総天然色
過去はなぜセピア色に見えるのだろう。
記憶は遠くなればなるほどモノトーンになり、もっと遠くなるとセピアがかかってくる。
生まれた頃の古いアルバムを開くと、もちろん白黒写真しかない。それが小学校に入った頃からカラー写真が増えてくる。当時の技術ではやむをえなかったのだろうが、今では半分退色して、不思議な色合いになっている。
幼い頃、亡くなった祖父に連れられて見に行ったチャンバラ映画には『総天然色』という表示が出ていた。当時はまだ一般家庭にテレビが普及しておらず、巨大な銀幕に広がるカラー映像は子供には感動モノだった。
我が家に待望のカラーテレビが来たのは、小学校高学年の頃だっただろうか。まだ白黒放送のほうが多くて、新聞のテレビ欄に『カラー』と恭しく表示されていた時代のことだ。
今でも鮮明に覚えているのは、東京オリンピックで聖火が点灯されたシーン。その映像を小学校で見たのか、家で見たのか、それとも後で記録映画で見たのかは定かでないが、抜けるような秋空に聖火の赤い炎が美しく揺らめいていた。
夢には色がないというが、自分の記憶に色がついてくるのはその頃から。もっと古い幼少時の思い出はセピア色でしかない。いくら幼い視覚でも、本当は幾多の原色を見たはずだ。その中で印象の強いものだけがセピアの単色に圧縮されて、温泉に沈殿する硫黄のように、記憶細胞の奥底にこびりついているように思えてならない。
今の子供たちはどうなのだろう。もちろん、生まれたときから潤沢なカラーの世界が広がっていたはず。そして彼らが大人になったとき、幼い記憶はやっぱりカラーの極彩色なのか。
それがセピア色であってほしいと思うのは、自分の育った時代と無理に重ねようとするからだろうか。
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