2008年7月25日 (金)

ムカデ

 この季節、我が家にはさまざまの小動物や昆虫が現れる。

 1ヶ月ほど前に家の中に迷いこんできたコクワガタを、次女がプラケースに入れて飼っている。今なら裏の雑木林にセミがヤマほどいる。昨年はたまたま脱皮直前のセミを見つけてきて、羽化の様子を観察した。自称・動物博士の次女は学校でも鼻高々だったらしい。

 玄関先には数匹のヤモリがいる。もう長年住みついていて家族みたいなものだ。ツタの陰に産卵しているのも知っている。ボクでも簡単に捕まえられるが、生きた昆虫しか食べないから飼育は難しい。お互い危害を加えることもなく、適当な距離を保って共存するのがいちばんいい。

 こんなのは可愛いクチだ。今朝、新聞を取りに外へ出たら、園芸用プランターの陰にムカデが潜んでいた。

 体長6~7センチの大物。こいつは神経性の毒を持っていて、咬まれると非常に痛くて大人でも熱が出る。早速、長めの枝切りハサミの先で叩きつぶした。殺生は好きではないが、やむをえない。

 ちょっと気になってKINCHOのホームページを調べてみたら、何とムカデ・キンチョールなる商品まである。

 そういえば引っ越してきたばかりの頃、車庫の天井にアシナガバチが巣を作ったことがあった。ホームセンターに行くと、ハチ専用のスプレーが置いてあるのに驚いた。それまではマンション暮らしだったから、そんな商品には縁もなかったのだ。頭からネットを被って、脚立に乗ってスプレーでハチ退治。今思い出しても笑える図である。

 花壇にアリが大量発生して、アリ用の駆除薬を買ってきたこともあった。これもよく効いて、数日でアリの姿を見かけなくなった。

 ネコの嫌がる薬を撒いて野良ネコを追っ払ったり、光るCDをぶら下げてカラスが近寄れないようにしたり…こうして考えると、人間なんて勝手な生き物だ。環境問題なんてエラそうなことを言っているくせに、自分の都合や好き嫌いだけで、生き物を捕まえたり、可愛がってみたり、挙句の果てには殺してしまったり。

 ムカデも生きるために、毒アゴで昆虫を捕食するのだ。言い分も聞いてもらえずに叩き潰されたのでは、ムカデの立つ瀬もない。でも、さすがに仲良くはできない。自然との共生なんて、言うのは容易だが行うのは難しいものだ。

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2008年6月 5日 (木)

時間厳守

 他人(ひと)と約束して、まず時間に遅れることはない。

 時間厳守、あいさつ励行、整理整頓、この3つは社会生活の基本だ。勉強や仕事ができるできない以前の話で、子供たちにも口を酸っぱくして教えている。

 だからボクが遅れるというのはよほどのことである。事故でもあったかと心配してもらって差し支えない。

 仕事のときはたいていクルマだから、余裕を持って早めに行く。始めて行く場所なら尚のこと。たいてい10分前には着いて近くで待機している。

 社会人になったばかりの頃、他社を訪問するときは5分前に、個人の家だと時間ちょうどか少し遅れてインターホンを押すように教わった。個人宅は、来客準備の段取りもあるから、あまり早く行くのは失礼だという日本的なマナーだと思う。

 もちろん突然訪問するのもマナー違反だが、ボクはこれで失敗したことがある。

 あるお宅に資料を届けるだけの用事があった。訪問の約束はしていなかったが、他の仕事でたまたま近所まで来ていた。玄関先で渡すだけだからいいかと思って、立ち寄ってインターホンを鳴らしてみた。奥さんが出てきた。いつもはキッチリと化粧をしているお洒落な女性なのに、そのときはノーメークで膝の出たスラックス姿。思わず足元に目をそらすと、あわてて出てきたのか左右のツッカケが不ぞろいだった。

 悪いことをした。いまだにその奥さんに会うと、あのときの驚いたような素顔が思い浮かぶ。きっと彼女も覚えているはずだ。配慮が足りなかったと反省している。

 時間に遅れるのはいけない。でも早すぎるのも迷惑である。もちろんアポなしなど論外。時間厳守とは意味が深いのである。

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2008年1月19日 (土)

越冬ツバメ

 1月19日、我が家にツバメが来た。

 この家を建てたのが今から10年前。その翌年、車庫の天井の隅にツバメの夫婦が巣を作った。人間が手を伸ばしても到底届かない高さで、外敵の足場もないから、恰好の営巣場所だったのだろう。

 その後、ツバメは毎年春先に帰ってきて、毎年4、5羽のヒナが孵っていった。

 しかし、さすがに近年はこのあたりにも都市化の波が押し寄せてきた。我が家に最後にツバメが来たのは4年前。エサになる昆虫が減ってきて、環境がツバメの子育てに適さなくなってきたのだろう。

 ここ数年、待てど暮らせどツバメは来ない。ツバメ向けの不動産広告でも出そうかなんて冗談を言いながら、半分クモの巣がかかった空家を見上げる日々。

 そしてもうすっかりあきらめていたら、なんと今朝、車庫にツバメの羽毛とフンが落ちていた。肝心のツバメの姿は見えないが、長らく入居者募集中だった古い巣にも、新しい羽毛が数枚載っている。

 しかしまだ1月。ちょっと早すぎる。越冬ツバメかもしれない。

 早速インターネットで「越冬ツバメ」を検索したら、森昌子ばかりが引っかかる。ついでに「大阪」という単語を組み合わせると、今度は「大阪しぐれ」とかいう演歌とセットでCD集が出てくる。

 苦笑いしながら調べたところによると、大阪あたりでも越冬ツバメはいるらしい。ただ酷寒のシベリアから来たのか、ずっと日本で冬越ししているのか、その生態はよく分からないようだ。

 またフンの掃除は大変だが、しばらく楽しめたら嬉しい。

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2007年9月 5日 (水)

チョウとガ

 9月になって、我が家の生き物たちの様子。

 学校から預かっていたカイコは飼育方法が悪かったのか1匹だけを残して全滅。クワガタムシは内部抗争をくり返してメスが殺されてしまった。カブトムシはまだ食欲もあるし動きも悪くない。

 昨夜、ちょっと玄関のドアを開けたら大型のガが飛び込んできて大騒ぎ。捕虫網やら新聞紙を丸めたものやらを振り回して悪戦苦闘の末、ようやく窓から外に追い出した。

 ほっとしてソファに腰を下ろしたら、いきなり次女が「チョウチョとガはどうちがうの?」と、また難しい質問を切り出してきた。

 長女 「夜飛ぶのがガで、昼に飛ぶのがチョウ」
 次女 「キモイのがガで、可愛いのがチョウチョ」
 ボク 「翅を開いてとまるのがガで、閉じてとまるのがチョウ」
と三者三様の答え。

 こういうときはインターネットで調べるに限る。

 すると、チョウとガは鱗翅目(チョウ目)という同じグループに属する。そのほとんどがガの仲間でチョウはごく一部に過ぎない。日本に住むチョウが約260種類なのに対して、ガは何と5,000種類もいるとか。へぇ~それは知らなかった・・・

 見分け方はいろいろあるが、一番確実なのは前翅と後翅を一体化させるための構造の違いらしい。何だか難しくて読んでもよく分からない。

 結局は、鱗翅目の中のほんの一部の集団を人間がひとくくりにして「チョウ」と呼んでいるだけらしい。花のミツを求めて飛び交う色とりどりのチョウは可憐だが、日が暮れてから外灯に集まる暗褐色のガは不気味だ。

 『花と蝶』『白い蝶のサンバ』『蝶々夫人』はあっても、ガでは演歌にもオペラにもならない。ちょっとした違いで、いっぽうは人気者でいっぽうは嫌われ者。でも、子供に追いかけ回されないだけガのほうが幸せかも・・・

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2007年8月26日 (日)

ヒヨコの思い出

 子供の頃、小学校の校門の前にはいろんな物売りが来た。

 飴細工や金魚すくいはよく来た。
 文化ノートというのは、台紙の上に透明のビニールがくっついていて、細いガラス棒で上からなぞると字が書けるヤツ。ビニールを剥がすと字が消えて何度でも書けるのだが、こんなものに文化なんて言葉をつけるのは、いかにもマズしい。
 名前は知らないが、きれいな原色の色粉もよく売っていた。小瓶に入った透明の液体を紙に筆で塗ってから色粉をかけると、塗ったところにだけ色粉がくっつく。これをくり返すと何色かの色粉で絵が描けるというシロモノで、女の子に人気があった。

 当時は学校にお金を持っていくことは禁じられていたから、おそらくいったん家に帰ってから小遣いを握りしめて校門まで戻ってきたのだと思う。地べたに広げた店先をいつも腕白坊主たちが取り巻いていたが、最近はそんな姿もトンと見かけない。学校当局から禁止されたのだろうか。

 その中でいちばんよく覚えているのは、ヒヨコである。
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  狭い段ボールに入れられてピーピー鳴いていた。1羽10円くらいだったと思う。家でも十姉妹や文鳥を飼っていたが、これが欲しくてたまらない。生き物はダメだという親に、さんざんねだって買ってもらった。エサはヌカと野菜くず。大きくなってニワトリになったらどこで飼おうかと、子供ながらに心配もした。

 でも当時の家には天敵のネズミもいたし、ヒヨコは冬の寒さにも弱かった。ニワトリになるどころか、たいていは10日もしないうちに死んでしまった。

 最近、ある養鶏場の仕事をしている。そこの社長の話だと、ヒヨコの仕入れは1羽175円だそうだ。もちろん卵を産めないオスは価値がなく、バケツにまとめて処分される。人間のオスに生まれてよかった!

 そこまで聞いてふと思い出した。幼いボクたちが飼っていたヒヨコは、みんな役立たずのオスだったに違いない。
 「ヒヨコ大きなったら毎朝卵食べられるで~」というヒヨコ売りの親父の話はウソだったのだ。

 今ごろ気がついても遅いが、子供をダマす悪徳商法はイカンよ!

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2007年8月21日 (火)

スジエビ

 今、我が家にいる生き物たち。

 ポメラニアン1匹(5歳・オス)と、カブトムシ2匹(オス・メス)、クワガタムシ2匹(オス・メス)、カイコ3匹(性別不明)、カエルに今日新たにエビが加わった。つい先日までバッタがいたし、ひと晩だけだったがセミもいた。それ以外に、捕まえてはいないが玄関の外にはヤモリが数匹いるし、裏の雑木林にはイタチが暮らしている。
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 生き物が好きな次女が、次々といろんな動物を捕まえてくる。エビは近所の公園の池で捕まえたらしい。パン屑でおびき寄せて網ですくいあげる。一緒に30分ほど付き合ったがボクは収獲なし。見ていたら同級生の腕白坊主たちを従えて指図している。誰に似たのか人心掌握術は相当のモノである。

 家で小さな容器に移し替えて観察。全長2センチほどできれいな身体をしている。刺身を小さく切って与えたら器用に食べてしまった。どうやら雑食性らしい。

 新手の生き物が我が家に来ると、ネットで名前と飼い方を調べる。名前は淡水性のスジエビと判明。酸素補給のために金魚用のエアポンプを納戸から出そうということで、とりあえずその日は就寝。ところが翌朝起きたら、エビの姿がない。家族中で探し回ったら 5m以上離れたところで乾燥エビになっていた。フタをしなかったのが失敗だが、こんなに跳躍力があるとは驚いた。

  その後エビは獲れない。調べたら海釣りのエサにするようで、釣具店で 100匹 500円くらいで頒けてくれるらしい。でも、それも夢がないしな~

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2007年7月30日 (月)

セミの脱皮

 庭の枝を払っていると、セミの抜け殻がたくさん落ちてくる。

 Semi2昨日たまたま大きな抜け殻を見つけて拾い上げようとしたら、その抜け殻が動き出した。よく見ると、抜け殻ではなくて脱皮前のセミ。捕まえてきて、プラスチックケースに入れてみた。

 足を踏ん張るための木の枝を入れておいたら、その日の夜に脱皮が始まった。子供たちも玄関先のケースの前から動かない。器用に身体を丸めながら少しずつカラを脱いでいく。じっと眺めていると、生命の神秘に触れるような感動を覚える。セミの観察はひとまず子供たちに任せておいて、開票速報を見るためにリビングに戻った。玄関の方からは「足が出た」とか「羽根が開いた」などと絶えず大声が聞こえてくる。1時間ほどの間に完全に脱皮が終わったらしい。

 カラから出てきたばかりの成虫は、身体も羽根も真っ白だ。それが数時間かかってセミの色に変わっていく。朝起きてケースを覗いたら、普通のアブラゼミになっていた。

 もう大空を飛べるのだろうね。熟睡している次女の枕元にセミを逃がしてやるようにメモ書きを残して家を出た。

 今頃、あのセミはどこかの木に止まって、仲間と一緒にセミしぐれの一員になっているのだろうか。7年も土の中にいて、せいぜい2週間ほどの命。それを思うと鳴き声がいっそう切なく聞こえる。

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2007年7月21日 (土)

カイコ

 昨日からカイコの世話をすることになった。

 2003_01010004_1次女が夏休みに学校から預かってきたのだが、その次女が昨日から妻の実家に帰ってしまった。で、結局カイコの面倒をみるのはボクの仕事。

 だいたいこの娘は、ザリガニからカエルから昆虫類まで次々と小動物を捕まえてくる。だから、ウチの玄関先には得体の知れないプラスチックケースが並んでいる。そのなかにカイコの入ったダンボール箱が新しく増えた。

 ボクもカイコは飼ったことがない。箱を覗くと、底のほうに何やら気味の悪い2センチほどの生き物が蠢(うごめ)いている。

 飼い方は次女から教わっていたが、念のためにインターネットで調べてみた。エサは毎日新鮮なクワの葉を与えるらしい。冷蔵庫の中には、どこで採ってきたのかラップしたクワの葉が4、5枚入っている。

 夜帰宅して箱を見たら、クワの葉は見事に穴だらけ。身体の大きさの割りにはすざまじい食欲である。『蚕食』とはこういうことかと改めて感じ入る。

 糞の掃除をしようとしたら、カイコが1匹足りない。あわてて探し回ったら新聞紙のウラにくっついていた。人騒がせなヤツだ。ホッと一安心してマロンと散歩に出かける。帰ってきてマロンにエサを与えていたら、その次女から電話。

「オクラに水やってくれた?」
 そういえば、庭で野菜を育てているのをすっかり忘れていた。遠隔操作に気の休まるヒマもない。早く帰って来い!

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2007年6月 5日 (火)

単為生殖

 アメリカの水族館で、単為生殖で出産したシュモクザメがいることが確認された。

 単為生殖というのはメスだけで子供をつくること。雌雄の分化が進んでいない植物や一部の動物ではよくあるが、高等動物では聞いたことがない。

 自然界で単為生殖が起こるのは、オスとの出会いが難しい状況で子孫を残すため、メスばかりを生んで繁殖を早めるためなど、それなりの理由がある。そうして彼女たちは、切羽詰まればオスなどいらないことを立派に証明した。

 処女受胎したとされる聖母マリアはともかく、人間の場合は今のところ単為生殖はあり得ない。しかし、長生きするのも、人生を謳歌しているのも、生活力があるのもメスであることは周知の通り。ここはそろそろ本気で単為生殖の研究をしてみたらどうか。

 ではオスはいったい何のために存在するのだろう。会社から給料を運んでくる以外にどう役立っているのか。熟年離婚や年金分割を切り出される前によく考えなければ・・・ひょっとしたらわれわれオスには内緒で、すでにシュモクザメのメスとの共同研究が進んでいるかもしれない。そういえば昔『アマゾネス』とかいう女だけで成り立っている武人族の映画があった。ボンヤリしていたら大変なことになるかも・・・

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2007年2月27日 (火)

梅にウグイス

 夕方から久しぶりにまとまった雨。

 しかしもう冬の冷たい雨ではない。今日の大阪は17℃。まだ2月だというのに、春のような暖かさだ。

 今日は雨のお陰で花粉が少ないが、ボクが春の訪れを感じるのは、情けないことにその花粉の飛来。今年は例年より少ないらしいが、それでも先週あたりから目が痒くて、くしゃみが止まらない。だからこの季節がいちばんの苦手である。

 Uguisu5902 一昨日、少しゆっくり家で朝食を食べながらカーテンを開けたら、裏の雑木林にウグイスがいた。大きさはメジロと紛らわしいが、間違いなくウグイスだ。大阪市内から電車で20分ほどのところに、まだこうして自然が残っているのはうれしい。

 ところで『ウグイス色』というのはどんな色だか知っていますか。広辞苑では「鶯の背の色。緑に茶と黒のかかったもの」とされている。いっぱんにはウグイス餅やウグイス豆の色だと思われているが、実際のウグイスはもっと茶色に近い地味な色。だからウグイスはウグイス色をしていないなんていう人は、本当のウグイス色を知らないということになる。

 ちなみにメジロは抹茶アイスのような明るい色で、これをウグイス色とは言わない。しかしこの勘違いをしている人は結構多くて、大阪城の梅林などに行くと、蜜を吸っているメジロを見て「あっ!ウグイスだ!」と言ってカメラを向けている人に出くわす。

 やっぱり昔から「梅にウグイス」という固定観念があるのだろうか。ちなみにボクは、梅の木にウグイスが留まっている姿は一度も見たことがない。

 まあそんな人でも、鳴き声を聞いたらすぐに分かるでしょうが・・・
 ちなみに、メジロの鳴き声は「長兵衛、忠兵衛、長忠兵衛(チーチュル チーチーチュルチー)」。

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2006年12月20日 (水)

冬眠

 人間も冬眠できるとは知らなかった。

 六甲山で約3週間遭難していた人が冬眠状態で生還したというニュースには驚いた。当初は「焼き肉のタレで生き延びた」と報道されていたが、ずっと無意識で食べ物どころか水さえ飲んでいなかったらしい。

 クマの親戚みたいな風貌を期待して記者会見を見ていたら、ごく普通の人だったので拍子抜け。それより同席した医師の困惑した表情がおかしかった。「体温が約22度でほとんどの臓器が機能停止状態。驚異的な生命力だ」と不思議そうに説明していた。

 気になって調べてみたら、動物が冬眠するのは血液中のホルモンの働きによるらしい。そして人間の体内でもそのホルモンが発見されていて、我々の祖先も冬眠していた可能性があるという。冬眠したら、心拍数や呼吸回数、代謝量なども桁違いに低下するから、何年も冬眠状態で過ごすことができる。

 NASDA(宇宙開発事業団)もすでに研究を始めているらしい。気の遠くなるような年月を要する宇宙旅行も、人工冬眠によって寿命を何倍にも延ばせば、遥か彼方まで行くことができるかもしれない。

 ボクの友達で、会議になるとすぐに居眠り始めるヤツがいた。まわりの連中は「また冬眠が始まった」と笑っていたが、弁当が出ると目を覚ます。こんなふうに都合の悪いときだけ冬眠していたら長生きは間違いない。

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2006年11月11日 (土)

ペットショップ

 外出先で、たまに30分ほどポコっと時間が空くことがある。

 そんなときの時間つぶしは本屋か大型家電店が多かったが、最近はペットショップをよく覗く。店内でカプセルホテルのような個室に入れられた子犬たちのあどけないしぐさを眺めているだけで何だか心が和む。

 今日久しぶりにあるペットショップに立ち寄ってみると、見覚えのあるチワワがまだ残っていた。生後5ヶ月経って、値段も少し下げられていた。大型犬だと半年くらいすると個室には入りきらないので、ケージに移されている。いくら子犬でも、あまり長い間こんな暮らしが続くとイヤになるだろう。

 ウチのマロンは生後40日で我が家に来た。思い返せば4年前、長女がいつもペットショップで子犬を見ているという話を近所の人から聞かされた。そこまで欲しいのならと重い腰を上げたら、長女のお目当てのポメラニアンのケージにはタッチの差で売約済みの札が・・・ポロポロと大粒の涙を流す長女。思いあぐねたボクはその夜インターネットでポメを探し回った。そして、それで見つけたのがマロンである。和歌山のミカン農家で生まれたばかり。すぐに電話で商談が成立し、数日後にボクは二人の娘を乗せて御坊ICまでマロンを受け取りに行った。

 あれからもう4年。これも縁というしかない。もしあのペットショップにあのポメが残っていたら、間違いなくボクたちはその子犬を選んでマロンと名づけただろう。そうすると、今のマロンはどこかで別な人生(犬生?)を送っていたはずだ。どっちが良かったって。まあ冷暖房のきいた部屋で3食昼寝つき、1日2回は散歩に連れて行ってもらえるんだから、文句は言えませんね・・・

 このチワワも、今度来るときにはもうここにはいないかもしれない。優しい飼い主に巡り会えたらいいけど。

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2006年6月20日 (火)

クモ

 たまに家の中にクモが出る。

 小さいのもいるが、昨日のクモは大きかった。次女が大騒ぎして、結局ボクが新聞紙を丸めて叩き落した。殺生は好きではないが、やむを得ない。

 裏庭にはうっそうと草木が繁っているから、昆虫からはじまって様々な小動物が入ってくる。風呂場にはトカゲやゲジゲジが出没するし、ヤモリも玄関先にいる。ハチは家の中には入ってこないが、車庫にできたアシナガバチの巣を、ハチ用スプレー(こんなのがあるとは知らなかった)で退治したこともあった。後で知ったことだが、市役所に頼んだら専門業者がハチの巣を除去してくれるらしい。

 今のところペットとして飼っているのはイヌ1匹だけだが、以前はカメや金魚、カタツムリ、カブトムシ、スズムシなどを飼ったこともあった。子供たちはペットショップに行くと、ハムスターから始まって、リスやウサギ、小鳥のケージの前で動かなくなる。ボクもかなり動物好きの方なので、そのDNAを受け継いだのかもしれない。ペットといっても小さな命を預かるわけだから、飼う以上は無責任なことはできない。自分で世話ができることを最低限の条件にしている。

 先週、上野の不忍池でカミツキガメ騒ぎがあった。心ない飼い主が池に捨てたのだろうが、カメには罪はない。こんな異国に連れてこられて迷惑していることだろう。人間と動物との共存は、無理をしないところから始まる。

 あのクモ、殺さなきゃ良かったかなぁ・・・ 子供の頃、妹が読んでいた謀図かずおのホラー漫画があったけど、本当に怖かった。化けて出ないことを祈る・・・

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2006年6月13日 (火)

電磁波

 昨日たまたま乗ったJR環状線の車中でのこと。

 目の前の座席に、高校生風の女の子から六十過ぎのオバさんまで7人が座っていた。その全員がケータイを開いて、真剣に画面を見ている。そして、メールだかゲームだか知らないが、慣れた手つきで親指を動かしている。もう見慣れた光景だが、改めて見ると不思議な感じがする。

 よく病院なんかでケータイを切るように表示してあるが、いったいケータイの電磁波ってどの程度なのだろうとふと考えた。そしてこれだけネコも杓子もということになると、街中(まちなか)ではきっと相当量の電磁波が行き交いしているのだと思う。

 ついこの間読んだ週刊誌に、鳥たちがそのケータイの電磁波に迷惑しているという話が出ていた。渡り鳥の飛来が減ってきているそうだ。伝書鳩のレースでも、毎年帰還率が下がってきていて、これがどうやら電磁波のせいらしいのだ。ウチのツバメが2年前から帰ってこなくなったのは、我が家に4台もあるケータイのためだろうか。

 ケータイだけではなく、日本列島全体に気象衛星やカーナビなどの電波が溢れている。そしてその電波が、地磁気を頼りにする鳥やサケ、アユたちの方向感覚を狂わせているのではないか、ともいわれている。

 電磁波の健康への影響については、まだはっきりしたことは分かっていない。そして、電磁波はケータイだけではなく、パソコンやテレビなどの家電製品からも出ている。一日中パソコンと向き合っているボクなんかは、身体に相当の電磁波が蓄積されているに違いない。

 それで分かったぞ!外で飲んでいて、ついつい午前サマになる理由が・・・ 電磁波の影響で帰巣本能が狂い始めていたのだ。気をつけなければ・・・

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2006年5月15日 (月)

ツバメ

 数年前まで、我が家の車庫のシャッターボックスの内側にツバメが巣を作っていた。

 ツバメは大阪市内ではあまり見かけなくなったが、ウチのあたりではそんなに珍しくもない。ちょうど家を建てた翌年、ツバメの夫婦がウチの車庫に巣作りを始めた。雨露がしのげて外敵の足場もないため、格好の営巣場所だったのかもしれない。それとはなしに見守っているうちに巣ができて産卵し、ヒナが孵(かえ)った。身近なところで新しい生命が生まれると家族のように思えて、ツバメの生態にも興味をもつようになる。

 ツバメはヒナの頃からハチやトンボなどの生きたエサしか食べない。親鳥がせっせと食欲旺盛な子供たちにエサを運び、ヒナは1ヶ月あまりで成鳥になって巣立っていく。巣立ったヒナたちは淀川岸の葦原をねぐらで集団生活をして、初秋には南の島に旅立つ。あんな小さな体のどこにそんなエネルギーが潜んでいるのかと思うが、1日300kmもの距離を飛び続けてはるか東南アジアにまで渡っていくのだ。

 そして翌年4月のある土曜日の朝、「あっ、ツバメが帰ってきた!」という子供の歓声に目を覚ました。あわてて外に出ると、家の前の電線でツバメが羽を休めている。「帰ってきたんだ!」という感動、たまに車庫のフンの掃除をするくらいのことしかできない家主だったが、よくぞ無事に戻ってきてくれたという思いでいっぱいだった。

 それから毎年ツバメは我が家に帰ってきて、毎年3,4羽のヒナが巣立っていった。ツバメが元の巣に帰ってこられるというのは不思議だが、これは耳の中にある平衡器が地磁気を感知するためらしい。ボクはあるとき、親鳥のスキを狙ってヒナを取り出してカラーの足環を取りつけてみたことがある。でも、翌年戻ってきたのは違う個体だった。ある調査によると、大半のツバメは長旅の途中で命を落とし、同じ個体が戻ってくるのは2割にも満たないとか。

 夫婦仲については不明である。ウチのツバメはあるとき急に1mほど横に別の巣を作り、気ままに家庭内別居を楽しみ始めた。最近の山階鳥類研究所の調査では、オスが2,3日外泊するということもよくあるらしく、他方で女手ひとつで育児をしているメスがいたり、またそこに転がり込んできて子育てを手伝うオスが現れたり、ツバメの男女関係も人間同様かなりややこしい。

 最後に『若いツバメ』という言葉について。これは比較的新しい用例で、明治末期の婦人解放運動で有名な『平塚らいてふ女史』の恋愛事件に端を発する。なんでも、同女史との恋愛沙汰から身を引いた若い男性が、水鳥たちが仲良く暮らしていた平和な池に突然入り込んできた若いツバメに自分を例えたとのことで、これを当時の新聞が大きく報じたために一般化した言葉だとか。ちなみにボクは毎年観察しているが、ツバメの年齢だけはさっぱりわからない。

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2006年1月10日 (火)

池の鯉

 昨日の朝、久しぶりにイヌの散歩に出かけた。

 近所の公園に立ち寄ったら、何と池が凍っていた。氷の上には、食べ散らかしたスナック菓子の袋が散乱しているから、少なくとも前日の昼間あたりから凍ったままだったのだろうか。身軽なスズメが氷の上を慣れない足取りでヨチヨチ歩いて、菓子の残りを啄ばんでいるのも奇妙な光景だった。

 ところで、こんな時、池の鯉たちはどうしてるんだろうか。変温動物だから凍死することはあるまい。先日、テレビのニュースで新潟県山古志村の大雪映像が映し出されていたが、伝統産業の錦鯉を育てるには、真冬でも水温を20℃に保たないとならないらしい。しかし、温室育ちの高級鯉と違って公園の鯉はたくましいだろうから、少々の寒さなら我慢して耐えるのかもしれない。それにしても、水面が凍ったら酸素呼吸はできるんだろうか。そんなことを考えながら、池に小石を投げてみたら、薄い氷がパックリ割れた。まあ、この程度の氷なら呼吸は心配なさそうだ。

 家に帰って庭先でイヌの足を洗いながら、ふと目の前の鉢植えの盆栽に目をやった。いつの間にか、ピンク色の小さい梅の蕾が、細い枝を割るようにたくさん膨らみ始めていた。こんな厳冬でも、自然界の生命力は強靭だ。われわれ人間も、寒がってばかりいないで、そろそろ活動を開始しなければ・・・

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2005年10月23日 (日)

タヌキの話

 ウチの裏にタヌキがいるらしい。

 いったいどんな田舎だろうと思われるかもしれないが、大阪市内から電車で20分、最寄り駅から歩いて10分くらいの場所である。小高い住宅地で、まだ雑木林があちこちに残っている。これまでに何度かイタチを見たことがあるが、タヌキにはまだお目にかかったことがない。ちょうどウチの裏が雑木林につながっていて、夜中にガサガサと奇妙な音がすることがある。カーテンを開けたら、暗闇で動物の目が光っていた。イタチにしては少し大きいような気がする。近所でタヌキを見たという人もいるから、そのタヌキかもしれないし、タダの野良猫かもしれない。

 タヌキは日本に古くからいる動物だが、昔の日本人がタヌキと呼んでいた動物が、今のタヌキと同じかどうかはよく分からないらしい。中国で「狸」という漢字はヤマネコを意味するが、この漢字が伝わった頃、日本にはヤマネコはおらず、平安時代の国語辞典「類聚名義抄(るいじゅうみょうぎしょう)」には、狸の訓として、タヌキ、イタチ、野ネコなどがあげられている。また、タヌキとアナグマはその後も混同されていて、大正時代には、ムジナ(アナグマ)だから構わないと思い込んで、狩猟法で禁止されていたタヌキを仕留めた猟師が無罪になる『狸(タヌキ)狢(ムジナ)事件』というのがあった。難しい刑法の解説書に引用されるマヌケな名前の事件なので、よく覚えている。

 大阪のうどん屋で「タヌキ」を注文すると、そばに油揚げをのせたものが出てくる。しかし、東京だとそれは「キツネそば」と呼ばれていて、「タヌキうどん」「タヌキそば」というのは、油揚げの代わりに揚げ玉(大阪で言う天カス)を振りかけたもののことだ。食べ物の世界でも、キツネやタヌキは場所によって姿を変えるらしい。

 タヌキは夜行性で警戒心が強いから、なかなか人の前には現れない。でも、一度その野生のタヌキとやらを見たいものだと密かに楽しみにしている。

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2005年9月 5日 (月)

セミの声

 台風接近で、外は荒れ模様である。

 9月に入ったとたんに、パッタリとセミの声を聞かなくなった。日本には30数種のセミがいるらしいが、ふだん大阪近辺で見かけるのは、ニイニイゼミ、アブラゼミ、ヒグラシ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシくらい。鳴くのはだいたいこの順番で、ボクが子供の頃は、セミの声で季節の移ろいが分かると教えられた。でも最近は、お盆を過ぎてもニイニイゼミの声を聞いたりするのは何故なのだろうか。

 セミは成虫になってからせいぜい2週間ほどの命で、それまでの6~7年は土の中で幼虫時代をすごす。しかし、その生態は意外と知られていないらしい。アメリカには何年かに一度の周期で大発生するセミがいて、「周期ゼミ」と呼ばれている。そしてその周期は、不思議なことに17年とか13年とかの素数になっていて、昨年は「17年ゼミ」が大発生して話題になった。周期発生の原因を、数理学者や生物学者たちが解明しようとしているらしいが、いまだによく分からないという。

 話を日本に戻すと、セミが鳴く要因は、明るさと周りの気温だとのこと。ところが最近の都会は夜も暑くて明るいので、勘違いして夜中でも鳴いているセミもいるそうだ。こういうのも生態に対する環境破壊といえるのだろうか。

 夏の暑い盛りに蝉時雨を聞くと、いっそう暑さが増すように感じてウンザリするが、秋の訪れとともに姿を消してしまうのも寂しい。今年のセミの声は、選挙カーの騒音にかき消されていささか気の毒に思う。

 「虫偏に、単(ひとえ)と涼し蝉の声」  蜀山人

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2005年7月 5日 (火)

カタツムリ

 家から5分ほど離れたところに、緑の濃い公園がある。日曜日の朝、イヌと散歩に出かけた。夜来の雨が地表から熱気を奪ったせいか、汗もかかず心地よい。雨あがりで、まだグランドが少しぬかるんでいて、いつものサッカー少年たちの歓声も聞こえない。同じようにイヌを散歩させている人が他に数人。お互い顔見知りなので、会釈をしてすれ違う。池の回りを半周したら、アジサイの葉にカタツムリがくっついていた。

 もうずいぶん前のこと、娘が公園でカタツムリをとってきたことがあった。しようがないので、しばらく箱に入れて家で飼ってみることにした。エサは、娘が公園からアジサイの葉っぱを摘んできて与えたら食べていた。ある日、朝起きたらカタツムリがいない。大騒ぎして探したら、家の天井にくっついていた。箱のフタが少し開いていたため、そこから脱走したらしい。カタツムリは夜行性で、暗いと活発に動き回るようだ。箱に戻してしばらくしたら、今度は白いウンチをしていると、娘が嬌声をあげていた。どうやら紙箱の糊の部分を食べたらしく、箱の内側が少し削れていた。

 そのカタツムリは、2週間ほど娘のペットになっていたが、結局、元の公園に戻すことになった。それからもう10年近くたつ。娘と公園に逃がしに行ったあの日も、同じような雨上がりの朝だった。昨日出会ったカタツムリは、何となくそのときのカタツムリに似ているような、似ていないような・・・

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