『日本への遺書』
連日ギョウザ問題の報道が続く。
一歩間違えば命にかかわることだから、徹底的に真相究明をしてほしい。
意図的な故意犯であることは明らかだが、殺虫剤はいったいどの段階で混入されたのか。つい先日、中国側検査当局の高官は「中日関係の発展を望まない極端な分子によって引き起こされた可能性がある」と述べている。すでに中国政府は精度の高い情報をつかんでいるのだろうが、下手をすれば外交問題にもなりかねない。
輸入頼みの食料事情。水際の検疫体制や健康情報を集約するシステムの整備不足。不測の事態が起きたときに食料を確保するための安全保障も心配だ。
いうまでもなく今の日中関係は、明治以降の不幸な歴史が土台になっている。韓国(朝鮮)にしても中国にしても、虐げられた側からみたら、もう過去のことだという単純な割り切りはできないだろう。
戦後、日本で亡くなった陶晶孫という文筆家が『日本への遺書』という作品を書き残している。
日清戦争後、中国では空前の日本留学ブームが起きた。 そのなかで日本に留学した陶晶孫と、たったひとりの日本人留学生として中国・広州に渡った草野心平が、上海でめぐり逢う。 このふたりの軌跡を追いながら、日中戦争という苦難の時代に両国の架け橋になった人びとを掘り起こす話は興味深い。
今よりもはるかに難しい時代だったはずだ。その渦中で、時の流れに翻弄されながらも、お互いの国を愛し、両国の平和を願った日中の留学生たち。それぞれの乗った船が大きく舵を切ろうとする中で、懸命にその流れに抗おうとする若者たちの姿は感動的。ときにはそうした蟷螂の斧が新しい時代の扉を開くことだってあるのだ。
一昨日、久々に八重洲ブックセンターに立ち寄ったら、入り口にベストセラーが平積みしてあった。そのNo1は『大人の見識』(阿川弘之)。帰りの新幹線で読んでいたら、この陶晶孫の話が出てきて、日本人に欠けている心情としてユーモアとメランコリーの2つを挙げている。
ちなみに、これを備えた最後の政治家は吉田茂だったとか。マッカーサーとのやりとりで、
「GHQとは何の略ですか?」
「ジェネラル・ヘッド・クォーターズの略で」
「ああそうですか。私はまた Go home quickly かと思っていました」
なんていう人を食った話はなかなか可笑しい。
戦後処理の外交交渉の難しさは想像もつかない。明治維新にしてもそうだが、あの震えるような緊迫感が人を伸ばすように思えてならない。国家存亡の危機は、有為の青年を育てる好機でもある。逆に平和であることは、大きなエネルギーを生まない。
こうして考えると、ギョウザ問題もギョウザだけの話ではないのである。
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