

 最近の機械は賢くて、年齢と身長などを入力しておけば、体脂肪率や骨格筋率から体年齢まで出る。

 早速 必要事項を入力しておそるおそる体重計に乗ってみたら、同世代の人よりかなり痩せ型のボクは、ナンと『体脂肪率14%、体年齢33歳』と出た。

 「いくら何でも・・」と思いつつ説明書を開くと、測定時に両手と両足の間に微弱な電流を通して、身体の電気抵抗を測定するらしい。人の身体でも、筋肉や血管は電気を通しやすく、脂肪組織はほとんど電気を通さないから、この特性を利用して脂肪とそれ以外の組織の割合を推定しているとのこと。

 測定値の正確性はさておき、たしかに同じ 70kgでも、筋骨隆々の人もいれば水太りのような体型の人もいる。単に表面的な身長と体重のバランスだけでなく、その中身が重要だということのようだ。会社の決算書でも、表面の数字はもっともらしく合わせてあっても、内容を仔細に見るとボロボロということもある。

 面白がって何度か乗ってみたが、多少ずつ数値が違うものの大きなブレはない。でも、こんなもので本当に脂肪のつき方まで分かるんだろうか。そのうちに、脳ミソの具合まで調べられるようになったりして・・・ クワバラクワバラ・・・

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2006年3月 3日 (金)

ひな祭り

 今日は『ひな祭り』。

 我が家にも、1ヶ月ほど前からテレビの横に雛人形が飾ってある。長女の初節句の祝いにと、その昔 義父が買ってくれたものだ。

 古い話をすると、ボクにも妹が二人いるので、実家には大仰な雛飾りがあった。子供の背丈を超えるような雛段に、大勢の人形たちが飾られていた。ボクは、この人形たちが嫌いだった。というよりも怖かった。ふだん布団を敷いて寝ている座敷の3分の1くらいのスペースをこの雛段が占領していて、一晩中灯(つ)いている雪洞(ぼんぼり)が、不気味な人形たちの顔を照らし出していた。

 親戚の叔父が冗談で「オマエラが眠っている間に、人形たちが宴会してるんやで。朝起きたら人形の場所が代わってることがあるやろ。」と言ったことがある。ボクはその言葉が忘れられなくて、いつも人形たちに背を向けて寝ていた。そして、毎朝目を覚ますと、恐る恐る人形の位置を確かめていた。

 年に一度のことだが、飾りつけも一苦労だし、片づけるのも大変だ。しかも早く仕舞わないと嫁に行き遅れるなんていう迷信があって、両親がいつも夜中に雛段を解体していた。その姿を見ながらボクは、やっと安心して眠れると安堵したものだ。

 人形にまつわる怖い話はいっぱいあるが、なかでも不気味なのは淡島神社の『雛流し』。よくテレビで紹介されているからご存知の方も多いと思うが、要らなくなった人形の供養をして、船に乗せて沖に流す。その様子は荘厳で、何回見てもちょっと背筋が寒くなる。

 幼稚園のひな祭り会で、甘酒ならぬカルピスを飲みすぎてお腹をこわした記憶もあって、どうもひな祭りにはあまりいい思い出がない。よく同級生の女の子たちが家に友達を呼んでパーティをしていたようだが、ボクたちにはお誘いもなかった。

 あれから数十年、今度は自分が親の立場になった。我が家のささやかな雛飾りもいつまで続くのだろうか。幸いにして片づけるのも簡単な平屋建ての雛飾りで、また今晩遅くの作業になりそうだ。そういえばこの間、『行き遅れ』を自虐ネタにしているお笑いタレントが、「おヒナさん しまうの遅れたんやろ!」と回りにからかわれていた。それを次女がキョトンと見ていたが、さてこの娘はどうなることやら・・・

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2006年2月26日 (日)

年賀状の整理

 年が明けてから、ずっと机の上に年賀状の山を放ったままだった。

 さすがに、2月も末になると目障りになってきて、昨夜思い切って整理した。処分する前に、郵便番号と住所、名前を、手持ちの名簿と一つずつ照合していく。毎年チェックしているつもりだが、何百枚もあると見落としもある。引越して転居通知をくれたら分かるが、知らないうちに住居表示が実施されているのまでは気がつかない。数年前の市町村合併で『さいたま市』ができたのは知っていたが、区をウッカリ見落としていた。また、よく見たら郵便番号まで変わっていた。

 住所はともかく、人名漢字のほうは難しい。人によっては、相当こだわりがあって、略字を嫌う人もある。『斉藤』とか『渡辺』とかいう名前は、いくつか難しい字があって、ボクもなるべくその字を使うようにしているが、なかにはワープロにない字もあるから厄介だ。

 若い頃、團伊玖磨の『パイプのけむり』というエッセイを読んでいたら、彼は、自宅に来る手紙やDMの類で、『團』を『団』と書いてあるのは封も切らずにゴミ箱に捨てるという。それは自分宛の手紙ではないというのが理由らしいが、ここまでくると筋金入りの頑固者だ。その真似をする気もないが、ボクがもらう年賀状でも、毎年同じ誤字で送ってくる人がいる。本人には悪気はないのだが、もとの名簿が間違っていて、確認しないまま宛名印刷するのだろう。受け取る方としてもあまり気分がいいものでもないが、とは言っても、それだけのためにわざわざ連絡するのも気が引ける。このまま死ぬまで続くのだろうかと思いつつ、毎年今ごろシュレッダーにかけている。

 いちばんシュレッダーしにくいのは、家族の写真入りの年賀状。昔は捨てずにとっていたが、溜まる一方なので、最近は楽しませてもらった後は割り切って処分することにしている。送ってくれた方、他意はありませんのでご容赦下さい。

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2006年2月16日 (木)

声の主

 毎日車を運転しながら、ラジオを聞いている。いつも同じチャンネルをつけっ放しなので、アナウンサーの声を聞いただけですぐに名前が分かる。人間というのは不思議なもので、いつも声だけ聞いている相手の顔を勝手に想像して、その人のイメージを作り上げてしまう。

 年末の雑誌に、たまたま、その放送局のアナウンサーたちが勢揃いした写真が出ていた。それを見て、ボクは自分のイメージとまったく違う姿に、何とも説明できない奇妙な印象を持った。

 社会人になりたての頃、毎日のように電話で話をする他の事業所の先輩がいた。でも、会ったことがないので、顔は知らない。そんな関係が半年くらい続いた後、事業所間の担当者会議でたまたま顔を会わせた。彼の顔は、半年間ボクが頭の中で作り上げてきたイメージとはかけ離れていた。初対面の挨拶をしながら、まったく知らない顔の生き物が、自分が慣れ親しんだ声を出すことが不思議で、ボクはポカンと彼の口元を見つめていた。

 そういえば大学時代のこと、NHKホールに初登場した小椋佳の姿を見たときの衝撃は忘れられない。ちょっと物悲しいメロディと特徴のあるハスキーな声が気に入っていて、受験生時代によく聴いていた。たまたま買った『彷徨』というLPのジャケットに、若い男の子の写真がデザインされていたが、それは多分彼ではないだろうと感づいていた。長髪で背が高くて痩せた東大卒のインテリ、自分ではそんなイメージを膨らませていた。そしてファンの前には一切姿を見せなかった彼が初めてテレビに出るというので、ボクはワクワクして、テレビの前に陣取っていたのだ。

 今でもそのシーンは、はっきり覚えている。NHKホールの幕が開いて、聴き慣れた『さらば青春』のイントロが流れてくる。カメラが舞台中央をズームアップしていく。真ん中に座って小椋佳の声を出しているのは、サエない奇妙なオヤジだった。「エッ これ誰!」 ボクはテレビの前で凍りついて、何度も何度もその映像を確認した。そして、目を瞑って音だけを聴いてみた。間違いない。日本中の多くの人がそう思っただろう。ボクは、見てはならないものを見てしまったような気がした。

 昨年、久しぶりに彼のコンサートを聴きに行った。舞台のすぐ近くの席で、少し目を閉じて声だけ聴いてみた。そうしたら不思議なことに、数十年前の幻想が鮮やかに蘇った。声の主は、すぐ目の前にいるはずなのに・・・

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2006年2月14日 (火)

パスワード

 パソコンをいじっていると、やたらと IDナンバーだのパスワードだのを要求される。セキュリティを守るためのものだが、その都度適当に作ると覚え切れないし、後で分からなくなる。自分が気に入った文字列や数列を決めればいいとはいっても、なかにはアルファベットと数字の組み合わせでないとダメだというようなのもあって、なかなか厄介だ。以前は手帳に書き留めたりしていたが、紛失しても困るから、本当は自分の頭の中だけで管理するのがいいらしい。

 昨年、有名ゴルフ場の貴重品ボックスで、クレジットカードの暗証番号が盗み取られる事件があった。ボクはその仕組みがよく理解できないのだが、スキミングという新手の犯罪らしい。電車の中でもポケットの財布に入ったカードの情報だけを抜き取ることができるというから、ウカウカ満員電車にも乗れない。

 そして最近、スキミング防止カードとかスキミング防止財布とかいう広告を目にするようになった。しかし、銀行のATMに隠しカメラをつけて覗いていたなんていう輩(やから)もいるらしいから、油断はできない。そのATMで「定期的に暗証番号を変更して下さい」というメッセージが出るが、あんな面倒なことをしている人がいるのだろうかといつも不思議に思う。ボクなんかは、せいぜい2,3枚のキャッシュカードしか持っていないが、それでも1枚だけ暗証番号が違うのがあって、よく間違えそうになる

 セキュリティは自己責任というけれど、複雑なパスワードや暗証番号に悩まされている毎日である。

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2006年2月10日 (金)

右と左

 昨日、あるレストランの経営者のお宅で、昼食をご馳走になった。出前の握り寿司をとってくれたのだが、奥さんが、ボクの前に寿司桶を置いたら、ご主人が「向きが違うよ。」と桶の向きを反対にした。そして、キョトンとしているボクに「エビの尻尾の向きが逆だったので・・」と説明してくれた。

 ハー そういうことか・・・ 言われなければ、無粋なボクなんかは絶対気がつかない。さすがプロはそんな細やかな心遣いをするのかと感心していたら、今度は「尾頭(おかしら)付きの魚を盛り付けるときの向きを知っていますか。」ときた。そりゃ頭が左側で腹が手前だろうと思ってそう答えたら、半分正解だという。頭は左でいいが、背と腹の向きは魚によって違う。川の魚は背を手前に、海の魚は腹を手前にという決まりがあって、これを『川背海腹』という。だから、格式のある料亭では、鮎の塩焼きは背を手前にしますよ、と彼が教えてくれた。さすがに、若い頃一流ホテルで修行したというだけあって詳しい。

 さらに彼は、左大臣が右大臣より上位にあることを例にあげて、魚の頭を左にするのは古来から左が優位にあるからだという自説を展開する。でもボクは、箸を右手で持つから、頭が左のほうが身をとりやすいという単純な理由ではないかと思っている。

 以前にこのブログで「右に出る者はいない」や「左遷」の例を挙げて、左は分が悪いという話を書いたことがあるが、剣道を嗜む彼は、日本では古来から左が上手(かみて)だという。道場では、正面に向かって右側(つまり並ぶと左側)が上座で、袴や胴着は左から着て右から脱ぐ決まりがあるらしい。小笠原流の礼法にまで話が発展して、目上の人と歩くときは、右側に並ぶのが作法だとまで言い出した。

 なかなか面白い話だが、宴席での上座・下座はともかく、歩くときまでそんなことを考えるとは思わなかった。ふだんの自分の行動に重ね合わせると、何だか折角の上握りが喉に詰まりそうになって、奥さんにお茶のお代わりをお願いした。

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2006年2月 9日 (木)

目覚まし時計

 毎日12時過ぎに寝て、6時前に起きる。平均5時間半くらいの睡眠時間。他人(ひと)よりは少ないと思うが、熟睡できるタチだからあまり気にならない。

 どこでも眠れるのは特技だと思う。電車や飛行機でも平気で眠るし、通勤電車に揺られながら立って寝るという離れ業もやってのける。最近は、出先で30分くらいコマギレの時間があったら、車の中でも寝てしまう。だから、熟睡して遅刻しないように、車にも目覚まし時計を常備しているが、その話をしたら友達に笑われた。

 この目覚ましは年季モノだ。もう15年くらい前のこと、勤めていた会社から『ヨーロッパ視察』と称する物見遊山のツアーに参加させてもらったことがある。その最中(さなか)に、腕時計がいきなり止まってしまった。運悪く、電池が切れてしまったのだが、他に時計なんて持って来ていない。仕方がないので、スーツケースから大きなこの目覚まし時計を出してきて、昼間も持ち歩くことにした。飛行機でも、座席の前のテーブルに堂々と乗せていたが、チックタックと喧(やかま)しい。隣に座ったドイツ人が、目を丸くしてボクの顔を眺めていたのを懐かしく思い出す。

 若い頃は、目覚ましが鳴ってもなかなか起きられなかった。「うるさい!」と叩いたり、ベッドから投げたり、ずいぶん辛く当たったこともあった。この古傷だらけの目覚ましは、そうした幾多の迫害にも耐えて、今なお元気に時を刻んでいる。買い替えても安いモノだと思うが、まだ動いているし、思い出がたくさん詰まっていて何となく捨てられない。これこそ、ひょっとしたら一生モノかもしれない。今日、車のラジオから「♪おーきなー おーきなー 古時計♪」というお馴染みの曲が流れてきて、その歌詞を聞きながらふとそんなことを考えていた。

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2006年2月 4日 (土)

恵方巻き

 昨日は節分。コンビニにも、『今年の恵方は南南東』という大きなポスターが貼ってあった。

 正月が終われば節分、その後はバレンタインデーと、商材は次から次へと息つくヒマもない。いつもながら、たくましい商魂には頭が下がる。でも、節分に恵方を向いて黙って巻き寿司を丸かぶりするなんていう習慣は、いつ頃から始まったのだろうか。

 大阪が発祥の地だといわれているが、少なくともボクが子供の頃は聞いたことがなかった。バレンタインデーのチョコレートを真似た寿司屋の陰謀かもしれないと思って調べてみたら、大正初期に 大阪の花街で、節分にお新香巻を恵方に向かって食べるという風習があったらしい。これに便乗して 戦後、海苔の消費拡大のために、大阪の寿司屋と海苔業者が組んで考え出したのが現在の習俗のようだ。太巻きに変わったのもこの頃で、「福を巻くので、切ると福がこぼれる」ということで丸かぶりとなったらしい。また寿司に巻く7種類の具が七福神を表わすというのは、いかにもこじつけ臭い。

 この時期はボクも非常に忙しくて、昼食を食べそびれることもよくある。昨日は、1時過ぎにコンビニに飛びこんだら、ちょうどタイミングが悪くて、弁当やおむすびの類はすっかり売り切れていた。レジの女の子に「恵方巻きはありませんか?」と聞いたら、何を思ったか「えっ アホー巻きですか?」と噴き出して、隣の店長にたしなめられていた。コッチも苦笑しつつ店を出ようとしたら、ちょうど商品補充のトラックが来て、何とか恵方巻きが手に入った。

 車に戻って、南南西を確認しながら黙ってその恵方巻きを食べていたら、母親に手を引かれた女の子が、不思議そうにボクの顔を覗き込んでいる。恵方巻きを頬張って目を白黒させているボクの顔が、アホーに見えたのかもしれない。

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2006年2月 3日 (金)

私の食卓

 毎週、木曜日の朝、駅で『週刊文春』と『週刊新潮』を買う。もう、何年も前からの習慣だ。それを通勤電車の中で斜め読みしているが、最近真っ先に見るのは、新潮の『私の週間食卓日記』という記事だ。有名人が1週間に食べたものを記録しておいて、栄養士が100点満点で採点する。多少の脚色はあるかもしれないが、地方回りの多い演歌歌手は外食が多かったり、派手そうに見えるタレントが意外と家庭的だったり、その人の私生活に触れたような気になって、親しみを感じるから不思議なものだ。

 そういうボクはいったい何を食べているかというと、朝食は、いつも家で6時過ぎに食べる。和食が多いが、パンのこともある。昼はバラバラで、忙しい時は、運転しながらコンビニのおむすびを頬張っているし、もっとヒドい時は昼ヌキということもある。夜は、自宅だとたいてい7時過ぎから1時間半くらい。晩酌はビールに始まって、あとはその日の気分によってワイン、焼酎、ウィスキーなど・・ 健康診断のアンケートで、酒の量を書くところがあって、いつも『ビール1本程度』と控え目に書いているが、実際にはもう少し多いと思う。ウチの子供たちは酒飲みの子供としての躾が行き届いていて、ビールのグラスが空くと、すぐに冷蔵庫から氷を持ってきてくれる。でも、家で飲むといってもタカが知れていて、肝機能は今のところ問題なさそうだし、体重も30年近く変化がない。

 ちなみに、ボクの昨日は、
  朝 6時20分 自宅で
            昨夜の寄せ鍋(鮭、牡蠣)の雑炊
                 ジャスミン茶  1杯
                 ブルーベリー錠剤 1粒
          7時30分 事務所で
                 トマトジュース 1缶  
          8時 ローヤルゼリー錠剤 2個
                 たまねぎエキス 小10粒 
                 黒酢 1杯
          10時30分  青汁 1杯
          11時から打ち合わせ コーヒー2杯
    昼 12時50分  おろしそば
            午後は終日会議     コーヒー1杯
    夜 7時から新年会
         懐石料理
           (刺身、焼き魚、煮物、天麩羅・・・)
      生ビール2杯、焼酎お湯割り3杯
          10時前に帰宅して、
            ウィスキーダブル1杯、ピ-ナツ3粒
       風呂から出た後 メールをチェックして
          12時30分に就寝

 ざっと、こんな具合です。70点くらいでしょうか・

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2006年1月19日 (木)

左利き

 正月に久々に甥と会ったら、箸を左手で持っていた。向かい合って食事をしていると何だか違和感があるが、最近の若い子は、あまり気にしないのかもしれない。ボクは右利きだから分からないが、ハサミや缶切りなどは左利きには不便だろうと思う。ゴルフ練習場やバッティングセンターでも、隣にレフティの人がいると、お互いやりにくい。

 野球選手は、訓練して利き手を矯正することがあるらしい。左打者のほうが1塁ベースに近いからという理由で、張本や掛布が左打ちに変えた話は有名だが、逆に投げるほうは、ファースト以外の内野手は左手では難しいだろう。

 利き手と脳の関係はというと、右手は左脳と、左手は右脳と繋がっているとのこと。世界の国々を見渡しても、左利きは全体の1割くらいしかいないらしいが、右利きが圧倒的に多いのは、生き物の中でも人類だけに見られる顕著な特徴だという。左利きになる理由には諸説あって、昔からあるのは遺伝説。しかし、一卵性双生児でも一人は右利き、もう一人が左利きになる場合もあることから、最近では信憑性が薄いとされている。

 右と左では、昔から左が分が悪い。『左前』は、ままならぬこと、『左道』は邪道のことだし、『左巻き』は少々頭がおかしいことをいう。逆に右は、頼れる人は『右腕』で、優れた人には『右に出る者はいない』なんて言い方をする。左の劣勢は万国共通らしく、英語の”right”は『正義』や『公正』を意味するが、”left”だと『取り残される』という意味になる。

 左で身近な言葉は、酒飲みを意味する『左党』くらい。これは杯を持つ手が左手だとか、大工道具の『鑿(のみ)』を持つ手が左手で『飲み』と引っかけた洒落だとかいわれているが、本当のところはよく分からない。ボクも、最近は年のせいか、考え方が少し『右派』に傾いてきたが、これだけは『左党』に与(くみ)しておく。

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2006年1月16日 (月)

好きな匂い

 この時期、コンビニに入ると、レジの横から『おでん』の臭いが立ち込めている。ボクはおでんは嫌いではないのだが、このコンビニで遭遇するおでんの臭いだけはどうも苦手だ。サンドイッチやお茶、ガムなどを買う隣で、おでんの臭いが漂っているのは、場違いな気がしてならない。

 以前に、アメリカでセブンイレブンに入ったら、店内で生花(切り花)を扱っていた。店が密閉されているために、暖房が店中に花の異臭を撒き散らしていて、植物特有の青臭さと、すぐ脇のショーケースに並んだ惣菜類の香りとが反発しあっているように感じた。そのときボクは、アメリカ人の無神経さが何だか悲しくなった。

 ソウルのセブンイレブンでは、店に入るなり、もの凄いキムチの臭いに閉口したことがある。韓国人はこの臭いに包まれて暮しているから、抵抗がないのだろうが、われわれ外国人からしたら異臭としか感じられない。

 ボクはあまり嗅覚に自信があるほうではないが、そのなかでも好きな匂いをいくつか・・・

 まずは、図書館や博物館の紙の匂い。この香りを嗅ぎながら閲覧室で目を閉じていると、何だか遠い昔の郷愁に誘われて眠たくなる。次に、新築の玄関に入ったときの木材や畳の匂い。でも最近気になるのは、建材に含まれるアセトアルデヒドの刺激臭で、これはちょっと苦手だ。それから、線香臭いという人がいるが、お寺の本堂に焚き込められたお香の匂いなんかも好きな香りだ。

 食べ物だと、火鉢で餅を焼く匂い、豆を炒る匂い、屋台のタコ焼きのソースが鉄板に焦げる匂い、肉屋でコロッケを揚げるラードの匂い・・ みんな大好きだ。でも、あんまり上等なモノが浮かばないのが少し情けない。

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2005年11月29日 (火)

喪中はがき

 そろそろ、喪中はがきが舞い込む季節になってきた。

 だいたいボクの年代からいうと、親を亡くした喪中はがきが多い。昨夜も帰宅したら2枚来ていたが、いずれも遠方の知人で、不幸があったこと自体知らなかった。だからと言って、いまさら電話でお悔やみをいうのも変だから、とりあえずメールを送っておいた。こういう時、メールは便利な通信手段だ。

 一度だけ、亡くなった方から年賀状が届いたことがあった。年賀状を出した後で、急逝されたらしい。ボクはその方に出しておらず、年末に亡くなられたことも知らなかったので、年明けに慌てて返書した。ほどなく今度は奥さんから丁寧な手紙が来て、やっと一部始終が理解できた。改めてその年賀状を見たら、達筆で「今年もよろしく」と書き添えてあったが、さすがに不思議な思いがした。

 この場合も、奥さんからの手紙が来なければ、知らずに出し続けていたかもしれない。当の本人から喪中はがきが来るわけもないから、ずっと気がつかないこともあると思う。30年以上前に亡くなったウチの祖父には、さすがに年賀状は来ないが、いまだに送られてくるダイレクトメールがある。

 もうすぐ、亡くなった人からメールが来る時代になりそうだ。あらかじめ発信日時を設定するか、家族にでも頼んでおけば、天国から親しい人やお世話になった人にメッセージを届けることができる。実は、ボクもいずれ準備しようと、密かに思っている。

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2005年11月26日 (土)

インフルエンザ

 今朝、近所の病院でインフルエンザの予防接種を受けてきた。

 昔からバカは風邪を引かないというが、ボクはもう3年以上風邪を引いたことがない。若い頃からインフルエンザで寝込んだ記憶もないが、我が家では、外からウィルスを運んでくるのはボクだと決めつけられていて、毎年、妻子から予防接種を義務付けられている。

 先週、ニュースを見ていたら、今年は大流行の兆しがあるらしい。そして、このインフルエンザウィルスは毎年その姿を変えるので、これまでのワクチンだとあまり効き目がないとか。だったら予防接種は気休めのような気もするが、今年も結局は重い腰を上げることになった。

 我が家では、インフルエンザでは思い出したくない出来事がある。今から6年前の冬のこと、次女が自宅の風呂場で急に意識を失った。すぐさま近くの救急病院に駆けこんだら、インフルエンザによる熱性痙攣という診断だった。ボクたちは処置室の外に出され、中からは医師の怒鳴り声が廊下に響き渡る。看護婦がコマネズミのように走り回る姿を見ながら、ただ見守るだけのボクたちは生きた心地がしなかった。次女はいったん心肺停止状態になったものの、当直医の適切な処置で一命を取りとめた。今では何の後遺症もなく元気に暮らしているが、もし一つ間違えばと思うとゾッとする。よく新聞などで、熱性痙攣という言葉に接するようになったのは、それからしばらく後のことである。

 本人は、もうそんなことはまったく記憶にない。今朝、注射嫌いのボクに、「痛いからね!」と無邪気な顔で微笑んでみせた。もう、あの悪夢は忘れることにしよう。

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