2008年6月24日 (火)

悪食(あくじき)

 昨夜の豪雨で少し涼しくなったかと思ったが、湿気が多くてジトジト暑い。

 今日の夕食。

 空豆と生ウニをつまみながら缶ビールを1本。その後、コノワタ(ナマコの腸の塩辛)とウナギの白焼きで、冷酒を重ねる。

 ほろ酔いで考える。我々人類の食への好奇心というのは、大変なものだ。

 生きたウナギを水族館で見ると、ヘビみたいにグロテスクな格好をしている。ヌルヌルして生臭く、とてもじゃないが食べようという気が起こらない。コノワタは日本三大珍味のひとつとされるが、こんな食材を喜んで食するのも相当の変わり者。

 ウニにしても、ナマコにしても、最初に口にしたのはかなり勇気ある人だったにちがいない。よほど食べるものがなかったのか、それとも向こう見ずな食道楽だったのか。それにしても昔のグルメは命がけ。きっとフグや毒キノコで命を落とした連中もたくさんいただろう。

 ナマコは南の海にいくらでもいる。いつだったかグアムで海に入ったら、足の下は不気味なナマコだらけ。日本のとは種類が違うらしく、生では食べられないと聞いた。

 海にはさまざまな生物がいる。オコゼにシャコ、タコやイカ、極彩色の熱帯魚くらいまでは思い切って食べるとしても、順番からいうとナマコなんかはいちばん最後だろうと、そのとき思った。よくもこんな気味の悪いものを食べたものだ。人間がこの地球で生き残ってきた理由が分かる。

 幼い頃、正月に父がよくお重に入ったナマコの酢の物を摘まんでいた。コリコリとした食感が面白かったが、ひと口で充分。それ以上子供の箸は伸びなかった。でも不思議なもので、酒を嗜む年齢になると、これが美味いと思えるようになる。

 五十数年生きていると、いっぱしの悪食(あくじき)になる。今週末は、妹夫婦と沼島のハモ鍋を食べる予定。ハモの獰猛な面構えは、美味い肉をカモフラージュするためのものだろうが、そう易々と誤魔化されてなるものか。

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2008年4月25日 (金)

めいめい皿

 少し仕事も落ち着いたので、最近は家で食事をすることが増えた。

 何もない日は、家族が揃うのが7時半頃。

 我が家の食事は、食卓の真ん中にメインディッシュやら惣菜を並べる。そして、めいめいが小皿に好きなものを取って食べる方式。かつて兄弟が多くて食料事情の悪かった頃は、こんなやり方では生存競争に敗れる子供がいただろう。しかし我が家では幸いにして、今のところそんなに激しい食べ物の奪い合いもない。

 この方法の欠点は、誰が何をどれだけ食べたかが分からないこと。子供たちは好きなものだけを取っている可能性もある。栄養バランスを考えるなら、本当は給食のように一人ずつ盛り分けるのがいいのかもしれない。

 でもボクは「あてがいぶち」というのが好きではない。親の見る限りでは、娘たちもさほど偏食はしていない。最初から皿に取り分けられて、醤油やドレッシングまでかかっているのは明らかに過剰サービス。些細なことだが、子供にも個性があるし、ある程度の自主性を認めたほうがいい。洋服も自分で選ぶ。寒ければ1枚余分に着て学校に行く。こうして自由と責任は表裏一体であることを、生活の中で学んでほしい。

 子供たちの食事は30分ほどで終わってしまう。ボクの空いたビールグラスを見て「何する?ワイン?焼酎?氷は?1個?2個?」と声をかけてくれるのは次女。ちょっと教育が過ぎたかな…

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2008年2月 7日 (木)

今日の食卓

 5時30分に目が覚めた。

 まだ夜明け前。リビングの暖房をつけて朝刊を読んでいたら妻が起きてきた。

 スーツに着替えて、6時20分頃から朝食。
アジの開き、具沢山のケンチン汁大盛り、養鶏場からいただいてきた新鮮な生卵、ご飯1膳、リンゴ半個。平らげるのにモノの10分とかからない。

 6時40分に家を出て、駅まで歩いて10分。売店で週刊文春を買ってホームに上がる。いつもと同じ7時の通勤特急。今日はいつもより空いている。車内にプーンと鎮痛消炎剤の臭いが広がる。肩が凝っていたので、家を出るときに塗りすぎたかも。年はとりたくないものだ。

 事務所に着いたのが7時20分。これもいつもと同じ。
 2階の実家で両親とコーヒーを飲んだ後、たまねぎエキス10粒、プロポリス2カプセル、ビタミンE 2錠、黒酢の水割りグラス1杯、キャベジン2粒。気休めかもしれないが、どんどんサプリメントの量ばかり増えていく。

 今日は訪問先が6件。持っていく資料を整理しながら、何本か電話を掛ける。その合い間に青汁1杯。

 カバン3つと紙袋を車に積んで9時すぎに出発。だいたいいつも方向を決めていて、今日は大阪市内の大和川近辺。

 11時半の訪問先で予想外に時間がかかったため、奥さんが気をきかしてお弁当をとって下さった。エビフライと鶏の甘酢団子、生野菜、煮物、中華スープ。ご飯を半分残して、あわただしくお暇する。毎日こうして時間の綱渡りが続く。

 あちこちの訪問先で、コーヒー・紅茶・緑茶などをいただく。贅沢を言うと叱られるが、紅茶がいちばん好きで、濃いインスタントコーヒーが最も苦手。

 夕方 事務所に戻って、トマトジュース1杯。息つくヒマもなく来客があって、一緒にコーヒー1杯。仕事はまだ溜まっているが、キリがないからタマには思い切って帰宅することにした。

 今週初めてのウチメシ。
 タラ・カキ・エビ・白菜・春菊・ニンジン・ネギ・シラタキ・豆腐の寄せ鍋を、大根おろしタップリのポン酢で。缶ビール1本、芋焼酎グラス3杯。

 ほろ酔いで、久しぶりにマロンと近所の公園まで散歩。顔を忘れたのか、不思議そうに何度も振りかえるのが可笑しい。

 そしてゆっくり風呂に入って、ナイトキャップを舐めながらブログを書いている。明日は早起きして東京に日帰り出張。関ヶ原の雪は大丈夫だろうか。

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2008年2月 2日 (土)

とばっちり

 昨日から、中国製ギョウザによる食中毒の話ばかり。

 被害者はすでに千人を越えたとのこと。専門家によると、原料の野菜に農薬が残留していたのではなく、製造過程で混入された可能性が高いという。

 朝刊の1面に、この天洋食品で製造された冷凍食品の写真が並んでいる。あまりの多さに驚きつつ、冷蔵庫の在庫と照合しながら処分した人も多いと思う。ちょっと不謹慎だが、年賀ハガキの当選番号を確認する作業に似ている。

  去年の夏ごろ、北京の露店でボロボロになった段ボールを肉まんに混入している映像が流れたことがあった。この騒ぎは結局はやらせだったらしいが、何とも言えない薄気味悪さを感じたのはボクだけではないだろう。

 香港や上海あたりの飲食店は、高級店でもその舞台裏はそんなに衛生的ではない。とくに露店でナマモノはご法度。だいたい中国人は火を通したものしか食べないから、衛生観念など薄いのかもしれない。

 ともあれ、これで中国製食品の信頼性は地に落ちた。いくら安くても、もう日本では当分誰も買うまい。

 とばっちりを食らったのは、輸入していた代理店。JTフーズは一躍有名になり、批判の矢面に立たされている。代理店としての責任はあるだろうが、工場の製造現場まで常時目が届くはずもない。輸入業務、とりわけ口に入るものを扱うということは大きな責任やリスクと背中合わせだということを改めて思い知る。

 街のギョウザ屋こそいい迷惑だ。昨日たまたま近所のギョウザ屋の店主が、テレビのインタビューに応じていた。いくら国産の材料で作っていても、ギョウザのイメージダウンは免れまい。

 大手スーパー首脳は「中国産をすべて撤去したら棚が空になる」と嘆く。たしかに食料自給率はすでに4割を切っていて、海外に依存しないことにはわれわれ国民は飢死してしまう。とくに中国産抜きでは食卓が成り立たない。

 だからこそ、こうした輸入品の安全保証は政府の責任。今回はたまたま最悪の事態には至らなかったが、何かあってからでは遅すぎる。

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とばっちり

 昨日から、中国製ギョウザによる食中毒の話ばかり。

 被害者はすでに千人を越えたとのこと。専門家によると、原料の野菜に農薬が残留していたのではなく、製造過程で混入された可能性が高いという。

 朝刊の1面に、この天洋食品で製造された冷凍食品の写真が並んでいる。あまりの多さに驚きつつ、冷蔵庫の在庫と照合しながら処分した人も多いと思う。ちょっと不謹慎だが、年賀ハガキの当選番号を確認する作業に似ている。

  去年の夏ごろ、北京の露店でボロボロになった段ボールを肉まんに混入している映像が流れたことがあった。この騒ぎは結局はやらせだったらしいが、何とも言えない薄気味悪さを感じたのはボクだけではないだろう。

 香港や上海あたりの飲食店は、高級店でもその舞台裏はそんなに衛生的ではない。とくに露店でナマモノはご法度。だいたい中国人は火を通したものしか食べないから、衛生観念など薄いのかもしれない。

 ともあれ、これで中国製食品の信頼性は地に落ちた。いくら安くても、もう日本では当分誰も買うまい。

 とばっちりを食らったのは、輸入していた代理店。JTフーズは一躍有名になり、批判の矢面に立たされている。代理店としての責任はあるだろうが、工場の製造現場まで常時目が届くはずもない。輸入業務、とりわけ口に入るものを扱うということは大きな責任やリスクと背中合わせだということを改めて思い知る。

 街のギョウザ屋こそいい迷惑だ。昨日たまたま近所のギョウザ屋の店主が、テレビのインタビューに応じていた。いくら国産の材料で作っていても、ギョウザのイメージダウンは免れまい。

 大手スーパー首脳は「中国産をすべて撤去したら棚が空になる」と嘆く。たしかに食料自給率はすでに4割を切っていて、海外に依存しないことにはわれわれ国民は飢死してしまう。とくに中国産抜きでは食卓が成り立たない。

 だからこそ、こうした輸入品の安全保証は政府の責任。今回はたまたま最悪の事態には至らなかったが、何かあってからでは遅すぎる。

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2007年11月20日 (火)

ジャガイモ

 先日、ある訪問先でジャガイモをいただいた。

 お嬢さんの嫁ぎ先から送ってきたお裾分けらしい。聞いてみたら、北海道の富良野で農業をしているとのこと。何でまたそんな遠いところにと思ったが、友人とカーナビを頼りに北海道旅行をしたときに、たまたま道に迷って彼の畑に飛び込んだのが知り合ったキッカケだったとか。

 厳しい寒さも土の香りも知らない都会育ちの箱入り娘が、見知らぬ北の大地で苦労している姿を想像してしまった。幾多の壁を乗り越えて、やがては四方に深く根を下ろし最後は彼の地の土になっていくのだろうか。

 考えてみたら、たいていの女性の人生は結婚してから先のほうが長い。妻になり母になり、やがては婚家の屋台骨を背負うことと相成る。そうなると親元というのは、所帯を持つまでお世話になった仮の家みたいなもの。

 まだずいぶん先のことだろうが、我が家の無邪気な娘たちにも、いずれは大きな人生の決断の時期が待ち構えている。

 ちょっと寂しそうなご両親の表情が目に浮かんだ。ジャガイモの名前はレッドムーンと北あかり。どちらもホクホクして美味い。細川たかしの演歌の名前みたいな北あかりのほうは、最近は大阪のスーパーにも並んでいるそうだ。

 そのジャガイモを頬張りながら、遥か北の国を思う。もう初霜の便りが聞かれる季節である。

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2007年11月15日 (木)

ボジョレー・ヌーボー

 今日は11月の第3木曜日。

 いわずと知れたボジョレーヌーボーの解禁日。帰りに酒屋で1本買って早めに帰宅した。

 フランスでは500円もしないのに、日本には空輸されてくるから3千円近くする。商魂たくましい輸入代理店が仕掛けたバカ騒ぎに消費者がみごとに踊らされているのだが、まあ一種のお祭りみたいなもの。かつては自分もそのお先棒を担いでいた罪滅ぼしにと、毎年この日には1本買って帰る。

 たいていのアルコールは嗜むが、特に赤ワインが好き。そうは言っても特別な講釈など垂れるつもりはない。タンニン臭が舌にまとわりつくような渋めのタイプならそれで充分。本当はヌーボーのような若い酒は好みではないのだが、そこは縁起モノだからこの日ばかりはあまり気にしない。

 家に帰ったら、今夜の我が家の献立は何と『おでん』。いつものように缶ビールを1本空けた後、おもむろに買ってきたヌーボーのコルクを開ける。ツミレと大根をつまみに赤ワインというのも不思議な取り合わせ。

 「どう美味しい?」と台所から妻の声。「うん!サラっとして美味いかな…」と答えたら「朝から焚いてるからダシが滲みてるはず…」という。どうやらおでんの話らしい。

 2杯目からは味が分からない。妻にも少し手伝ってもらって、気がつけばもう1本空いてしまった。今年もなかなかいい出来でした。

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2007年10月24日 (水)

大食い選手権

 気持ち悪いと思いながら、ついつい見てしまうのがあの大食い選手権。

 何年か前に中学生の死亡事故があってからしばらく自粛していたはずなのに、もうほとぼりが冷めたのか復活を果たした。

 だいたい大食いを競うというのは品がない。大きな口を開けて無理やり食べ物を詰め込む姿は、あまり格好のいいものではない。しかし見始めるとテレビの前から動けない。どうしてあんなに痩せた女の子が、焼肉を10キロ近くも食べられるのか。

 以前にどこかの報道特集で、大食いの人と普通の人が食べ物を消化する様子をレントゲンを使って比較していた。もちろん胃袋の大きさも違うが、大食いの人は消化が異常に早くて、食べているうちにどんどん小腸の方向に食べ物が流れ始めるらしい。だから胃に長く滞留させないで、短時間で大量の食物を通過させていくことができる。

 毎年アメリカの独立記念日にホットドッグ早食い競争をやっているが、今年も優勝者はたった12分で66本も平らげてしまった。見ていると大食いの人はそんなに身体が大きくない。逆に太っていると脂肪組織が胃の膨張を邪魔するので、早食いには適していないとか。

 あれだけ食べても太らないというのは、口から入った食べ物のカロリーはいったいどこに消えてしまうのだろう。摂取できずに体外に排出されるとしたら、ガソリンを垂れ流して走る車みたいなもので、不経済なことこの上ない。

 逆に脂肪の燃焼効率が悪いため、どんどん太ってしまう遺伝的体質の人たちがいる。低燃費型は食料難の時代なら有利だろうが、この飽食の世の中で食事制限というのもちょっとツライ。

 食欲の秋。食べたら太るというのは健康な証拠。ただしほどほどに、けっしてマネなどしないように。

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2007年6月29日 (金)

ポンテ・ベッキオ

 昨日のお昼、ちょっと奮発してポンテ・ベッキオ本店のランチに行ってきた。

 場所は北浜の証券取引所ビル1階。関西ではNo1との呼び声が高いイタリアンの名店である。ビジネスマンが行き交う道路沿いにあるが、一歩店に入ると外の喧騒がウソのように静まり返っている。

 さて席に案内されてメニューを開ける。ランチコースでも 5,250円からで、それに10%のサービス料が加算される。ちなみに水(ミネラルウォーター)も有料。でもせっかく来たのだからと、思い切って3品選べるコースにした。

 最初に出てきたのはゼリーのような冷製スープ。凝縮された野菜のコクが舌の上にじわりと広がる。そのあとに続く料理も美味いが、とくに牛肉のカルパッチョは絶品。バルサミコソースをたっぷり使ったサラダとの相性も抜群である。

 和の素材を使った料理は、われわれ年代の男性にも食べやすい。イタリアンの基本はしっかり守りながら、新しい素材やレシピに挑む姿勢がいい。普通なら 塩、にんにく、唐辛子、アンチョビなどで味付けするところだが、この店の料理には和食のだしの存在を感じる。

 デザートまで堪能して店を出たのは2時過ぎ。ランチで2時間というのは久々だが、たまには重厚な雰囲気でゆったり食事を楽しむのもいい。

 ちなみに夜だと、ワインを頼めば2人で4~5万円はかかるとのこと。
 まあ、何かの記念日ですかね~

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2007年6月26日 (火)

ハンバーガーとラーメン

 久しぶりにマクドナルドに入った。

 ボクはもともとハンバーガーという食べ物はそんなに好きではない。でも、3年半ほどその世界に身を置いていたので、今でも何となく気になるし、一般の人よりは業界のことを知っているつもりだ。

 ちょっと値段のからくりの話をすると、いちばん原価率が高いものでモトをとろうと思うなら、ハンバーガー単品に限る。高カロリーのポテトフライは注文せず、ドリンクは外の自動販売機で買うのが正解。

 カウンターで勧めるセットメニューも実は割安ではない。これは原価の安いポテトやドリンクとうまく組み合わせて客単価を上げるという店の高等戦術なのだ。

 10年ほど前に、価格破壊の代名詞として100円バーガーが話題になったことがある。今はそのレギュラーバーガーが80円。本当はこればかり10個20個とまとめ買いされたら店はいちばん困る。

 しかしそんな客は滅多におらず、たいていは店の思うツボ。みんな安いハンバーガーに財布のヒモが緩んで、割高のポテトやドリンクまで一緒に買わされている。

 最近大阪でびっくりラーメンというチェーン店が増えてきた。何とラーメン一杯180円。これでやっていけるのかと心配になるが、よく見ていると180円のラーメンだけ食べて帰る客はまずいない。これも上手に餃子やチャーハンとのセットメニューで客単価を稼いでいる。

 昔からあるオトリ商法である。ユメユメ皆さん騙されないように~

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2007年6月11日 (月)

バーベキュー

 6月11日は暦のうえでは『入梅』。しかし大阪は今日も快晴で、まだ梅雨の気配もない。今年は水不足が心配かもしれない。

 昨日の日曜日、夕方から晴れ間が見えたので、子供たちのリクエストで庭でバーベキューをすることになった。

 ウチの前は私道で車の往来は少ない。近所の人以外はほとんど人通りもない。しかも前面道路から4、5m高いところに庭があるから周囲の視線も気にならない。

 今から9年前に家を建てたとき、当時流行りのウッドデッキをその庭に設(しつら)えた。子供たちは、そのデッキでままごと遊びをしたり、ビニールプールに入ったり、花火をしたりして育った。

 今でもそのデッキで、年に何回かバーベキューをする。青空の下で肉を焼くのはちょっとしたピクニック気分が味わえて楽しい。久しぶりにデッキに腰掛けると、あちこちがだいぶ朽ちてきた。その隣の赤く錆びたブランコも主(あるじ)を失って、今では妻が洗濯物を干すのに使っている。

 9年の歳月は長い。マブタを閉じると、幼かった子供たちの姿が目に浮かぶ。生まれたばかりのマロン(イヌ)と走り回っていたことや、ツバメのヒナが孵(かえ)って大騒ぎしたこと、車庫にできた蜂の巣をコワゴワ退治したこともあった。

 まだ女の子だからたいしたこともないのだろうが、平らげる肉の量は着実に増えてきている。いっぽうで親はいつの間にか肉より野菜に手が伸びる年代になってきた。

 いつの間にか日が暮れてきて、ビールからワインに。こちらの世界は今のところ大人の独壇場だが、娘たちとグラスを傾ける日もそう遠くはないかもしれない。

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2007年6月 8日 (金)

回転寿司

 昨日の昼、回転寿司屋に入った。

 はじめての店だったので、お茶を飲みながらまずは回っているネタを確認。皿の色が何種類かあって、それぞれ値段が違う。イカ、タコは105円から、いちばん高いウニ、ボタンエビが載った黒い皿は525円。

 壁に貼り紙がしてあって、今日はサービスデーらしい。159円と210円の皿はすべて105円だとのこと。何だか得をした気分で、マグロ、太刀魚、活タイと210円皿を集中的に攻める。周りも同じ戦略らしく、210円の黄色い皿はレーンに並んだとたんに客の手が伸びて品薄状態。

 とばっちりを受けたのは、もともと105円の皿。何周もグルグル回ってイカはスルメみたいに乾いている。おもしろいのは159円皿で、これもなぜだか人気がない。他人(ひと)のことは言えないが、少しでも値引率の高い210円の皿を食べようという心理が働くらしい。

 デパートで1万円均一などというバーゲンをすると、元の値札の高い商品から売れていくという話を聞いたことがある。同じ1万円なら元値が高いものを買ってトクをしたいというのが消費者心理らしい。

 でも、そうやって売れ残りを上手に買わされているのではないか。いくら安くても要らないものは要らないはずだ。元値というのは原価や仕入れ値から勝手につけられた値段で、買い手の利用価値とは関係ない。

 ひょっとしたら210円皿に載っているのは、売れ残りで早く処分しないとならないネタばかりかもしれない。カウンターの中で目を光らせている商売上手そうな親父さんの顔を見ながらそんなことをふと考えた。よし、次は159円皿だ!

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2007年5月30日 (水)

名糖ホームランバー

 家の近くのローソンで『名糖ホームランバー』を見つけた。

 あまりの懐かしさに声が出そうになった。1本60円。銀紙をめくって口に含む。サクっとした食感で舌の上で溶けていく。牛乳臭さのない淡白な味わい。最近の乳脂肪分たっぷりの濃厚なアイスクリームに慣れた口には少し物足りない。

 ボクも贅沢になったものだ。
 このホームランバーは、当時の子供たちにはとてつもなく上等のキャンデーだった。あの時代のキャンデーは薄いジュースを凍らせたようなものばかりだったが、これはシッカリとミルクの風味がした。今だと乳固形分などによる成分表示が厳しくなっているが、あの頃はそんな面倒な規制もなく、みんなアイスクリームと呼ばれていた。そしてこのホームランバーは子供たちには極上のプレミアムアイスだった。

 さらにこの逸品には子供心を躍らせる仕掛けがあった。ペロペロなめていく途中で焼印が見えてくる。その焼印が「ホームラン」だともう一本もらえ、「ヒット」だと三本集めてもう一本と交換できた。「二塁打」や「三塁打」もあったらしいがそれは記憶にない。たしか長嶋選手が広告キャラクターになっていたはずだ。

 値段はその後少しずつ上がって、今では1本60円。その間の品質向上は目覚しいから、生き残りは厳しかっただろう。今だとボクたちの世代が懐かしがって買い求めるくらいかもしれない。そういえば日清チキンラーメンも美味かったなぁ~

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2007年5月26日 (土)

ワインの話

 最近ワインを飲む機会が増えた。

 家で夕食のときは、まずは缶ビール。これはここ1、2年はプレミアムモルツに決めている。ちょっと贅沢だが、慣れると他の銘柄は飲めない。

 その後は、ウィスキーならラフロイグ。これはヨード臭の強い不思議な風合いのスコッチで、飲み始めると癖になる。泡盛やくさやが好きだというのと似ているかもしれない。

 ワインならフルボディの赤ワインに限る。白ワインはとびきりの辛口をギンギンに冷やしたもの以外は口にしない。フルーティと表示されたようなものは論外である。

 赤ワインの銘柄は何でもかまわないが、舌に渋みがまとわりつくような芳醇なものがいい。最近は千円以下でも美味いワインがあって、安売り店で探すのを楽しみにしている。

 ワインの肴はブルーチーズにハード系の薄切りパン。生ハムでもあればいうことなし。

 家から歩いて15分ほどのところに、ワインの品揃えが豊富な酒屋がある。そこの店主が裏でレストランを始めた。ワインを飲ませるのが目的だから、そんなに本格的な料理はない。しかしなかなか美味い。前菜もいいがとくにチーズフォンデュがいい。おそらく使っているチーズとワインに秘訣があるとみた。大人向けの料理なのに、ウチの子供たちがすっかり気に入ってしまった。

 フォンデュは時間がかかるから、行く前には予約を入れてチーズを溶かしておいてもらう。店でワインを選んで前菜を摘まんでいると、ちょうどフォンデュ鍋がいい具合に温まって出てくる。

 たまには遠出もいいが、ほろ酔いでブラブラ帰るなら家の近くがいい。しばらくはそんな素敵な風薫る季節である。

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2007年4月24日 (火)

カワハギ

 中途半端な時間に仕事が終わった。外に出るとちょうど日が暮れたところ。真っ直ぐ帰るにも惜しい長閑(のどか)な春の宵。

 生暖かい夜風に誘われるように、近所の居酒屋を覗いてみた。
 「何かある?」
 「そう今日は、カワハギの薄造りとカツオかな・・・」
 「ウンじゃそれにしよう」
ということで、腰を落ち着ける。

 カワハギは関西では人気があって、鍋物や刺身、煮付けによく使われる。フグより美味いという人もいる。肝を醤油に溶いて、薄造りを2、3枚まとめて口に運ぶとプリプリした食感が広がる。

 この魚はペロっと皮を剥ぐから、大阪では『ハゲ』と呼ばれている。半年ほど前に、大阪に出張してきた知人と一緒に小料理屋に入ったときのこと。壁に貼ったメニューに『ハゲ』と書いてあるのを見て、彼が、
 「ハゲって何?」と訊ねた。店の大将は、
 「ハゲいうたらハゲですわ」と素っ気ない。
 モノは試しに注文してみたら、何のことはないカワハギの煮付けが出てきた。ちなみにこの知人はハゲでデブでチビで眼鏡をかけている。

 水族館で魚を見ていると、フグ、オコゼ、ハモ、ウナギなど、美味い魚は奇怪なご面相をしている。カワハギもその例に洩れず、水鉄砲のように水底の砂を吹き上げて、落ち着きなく餌を探している。

 小さな口で餌を削ぎとるように食べるので、釣り人には当たりが伝わりにくい。釣るには高度なテクニックが必要とされ、『カワハギ師』などと呼ばれるようになると、その世界では達人である。

 身体の色も変わるらしい。ケンカのときは濃いトラ模様になり、求愛のときは腹を真っ白にして三角に尖らせる。感情の起伏が激しくて分かりやすい魚である。

 いつの間にかビールから焼酎に替わって2杯目。店の客も増えて賑やかになってきた。そろそろ潮時である。春の宵はほろ酔いで、ブラブラ帰るのがいい。

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2007年4月13日 (金)

回転寿司

 久々にゆっくり昼食。

 前から気になっていた店があって、思い切って覗いてみた。最近よく店の前を通るのだが、なかなか入る機会がない。

 でもボクの第六感によると、何だか美味そうな予感。

 場所は東部市場(東住吉区)のそばの海産物卸店の2階。回転寿司の大きな看板が見える。鮮魚店の直営だからさぞかしネタもいいだろうと期待して、階段を上がって店のドアを押す。

 昼には少し早かったので、客席はまだ疎(まば)ら。
 「いらっしゃい~」という威勢のいい声に迎えられて、カウンター席に通される。お茶がセルフサービスというのは他の回転寿司屋と同じだが、市場が近いせいか、ひと仕事終えた長靴姿のおじさんたちが昼前からビールを飲んでいる。

 イカやタコは100円。250円出せば エンガワに中トロ。350円で盛りのいいウニやイクラが食べられる。茶碗蒸しと寿司 6皿で 1,700円也。回転寿司にしてはまずまずの値段だが、充分満足できるネタだった。

 時間とフトコロに余裕のあるときにまた来よう。

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2007年3月23日 (金)

ご飯とおかず

 ご飯の食べ方の話。

 ボクが子供の頃は、今みたいに食事のおかずは沢山なかった。
 ウチは妹2人だからそうでもなかったが、男の子が何人もいる家庭だと、夕食時におかずの取り合いになるという話も聞いたことがある。

 それに比べたら、今は豊かな時代になったものだ。子供も食べ残すことを何とも思わない。

 それで、今朝の朝食時の話。
 焼き魚に佃煮と味噌汁、ご飯一膳が食卓に並んでいた。ご飯とおかずを交互に口に運ぶ。たまたまちょっと盛りが多かったのか、ご飯が少し残った。
 「お味噌汁 まだあるわヨ」という妻を制して、卓上にあった子供のフリカケで、ご飯を一気に口にかき込んだ。

 こうしてご飯が残ると、いつも思い出す話がある。
  戦国時代に、小田原城を拠点として関八州に覇を称えた北条氏康という名将がいた。文武両道に秀でて、武田信玄や上杉謙信と対等にわたりあった武将である。
 その氏康が嫡子・氏政が飯に汁を数回かけて食べているのを見て、
 「一杯の飯にかける汁の分量を量れずして、国盗りを量れようか」と嘆いたという。

 ボクは小学校の頃から戦国モノがやたらと好きな子供だった。そしてなぜだかこの故事にいたく感銘して、何度もカレーをかけずに食べ終えるように努力して自己満足していた。

 そして今、もとより天下を狙う野心などない。それでも味噌汁のお代わりをするくらいならフリカケで食べようと、妙な意地を張っている。

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2007年3月 2日 (金)

マヨラーとケチャッパー

 子供の頃、目玉焼きにソースをかける子と醤油で食べる子がいた。

 ボクは最近でこそ醤油派だが、子供のころは何でもソースをドボドボにかけて食べるのが好きだった。コロッケでもトンカツでもハンバーグでも、ウスターソースに浸すようにして食べていた。親はマユを顰めていたが、今思えばあまり上品な食べ方とはいえない。

 今どきの子供は、何にでもマヨネーズやケチャップをかけて食べる。そしてこれをマヨラーとかケチャッパーとかいうらしい。たとえば鍋物にはポン酢と昔から相場が決まっているが、ウチの次女なんかは鍋からつまみ出した鮭にマヨネーズをかけて食べている。しかも、牛乳やジュースを飲みながら。機嫌よく食べているから、注意すべきかどうかちょっと迷う。

 和食は水彩画と同じく薄味の文化である。ここに洋画の絵の具を重ねると、繊細な味が分からなくなる。

 味覚は突きつめると個人の好き嫌いの問題。特に調味料や香辛料などは他人がとやかく言うべきものではない。

 しかしマヨネーズやケチャップをかけすぎると、食材本来の味が分からなくなる。こうして細やかな日本人の感性が失われつつあるのは、何だか寂しい。

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2007年2月26日 (月)

カレーライス

 ボクがこれまでの人生でいちばん数多く食べたもの。それは間違いなくカレーライスだ。

 今でも、よく駅の構内なんかで時間のないときにカレーの店に飛び込む。早く食べられるのと、さほど当たり外れがないのがその理由。

 カレーはもともとはインド料理だが、日本のカレーライスは日本で完成された立派な日本料理。そしてそのカレーライスには、それぞれの家庭の流儀がある。

 ボクが子供の頃、実家のカレーはもう少しシャブシャブしていた。お腹が空いていても、食べるまでには少し時間がかかる。まずはご飯で堤防を作って、真ん中に生卵を入れる。そしてその上からウスターソースをかけて、スプーンでゆっくりとかき回す。しっかり混ざってから、おもむろに口に運ぶ。口の中でカレーの辛さと熱さが、冷たくてマイルドな生卵とウスターソースの甘みとで中和されて、超特急でノド元を通り過ぎていく。

 大阪で有名な自由軒のカレーは、この名残りを残している。ルーとご飯をあらかじめ混ぜたものをお皿に盛って、まん中に生卵を落としたものだ。見ていると、年配客はやっぱりウスターソースをかけている。

 カレーに生卵、ウスターソース、ついでに福神漬けとラッキョウという取り合わせは、いったいいつ誰が考えたのだろうか。考えてみたら、奇妙な取り合わせだ。

 ボクは出先で昼食にカレーを食べることが多いが、もちろん何もかけないし、スプーンでかき回すことすらしない。テーブルに置かれたら、黙ってスプーンを持って食べ始める。だから、食べ終えるのにモノの5分もかからない。

 でも、およそ愛想のない食べ方だ。それに比べたら、幼い頃に食欲を抑えてカレーをかき回していた儀式は、多少なりとも子供の忍耐力を養うのに役立ったかもしれない。

 いつものゴルフ練習場の食堂で、あっという間にカレーを平らげた後、横に置いてあったウスターソースの容器を見ながら、ふと懐かしい昭和の味を思い出していた。

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2007年2月20日 (火)

ウナギの話

 ちょっと季節はずれだが、昼食に外出先でウナギを食べた。

 最近でこそあまり食べなくなったが、ボクは若い頃、とりわけ社会人になりたての頃はウナギが大好物だった。

 ウナギは日本では高価な食べ物だが、水族館でその姿を見ているとそんなに上等な生き物には思えない。世界中でいろんな食べ方をするらしいが、いちばん美味いのは文句なく日本の鰻重である。

 そのウナギの蒲焼は、東京と大阪でちょっと流儀が違う。背開きと腹開きの違いは味には関係ないが、蒸してから焼くかどうかでずいぶん風味に差が出る。どちらが好きかと聞かれたら、ボクは東京風の蒲焼が好みだ。でも、最近は大阪のスーパーでも東京風の焼き方がほとんどで、ボクたちが子供の頃に慣れ親しんだ皮が硬い蒲焼にはトンとお目にかからなくなった。

 そして、若かったボクたちはそんなに高価なウナギを食べていたわけではない。毎晩残業しながら、たまに会社の近くのウナギ屋から出前を取っていたのだ。

 残業で唯一楽しいのは食事の時間。当時は会社が何軒かの店と協定していて、その店の出前は会社のチケットで食べることができた。安月給の身には一食分浮くだけでもありがたい。そしてその残業食といえば、中華焼きソバかナポリタンスパゲティか親子丼か、たまに奮発して鰻重かとだいたい相場が決まっていた。

 もちろん会社もしっかりしているから、残業食の上限金額は決まっている。ヒラ社員のボクたちは500円くらいが限度で、それを越えると自己負担になる。鰻重は当時でも1,000円くらいはしたから、せいぜい週に1回くらいの贅沢だった。

 残業した仕事の内容はさっぱり覚えていないのに、食事の記憶だけが鮮明だというのは、根が卑しいのに違いないと自分でも可笑しくなる。

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2007年2月16日 (金)

紅生姜の天ぷら

 大阪のスーパーではよく紅生姜の天ぷらを売っている。

 毒々しい色の紅生姜を薄くスライスして、衣をつけて揚げたヤツ。大阪の人ならたいてい知っていると思う。でもこれは大阪にしかない。少なくともボクは東京では見たことがなかったが、立ち飲み屋のツマミには最高だ。

 織田作之助の『夫婦善哉』はミナミの下町を舞台にした小説で、路地の入り口で子どもを相手に天ぷらを揚げて売る店の描写から始まる。

 Nitsushindo006_1 そんな雰囲気を残している店が黒門市場がある。名物の穴子、蓮根芋、牛蒡などの脇に紅生姜の天ぷらが並んでいる。狭い店頭で客の相手をしているおばちゃんの顔は、テレビで何度か見た。この店も最近はすっかり有名になって、東京からも遠来の客が来るらしい。亡くなった藤山寛美が舞台で「天ぷらは日進堂や」とおどけて食べた店である。

 ボクは残念ながらミナミや新世界にはあまりなじみがない。でもこのディープな街では、昔から稼いだだけその金を湯水のように使ってしまう放蕩者がモテた。そしてその双璧は、坂田三吉と初代・桂春団治。『王将』や『浪花恋しぐれ』の演歌の世界だが、もうそんな話も伝説として風化しつつある。

 夫婦善哉の種吉によると「うまいモンは何と言ってもミナミに限る」とか。今でも庶民的で美味い店がいっぱいあるらしい。誰が言ったのか『C級グルメ』。たこ焼きや餃子を筆頭に、わが大阪には安くて楽しめるものがたくさんある。

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2007年2月 7日 (水)

烏骨鶏とユンケル

 家でよく「お昼 何食べたの?」と聞かれる。

 でも、この質問には即座に答えられない。朝からの予定を考えながら、昼どきの居場所を確認してようやく思い出す。だいたい食べることには無頓着なほうだし、忙しい時期はゆっくり食事を楽しむ余裕などまずない。

 最近は時間の綱渡りをしていて、昨日も気がついたら2時を過ぎていた。そんなときは、近くのコンビニに車を停めておむすびやサンドイッチを頬張っている。

 そんな今朝の話。朝食に焼き魚と一緒に生卵が出てきた。割ろうとしたら、殻に値札がついている。何 コレ!と思わず目を見張った。ナンと1個 525円!台所から「烏骨鶏(うこっけい)の卵なのよ。健康にいいらしいから買ってみたの。スーパーで半額だったから・・・」と妻の声がする。

 最近ボクがロクな昼メシを食べていないことを知っていて、買ってきたらしい。割ってみたら、黄身が固くて隆起している。でも醤油をかけてご飯に混ぜたら、もう普通の卵との違いは分からない。卵1個で、昨日の昼メシより高い。ノドが詰まりそうだ。

 烏骨鶏は中国原産の改良されていない鶏。動物本来の習性で繁殖期にしか卵を産まないから、普通の鶏卵よりかなり高価だ。本場の中国では珍重されていて、以前にソウルで食べた参鶏湯(さんげたん)にも、この烏骨鶏が使われていた記憶がある。

 朝から贅沢をしたせいか、今日は体調がいいような気がする。外に出たついでに、いつものドラッグストアでユンケルを買った。ふだん飲むのは200円のローヤル100。でもユンケルもピンからキリまであって、ユンケルスターなんていうのは4,000円もする。

 だいたいボクくらいの年のオトコは、みんなユンケルが好きだ。でもどうせ気休めなのだから、どれでもたいして変わらないとボクは思う。だいたいあんなモン1本に何千円も出す人の気がしれない。

 まぁ~これからしばらくはユンケルで頑張ろう!ところで烏骨鶏は明日もあるのかな・・・

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2007年1月17日 (水)

食の安全

 宮崎で鳥インフルエンザの被害が拡大している。

 年末はノロウィルス騒ぎ。カキ なかでも生ガキはさっぱり売れず、飲食店ではメニューから外したところもある。冬場はカキが一番美味い季節だから、養殖業者の痛手はさぞかし大きかったことと思う。

 狂牛病で牛肉業界が大打撃を受けたことは記憶に新しい。ボクのお客さんの酪農農家も、まだ先行きは厳しい。10年前には大阪でO157による集団食中毒事故が起きた。このときはカイワレ大根が原因とされて、生産農家は壊滅的な打撃を蒙った。国を相手どった行政訴訟では勝訴したものの、カイワレの売上げは元には戻らない。

 こういうニュースを見ていると、食べ物を扱う仕事は本当に難しいと思う。自分に責任のないところで、売上げが急落することがある。文句をいう相手もないから、セーフティネットが欲しいところだ。

 しかし人災については別。早急に原因を調査して適切な再発防止策を講じなければならない。初動の遅れは企業の命取りになる。いたずらに隠そうとすると、消費者の不信感は増幅するだけ。不二家のシュークリーム販売停止やミスタードーナツの異物混入などは、まったく企業としてのタガが緩んでいるとしか思えない。

 ボクは十数年前に、ある中堅ハンバーガーチェーンの経営の一翼を担っていたことがある。そのとき身をもって感じたのは、品質管理や安全性確保がいかに大切かということ。食べ物商売で食中毒などが起これば、たちまち会社存亡の危機に直面する。一度地に落ちた信頼を回復するのは並大抵のことではない。トップが辞任してすむ話ではないのである。

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2006年12月22日 (金)

生け簀料理

 忘年会もちょっと飽きてきた。

 居酒屋から始まって鍋料理に懐石料理、焼肉に中華に洋風ビュッフェ・・・贅沢をいったら怒られそうだが、このところさすがに食傷気味。

 そんな中、先日生け簀(いけす)料理の店に行った。店の真ん中の生け簀にタイやヒラメが泳いでいて、底にはイセエビの姿も見える。客が注文すると店の若い衆が網ですくって俎に載せる。さっきまで気持ち良さそうに泳いでいた魚もあっという間に刺身に切り刻まれて大皿に盛り付けられる。残酷と言えなくもないが、魚だからまだ許せる。これが焼き鳥屋だったら気持ち悪くてノドが詰まるだろう。

 昨日読んだ雑誌によると、その生け簀料理というのは江戸時代に大阪商人が思いついたものらしい。元々の生け簀は漁師が天候不良に備えて魚を泳がせておいた池のこと。それを大阪の料理屋が道頓堀川に浮かぶ舟の中に持ち込んで成功したという。

 お品書きを開いたら『時価』というのが多くて、思わずギョッとする。遠慮がちに「シマアジいくら?」と聞くと、いっせいに回りの客が聞き耳を立てる。大好物の生ガキも時価と書いてあるが、時節柄ノロウイルスとやらが怖いから我慢我慢。そういえばカキが暴落しているというニュースを数日前の新聞で見た。店の親父さんに尋ねてみたら「ウチのは大丈夫!安くしとくから」という返事。何だか気味が悪くて注文できない。

 もっとも生け簀のカキはそんな騒ぎも知らず、命を長らえて喜んでいるかもしれない。

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2006年12月16日 (土)

「まいどおおきに食堂」

 新しくできた『喜連食堂』に行ってきた。

 最近大阪で増えてきた『まいどおおきに食堂』の一つ。チェーン店なのだが『心斎橋食堂』とか『天六食堂』とかいうように地名をつけた店名がミソ。筆太で書かれた店の看板がいかにも個人経営の定食屋を思わせる。

 11時半に入ったらまだ空いていた。サバの塩焼きとハムサラダ、焼きたての卵焼きにご飯と味噌汁で締めて700円。粒が光った釜炊きのご飯が美味い。和食中心のメニューは中高年のおじさん好みで、値段も昼食にはリーズナブルだろう。

 「ありがとうございました!」という声を背中で聞きながら、うまくいきそうだとホッと胸をなでおろした。

 実はこの店はお客さんの 400坪ほどの遊休地を活用した賃貸店舗。最近こういう不動産活用の相談が増えてきた。今年だけでも、マンション、ドラッグストア、コンビニ、外食店舗、コインパーキングと多種多彩。今ボクの回りには不動産開発を専門にする若い優秀なメンバーが揃っている。

 依頼があった物件を彼らに見せると、綿密な市場調査をしたうえで最有効利用についての答えが返ってくる。投資回収や資金調達、法人成りから相続対策まで検討事項は多い。

 好条件に飛びつくのは必ずしもいい結果が得られない。こういうディベロップメントは誰かが儲けすぎてはダメ。事業からの利潤を適正な割合で地権者とテナント、プランナーや建築業者、不動産業者が分配する枠組みが望ましい。万事ホドホドがいいというのが、最近ようやくたどりついた結論である。

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2006年12月10日 (日)

プレミアムビール

 お歳暮商戦でプレミアムビールが好調らしい。

 プレミアムとは英語で「高級な」という意味。普通のビールより1,2割値段が高く、小売価格でレギュラー缶1本 240~250円。話題になった第3のビールの2倍近い。原料の麦芽やホップはドイツ、チェコなどの最高級品を厳選して使っている。

 ボクも家で飲むのは、1年前からプレミアムモルツに変えた。独特の華やかな香りと深いコクがいい。普通のビールとは明らかに違っていて、ちょっとした贅沢感を味わえる。

 急に売れ始めたのは、発泡酒が普及しすぎた反動だろうか。個性豊かな輸入ビールや地ビールへのこだわりが定着してきたことも理由の一つかもしれない。

 ボクたちの年になると、もうさすがに浴びるほど酒を飲みたいとは思わない。むしろ量を減らしても美味いモノを楽しみたい。プレミアムビールはそういう熟年層の嗜好に合う。

 先日読んだ週刊誌には、格差社会に関連づけて『消費の二極化』と解説してあった。でもそんなに大それた話ではないような気がする。多少高くてもそれだけの値打ちがあると思えば財布のヒモは緩む。要は品質と価格のバランスの問題だとボクは思う。

 矢沢永吉のCMもなかなかいい。自分でアクアパッツァを料理して、優雅にビールを楽しむ静謐の週末。佐藤浩市が美味そうに一番搾りを飲み干すCMも好きだけど、広告は夢を追うものだからライフスタイルを先取りするような演出も素敵だ。

 う~ん今日は日曜日だし、そろそろ家に帰ってビールの時間にしましょうかねぇ~

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2006年11月30日 (木)

トロ

 東大西洋のクロマグロ漁獲枠が削減されるらしい。来年まず1割、2010年までには2割減る。この地域で捕れるクロマグロの大半は日本に出荷されているから、日本の消費にも影響がある。トロがもっと高くなると週刊誌は騒いでいる。

 マグロという魚は煮ても焼いても美味しくない。国によっては家畜のエサに使われている。余計なことをせずにナマで食べるのがベストで、これを発見した日本人はなかなか食通だと思う。また普通なら敬遠されるはずの脂身のトロが一番高価だというのも面白い。

 あまり高級寿司店には縁がないが、時価と書かれたネタを頼むのは勇気がいる。上司にご馳走になるときなどは、高いネタを注文するタイミングが難しい。向こうがタコやコハダを頼んでいるのに、自分だけトロ、ウニ、アワビというわけにはいかない。さりとて安物ばかりで満腹になるのも勿体ない。

 ここしばらくマトモな寿司屋でトロなど食べたことがない。たまに回転寿司で意を決して手を伸ばすくらい。遥か遠洋から来たトロの脂身は金色の500円皿の上で輝いていて、取ろうとすると回りから羨望の熱い視線を感じる。でもこれも少量で高価だから美味いと感じるのだろう。だってこんなのドンブリ一杯出されたら気持ち悪くてとても食べられない。個人的な好みでいうと、赤身とのバランスがとれた中トロあたりがちょうどいい。

 この漁獲量制限は日本イジメかもしれない。でも、マグロがクジラみたいな問題になることは考えられない。ある動物学者によると、子孫を残す繁殖力や復元力は哺乳類のクジラより魚類のマグロの方が数百万倍も旺盛らしい。ということは、数年間自主規制を続ければマグロ資源は回復するということだが、それまではまた縁遠くなる。時価はあくまで時価である。

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2006年11月16日 (木)

ボジョレーヌーボー

 今日は11月の第3木曜日。つまりボジョレーヌーボーの解禁日。

 だから本当は今日の午前0時キッカリに解禁なのだが、昨日たまたま関係先からそのボジョレーヌーボーをいただいた。

 そんなことできるんだねぇ~ ボクは長年お酒の会社に勤めていたが、解禁日前に飲んだことは一度もない。勇んで家に持ち帰った。フランス政府には悪いけど、数時間フライングして夕食時に楽しませてもらうことにした。

 ボジョレーはフランスのブルゴーニュ地方南端にあるボジョレー地区でできるワイン。そしてヌーボー(nouveau)は英語でニュー(new)。その年に収穫されたぶどうから作った新酒で、一種の縁起物。熟成していないから、そんなに美味いものではない。フランスでは2~3ユーロくらいからあるらしいが、日本には飛行機で来るからいくら安いものでも2,500円前後はする。

 コルクを抜いてひと口飲んでみたが、のどごしサラサラ。赤ワイン独特の癖もなく、まあこんなモンかな・・・ 2杯目からはピッチも早くなって、妻子に講釈垂れながら結局は1本空いてしまった。

 もらって言うのも気がひけるが、先月飲んだ神戸ワインのヌーボー『みのり』のほうが数段上のような気がする。そりゃ~航空運賃がかからない分だけ原料にお金をかけてるからねぇ・・・ 

 しかしこれだけワインを飲んでいても、ボクは味の違いなどあまり分からない。だから言うわけではないが、ワイングラスを傾けながら「今年のデキは・・・」とか言うのは無粋なことだ。特にヌーボーに関しては難しい理屈をこねるのは愚の骨頂。室温で飲もうが冷やそうが、肉だろうが魚だろうが和食だろうが、季節感を味わえたらそれでいいのである。

 でも1本じゃ味が分からんな~ とか言いながら解禁の午前0時、ボクはもう夢の中・・・

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2006年10月25日 (水)

餃子の話

 小さい頃から餃子が好きだった。

 大阪だと有名なのは『眠眠』か『王将』。でもボクは文句なく眠眠に軍配をあげる。子供の頃、近くの繁華街の裏通りに薄汚れた眠眠があった。そしてボクはこの店の餃子がいちばん美味いと思って育った。薄い皮が舌の上で破れて、ジューシーな具が口中に広がる。熱いのをフーフー言いながら、2つ3つをいっぺんに頬張る。腹が減っていれば3人前くらいは軽く食べた。

 だから、ボクの餃子の原点は路地裏の眠眠。
 東京にいた頃も、美味い餃子があると聞くと遠くまで食べに行った。そして数々の名店の中でボクが最高点をつけたのは、梅が丘の『菜楽』と渋谷百軒店(ひゃっけんだな)の『大芽園』。残念ながらどちらの店も今はもうない。

 同じ餃子と言っても、この2つの店の餃子はまったく違う食べモノ。

 菜楽は小田急線梅が丘駅近くのラーメン屋で、独身寮の先輩に教わった。いわゆる眠眠タイプで、皮が薄くて噛まなくても上あごと舌の間でエキスが飛び出す。しばらくはハマって、何度かひとりでも行った。カウンターで餃子2人前とビールを注文する。すると隣で、ジャージー姿で寝グセ頭のお兄さんが、ラーメンの汁が染みたスポーツ新聞を読んでいるという庶民的な店。もう閉店して20年以上経つが、やはりファンがいたらしくネットで検索すると今でも引っかかる。

 百軒店の大芽園は知る人ぞ知る有名店。道玄坂上の今はなき道頓堀劇場の前にあった。3坪足らずの小さな店でカウンターが7、8席だけ。メニューは餃子と焼きソバに酒類しかない。餃子は野菜たっぷりで皮はもちっと厚ぼったく、キツネ色の焦げ目がついている。ラードで炒めた焼きソバは太くて短く、具はモヤシだけ。瓶ビールは自分で冷蔵庫から出してきて、勝手に開けて飲む。昼間から白乾(バイカル)なんか飲んでいい気分になるのもいい。この店も10年ほど前に親父さんが亡くなって閉めてしまった。

 いい店がなくなるのは残念だけど、やっぱり儲からないのだと思う。客にとっていい店というのは、安くて美味くて道楽でやっているような店。だから経営として考えたらメリットがなくて一代限り。でも、またそんな店探そう・・・

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2006年10月12日 (木)

ハイカラうどん

 昼食にうどん屋へ入った。

 たまたま時間があったので改めてメニューを眺めていると、食べたことのないモノが案外多い。何にしようか迷っていたらハイカラうどんというのが目にとまった。

 いったい何だろうと思って店の女の子に聞いたら、カマボコと天カスが入っているとのこと。ナ~ンだ天カスなんかにカネをとるのか・・・ ボクが子供の頃、大阪のうどん屋にはテーブルに天カスの容器が置いてあって、いくら入れてもタダだった。

 ところで、天カスと言っても分からないヒトがいるかもしれないので、ちょっとここで解説。

 東京の揚げ玉のことを大阪では天カスという。天麩羅のカスという意味だろうが、いかにも大阪らしい言い方。こちらのスーパーで揚げ玉なんて言ってもまず通じない。越してきた時分に、妻が苦労して探した話は何度も聞かされた。

 こんなふうに、食べ物の名前が地方によって違うというのはよくあること。東京と大阪では、カボチャと南京、がんもどきと飛龍頭(ひろうす)、刺身と造り、さつま揚げとテンプラ、おでんと関東焚き、肉まんと豚まん、ぼた餅とおはぎ、ドラ焼きと三笠・・・こうして挙げていくと、いくらでも思いつく。

 でも、同じ名前で違う食べ物が出てきたらちょっとビックリする。たとえば単にたぬきというと、大阪ではそばに油揚げをのせたヤツ。東京のたぬきにはうどんとそばがあって、どちらも揚げ玉を振りかけたモノ。天カスに金を払う習慣のないボクは絶対に注文しない。でもこのたぬきにもいろいろあって、京都でたぬきうどんというと、刻んだ油揚げに葛あんをかけた奇妙な食べ物が出てきて面食らう。

 そこで不思議なのはカップ麺のうどんやそば。『赤いきつね』は油揚げの入ったうどん、『緑のたぬき』は天ぷらの入ったそばで全国統一されているらしいが、これで混乱しないのだろうか。

 さて注文。結局は冷やし稲庭うどんの大盛りにした。隣の女性グループからはハイカラうどんという声が・・・名前にダマされてはいけませんよ!ただの天カスうどんなのだから・・・

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2006年9月30日 (土)

大阪野菜

 ウチの近所には、まだ農地がところどころに残っている。休日の朝、たまにイヌの散歩をしていると、畑の前で採れたての野菜が100円均一で並んでいる。ボクなどはそれを見て初めて、畑に植わっているモノがこの野菜だったのだと分かる。

 加茂なす、九条ねぎ、壬生菜などの京野菜は全国的に有名だが、大阪野菜というのを知る人は少ない。

 知人のTさんがこの大阪野菜を作っている。丹精をこめて育てた作品を、最近は品評会にも出しているらしい。先月 あるお宅でTさんとご一緒する機会があり、そのお宅の孫さんが夏休みの宿題のためにTさんに大阪野菜のことを尋ねていた。

 そのときの話を少し拝借・・・
 その昔、淀川や旧大和川の支流が運ぶ土砂によって野菜の生産に適した砂質土壌が形成されて、多くの地野菜が大阪の各地で作られていたらしい。ところが、都市化の進展で地野菜の生産は激減してしまった。パリパリとした歯触りが美味しい毛馬(けま)きゅうり、色の美しい金時人参(きんときにんじん)、小ぶりで甘みのある勝間(こつま)なんきん、水分が多い泉州の水なす、果物のようにみずみずしい天王寺蕪(かぶら)などが古くからある大阪の郷土野菜だそうだ。

 東京では練馬大根が有名だが、ボクが以前に暮らしていた世田谷区には大蔵大根というのがあった。昭和40年ごろまでは、世田谷区の祖師ヶ谷大蔵付近を中心に広く栽培されていたが、病気に強くて育てやすい青首大根の普及によって、自然淘汰されてしまったらしい。一度テレビで見たことがあるが、普通の大根の倍以上ある。

 昔はこういう地野菜があちこちに残っていたらしい。ところが、全国で同じ種を使うように国から指導があって、あっという間に画一化されてしまったとのこと。

 このとき、反対を貫き通したのが京都の革新・蜷川(にながわ)知事。あの頃の日本はまだ、中央集権の高度成長時代。そんななかで国にタテつくのが好きな異色の知事だったが、これだけは今思えば英断だった。今でこそ、特色ある野菜を育てようという気運が各地で盛り上がりつつあるが、いったん種が絶えてしまうと復活とて難しい。

 残念ながら、大阪で生まれ育ったボクだって大阪野菜はほとんど見たことがない。今度、Tさんの畑に寄ってみようかと思っている。

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2006年9月22日 (金)

カニとエビ

 昨日の夕方、事務所に戻ってきたら、北海道のお客さんからクール宅急便が届いていた。

 期待しつつ包装を解いてみたら、やはりカニとエビ。しかも、カニは身がシッカリ詰まった大ぶりの花咲ガニ。エビは卵をタップリ抱いた有頭エビ。

 早めに仕事を切り上げて、真っ直ぐ帰宅。カニを料理用のハサミで解体して、三杯酢で存分に堪能させて頂いた。

 満腹になった後、カニの殻を見ながら考える。ゴツゴツしたトゲと分厚い甲羅の中に、プリプリした肉厚の白身が爪の先まではち切れそうに詰まっている。でもその悦楽を味わうには、頑強な鎧(よろい)を剥ぎ取らねばならない。人間以外の動物は、そう簡単にはこの獲物を食することはできないだろう。エビもしかり。特に大きな伊勢エビなんぞを仕留めて殻を割るのは大変だ。

 今年はロシア国境警備隊による銃撃・拿捕事件で、花咲ガニの入荷が少なく値段も上がり気味だとか。わずかでもロシア領に入り込めば、そこには豊饒な漁場が広がっている。美味しそうな花咲ガニが海底にワンサと蠢(うごめ)いているらしい。根室沖のカニ漁は、領海侵犯の密漁が日常茶飯事のハイリスクハイリターンの商売なのだそうだ。そうするとこの立派なカニもロシアから来たのかもしれないが、うまいこと餌でも撒いて日本側にカニをおびき寄せるなんてことはできないものだろうか。

 2,3日前に、拿捕された第31吉進丸の坂下船長が司法取引に応じて、220万円ほどの罰金を払って釈放されるというニュースを見た。

 最近あまり話題に上らないが、この北方領土問題もいったいいつになったら解決するのだろう。戦後60年以上経って、いまだに先祖の墓参りにも行けない人たちがいることを忘れてはならない。ついでに豊かなカニの海も返してくれ~

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2006年9月18日 (月)

水の話

 よくいわれることだが、日本人は水と安全はタダだと思っている。

 深夜に酔っ払って電車で口を開けて居眠りしていても危害を加えられることなど滅多にないし、水道水をガブ飲みして腹をこわすこともない。そして、ボクたちはこれを当たり前のことのように思っているが、先進国のなかでもこんな国は滅多にない。

 海外で盗難やひったくりに遭ったという話はよく聞くが、それでもたいていの日本人は海外は危険なところだと知っているから、ふだんよりも慎重に行動している。

  しかしそんな人でも、ホテルの部屋に戻ってきたらいっぺんに気が緩んでしまう。外で緊張している分だけその落差が大きい。そういうときに気をつけないとならないモノ、それは水である。

 先日、伊豆でご一緒したFさんから、ついこの間バンコクで細菌性の下痢でヒドイ目にあったという話を聞いた。彼は国際金融を専門とする公認会計士で、大手監査法人のパートナー(共同経営者)をしている。仕事柄 海外出張が多いのだが、今回の原因はホテルの朝食ビュッフェで食べた生野菜だろうとのこと。

 ボクもさすがに海外で生水を飲むことはない。でも彼に言わせると、水割りウィスキーに入っている氷も注意しないといけないし、国によっては歯磨きやうがいにもミネラルウォーターを使ったほうがいいということがあるらしい。インドでは、水道水からの細菌飛散を防ぐために防護マスクをつけてシャワーを浴びるという。だから、東南アジアあたりの屋台の冷たいデザートやジュースなど論外だとか・・・ 平気で何でも食べているボクなんかは、ちょっと認識を変えないといけない。

 ところで日本の話。
 最近の子供たちは学校に水筒を持って行くようになったが、ボクたちの頃はもちろん生水。中学の部活の後など、水道の前に列を作って『鉄管ビール』と称して蛇口から直接ゴクゴク飲んでいた。でも、それで腹をこわしたという話はついぞ聞かない。最近の水道水が不衛生になったワケでもないと思うが、子供の身体が過敏になったのだろうか。

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2006年6月11日 (日)

回転寿司

 たまに家族で近所の回転寿司に行く。

 子供たちは大好きで、特に次女なんかは情けないことに回っている寿司屋しか知らない。バイキングと同じで、自分の目で確かめてから取るのが面白いらしい。おまけに家の近くだから、たいてい誰か学校の友達か近所の子に会う。週末は家族連ればかりで、公園の延長線上みたいなもの。でも、ボクだけは妻子みたいに顔が広くないから、ひとり黙々と皿を重ねてビール瓶を並べている。

 最初にこの仕組みを考えついた人はエライと思うが、それから工夫を重ねて品質やサービスも進化してきた。一定の時間が経てば自動的に廃棄されるから、ネタの鮮度は保証されている。流れていないネタは画面に入力して注文し、注文した皿が流れてきたら「ピー」と音で知らせる。お愛想ボタンを押すと、自動的に皿の数が集計される。単価は安くても、短時間で客を回転(寿司だけでなく)させてそこそこの売上げは確保できる。作業はマニュアル化されていて誰でもできるから熟練は不要で、時給の安いアルバイトだけでも店は回る。寿司職人の封建社会に、効率とシステムを武器に切り込んだのは見事だと思う。

 もちろん大人同士でゆっくり食事するなら職人が握ってくれるカウンターに限るが、回転寿司が寿司という高級食品を大衆化した功績は大きい。ちなみに今年のサラリーマン川柳第4位は「二歳だろ トロウニ選ぶな 玉子食え」。ナンか情景が頭に浮かんでくる。ついでに数年前の番外「賞与の日 回らぬ寿司を 食べてみる」。これも身につまされる・・・

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2006年5月22日 (月)

ゴマのすり方

 昼にトンカツ屋に入った。

 アチコチにあるチェーン店である。アルバイトの店員が席に案内してくれて、メニューとお茶を持ってくる。ここまでは店の接客マニュアル通りである。

 ヒレカツ定食を注文したら、料理が来る前にさっきの女の子がゴマの入った小さなすり鉢とスリコギを持ってきた。そしていきなり「この使い方をご存知でしょうか?」ときた。真面目な顔をして尋ねるものだから、何か特別な仕掛けでもあるのかと思ってコチラも「ハァー」と中途半端な返事。すると「ココを持って力を入れて鉢の底に擦りつけて、ゴマを潰して頂きます。」と真剣に説明を始めた。思わず噴出しそうになったが、そのアルバイトの女の子は意に介さない。「だいたい擦り終えたら、その上からソースを流し込みます。」とすました顔で続ける。

 どうしてこんな当たり前のことを説明しないとならないのだろうか。

 手土産にスイートポテトを買ったときにも似たようなことがあった。店員が「召し上がり方をご存知でしょうか」と聞く。「召し上がり方」と言われても「口に入れて食べるの!」と言いそうになったが、「半冷凍状態ですので、20分ほど自然解凍してからお召し上がり下さい」ときた。なかには冷たくて堅いのが好きな人もいるだろうし、食べ方なんかは買った人に任せておいたらいいと思うけど、近頃はそうもいかないらしい。

 電池やスプレー缶の「火の中に入れるな」はまだいいとして、ペットフードには「人間は食べるな」との注意書き。ワインのコルクスクリューには「口に入れるな」と書いてある。だんだん日本もアメリカみたいになってきたと思うと悲しくなるが、こんなことまで手取り足取り教えてもらわないと分からないのだろうか。過剰な説明は人間を堕落させる。ボクは余計なお節介は無用と思っている。

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2006年4月29日 (土)

カレーとうどん

 これまでの人生でいちばんたくさん食べたもの、それは間違いなくカレーだ。

 子供の頃から大好物。学食でも定番メニューだったし、勤めていた頃は社員食堂でもよく食べた。そして今でも、週に1、2回は食べている。駅構内のカレーショップには自然と足が向くし、時間がなくて飛び込んだファミレスでメニューも見ないでカレーを注文することもある。もちろん本格的なインド料理のカレーにも目がない。

 だいたいカレーは当たり外れが少ない。喫茶店のレトルトカレーでも、そんなに不味いものには当たったことがない。しかも、たいてい注文したらすぐに出てくるし、平らげるのに5分とかからない。もっとゆっくり食べればいいのにといつも家で言われているが、この早食い癖は死ぬまで直らない。急いでもいないのに走って信号を渡るのと似たようなものだ。

 最近、もうひとつお気に入りの店ができた。カフェテリア方式でトレーの上に好きなものを取っていって、最後にうどんを注文して会計する店。これは早いし、自分で好きなものを見て選べるのがいい。でも欠点は、ついつい取りすぎること。うどんだけだと安いのだが、小鉢や天麩羅やら稲荷寿司やらを取り始めるとあっという間に千円近くになってしまう。いつも店の策略に見事に嵌(は)められているが、それでもまた入ってしまう。

 ちなみに今週の昼食は、カレー2回、うどん1回、その他3回でカレーの勝ち。

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2006年4月12日 (水)

クジラの話

 昨夜、ミナミでお客さんに鯨料理をご馳走になった。

 同世代が3人揃うと、酒を飲みながらも、胃腸がどうとか足腰が痛いとか身体の話で盛り上がる。昔はもっと楽しい話題だったはずだけど・・・

 さて、鯨は今では高級品。でも、ボクたちが子供の頃は大衆食品で、食紅で色をつけた鯨ベーコンやコロはよく食卓に上がった。鯨肉の大和煮缶詰なんていうのもあったし、学校給食で食べた鯨の竜田揚げも懐かしい。

 現在捕鯨はほぼ全面禁止されている。鯨が絶滅の危機に瀕していて、資源保護が必要ならばやむをえないかもしれない。でも、聞くところによると、絶滅の危機が去っても、捕鯨禁止の継続を公言する国があるらしい。鯨は食べるべきでないというのだろうか。

 これは食文化の問題だ。そもそも日本人は、太古の昔から鯨を大切な食料として捕獲してきた。肉はもちろん、内臓から髭、骨に至るまで残さず利用して、処理が終われば鯨塚まで立ててその霊を慰めてきた民族である。鯨油だけを取って後は廃棄してきた欧米人とはワケが違う。

 だいぶ前に英国のBBCが、韓国で食用にされている犬や猫を取材した番組を放送した。レポーターが市場の狭い檻の中で売られている犬や猫を撮影しようとすると、いかにもガラの悪そうな韓国人が取材を拒み、韓国語をわめき立ててカメラに手をかざす。檻の中の犬が血を流しているのを見たレポーターは、「可哀想!」と叫ぶ。

 しかし、この犬たちは生まれたときから食用に育てられているのだ。レポーターは、欧米で牛や豚がもっと劣悪な条件でトラック輸送されているのを知っているのだろうか。韓国で市場に売られている犬や猫は英国のスーパーで売られている牛や豚と同じようなもので、「犬や猫は食べるべきでない」というのは英国の価値観にすぎない。

 そもそも、食べる・食べないの線引きは、国によって異なる。自国で食べる習慣がないものを食べるからといって、その国の人たちを「野蛮だ」「残酷だ」と非難するのはどうかと思う。

 フランス人はカタツムリを食べる。イタリア人はカエルを食べる。ドイツ人は野生のウサギやシカを食べる。回教徒は豚肉を食べない。ヒンドゥー教徒は牛肉を食べない。イヌイット(エスキモー)は生肉を食べる。日本人は生卵を食べる。食べたい人はどうぞご勝手に、食べたくない人はそれもご自由に。鯨も犬も猫も食べるものではないというなら、アナタたちはそうすればいい。でも、その文化とやらを他国に押しつけるのはやめてほしい。

 ともあれ、昨夜は懐かしい鯨のフルコースをたっぷりと楽ませていただきました。

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2006年3月11日 (土)

台湾バナナ

 今朝、家でバナナヨーグルトを食べた。

 バナナなんて口にするのは久しぶりだったが、プレーンヨーグルトの酸味と中和されて、なかなか美味かった。

 ボクが子供の頃、果物といえば、ミカンとリンゴ、そしてバナナくらいしかなかった。当時はバナナは高級品で、ボクたちより少し上の世代の人たちは、病気のときしかバナナを食べさせてもらえなかったらしい。今でいえば『マスクメロン』に相当するくらい値段が高く、なかでも『台湾バナナ』は別格だった。だから、今でもこの時代に旺盛な食欲を抑圧されて育った人たちは、台湾バナナに特別な思い入れがある。

 バナナというと思い出す話がある。ボクの知り合いで、ある大手企業で役員をされていたOさんという方がいる。Oさんは国際事業担当で、海外出張も多かった。役員の出張ともなると、現地の幹部が朝から晩まで付きっきりでアテンドすることになる。訪問先の日程調整からホテルの段取りまで気をつかうことが多いが、とりわけ食事の手配は重要らしい。Oさんがインドネシアのある島に出張したときのこと、ハードな日程を終えて、現地の支店長はOさんを高級中華料理店に案内する。懇意にしていた支配人にはOさんの好みも事前に伝えてあるから、万事に遺漏はないはずだ。さて、食事も終えてデザートとなった。メロン、パパイア、マンゴーなど南国の高級フルーツは何でも用意してある。自信を持って注文を聞きにきた支配人に、Oさんは”taiwan banana,please!”と言っ放ったらしい。その場が凍りついたと、その支店長は後で話していた。Oさんが台湾バナナ世代だったことまで、事前調査は行き届いていなかったのである。

 ちなみに、その島ではバナナは猿のエサで、人間はあまり食べない。少なくとも高級店には置いていない。また、このOさんの話は数日中にファックスで世界中を駆け巡り、それからというものの、Oさんの行くところにはすべて台湾バナナが準備されるようになったとか。

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2006年1月31日 (火)

「豚まん」と「餃子」

 たまに、蓬莱の『豚まん』を食べる。1個140円、1個ではちょっと足りないが、2個食べたら腹いっぱいになる。2個目を口に入れながら、何でこんなに安くできるのだろうといつも考える。

 若い頃、東京で暮らしていて、いちばん食べたかったのは、この蓬莱の豚まんと、眠眠の餃子だった。どっちも、いわゆる大阪の『B級グルメ』。しかし、文句なく美味いし、若者の強靭な胃袋を満たしてくれる。

 『豚まん』のことを、東京では『肉まん』というが、中身は同じ豚肉だ。そして、この豚まんとか餃子とかいう食べ物は、総じて大衆店のほうが美味い。たまに高級中華料理店で、点心と称するモノを、上等の皿にのせて恭しく運んでくるが、こういったモノが美味かったタメシがない。路地裏の汚い店の油でネトネトしたカウンターで、皿からはみ出しそうなアツアツを頬張る。たっぷりの野菜のスープと肉のエキスが口いっぱいに迸(ほとばし)るのを、フーフー言いながら食べるのがいちばん美味い。

 子供の頃、たまに父が、お土産に眠眠の『餃子』を買ってきてくれた。半分寝ていても、『餃子』と聞くと飛び起きた。だから、いつも寝ぼけ眼(まなこ)で食べていたが、土産用の紙箱の中で2,3個ずつくっついているのを、そのまま口に入れて、満腹したらまたそのまま寝てしまう。

 今は大阪で暮らしているから、いつでも蓬莱の豚まんや眠眠の餃子を好きなだけ食べられるはずだが、食べても昔ほどの感動がない。年をとったからなのか、豊かになりすぎたからなのか、理由はよく分からない。それにしても、子供の頃、布団から起き出してきてパジャマ姿で頬張ったあの餃子が何と美味かったことか・・・

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2006年1月24日 (火)

牛タン屋にて

 昨夜、友達に梅田の牛タン屋に連れて行ってもらった。

 厚切りのタンは柔らかく、生ビールとの相性も抜群だった。関西に牛タン屋が少ないのは残念だが、東京では『牛タンと麦飯』という看板をよく見かける。なぜこの組み合わせなのかは知らないが、ルーツは仙台らしい。東京には東北出身者が多いから、牛タン屋も多いのだろうと思う。

 焼肉屋で食べるタンは薄く切ってあるが、牛タン屋のタンはもっと分厚くて柔らかい。仙台では、霜降り状になった舌の付け根部分を『トロタン』と呼んで別メニューで出す店もある。そして、このとろけるような感触は、ふだん焼肉屋で食べる牛タンとは異質の食べ物のように思える。

 この商売は、もともとは戦後GHQが食べ残したタンとテールを有効活用するために始まったものらしい。それがジワジワと庶民の味として認知され出して、1991年の牛肉輸入自由化で大きく伸びた。ボクは行ったことがないが、今では仙台には『牛タン横丁』までできているらしい

 そして今、その牛タン業界が、BSEによるアメリカ産牛肉の輸入停止問題で大打撃を受けている。特に舌やシッポは危険部位とされているので、なおさら客足が遠のく。

 昨夜の店はオーストラリア産を使っているらしいが、それでもずいぶんコストが上がったと嘆いていた。何といっても牛タンは、安くて美味いのが売りだから、値段が高くなったら、客はヨソに流れる。牛タン一筋で、額に汗して焼いている店主には何の責任もないのだが、食べ物商売は難しい。そんなことを思いながら、ホロ酔い気分で帰りの電車に乗っていた。

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2005年12月12日 (月)

ティータイム

 ちょっとティータイム。仕事の合間に紅茶を啜(すす)っている。ボクは、どちらかといえば紅茶党。「コーヒーと紅茶、どちらにしますか?」と聞かれたら、たいてい紅茶を選ぶ。

 仕事でアチコチの会社やお宅を訪問する。コーヒーか日本茶を出していただくことが多く、多い日は、一日5杯以上のコーヒーを飲むこともある。

 煎れたコーヒーかインスタントかくらいはすぐ分かるが、これだけコーヒーを飲んでいても、情けないことにブランドはほとんど分からない。極上のブルーマウンテンか廉価品のブレンドかも区別がつかないから、何を飲んでも一緒である。それでも、昔は喫茶店によく行ったので、コーヒーの銘柄を指定する機会があった。しかし、最近は『ドトール』専門だから、いっそう銘柄には縁遠くなった。

 それに比べると、紅茶はよく飲む。家で飲むのはほとんど紅茶で、こちらのほうが味の違いが分かりやすい。昔から好きなのは『アールグレー』だが、気分を変えて『アップルティー』や『シナモンティー』もいい。たまに海外に行くと、現地のスーパーに入って、珍しいブランドを探して少し多めに買ってくる。親しい人へのお土産にも喜ばれるし、自宅で数ヶ月、彼の地に思いを馳せながら楽しむこともできる。

 先日、たまたま入った『マクドナルド』で紅茶を注文したら、カップに入ったお湯とティーバックを渡された。これはいくらなんでも無愛想。もうちょっと、何とかなりませんかねぇ・・・

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2005年11月22日 (火)

ボジョレーヌーボー

 今年の『ボジョレーヌーボー』が解禁になったので、ボクも近所の酒屋で買ってきた。1本 2,719円だった。

 知らない方もおられるかもしれないが、ボジョレーヌーボーというのは、その年に収穫されたぶどうから作られたボジョレーワインの新酒のことで、毎年11月の第3木曜日午前0時に解禁される。時差の関係で、日本は本場フランスより解禁が8時間ほど早い。

 おそらく、こんなに騒ぎ出したのは20年くらい前からだと思う。メーカーや輸入代理店が火をつけて、マスコミや尖った文化人たちがそれに飛びついた。東京あたりだと、深夜0時から、『ボジョレーヌーボーを楽しむ会』なんていうのがあちこちで企画された。

 空輸で来るから、値段は結構高い。当時は、小売価格で1本 3,500円、店で飲んだら、最低でも 5,000円はしただろう。本場では、1本 2~3ユーロで手に入るらしいから、日本では10倍の値段がついていることになる。航空運賃を飲んでいるようなものだが、当時はこれがお洒落だった。

 ワインというのは熟成によって味や香りが深まっていく。だから、新酒はそんなに美味いものではなく、どちらかというと縁起モノ。ゆっくり時間をかけて熟成させたらもっと芳醇なワインになるものを、蕾のうちに摘んでしまうようなものだ。ただし、瓶詰めされたボジョレーヌーボーを何年寝かしておいても熟成はしないので、高い値段で買ってきた空輸モノは、安い船便モノが到着する前に飲んでしまうのがお奨めだ。ちなみに、ウチのは即日カラになりました。

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2005年11月 7日 (月)

干し柿

 今、家で干し柿を作っている。

 毎年、干し柿を頂くお宅がある。庭に立派な柿の木があって、多い時は、千個近くの柿の実が穫れたらしい。

 先日、そのお宅に行ったら、ちょうど干し柿にする前の渋柿を収穫したところだった。今年はその渋柿を分けてもらって、ウチで干し柿に挑戦することにした。まず皮を剥いて、タコ糸で物干し竿にぶら下げる。そのまま2週間ほど吊るしておいたら干し柿ができるらしい。4、5日経って様子を見たら、だいぶ小さくなっていた。

 今日で10日目。表面が乾いてくるので丁寧に揉みほぐすといいとか。1個食べてみたら、中身は柔らかくてもう充分甘かった。あと 3、4日で出来あがり、寒風にあてると白い粉を吹くそうだ。

 ちょうど先週、駅で買った週刊誌を広げたら、軒先一杯にスダレのように干し柿をぶら下げた農家の晩秋風景が目に飛び込んできた。透き通るような青空と、茅葺の屋根と、干し柿とのコントラストが見事だった。それにつけても、渋柿の皮を剥いて吊るしておくと甘くなるということに気づいた先人の知恵は素晴らしい。そう思いながら、また一つ。ひょっとしたら、できあがるまでに、全部なくなるかもしれない。

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2005年11月 5日 (土)

寿司屋の玉子

 寿司屋に行くと、だいたい食べるものが決まっている。

 回転寿司でも、職人さんが握ってくれる店でも、いつも同じようなネタを頼んでいる。好きなものは、白身(ヒラメ、スズキ、エンガワ)、中トロ、ウニ、アワビ、穴子。逆に、エビ類、貝類、イクラなんかは、嫌いではないがほとんど注文しない。

 東京で暮らしていた頃、ある寿司屋の店主に、「寿司屋は刺身屋ではないから、刺身で酒ばかり飲む客は本当は歓迎しない。できれば、穴子、コハダ、煮蛸、赤身マグロのヅケみたいに、職人の仕事ぶりが分かるようなネタを注文してほしい。」と言われたことがある。その店主によると、カウンターに座っていきなり玉子を注文するのは少し味の分かる客で、職人の技量を試しているのだという。それほど、玉子焼きというのは難しいらしい。

 その話を聞いてからボクも、カウンターに座ると、まず最初に玉子を頼むようになった。寿司屋の玉子焼きは少し甘過ぎて、だいたいボクの口には合わないが、店によっては白身魚や海老のすり身なんかが入っていて、ほどよい味加減になっているところもある。

 店の名前は忘れたが、今まででいちばん美味かった玉子は、小樽の寿司屋横丁の某店の玉子。勤務先の社員旅行で、昼の自由行動時間に男3人でフラっと入った店だった。ネタが新鮮で、ウニやボタン海老のとろけるような甘さ・・・ そのせいか昼間から飲みすぎて、危うくバスの集合時間に遅れるところだった。お陰で、小樽はその店のカウンター以外はどこも見物していない。もう一度行ってみたいが、また寿司屋見物になるかもしれない。

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2005年9月20日 (火)

本場の味

 いつだったか、ウィーンに行ったとき、現地に駐在する日本人に誘われて、日本蕎麦を食べに行ったことがある。彼は、彼の地にも立派な和食屋があるということを見せたかったのだと思う。しかし、残念ながらその店の蕎麦は、どうやって作ったらこんなに不味(まず)くなるのだろうと思うほど酷(ひど)いものだった。その割にはいい値段で、こんなものが日本食だと思われたらわれわれ日本人の名折れだと思ったが、店はヘルシーな日本食を求める現地の人たちで賑わっていて、ボクとしては複雑な気持ちだった。

 それ以来、外国に行ったときは、日本食を食べないことにしている。わずか数日の旅行の間くらいは、日本食を我慢して、その土地の美味しいものを堪能するほうが理にかなっていると思うようになったからである。

 しかし、よく考えてみたら、ウィーンの蕎麦は、われわれがふだん食べている日本蕎麦とは違う食べ物なのかもしれない。本場の味と、異国で改良された味とは異なるのだ。たとえば、日本のカレーライスにしても、インドのカレーとはまったく違う料理だ。また、ラーメンは日本のほうが完成度が高く、中国のコシのない軟らかい麺は、われわれの口は合わない。そう思って、上海から来た客を、日本のラーメン屋に連れて行ったことがあるが、彼は感激もせず、「何だコレ?」とでも言いたげな妙な顔をしていた。ボクがウィーンの蕎麦屋で感じたのと同じような感覚を持ったのかもしれない。 

 結局、日本人には、本場の味よりも、われわれの味覚に合わせて作られた日本風フランス料理や日本風中華料理がいちばん美味しく感じられるのだ。ボクは行ったことがないが、本場スペインのパエリアだって、オリーブ臭くてとても食べられたものではないと知人から聞いたことがある。そう考えるとどこにも行けず、「食事は国内がいちばん!」ということになってしまうが、それも少し寂しい・・・

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2005年9月13日 (火)

ウナギとフグ

 先週、浜松でタクシーの運転手さんに面白い話を聞いた。

 彼の話だと、浜名湖のウナギが減っているというのである。
浜名湖というとウナギが有名だが、最近、ウナギの稚魚が浜名湖よりもう少し東の方に戻ってくるようになって、浜名湖の天然モノが減っている。しかし、需要はあるので、結局はヨソで獲れたウナギを浜名湖まで運んで、「浜名湖のウナギ」として出荷している。だから、東京や大阪で、「浜名湖のウナギ」として売られていても、実際には浜名湖で獲れたものは少ない、とのこと。

 その代わりといってはナンだが、浜名湖で「トラフグ」が獲れるようになったらしい。フグは高値で売れるし、浜名湖産は味もいいので、地元の漁協はウナギよりもフグを追いかけるようになった。ところが、売り方が難しい。「浜名湖のフグ」では売れないのだ。だから、結局、獲れたフグの8割以上は、下関に運んで、「下関のフグ」として出荷している。消費者は、グルグル回ってコストが高くなった遠州灘のフグを、玄界灘のフグだと思って食べている。「まあ、フグのOEM(*)ですな。」と、物識りの運転手さんは、ハイカラな例え話を持ち出して笑っていた。

 美味しかったら、どこの産でもいいじゃないかと思うけれど、やっぱり、”ウナギは浜名湖”、”フグは下関”、長年染み付いた固定観念というものは簡単には抜けないものらしい。

 *OEM  original equipment manufacturing  
   下請会社が、自社の名前を出さずに大手のブランド名で製品を作ること

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2005年8月11日 (木)

夏の松茸

 知り合いの方から松茸を贈っていただいた。

 こんな暑い時期に食べたのは初めてだが、中国や韓国からの輸入品は、時期が早いそうだ。ウチで「松茸ご飯」にして食べたら香りも良くて、秋口に出回っている国産モノと遜色なかった。中国の雲南省あたりでは、松茸は処分に困るほど自生していたが、日本に高価で輸出できることが分かって、今では外貨稼ぎに一役買っているらしい。でも、向こうの人は、どうして日本ではこんなものが珍重されるのかと、首を捻(ひね)っているとか。「空を飛ぶものなら飛行機以外、四つ足なら机以外は何でも食べる」という中国人が理解できないのだから、不思議な嗜好かもしれない。

 松茸はたしかに美味いと思うが、値段に見合う美味さかというと少し疑問だ。両親の話だと、戦前はこれほど松茸は高価ではなかったという。そう考えたら、日本だけでの高級品というのも結構多い。カズノコ、マグロのトロ、フグなど、和食の高級素材は軒並みそうだ。逆に、中華料理の材料になるフカヒレは、三陸海岸では以前は全部捨てていたらしいが、今では香港あたりへの輸出でいい商売になっているとか。

 こういった国による嗜好の違いに着目して商売をしたら、案外うまくいくかもしれない。ある国では厄介モノが、別の国では高級品になる というような話は他でもありそうだ。かって、ある外食チェーンのオーナー社長は、「原材料調達は地球規模で考える。ヨソの国で余っていて美味しいモノを、ウチの店で上手く活用する方法を考えたい。」と言っていた。たしかその会社は、ヨーロッパで余っていた鶏のモモ肉を安く輸入して自店で使っていたはずだ。

 「地球に優しい」というのは近頃の流行り言葉だが、「資源の活用」と「ソロバン勘定」が上手く合えば、これに優る方法はない。

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2005年7月23日 (土)

「中華料理」と「中国料理」

 「中華料理」と「中国料理」とはどう違うのだろうか?

 つまらないことだが、以前から疑問を持っていた。その昔、とあるラーメン屋の電話番号が知りたくて、NTTの電話帳を調べたら、業種区分で「中華料理」と「中国料理」が分かれていた。アレ!いったいどう違うんだろうと不思議に思った記憶がある。結局、そのラーメン屋は中国料理のジャンルに含まれていたので、そのときの印象としては、中国料理は大衆的、中華料理は本格的な料理といったような感じだった。そういえば、値段の高そうなホテルのレストランなんかは、たいてい中華料理と書いてある。

 この間、台湾の人が書いている本を読んでいたら、台湾では「中華」という言葉はあまり使わないらしい。かつて、今の中国を中心として、東西南北中央を、東夷・西戎・南蛮・北狄・中華と呼んでいた時代があった。いわゆる「中華思想」で、東西南北それぞれの後ろについている文字はどれも未開の地域に対する蔑みを意味する。そして、「中華」は華やかな中央、つまりその土地とそこにいる自分たちが一番優れているという意味になる。これに対して、台湾の独立派の人たちは、「中華人民共和国」や「中華民国」という国名がこの思想を引きずっているものだとして、ひどく嫌っているのだそうだ。

 しかし、日本ではそこまで深く考えて区別しているわけではないだろう。NTTが区別している基準を一度訊ねてみたいとも思うが、それにしても駅前のラーメン屋まで中国料理店と呼ぶのも、どうも大仰な気がする。

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2005年7月20日 (水)

鱧(ハモ)の故郷

 数日前の夕食の食卓に鱧(ハモ)が並んでいた。「瀬戸内海産だから美味しいはずよ」と妻が言う。たしかに美味かった。ボクは「そうか国産か」と思いながら、有難そうに口に運んだ。

 鱧は、鋭利な歯を持った獰猛な魚で、その名前は「食(は)む」から来ているらしい。しかし、あまり美味そうな顔をしておらず、最初に食べた人は相当食いモノに困っていたのだろうと思う。それにしても、わざわざ骨切りまでして食するのは、日本人くらいではないだろうか。でも、美味い。この国に生まれて良かったと思う。この魚は、とりわけ京都、大阪では珍重され、祇園祭り、天神祭りの頃には高値で取引される。今年もまた、その一番の旬の季節になった。

 昨夜、ある店で鱧を食べた。店の主(あるじ)が水槽からすくった鱧を鮮やかな手つきで下ろして、骨切りし、一口大に切って、煮湯にサッと潜らせ、氷水に放つ。これを「鱧の落とし」というらしい。身が厚くて美味い鱧だった。知ったかぶりして、「これ、瀬戸内産?」と聞いてみた。すると、返ってきたのは意外な答えだった。「韓国産ですわ。瀬戸内産は小さくて皮が厚いんですよ。今は、韓国産が一番高いんです。東シナ海で育った鱧は丸々太っているから、見ただけで分かりますよ。エサがええんかなぁ・・・」

 国産が韓国産に劣るとは考えもしなかった。 松茸でも牛肉でも、国産の方が上等というのが、今までのボクのイメージだった。ところが、よりによって和食素材の代表選手であるはずの鱧が、韓国産の方が上で値段も高いという。これにはちょっと驚いた。日本の海が汚染されたせいなのだろうか。

 少し鱧にも詳しくなってきた。今度、また食卓に上ってきたら、鱧にどこの出身なのか聞いてやろうと思っている。

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