2008年3月26日 (水)

異動の春

 春は人事異動の季節。

 新しい出会いもあれば、親しい人との別れもある。

 勤めていた頃はそういう話には人一倍敏感だったのに、組織を離れて10年以上経つとだいぶ感度が鈍くなってきた。やっぱり当事者意識が希薄になると、他人事でしかないのだろうか。

 先日も仕事で親しくお付き合いしている人から「実は今度…」と異動の話を切り出されて驚いた。得意先のウケもいい。人間関係にも慣れてこれから力が発揮できるというときに突然の辞令。

 だいたい普通の会社だと、2、3年ごとに異動がある。しかしこの人事異動の真意は、外から見て分かりにくい。将来の幹部として経験を積ませようという配慮から短いサイクルで動かせる場合もあるし、期待された成果が上がらないため早めに交代させることもある。

「おめでとうございます!」と声をかけるべきかどうかも迷うところ。こっそり他の人に聞いてみたら、その会社でも1年で代わる人もあれば、5年10年根を生やして動かない人もいるらしい。「なぜあの人が?」という話は酒場のネタになるが、いつも結論は出ないとか。

 これから歓送迎会の季節。夜桜の下で宴会をした若い日が懐かしい。

 皆さんの新天地での活躍を祈ります!

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2008年3月13日 (木)

日帰り出張

 早朝の新幹線で上京。

 新大阪で買った週刊誌に目を通しているうちに、いつの間にかウトウト眠ってしまった。ふと気がつくと、もう静岡を過ぎて新富士あたり。あいにく富士山はかすんで見えない。

 車内販売のコーヒーを飲みながら、今日の打ち合わせ資料をパラパラと眺める。列車は早くも多摩川の鉄橋を渡り始めている。もう東京は近い。

 相変わらず息が詰まるほど人にあふれた東京駅。その人の海をかき分けるように地下鉄のキップ売り場へ。路線図を見上げると、南北線、大江戸線…いつの間にか知らない路線が増えている。

 ふと阿刀田高の『街の観覧車』という短編集を思い出した。大都会で暮らすそれぞれの短編の主人公が、一つ前の作品の脇役として登場している連作モノ。地下鉄でたまたま乗り合わせた乗客の顔を見ながら、縁もゆかりもない他人の人生を思う。都会暮らしというのは孤独なものだ。

 今日は日帰り。仕事をすませて、夕方 友達の会社に寄ってみた。ちょうど決算前。若い社員が多くて活気にあふれている。二人で連れ立って神田駅近くの居酒屋で一杯。同じ年恰好だが、もう定年後の生活設計を考えている。サラリーマンならそんなものかもしれないが、自分にはまだそこまでの余裕はない。

 8時前に彼と別れて、八重洲口に新しくできた大丸へ。午前中に取り置きを頼んでおいたトップスのチョコレートケーキを受け取りに行ったら、食品売り場は男性客で長蛇の列。どうやらホワイトデーのプレゼントらしい。いい年をしたオヤジが真剣に洋菓子を選んでいる姿は何だか可愛らしい。

 新幹線に座るなり、また睡魔が襲う。今度は酔いも手伝って深い眠りに。そして新大阪につく頃には頭もスッキリして帰路につく。たまにはこういう日帰り出張も、睡眠不足の解消にいい。

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2008年2月 8日 (金)

日帰り出張

 早朝の新幹線で上京。思ったより空いている。

 同じ車両に、地方の議員バッチをつけた人が2人ほど。秘書とおぼしきスタッフが、ペーパーを示しながらレクチャーに余念がない。「この予算措置が…」という声が聞こえる。永田町にでも陳情に行くのだろうか。

 あとはノートパソコンを叩いている人、新聞や週刊誌を開いている人。サンドイッチを頬張っている人、大口をあけて居眠りしている人。まあいつもの朝の光景だ。

 車窓から外に目をやると、見慣れた風景が広がる。いったいこの景色を、若い頃から何十回、いや何百回見たことだろう。

 近江平野に入ると、白く輝く四方の山々が視界に入ってくる。もう40年近く前、1m近い雪を掻き分けて高校のクラブ仲間と比良山に登ったことがあった。雪の中を転げるように下山してきたが、天気次第では遭難もありえた。若気の至りとはいえ、今思えば危険なことだ。

 関ヶ原あたりは、予想通り一面の銀世界。幸いにして徐行運転もなく定刻に通過。朝日に反射して輝く白い雪が眩しい。車内で暖かいコーヒーを飲みながら、その冬景色を眺めている。

 打ち合わせ資料に目を通していたら、富士山の雪景色を案内する車内アナウンス。青空にくっきりと白い稜線が映えて美しい。思わず見とれてしまう。

 まもなく新横浜駅に到着。今日はここで下車。ホームまで来てくれていた知人と合流して、迎えの車に同乗。第三京浜を経由して都内に入る。世田谷あたりの住宅地にもまだ雪が残っている。

 予定通り仕事をすませて、夕方東京駅へ。ちょうど通勤ラッシュで、めまいがしそうなほどおびただしい人の流れ。大都会の息遣いを肌で感じる瞬間である。昔はこのなかに自分も身を置いていたのだが。

 品川を過ぎてしばらくすると、左手に新婚時代に住んでいたマンションが見える。だいぶ外観も古びてきた。3DK 60㎡ 家賃14万円強。あの頃ここで暮らしていた隣人たちは、今どこでどうしているのだろう。

 ノートパソコンを開けたまま、ウトウト眠ってしまった。目が覚めたらもう京都の手前。温(ぬる)くなった缶ビールをカバンにしまう。

 さて明日から世間は3連休。残念ながらボクはそうはいかない。

 次は新大阪…

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2008年1月26日 (土)

繁忙期

 毎朝、6時半過ぎに家を出る。

 もう何年も、機械のように同じ時間に家を出て、同じ時間に駅のホームに立っている。そして同じ電車の同じ車両のドアから乗る。座れることはないが、ラッシュアワーは避けているので、立っていても本や新聞を読めるくらいの混み具合。

 今日は土曜日で、顔なじみの通勤客の姿もない。久々にゆっくり座って車窓から外に目をやったが、このところの寒波でドアガラスが曇っていて遠景は見にくい。振り返れば、部活の試合に行くのかジャージー姿の女子高生たちが車内の路線図を見上げながらアレコレ話をしている。平日とは少し空気が違っていて、何となく居眠りでもしたくなるような、ちょっと緩んだ真冬の早朝。

 ボクはこれから1ヶ月半ほどが、年間でいちばんの繁忙期。

 もう土日もないし、深夜も早朝も関係ない。手帳には細かい字でビッシリ予定を書き込んでいて、電車の中でもスケジュールを考えていることが多い。

 今日、家で朝食をとりながらテレビをつけたら、京都の雪景色が写っていた。少し心が動く。凛と冷たい空気が張りつめた今ごろが、実はいちばん好きな季節。ひなびた温泉で雪見酒でもと思うが、なかなか大阪を離れることができない。ようやく余裕が出てきた時分には、もうどこにも雪などない。

 忙しいときほど、人間というのは何とか時間をやりくりして遊びたくなるものだ。忙中閑ありというが、ほどほどに段取りよく気分転換しないと、仕事も息切れする。

 さて、今年の2月はどうかな。

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2007年3月14日 (水)

若者へ

 今の仕事をしていて面白いと思うのは、さまざまな職業の人と出会えること。出自から学歴、社会経験や人生観もバラバラで、話しているとその都度新しい発見がある。

 以前に勤めていた頃は、周りの連中はみんな似たりよったり。家でNHKニュースを見て、日経を読みながら満員電車で出社する。昼は社食ですませて、残業帰りに仲間と一杯。そこには共通の言語があって、一から十まで説明せずとも、お互い腹のウチはほぼ分かる。

 その後会社を辞めて今の仕事に就いてから、自分がそれまで身を置いていたサラリーマン社会というのは限られた一部のムラ社会で、そうでない人たちもたくさんいるということに気がついた。

 日本の社会では職業選択は自由といいつつも、子供が進路を考えるときに、その判断材料はほとんど与えられていない。学校しか知らない先生に、適切な進路指導を期待するのは無理というものだ。高校生くらいまでの子供は、親の職業しか満足には知らない。父親がサラリーマンだったら、会社で何をしているかなど想像もつかないと思う。

 知識を詰め込む教育も大切だろうが、社会に出て役立つような実践的教育にも力を入れてほしい。中学生くらいになれば、基本的な世の中の仕組みくらいは学習して、その中で大人たちがどんなふうに役割分担してこの社会を支えているのか、さらに将来、そこに入っていく自分はどんな分野を受け持っていくのかということを、そろそろ考えてもいいはずだ。その判断のために子供たちに与えられる情報が少なすぎはしないか。

 ボクは幼い頃は、電車の運転手になりたかった。小学校の高学年くらいから鉱物蒐集に魅せられて、鉱物学者になろうと思った。それが高校あたりから社会事象に関心が移り、法学系統を志し、その後紆余曲折を経て今の自分がある。

 若者が迷うのは当たり前だ。その迷った若者に適切な示唆のできる大人でありたい。血の繋がった子供であろうがなかろうが、子供は社会全体で育んでいくというのが、古来からの人間社会の掟である。

 この春、日本中で多くの旅立ちがある。そしてまた新しい幾多の出会いがある。若者よ、悩めば人生の先輩の門を叩け!書を開け!そうして自ら信じる道を真直ぐに進んでいってほしい。

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2007年2月13日 (火)

ネンイチ

 ボクたちの業界用語で『ネンイチ』という言葉がある。

 文字通り、年に1回だけ会うお客さんのこと。これから1ヶ月ほどはそのネンイチのお客さんに会う機会が多い。

 「ごぶさたしています」という挨拶から始まるが、年輪を1つ重ねる間にはお互い色々なことがある。楽しいこと、うれしいこと、辛いこと、残念なこと・・・相手の表情や顔色から、ボクはその空白の1年間の出来事を想像する。

 事業や商売の成否は数字を見ればすぐ分かる。たまに会うと子供の進学・就職や結婚の相談を持ちかけられたり、孫さんの写真で盛り上がるのは楽しい。またご家族の不幸を聞いて驚くこともある。

 毎日見ていたら気がつかないだろうが、1年ぶりに会うと姿かたちや話ぶりにもそれなりの変化がある。失礼ながらずいぶん老けられたと感じる方もあるし、若い人の場合は成長ぶりを頼もしく思うこともある。

 逆に自分もそういう目で見られているのだと自覚している。また前の年と同じことを言っているようでは変わり映えしない。そう思ってボクは、その短い会話のやりとりをなるべく書き残しておいて、お目にかかる前に読み返す。

 ネンイチというのはわずかな時間の一発勝負。急いでいると大切なことを言い忘れたり、余計なことまで言ってしまうこともある。でもその短い時間の印象だけが頭の中で更新されて、今年度バージョンとして翌年までそのまま残る。

 だから、いっそう心して掛からねばならない。さて今日もこれから、3人のネンイチの方とお会いする。

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2007年2月 8日 (木)

通行量調査

 先日、大手コンビニの店舗開発担当者と食事をしたときの話。

 彼らは新しい店を出すのが仕事だ。物件調査から始まって出店交渉をして契約、それがすむと工事から開店までと、その守備範囲は広い。

 食事をしながら、いつも思っている疑問を彼にぶつけてみた。
 「あの出店前の売上げ予測というヤツ。当たるの?」
 「いやぁ~しょっちゅう外れますよ・・・」
 あっけらかんとして悪びれないので、二の句が継げない。

 大手コンビニだから、長年蓄積された豊富なデータに基づく売上げ予測システムがあるはずだ。しかし、そうしたプロの手にかかっても、消費者の行動は正確には予測できないということなのだ。

 ボクは十数年前まで、ある中堅ハンバーガーチェーンで店舗開発の仕事をしていた。そしてこの会社でも、最大手のマクドナルドをまねて作った自社の売上予測システムを持っていたが、その予測の精度が低いのが問題だった。

 担当者が「この場所だと、1日50万円は売れます!」と言って出店計画書を持ってくる。「よし出そう!」ということで契約したものの、フタを開けてみると30万円も売れない。店は当然赤字。結局1年ももたずに閉店の憂き目に・・・なんてことはよくあった。

 キャッチ率というのは、直前通行量のうち何%が店に入るかという確率のこと。一般にオフィス街は低く、繁華街は高いとされている。また平日は低く、休日は高い。つまり、休日に繁華街をブラブラ歩いている人は店に吸い込まれる可能性が高いということだ。逆に平日昼間のオフィス街は、統計的にはわき目もふらずに目的を持って早足で歩いている人が多い。

 さらに、女性比率というのもあって、これは通常 0.4程度。0.3以下だとオフィス性向が極めて高く、売上げの確保は難しい。仕事で来ている人は捕まえにくいし、昼夜の人口差が大きいのもネックになる。

 乗用車比率というのは、通行車両数全体からバス・トラック・タクシーの車両数を除いた交通量。これは平日で0.6~0.8くらいで、これより少ないと産業道路、大きいと生活道路ということになるが、普通は生活道路のほうが有利とされている。

 また、流入比率というのは、車両を地元ナンバーと地元外のナンバーとに分けて、全車両に対する地元外ナンバーの比率を計算した数字。平日で0.3くらいが目安で、この比率が高いと商圏が大きく広がる可能性がある。

 なかなか奥深いでしょう。でもあまり役に立たないらしいのです。
 人間の消費行動というのはデータでは推し量れないというところが面白いと、彼の話を聞いて妙に安心してしまった。

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2006年12月30日 (土)

仕事納め

 今年も残り2日。
 通勤電車も昨日から休日ダイヤ。さすがに今朝の電車は空いていてネクタイ姿も少ない。運賃表を見上げながら券売機で切符を求める帰省らしき家族連れの脇を、大きなスーツケースを転がしながら若者が通り過ぎていく。これもいつもの年末風景。

 ボクも今日が仕事納め。朝から残務整理を始めて、午後は事務所の掃除。

 ウチの顧客にはさまざまの業種の人がおられる。
 美容室や花屋さんは年末ギリギリまで忙しい。大企業の給料日は25日だが、資金繰りの厳しい町工場は、年末のボーナス込みで仕事納めの昨日に払ったところもある。

 片づけをしていたら、車両製造会社の下請けをしているKさんが来られた。車両の受注が増えて年末まで忙しかったらしい。聞いてみたら、USJのジェットコースターや観光地のロープウェイなどの仕事もしているとか。遠くデトロイトからも車両の注文が来たので来年は忙しくなると、訥弁な彼が熱い夢を語ってくれた。1時間ほど話していて、何だかコチラの気持ちまで明るくなってきた。

 もう2007年は目の前に迫っているが、夢は自分の力で実現していくもの。
 来年も頑張ろう!

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2006年7月31日 (月)

職場のIT化

 ボクが勤めていた会社を辞めたのは、今から11年前、平成7年3月のことだった。

 それから社会は大きく変わった。特にIT化の進展は目覚しい。考えてみたら、当時はまだインターネットも電子メールもなかった。携帯電話が世に出たばかりで、ボクはその実物すら見たことがなかった。

 だから、IT化の進んだオフィスというのはどんなものなのか、自分が体験していないから今ひとつ実感がない。たまに昔の仲間に会ったりして情報を仕入れているが、だんだんペーパーレス化が進んできて、資料はすべて情報としてコンピューターに保存されるようになるのだろう。

 最近もらう名刺には、たいていメールアドレスが印刷してあるが、プライベートなメールのやりとりは禁止している会社もある。飲み会の連絡くらいは許してもらうとしても、私的な財産管理や相続問題などのメールを会社に送るのは躊躇する。だからといって、自宅にメールを送ると、週末まで開けないでそのままということも多い。仕方がないから、そんなときは「自宅にメールを送ります」というメールを会社のアドレスに送る。こんなことをしている自分は、とんでもないアナログ人間に思えてくる。

 先日、愛媛県は、勤務時間中に職場の公用パソコンを使って自分のブログに書き込みをしていた職員を、職務専念義務違反で懲戒処分にしたと発表した。ボクもヒマなときは、仕事の合間にブログを書いたりすることがあるが、勤めていたらクビになるかも・・・

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2006年3月17日 (金)

予算達成

 年度末まであと2週間ほどになった。数字に追いかけられている人たちは、いちばん大変な時期だろう。ウチの事務所も新しいコンピューターをもう1台入れようかと思って、メーカーの営業マンに来てもらったら、その翌日に見積書を持ってきた。こちらは別に急がないのだが、向こうは何とか3月決算に間に合わせたいらしい。

 ある金融機関で、顧客の不動産活用の仕事をしている知人がいる。まだ若いがなかなかのやり手で、先日「今年の予算はどう?」と水を向けたら、「もう達成したので、3月まではあまり数字を伸ばさないように抑えています。来年苦しまないように・・」という。つまり、今年の成果が評価されるのは今年だけ、来年はその数字をベースにして一段高い目標が設定されるので、年度末ギリギリまで頑張ると逆に自分の首を締めることになる、ということらしい。成績のいい人にも、それなりの苦労があるようだ。

 組織で計画や予算を立てるとき、必ず前年はどうだったかという話になる。そして、売上予算はよほどのことがない限り、前年を下回る数字は出せない。経費も、前年と比較してムダが増えていないか厳しくチェックされる。かって官庁などで『ゼロベース予算』とかいうのが話題になったが、結局はまた元に戻ってしまった。前年対比も重要だが、前を向かない予算には未来はない。

 3月はやたらと道路工事が多い。これも年度内に消化しないと来年度の予算がもらえないから、駆け込みで発注する。工事の必要性など二の次で、まずは来年の予算獲得が目的だ。予算を使わないと仕事をしていないように思われるらしいが、その陰での癒着や談合の横行を勘ぐりたくもなる。

 予算制度を否定するつもりはない。でも、あまり前年実績を偏重するのもどうかと、工事渋滞にイライラしながら考えていた。

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2006年3月 9日 (木)

現場主義

 久しぶりに、テレビでクリントン前大統領を見た。

 彼は、アメリカ中南部アーカンソー州の出身だ。ボクは12、3年前に、同州のファイアットビルという小さな町に行ったことがある。ダラスから小さな飛行機に乗り継いで、その町の空港に降り立ったとき、ロビーには「オラが町の大統領」というようなポスターが貼ってあったことを覚えている。

 ボクはその頃、ファーストフード店の経営をしているある関連会社に出向していた。子会社とはいっても、店舗数80店、売上100億円、正社員200人、アルバイトを含めると5,000人という規模だから、一般的には大会社だろう。そして、その会社でボクは、総務、人事、経理、財務から商品開発、仕入れまで、営業以外のすべての部門を担当していた。これは、それまで大企業の一歯車の仕事しか知らなかったボクにとってはたいへん勉強になった。そしてその数年間の経験が、その後 方向転換して職業会計人の道を目ざすことになる自分にとって大きな財産になったことはいうまでもない。

 そのときにボクが仕えた社長は、外食畑の長い人だった。そして、徹底した現場主義者で、物事を机の上で判断することを嫌った。新商品でも、本社で試食して決めるのではなく、店に出向いて店の厨房で作らせて、オペレーションやスピードを自分の目で確かめる。食材もメーカーの工場まで足を運んで、製造現場を確認する。新店舗でも、設計図面で判断せず、現地で人の動線や換気、採光にまで目を光らせる。意思決定を仰ぐ部下には、必ず「見たか?」と聞く。その態度は立派で、学ぶことは多かった。

 そしてボクが、そんなアメリカの片田舎まで行ったのは、輸入するフライドチキンの製造工程を視察するためだった。ファイアットビルには、全米で最大規模の養鶏農場と鶏肉工場があったのだ。

 もう10年以上経つと、そのときの品質管理や安全性についての説明はすっかり忘れてしまった。でも、今でも印象に残っていることが2つある。

 まずは、アメリカ国土の大きさだ。ほとんどの日本人は、アメリカというとニューヨークやロスを思い浮かべるが、実際にはアメリカ国土の大半は山岳地帯と原野だ。一緒に食事をした工場幹部のうち、ニューヨークに行った経験のある人は誰一人いなかった。

 もう一つはアメリカ人の旺盛な食欲。町いちばんのレストランでステーキをご馳走になったのだが、赤身ばかりの大きな堅い肉を美味そうに平らげる。おまけに、デザートの甘ったるいチーズケーキと山盛りのアイスクリームはまた別腹。

 『百聞は一見に如かず』とはこのことだ。それまではアメリカというと大都会の洒落た町並みを想像していたが、その田舎町の印象は強烈で、それ以来「アメリカ=広大な国土&頑強な胃袋」という図式が頭にしみついて離れない。

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2006年2月21日 (火)

転職

 昨年、何人かの知人から転職したという話を聞かされた。終身雇用制度も揺らぎつつある昨今、転職はさほど珍しいことではない。事情は人それぞれだが、とりあえずは新天地で頑張ってほしいと思う。

 また、たまに「会社を辞めたいのだが・・」という相談を受けることもある。でも、こういう相談は難しい。冷たいようだが、その人の人生の問題で、他人が容喙すべき筋合いのものではない。本人が自分の責任で判断するしかないから、ボクは話を聞くだけで意見は言わない。

 11年前にボクが会社を辞めたときは、誰にも相談しなかった。1ヶ月ほどひとりで悩んだ末 退職するハラを決めて、上司に了解を求めた。その上司は、二人きりの応接室で天井を睨んで考えていたが、結局はその場で快く認めてくれた。慰留されたときの対応まで準備していたボクにしたら、少しあっけなかった。だいぶ後で理由を聞いたら「頑固なオマエが一度言い出したら、絶対に翻意しないと思った。それに、オレに説得されて前言を撤回したらオマエの男が廃(すた)るだろう。」と言ってくれた。ボクは、今でもその上司に感謝している。

 「石の上にも3年」というが、安易に転職することには賛成しない。ある程度の我慢も必要だと思う。そして、組織に不平不満を持って飛び出した人は、離婚を重ねる人と同じように、たいてい次の職場でもうまくいかない。転職が成功するのは、前向きの動機がある場合に限ったことだ。

 喧嘩別れしたわけではないから、辞めて何年経っても、昔の仲間とは対等に付き合いたい。そして、彼らにだけは尾羽打ち枯らした惨めな姿を晒(さら)したくない。こんなヤツなら早く辞めてくれて良かったと思われないようにという気概が、今の自分を支えているかもしれない。

 辞めた会社と辞めた社員というのは、別れた男女に似ている。何十年かぶりで街でバッタリ顔を会わせたとする。以前よりはお互い輝きを増していたい。「なかなかいい男(女)になったなぁ。あのとき、もし別れずにいたら今頃・・」と思う。でも、今の自分はもっと幸せだからそれでいい・・と納得しながら、すれ違っていく。そんな思いで、ボクは11年前に辞めた会社をいつも見守っている。

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2006年2月 2日 (木)

ファシリティ・マネージメント

 ちょっと難しいタイトルで、何のことかと思われるかもしれないが、直訳すると資産(facility)の管理(management)、『経営資源の有効活用』というような意味の言葉だ。企業を再生させるために、ヒト・モノ・カネを、どんなふうに活用して儲かる形を作っていくか という話のときによく使われる。

 もう少し身近な例でいうと、最近 資産家の方から、自分が持っている土地をどのように活用したらいいかという相談をよく受ける。農地の場合もあるし、空きが多い青空駐車場であることもある。大阪あたりの高い固定資産税を吸収して収益をあげるにはどうしたらいいかという話である。収益面もさることながら、事業リスクや相続対策なども織り込まねばならず、すべてに満点のプランはなかなか難しい。

 しかし、これは立地条件が大きく影響する。そして、その土地に最も適した活用法が何かというのがポイントで、最近ではこれを専門にするコンサルタントも出現している。昨年末、近所の空地に建ったドラッグストアが大繁盛しているので、自分の畑も貸店舗にしたいという相談で困ったことがある。成功した場所と近接してはいるが、前面道路が狭くて、交通量がまったく違う。でも、自分の土地だと、客観的にその特性が評価できなくなるようで、無理だと言ってもなかなか納得してもらえなかった。結局は、2階建てのアパートを建設することになったのだが、商業地の裏の便利で静かなロケーションを活用できる最善のプランだと、ボクは思っている。

 最近、自分の子供にも、そんな無理を押しつける親が多い。人間にも、それぞれ個性があって、向き不向きがあるはずだ。勉強が好きな子もいるが、絵が得意な子、サッカーの上手な子もいるだろう。それを、みんな一律に、金太郎飴のような枠にはめ込むのはどうだろうか。近所の子が名門中学に進学したからといって、親の見栄で我が子にも受験を強いるのは愚の骨頂だ。昨年末の某塾講師の女児殺人事件の遠因は、犯人の親が子供の気持ちを無視して長年受験勉強を強制したことにあるという報道をふと思い出した。本当のゴールは入学ではなくて、卒業後に広がる人生の大海原の遥か彼方にある。そして、船の進む方向は千差万別のはずだ。

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2005年12月30日 (金)

仕事納め

 通勤電車の乗客が、ふだんの6、7割程度に減ってきた。ネクタイ姿も少なくなって、昨日からは休日ダイヤで運行している。ボクも、今日が『仕事納め』である。

 午前中に、まずはやり残した仕事を片づけて、その後 不要な書類の処分。段ボール箱1つくらいは出たかもしれない。そして午後から掃除を始めたら、あっという間に日が暮れてしまった。

 結局、今年は最後まで仕事に追いかけられていて、来年のことをアレコレ考える余裕がなかった。まあ『一年の計は元旦にあり』というから、正月に家でゆっくり考えようということで納得して、一杯飲んで家路についた。

 帰りの電車に乗ったら、正月の買い物帰りと思しき夫婦連れが、親戚の子どもに渡すお年玉の金額の相談をしている。向かいの女性二人は、年末年始を海外で過ごす独身貴族らしく、旅行のパンフレットを見ながら話が弾んでいる。その前には塾帰りの小学生。受験が迫っているのか、つり革につかまりながら、片手で器用に地図帳を開いて何やら暗記している。それぞれの年末風景である。

 家に帰ってテレビをつけたら、東京駅や羽田空港の帰省ラッシュ風景が映し出されていた。ボクが以前勤めていた会社は年末は30日までだったから、いつも納会を終えてから夜の新幹線で帰省していた。いちおう指定席をとってはいたが、通路まですし詰め状態。泣き出す子供に席を譲ってあげたことなどを懐かしく思い出す。でも、もうそんな経験をすることもなくなった。

 明日は家の大掃除の予定。少し暖かくなるといいのだけど・・・

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2005年12月 8日 (木)

ファックスの話

 今でこそ子供でも知っているが、ボクが社会人になった頃、まだ、ファックスはそんなにポピュラーな事務機器ではなかった。ボクは少なくとも学生時代は見たことがなく、会社に入って始めてその言葉を知った。自分と同期入社の連中も似たようなものだったと思う。

 笑い話のような失敗談はたくさんある。上司に重要文書のファックスを命じられて、言葉の意味が分からずシュレッダーしてしまったとか、ファックスした機密文書そのものが相手のところまで宙を飛んでいく(?)と思っていて、大切な送信原稿をファックス機に置き忘れてきて大目玉を食ったなんて話もあった。落語のネタで、駅の自動改札機に入れた切符が目的地まで勝手に飛んでいくと思い込んでいたお婆さんが、目的駅で「私の切符、まだ来てませんか?」と駅員に訊ねる話があったが、ボクたちもその話を笑えない。

 そして今、ボクは毎日ファックスのお世話になっている。実に便利で賢い機械だと思うが、その仕組みはいまだにサッパリ分からない。自分で送信するのは、毎日平均すると2、3件だが、受信する文書はやたら多い。最近は無作為に送ってくる広告の類が多いが、何とか規制できないものかと思う。また、意味の分からない海外からのファックスもよく来る。半年ほど前から、香港の商社から薬品の注文書がよく送られてくるようになった。納期や単価なども明示されていて、海の向こうで新入社員が叱られている図を想像していたが、放っておいたら最近は来なくなった。

 ファックスは文書のままで送信できるのが最大の長所だが、一方通行の限界がある。間違いなく相手の番号に届いて、相手がそれを読んだかどうか確認できない。面倒なようでも電話と併用しないと、予期せぬトラブルになりかねないから注意が必要だ。

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2005年9月23日 (金)

名乗るほどの者では・・・

 仕事をしていると、さまざまな電話がかかってくる。

 怪しげな投資の話、分譲マンションのセールス、NTTナンたらの代理店から電話料がお安くなりますとかいう話、コピー機の営業、ニセ同和団体からの寄付依頼・・・・ まともに相手をしていたらキリがないので適当に切ってしまうが、たまにヒマなときは話に付き合ってみることもある。

 昨日たまたま電話をとったら、外壁リフォームのセールスだった。新人らしく、マニュアルを棒読みしていて、ページをめくる音まで聞こえてくる。「あー 電話とらなきゃよかった・・・」と思ったけど、もう後の祭り。ウンザリして何とか適当に切る算段をしていたら、相手が「失礼ですが?(コッチの名前を聞いている)」というから、「いやー誰もいないんですよ。私は掃除の者(そんなのが電話とるワケないけど)なんでよく分かりません。」「お帰りは?」「サー夜中に帰ってきて、明け方には出かけるみたいですよ。」「それじゃまた。」と、向こうから切ってくれた。

 あんな電話セールスで、商売になるんだろうか・・・  少し前に埼玉でお年寄りを狙ったリフォーム詐欺があったけど、その手合いにしてはかなり頼りない。だいたい何の名簿で電話してきているのかも分からないし、コッチの正体をどの程度把握しているのか見当がつかないのも不気味である。

 おかしな居留守を使わずにハッキリ断ればよかったかなぁ と思いつつ、以前に勤めていた会社の先輩の話を思い出した。彼曰く。電話で自分の名前を聞かれて、言いたくないときは、「名乗るほどの者ではありません。」と答えろ。そんなバカな・・・  任侠ヤクザじゃあるまいし・・・

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