2008年7月 7日 (月)

七夕

 今日は七夕。

 Sasa近所のマンションのベランダから笹が覗いている。

 娘たちが幼い頃は、我が家も短冊に願い事を書いた笹を飾っていた。七夕の後、その笹を短く切ってゴミ袋に詰めていたら、次女が涙を浮かべていたことがあった。願い事が捨てられるとでも思ったのか。その次女も、今ではすっかり大人びた口のきき方をするようになってしまった。

 ゴミの収集日には、小さい子供がいる家からは、相変わらず同じような笹が出てくる。色紙で作ったスイカやナスを、カラスが不思議そうに眺めている図も、現実的で夢がない。

 子供の頃、七日の夜に、祖父母に連れられて近くの淀川まで笹を流しに行った記憶がある。夜の川面に、街の灯が逆さに映って揺れていた。今どき、そんなことをしようものなら環境問題で大変なことになるが、ロマンチックな心象風景としていつまでも脳裏に焼きついている。

 そんな経験のないウチの子供たちには、ゴミの記憶だけが残るのかもしれない。でも、何だかそれも味気ない。

 新暦の7月7日は梅雨の真っ只中。今年は雲の切れ目からわずかに星が覗いているが、残念ながら天の川は見えない。晴れる確率は26%だそうだ。年に一度の逢う瀬はままならない。

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2008年7月 1日 (火)

半夏生

 今日から7月。

 駅で通勤電車を待ちながら腕時計に目をやると、カレンダーの日付は”31”を示したまま。ふと気づいて、竜頭を引いて”1”に修正する。

 定刻に入ってきた電車に乗りこんで、いつもと同じ場所に立つ。

 顔なじみの乗客がいつもと同じ新聞を読んでいて、その見出しが目にとまる。

 社会面は値上げの話題。ガソリンがまた上がるらしい。電力・ガスに加えて、麺類・菓子などの食品も。雇用不安を抱えて給料が伸びない中で、モノの値段だけが次々に上がっていく。買い控えによる景気の減退が現実のものになりつつある。

 紙面をめくると、また食の偽装。飛騨牛に続いて今度は中国ウナギ。こういうときに登場するのは、たたき上げのオーナー社長と相場が決まっている。みんなそろってクセの強そうな面構え。はじめは従業員が勝手にやったと責任をなすりつけるが、そんなことができる社風でないことは一目瞭然だ。

 さらにめくると大阪版。今日から大阪府議会が始まる。代表質問での本格論戦は明後日から。大阪に暮らしていながら、これまで府政にほとんど関心を持ったことがないのは恥ずかしい限り。府民が注目する中で、ぜひ大鉈をふるってほしい。

 スポーツ欄は来月から始まるオリンピック特集。そういえばかつて大阪市は、北京の対抗馬として、53億円という莫大なお金を費やして招致運動をしていた。到底そんなことが許される財政状況ではなかったのに、市民も府民も浮かれていた。冷静に考えたら落選してよかったと思う。

 今日は半夏生(はんげしょう)。雑節の一つで、農家では大切な節目の日。関西ではタコを食べる日である。好天が続くが、梅雨明けはまだ遠い。

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2008年6月 1日 (日)

衣替え

 今日から6月。

 梅雨入り前のこの時期。日中こそ気温が上がるが、朝夕は暑くもなく寒くもなく、快適で過ごしやすい。

 仕事が先週で一段落したので、今朝はのんびりとイヌと近所の公園を散歩してきた。半袖のポロシャツとGパン姿でちょうどいい。

 いちばん植物の生命力を感じる季節だろうか。落葉樹の若葉がいっせいに伸び始め、潅木は緑濃い体臭を発散する。池の傍にはもう紫陽花が咲き始めていて、葉っぱを裏返すと小さなカタツムリが首を引っ込めた。子供たちが幼い頃、家の飼育ケースでしばらく飼っていたことを懐かしく思い出す。

 気分よく帰宅して遅めの朝食をとってから、事務所に出て残務整理。ボクは誰もいない休日にゆっくり書類に目を通したり、考えごとをしたりするのが好きだ。表通りも静かだし、もちろん電話で邪魔されることもない。

 半日でだいぶ仕事がはかどったので、早めに帰路につく。何の気なしに駅前の交番を覗いたら、警官が見慣れない夏服を着ている。日焼けした肌に真っ白の制服が眩しい。そういえば改札の駅員も上着なし。

 そうだった。今日は衣替え。やっぱりああいう堅い職業は、カレンダー通りに夏服に着替えるのだろうか。ちなみにボクはもう連休明けから夏物のスーツを着ている。5月でも真夏のような暑い日があるし、近ごろは10月になっても汗ばむことがある。衣替えは季節感があっていいけれど、着ている本人のことを思うと少しお気の毒。

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2008年5月18日 (日)

ニオイバンマツリ

 草木の世話というのも、根気がいる。

 イヌにエサを与えたり散歩に連れて行くのと同じように、植物にも最低限のケアが必要。毎日の水遣りは当然のこととして、雑草抜きや枯れた花殻(はながら)の除去も欠かせない。そしてたまにはタップリ肥料を与えたり、伸びた枝を剪定したり。こういう手間を惜しむと、だんだん生気が失せてくる。

 我が家でも近くの園芸店で求めた苗を、狭い花壇のあちこちに植え込んだり、ハンギングで飾ったりしている。しかし品種改良を重ねた美しい植物は生来の生命力が弱いのか、ちょっと油断するとすぐに枯れてしまう。

 それに引きかえ、何の世話もしないのに毎年みごとな花を咲かせてくれるのは裏庭の潅木たち。サクラが終わった後は、数日前から2008_05180019ニオイバンマツリが咲き始めた。

 2mほどの低木。原産地は南米で、日本には明治期に渡来したらしい。2年前に思い切って枝を刈り込んだが、今年はまたいい具合に延びてきた。ちょうど今ごろ紫の花が次々と咲き始める。花は数日で藤色になり、さらに次第に白く変わっていく。紫陽花のようにその微妙な変化が美しく、遠目で見ると毎日色合いが違って見える。

 独特の芳香は夕方になるといっそう強くなる。この心地よい季節、部屋に充満する花の香りを楽しみながら、空豆をつまんで冷たいビールを飲む。

 開け放った窓から隣家の団欒の声、裏からはナイター中継が聞こえる。そして風向きによっては、はるか遠くから電車の音までが伝わってくる。

 風薫る5月。どうかすると初夏のような汗ばむ日中よりも、ボクはこんな爽やかな夜にイヌと散歩するのが好きだ。

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2008年4月22日 (火)

歩け!歩け!

 初夏を思わせるような陽気。

 先日ある有名な運動生理学者の講演を聴いた。彼の話によると「とにかく歩くことが大切だ」という。食べて飲むのは構わないが、それ以上に運動しろという。なるほど道理。にわかに洗脳されて、それからは努めて歩くようにしている。エスカレーターも極力使わず、5階くらいまでならエレベーターにも乗らない。

 ということで、今日は心斎橋に出た帰りに地下鉄を2駅分ほど歩いた。爽やかさを通り越して、日陰を選ばないと首筋が汗ばむほどの暑さだ。

 ようやく淀屋橋から京阪電車に乗ったら、いつもより人が多い。そういえば今日は造幣局の通り抜けの最終日。時間もあったので、ついでに寄り道することにした。

 2008422天満橋で降りて大川を渡るあたりから数珠つなぎ。好天に恵まれて、思ったより花見客が多い。年輩のカップルや女性グループのほか、地方からの団体客なのか耳慣れない訛りが聞こえる。

 ここのサクラは遅咲きの八重桜。平日の昼間だからゆっくり観られるかと思ったが、押すな押すなの大盛況。満開の花弁が垂れ下がる大樹の前にはデジカメを構える熟年夫婦やケータイを振りかざす若者たち。外国人観光客の姿も目立つ。

 そんななか、30分ほどのんびりとサクラを鑑賞して事務所に帰ってきた。合計すると1時間ほど歩いたことになる。ということで、今宵は少し多目にビールを飲んでも許してもらおう。

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2008年4月 6日 (日)

八幡の花見

 いっぺんに暖かくなってきた。

 天気予報では好天もこの週末限りらしい。ということで、昨日は花見に出かけた。

 200846行楽客であふれる京都市内を避けて、八幡市で途中下車。ケーブルカーで石清水八幡宮に参拝した後、淀川の河川公園に行ってみた。この背割堤地区というのはサクラの隠れた名所。淀川の堤防沿いに1.4キロに渡ってソメイヨシノが咲き誇る。

 洛中のように古寺名刹もなく、老舗の土産物屋もない。ただただサクラのみ。それだけに見ごたえがある。最近は火を使うバーベキューなど禁止のところが多いが、ここはそんな面倒な規制はないらしい。あちこちで、車座になって宴会をしている。昼間の花見酒で度が過ぎたのか、千鳥足の人たちもチラホラ。ウグイスの鳴き声も聞こえて、のどかな春のひととき。

 八幡市観光協会の小冊子を読んでいたら、松花堂弁当は八幡市の松花堂で生まれたらしい。ゴボウを穴子で巻いた八幡巻きもこの地が発祥。時代劇のロケでよく使われる流れ橋は、木津川にかかる日本最長級の木橋。近くに住んでいても知らないことが多い。

 もっとも、子供たちは花より団子のクチ。帰りは樟葉のイタメシ屋で生パスタを食べてご満悦。風流心のないヤツはこれだから困る。とはいっても、こちらも赤ワインを堪能して帰ってきたが…

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2008年4月 4日 (金)

春の朝

 久しぶりに車で出勤。

 渋滞を避けて 6時に家を出る。これくらいの時間なら事務所まで40分ほど。青空が広がって心地よい。ここ数日の暖かさであちこちでサクラが満開。 今晩あたりは夜桜見物で賑わうだろう。

 今日は二十四節気の1つの清明(せいめい)。万物が清々しく明るく美しい頃だそうだ。

 上田敏の名訳『海潮音』に、ロバート・ブラウニング『春の朝(あした)』という作品がある。

  時は春、
  日は朝(あした)、
  朝(あした)は七時、
  片岡(かたをか)に露みちて、
  揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
  蝸牛枝(かたつむりえだ)に這(は)ひ、
  神、そらに知ろしめす。
  すべて世は事も無し。

 ちなみにブラウニングの原詩は、
  The year's at the spring
  And day's at the morn
  Morning's at seven
  The hill-side's dew-pearl'd
  The lark's on the wing
  The snail's on the thorn
  God's in His heaven
  All's right with the world

 戦前の教科書に出てくる有名な詩で、当時の子供たちは暗誦させられたらしい。

 さすがにボクらの世代にはちょっと古臭い響きがする。でも、田舎の平和な早春の情景が目に浮かぶ。いい時代の素敵な詩だと思う。

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2008年3月11日 (火)

東風吹かば

 いっぺんに春がきた。

 今日の大阪は桜でも咲きそうな陽気。車のエアコンをオートにしておくと、いつの間にか冷房に切り替わっていた。

 目が痒い。ノドがいがらっぽい。クシャミが止まらない。花粉と黄砂が容赦なく舞うこの季節は、年中でいちばん苦手だ。

 春先に東から吹く風を東風(こち)という。大宰府に左遷される菅原道真が、自宅の梅に思いを残して「東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」と詠んだその梅が、道真を慕って太宰府まで空を飛んできたという飛梅伝説。

 梅の香りならいいが、花粉を運んでくる風は勘弁願いたい。また東風ならまだしも、大陸からの偏西風となると砂漠で巻き上げられた黄砂まで乗せてくる。

 春霞なら風情もあろうが、砂漠化の進行で黄砂は年々増える一方。洗濯物を汚すだけでなく、健康や環境への影響も気になるところ。大阪でも数日前の空が黄褐色に見えたのは黄砂のせいだとか。

 男子マラソンの世界記録保持者 ハイレ・ゲブレシラシエ(エチオピア)が北京五輪への欠場を正式に表明した。女子の世界記録保持者 ポーラ・ラドクリフ(イギリス)も中国の大気汚染対策として、呼吸の障害にならない特殊マスクを着けて練習しているらしい。

 迷惑な国だ。空気もそうだが選手たちの口に入る食べ物は大丈夫なのか。いちばん不気味なのは徹底した情報管理と秘密主義。日本やアメリカがデータ提供を求めても、自国に不利なものは一切開示しない。

  選手に敬遠されたり、マスク姿で出てこられる大会が、スポーツの祭典にふさわしいとは思えない。勝ち負けも大事だが、みんな元気で帰ってきてほしい。

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2008年3月 7日 (金)

早春の一日

 3月とはいえ、まだ朝晩は寒い。

 日は少し長くなったが、朝刊を取りに出ると真冬の冷気が頬に凍みる。まだ温まっていない部屋で、味噌汁から立ちあがる湯気を嗅ぎながら、椀を両手で握って暖をとる。

 玄関を出たところで、裏のヤブからウグイスの鳴き声が聞こえた。あの「ホーホケキョ」というのはメスへの求愛の声だとか。一昨日は啓蟄。地中の虫も動き始める。動物の世界では一足先に本格的な春。

 駅の売店で週刊誌を買って、いつもの通勤特急に乗る。座れはしないが、時差出勤をしているので新聞や週刊誌はゆっくり読める。東京にいた頃には考えられなかったことだ。

 事務所に着いて、のんびりとコーヒー。でも最近はボクが朝早いことを知っている人が増えてきて、8時になると電話が鳴り始める。

 必要な書類をカバンに詰めて、9時前にはあわただしく車で出発。今日は新御堂筋を北に向かう。いつものラジオ番組から耳慣れたキャスターの声。こうして車の中で時事ネタを拾う。

 午前中の仕事を終えて、ちょっと遅めの昼食。回転寿司のカウンターに陣取って、お茶を入れながら何から食べようかと考えている。情けないが、こんな時間が頭を真っ白にしてホッとできる瞬間。

 夕方事務所に帰ったら、妹の長男から吉報。難関のK医大に合格したらしい。こぼれるような笑顔が目に浮かぶ。もうあの子が大学生か。自分も年をとるはずだ。

 夜は喪服に着替えて、同業の大先輩のお通夜に参列。89歳で天寿まっとう。祭壇の遺影がほほえんでいる。ご家族にも涙はなかった。思い残すことのない人生だったのかもしれない。いつか自分が死ぬときもかくありたいもの。

 帰宅して湯船にアゴまで深々と浸かりながら、今日一日を振り返る。目を閉じて、さまざまな人生を思う。そして風呂から上がって、ブログを書きつつ深夜のナイトキャップを一杯。長い一日が終わった。

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2008年2月29日 (金)

うるう年

 今年はうるう年。

 西暦でいうと4の倍数の年がうるう年。オリンピックの年でもあって覚えやすい。しかしこの例外(100で割り切れる年はうるう年でない)があるというのは、8年前の2000年に初めて知った。あのときはコンピューターの2000年問題とやらで騒いでいたが「大山鳴動して鼠一匹」。そしてあれからもう8年。歳月は早いものだ。

 さらにこの例外があるらしく、400で割り切れる年はうるう年。それにしても、いったいどんな構造のアタマの主がこんな規則を見つけて計算するのだろう。

 昔の上司で、本当に2月29日生まれの人がいた。「オレは4年に一度しか年をとらない」と自慢していたが、公的な年齢は3月1日で加算していくとか。

 簡単にいうと「季節が一巡りするのにかかる時間が365日ちょうどではなく、365日と約4分の1日」ということ。調べてみたら、太陽が春分点を出発して再び春分点に戻ってくるまでの長さが約 365.24219日で、このズレをうるう年で調整しているらしい。

 難しい理屈はともかく、ボクなどはこの繁忙期を1日余計に使えるというのはすごくトクをした気分。商売をしている人なら、同じ家賃を払って営業日数が1日増えるというのはありがたい。逆に月給をもらってる人は、1日タダ働きさせられるような感覚かもしれない。月末の金策に走る輩はちょっと余裕があるかも。

 つまらぬことを考えていたら、そのオマケの1日が終わってしまった。

 さて明日から本当の3月。

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2008年2月24日 (日)

寒の戻り

 暖かい日が数日続いたと思ったら、また真冬に逆戻り。

 昨夜は小雪が散らつく中、首をすくめて帰宅。日付が変わる頃に、家で風呂に浸かりながら窓を開けたら粉雪が舞っている。天気予報は各地で雪マーク。

 そして今朝起きたら、我が家の回りは一面の銀世界。道路のアスファルト以外は見事に真っ白。次女が目を覚ましてきて、庭に積もった雪を見ながら歓声を上げている。

 家を出て、転ばないように注意しながら駅に向かう。雪の日曜日の早朝。まだ街は深い眠りから覚めず、人も車も極端に少ない。

 通勤電車の車窓からは、いつもとは違う雪景色。配送のトラックが雪まで載せて走っている。大きなガーデニングショップは早朝から社員が総出で雪払い。商品が枯れてしまったら元も子もない。

 雪空は低く重たい。北国の人たちには笑われそうだが、こんな日が毎日続くと心まで塞いでしまう。寒いのは耐えられても、鬱陶しいのは苦手。ボクは冬の澄み切った青空が好きだ。

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2008年2月21日 (木)

春の気配

 いきなり暖かくなった。

 朝、家を出る頃は寒かったが、10時前から気温が上がり始めた。

 車を運転していても、エアコンの効きがいいからすぐに分かる。ラジオの天気予報は、3月下旬の暖かさだという。週末には寒の戻りがあるらしいが、これからは三寒四温。春はもうすぐそこまで来ている。

 寒いのはあまり苦にならないが、この早春という季節は苦手。花粉症ということもあってか、トロンとした暖かさは好きではない。毎年この時期は繁忙期。仕事をなるべく早めに片付けているのは、身体が暖かさで弛緩する前にケリをつけてしまいたいという本能が働くのかもしれない。

 ちょうど昼過ぎに長居公園通りを通った。公園のほうに目をやると空高く野鳥の群れが飛び交う。遠目でよく見えないが、ウメの蜜を狙うメジロか、大食漢のヒヨドリかもしれない。

 信号待ちをしていたら、熟年カップルがゆっくりと横断歩道を渡っていく。その脇を、テニス姿の女性グループが足早に抜き去っていく。消えていく先は向かいのファミレス。みんな表情は柔らかく、若やいで見える。どことなく春の気配…

 さて2月もあと1週間。

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2008年2月19日 (火)

冬の星座

 このところ、帰宅するのはだいたい夜中。

 ちょうど日付が変わるくらいの時間に、冷たい夜風で頭をクールダウンさせながら家路を急ぐ。

 Seizahuyuふと夜空を見上げると、凍てつくような漆黒のはるか彼方に冬の星座が輝いている。

 おそらくこの季節は、一年中でいちばん星座がわかりやすい時期。大阪の郊外でもきれいに星が見える。最近次女と一緒に勉強したから、ほとんどの星の名前は諳(そら)んじられる。

 まずはオリオン座。左上の赤い星がベテルギウス、右下の青白い星がリゲル。そしてオリオン座のまん中にある三ツ星を下にたどってゆくと、シリウスが燦然と輝いている。「焼き焦がすもの」という意味のこの星は全天で最も明るい。肉眼で見える一番近い星だそうだが、それでもこの地球から 8.6光年。そんな悠久の時間に比べると、我々の日々の営みはいかにも小さい。

 近所の家の子供部屋の電気が消えた。遠くから風にのって電車の音が聞こえてくる。大きく深呼吸。もう我が家はすぐそこ。 

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2008年2月 9日 (土)

大雪

 大阪で11年ぶりの大雪。

 200829なんとこんな日に、3連休を利用して長女は香川県までテニス遠征。なんばの高速バスターミナルに7時集合だという。夜明け前に家を出て、妻に最寄り駅まで送ってもらう。その後は一緒に電車を乗り継いでなんばまで。集合場所で仲間の姿を見つけると、こちらを振り返りもせずに小走りでその輪の中に消えていく。家族に見せるのとはまた違う表情。こうして子供は大人になっていく。ホッとしながらも、どこか寂しい。親とは複雑な生き物である。

 そのまま事務所に出勤。今日はたまった書類の整理をする予定。

 朝から降りだした雪が、大阪市内でも昼前には積もり始めた。昨夜無理して帰阪したのは正解。また今日たまたま外出予定を入れてなかったのはラッキーという他ない。バスがタイヤチェーンを巻いているのには驚いたが、だいたいボクなどは雪道を運転した経験がない。

 こんな日は早々に店じまい。家に帰ったら、真っ白な庭にマロンの足あとが残っている。玄関には次女が作った小さな雪だるま。ゆっくりと風呂で温まって、今宵は早めに床に就く。

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2008年2月 3日 (日)

節分

 今日は節分。

 朝起きたら、夜半からの雪がみぞれに変わっていた。テレビをつけると、東京都心でも3センチほどの積雪だとか。日曜日だから、通勤の混乱は心配ないだろう。

 いつもと同じ時間に家を出て、コートの襟を立てて駅に急ぐ。吐く息は白い。青空駐車場の車やトタン屋根には、湿って重そうな雪がうっすら積もっている。

 駅でスポーツ紙を買ったら、他にたいしたネタがないのか、プロ野球のキャンプ便りばかり。球春という活字があちこちに躍る。

 いつもこの季節に思うのは、日本というのは北から南まで伸びて広がった国だということ。オホーツク海が流氷で埋め尽くされ、札幌で雪まつりが始まろうとするこの時期に、沖縄ではもうヒガンザクラが咲いて、プロ野球のキャンプがスタートしている。

 さっきから両方の映像を見比べて考えている。どっちに行きたいかと聞かれたら、どう答えようか…暖かい南国もいいけれど、やはり冬は寒いほうがいい。

 最果てのどこかの海っぺりの漁師宿で、コマイの干物なんかを肴に熱燗でもチビチビやりながら、荒れる冬の海を見ている。店には若い頃の倍賞千恵子みたいな女将がいて、ラジオからは八代亜紀の『舟唄』。う~ん どこかでありましたね。高倉健の世界かな…

 さて「鬼は~外…」

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2008年1月23日 (水)

冷たい雨

 5時半過ぎに目が覚めて、郵便受けの朝刊を取りに出る。もちろん外はまだ真っ暗。空からは冷たい霧のような雨。湿った庭が外灯の照り返しで光っている。

 我が家ではたいてい朝はボクがいちばん早い。リビングの暖房を入れてテレビをつける。渋谷からの中継画像。東京は雪景色だ。

 『冷たい雨』という曲があった。

 ハイファイセットで有名だが、もともとはユーミンの曲。いろんなアーティストがカバーしていて、これほど歌い手によって印象の違う曲も少ない。

 最初にこの曲を歌っていたのはバンバンだったと思う。大学の専門課程に上がった頃、『いちご白書をもう一度』がヒットしていて、そのB面がなぜだかこの『冷たい雨』だった。

 自分がそのレコードを持っていたから知っているだけで、B面ゆえ話題にもならなかった。それがしばらくしてハイファイセットが歌い出すと一躍有名に。もちろんユーミンのLPにも収録されているが、ハイファイセットのみずみずしい透明感には敵わない。

 あの頃の歌にはストーリーがあった。
 恋人とケンカして雨の街をさまよった女性が、もういい頃だと思って彼の部屋に戻ると、玄関先には別の女性の靴が。それを見て別れる決意をして去っていく。

 その後上京してからも、自分の部屋から新宿副都心の夜景を眺めながら、何度も聴いた曲。さすがにあの頃のLPはみんな処分してしまって手元にはないが、都会的で洗練されたコーラスはハッキリと耳に残っている。

 とくに最後のフレーズは印象的。大都会でひとりで生きていく女性のたくましさと寂しさを感じるが、カラっとしているところがまたいい。
  彼女の名前 教えないでね
  恨む相手は あなただけでいい
  涙こぼれるように 時もこぼれてゆくわ 
  指と指のすきまを
  そしていつか忘れたい

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2008年1月 4日 (金)

年賀状を見ながら

 今日から仕事始め。

 新たな気持ちで新年度のスタートと言いたいところだが、とりあえずは年賀状に目を通してチェックするだけで半日つぶれてしまった。

 4、5年前までは、家族の写真入り年賀状が多かった。それがここ数年だんだん減ってきて、今年はわずか10枚ほど。子供も大きくなったり独立したりで、差出人は夫婦だけか本人ひとりというのも増えてきた。なかには家族に見放されて本当に独りぼっちになったのもいるかもしれないが、そこまでは推測できない。

 肉筆の添え書きを読むのは楽しい。懐かしい癖字を見ていると、書き手の顔まで思い浮かぶ。悪筆がいっそう進んでいるのは、何でもパソコンに頼って字を書かなくなったせいだろうか。

 自分宛のものはともかく、子供同士の年賀状まできれいに宛名印刷されているのには恐れ入る。なかにはまったく添え書きもない無味乾燥なものもあるが、子供らしくなくて首を傾げてしまう。

 近況報告でびっくりしたのは、高校・大学で親しかった友達が、一流銀行を早期退職して大学教授に転進したこと。思い切った決断だと思うが、短い挨拶文から本心を読み取るのは難しい。新天地での活躍を祈る。

 子供が就職したり結婚したり、なかには孫が生まれたという連中もいる。若い頃に披露宴に招かれた記憶があるが、いったいあれから何年経つのだろう。

 うれしそうに赤ちゃんと一緒に写真に収まっている同級生がいた。孫ではなく自分の子供だというから驚く。可愛くてしかたがないみたいだが、それにしても還暦でようやく小学生。人生イロイロである…

 こんなことをしているうちに、短い日が暮れる。

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2008年1月 2日 (水)

謹賀新年

 新年おめでとうございます。

 昨夜遅くに帰宅。さすがに常夏の島との温度差はこたえる。

 時差の関係で今年は年越しをした気がしない。日本で紅白歌合戦が始まった頃、ちょうどハワイは30日の深夜。部屋で遅くまでワインを飲みながらNHK放送を見ていたが、残念ながら紅白の生中継はなし。翌31日午後の飛行機に乗って、関空に着いたのは元旦の夕方。いつの間にか年が明けていて、カウントダウンを経験しない不思議な新年を迎えることになった。

 帰りの便は大半が日本人で、狭い機内は一種の安堵感で満ちている。わずか1週間だが、肌の色も服装も言葉も違うさまざまな人たちに接してきた。異なるものが共存することで、社会全体に緊張感や優しさが生まれる。欧米人は、見知らぬ他人に対しても笑顔や挨拶など最低限の配慮を欠かさないが、これは異質な人々が共生する社会で自然に身についた処世術かもしれない。だから個性を大切にする風土が芽生える。

 それに比べてわれわれ日本人は、均質社会に甘えている。相手は自分と同じ感性を持っているはずから、自分を理解してくれるのは当たり前。でも、どうやらそれは狭い島国だけでの常識のようだ。

 地球全体がグローバル化する中で、他人との距離のとり方も考えなければならない。関空で預けた車を受け取って阪神高速を運転しながら、ふとそんなことを考えていた。

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2007年12月25日 (火)

メリークリスマス♪

 メリークリスマス!

 今日の午前中で仕事納めで、午後から長期休暇に入っています。年末年始は少し充電してくるつもりです。

 皆さんお健やかに良いお年をお迎え下さい。

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2007年12月24日 (月)

追い込み

 今日はクリスマスイブ。朝からクリスマスカードならぬ年賀状を書いている。

 事務所から出す仕事関係のものが150枚ほど。個人的なものはもう少し多いから、合わせたら300枚を越える。

 宛名書きはすべてパソコン住所録から打ち出して、裏面は相手に応じて異なる図柄を印刷する。

 仕事でお付き合いしている方とは始終顔を合わせているから、申し訳ないが添え書きは省略。しかし、プライベートな賀状を出す相手には、ひと言書き添える。もう10年以上ご無沙汰している人もいるし、なかには高校卒業以来一度も会っていないのに、年賀状だけ続いている友達もいる。

 こんな相手にこそ、気のきいた近況報告でもすればいいのだが、
 「ご無沙汰しています。お元気ですか」
 「今年こそ会いたいですね」
などと、毎年つまらないことしか書けない自分がイヤになる。

 よもやそんなことはあるまいが、過去に自分が出した賀状がすべてファイリングされていたとしたら、何の進化もない何十年もの道程が白日に晒されるようで汗顔の至り。

 何を書こうかと考え始めると、なかなか進まない。しかも、最近はペンを持つ機会が減ったためか、とみに手が遅くなった。

 明朝には投函しないと、元旦に間に合わないらしい。時間がない… こうしてまた、つまらない添え書きのオンパレードとなる。

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2007年12月22日 (土)

冬至

 今日は冬至。

 二十四節気のひとつで、この日に北半球では太陽の高さが最も低くなり、昼がいちばん短く逆に夜が長くなる。

 たまには早く帰って柚子湯にでも入ろうかと思っていたら、夕方から来客があって、結局その人たちと一緒に近所の焼き鳥屋へ。

 店は満席で、威勢のいい店員の声が響き渡る。テーブル席に陣取って、まずは生ビールと焼き鳥を適当に注文。ボク以外の2人は健啖家で、3本ずつ出てくる焼き鳥はどんどん胃袋に消えていく。ビールだけは同じペースで飲めるが、さすがに食べるほうは追いつかない。途中でいさぎよくあきらめて、飲む方に回ることにした。

 最後は焼酎に変えて、冬至にちなんで柚子割りにしてもらった。たしか柚子は中風(脳卒中)にならないという言い伝えがあったはずだ。

 9時過ぎにお開き。外に出たら朝からの冷たい雨がまだ止まない。傘を広げて駅に向かう。「冬至に天気が良ければ翌年は豊作」という話を聞いたことがあるが、さて来年はどうなることやら。

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2007年12月20日 (木)

忘年会

 そろそろ忘年会も終盤戦…

 ちょっと今年は減らしたつもりでも、手帳のマークを数えたら6回。相手は仕事仲間が多い。しょっちゅう顔を会わせているのだから改めて集まることもないのだけど、それでも誘われたら断るわけにもいかず。

 今年は途切れてしまったが、学生時代の仲間で集まるのもいいものだ。年に1回くらいだと、相手の微妙な変化が感じ取れたり、自分自身への励みになったりもする。

 いつも同じ池の中に、しかもドップリと浸かっていると、世間の荒波に気づかなくなるものだ。たまには他流試合に出向いて、ヨソの社会を覗いてくるのもいい刺激になる。

 40歳で会社を辞めて今の仕事についた当初、見るもの聞くもの触れるものがすべて新鮮だった。そしてそのとき痛切に感じたのは、自分が長年身を置いた大企業というのはいかに平板で恵まれた社会かということ。

 それから早13年。おかげで仕事にも慣れたが、その狭いカラに安住してはならないと自戒している。

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2007年12月13日 (木)

年賀状

 そろそろ年賀状を作らねば…

 すでに子(ね)年バージョンのソフトは父が買ってきている。万事に手回しのいい父の年賀状はすでに完成していて、あとは印刷するだけ。

 我が家もかつては、子供たちの写真が入った家族4人連名の年賀状を作っていた。ところが長女が中学に入ったとたん、自分ひとりの年賀状を作ると言い出した。姉のマネをして、今年は次女も脱退。ボクも仕事用は別に作るから、従来型の写真入りタイプは妻が使うものだけ。

 子供のくせに名前までパソコン印刷した年賀状はないだろうと思っていたら、手書きの賀詞と住所氏名をスキャナで読み込んで、パソコンで合成するのだそうだ。そうすれば手作り風の年賀状を大量生産できる。エライ時代である。

 遠い記憶をひも解くと、ボクが小学生の頃は彫刻刀でイモ版をよく作った。彫り終えたらペッタンペッタン。絵の具の適量が分かるようになった頃にはもうおしまい。ストーブの回りで乾かした年賀状はみんな反っていて、手作りならではの出来不出来があった。彫刻刀でケガをした指で、苦労して宛名書きをしたのも懐かしい思い出。

 ああいう素朴な年賀状も味があった。近頃は版画やあぶり出しなんてとんとお目にかかったことがない。

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2007年11月30日 (金)

楷の木

 今日で11月も終わり。

 ここ半月ほどの間に急に朝晩の冷え込みがきつくなり、大阪市内の街路樹もあわただしく紅葉を始めた。色とりどりの木の葉が残照に透けて輝きを放つ瞬間というのは、いつもながら幻想的で美しい。

 20071123しかし今年は御堂筋のイチョウ並木を一度車で通り抜けただけで、ゆっくり楽しむ余裕もなかった。一般に紅葉といえば、そのイチョウかモミジ。楷(かい)の木といっても知らない人が多いだろう。

 孔子が好んだことで知られる楷の木は、中国・山東省の孔子廟、東京の湯島聖堂や備前市の閑谷学校など儒学にちなむ場所に植えられている。

 ウチから車で20分ほど離れたところに、王仁(わに)塚というのがある。大陸から漢字や儒学を伝えた王仁博士を顕彰した史跡で、そこに10年ほど前に楷の木の苗が植えられた。

 数年前に訪れたときはまだ幼木だったが、この間のニュースで見たら5m近くに育っている。楷の木の紅葉は大半が黄色に染まり、一部は橙(だいだい)から紅に変化して豊かな色合いを見せる。若い頃に一度だけ湯島聖堂で見たことがあるが、夕日を浴びてきらめく楷の葉には品格があって、そう思うせいか何となく「学問の木」にふさわしい。

 先週、雑誌のグラビアで閑谷学校の紅葉を見た。ここの楷の木は、孔子廟から持ち帰った種子を成長させたという特別な血統書付きだが、それは別としても落ち着いた立派な佇まいである。一度本物を見てみたい。

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2007年11月 5日 (月)

秋深し

 残暑の長引いた今年の秋。霜月になって、朝晩かなり冷え込むようになった。

 この半月ほどの間に、一気に季節が動き始めた。湿り気を含んだ早朝の冷気には、秋色の小さな粒がたくさん詰まっている。我が家の2階のバルコニーは前面が開けていて、はるか遠方の山並みが望める。そこからボンヤリと遠くを眺めながら、季節の香りを胸深く吸い込むのが休日の朝の日課。

 最近、家族で休みを合わせることがだんだん難しくなってきたが、一昨日はたまたま子供たちも予定がなかったので、ちょっと車を駆って遠出してきた。行楽日和の連休で郊外に向かう車が多い。インターネットで調べた渋滞情報を頼りに、カーナビに迂回路を探させる。便利な時代になったものだ。

 中国道からちょっと山中に入ってみた。木陰に足を踏み入れると少し肌寒いが、雑木林にもまだ紅葉の気配はない。厳しい残暑の影響で、例年より1週間から10日ほど遅れているらしい。

 それでは例年とはいつごろなのか。そう思って気象庁のデータを覗くと、50年前に比べて紅葉の見ごろが全国平均で2週間も後ろにズレている。その一因は地球温暖化。このところ世界中で異常気象による干ばつや熱波、集中豪雨などの被害が相次いでいる。

 日本は季節の変化を楽しめる国のはず。しかしこれ以上温暖化が進むと、いっそう冬は短くなって四季のバランスが歪む。そのうちに、クリスマスソングを聞きながら、いや お節料理を摘まみながら紅葉狩りなんていう時代が来るかもしれない。

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2007年10月23日 (火)

短い秋

 残暑が厳しいと思っていたのは、つい数週間前の話。

 ところがここ数日は朝夕もめっきり涼しくなって、早くも冬の訪れを予感させる。いちばん好きなこの季節を、もう少しゆっくりと楽しませてほしいのに。

 今年はいつまでも夏のスーツを着ていたが、さすがに今週から秋冬物に衣替え。とはいっても、クロゼットに掛かっている夏物を、クリーニング用の大きな袋に無造作に入れるだけ。空いたハンガーには、代わりにクリーニングから戻ってきた秋冬物をぶら下げる。あとは半袖のポロシャツや短パンをしまって、セーターやコートの類を出す。このあと1週間ほどは防虫剤の香りが家に立ち込めている。

 ボクの仕事はこれでおしまいで、モノの30分もかからない。しかし衣装持ちの妻や子供たちは半日仕事で、出したり入れたり着てみたりと、優雅に楽しんでいる。

 こういう日はさっさと自分の仕事だけをすませて、ひとりでリビングのソファーに寝そべっている。ゴルフ中継を見ながら缶ビールを飲んでいるうちに、いつの間にかウトウト。気がついて時計を見たらもう4時すぎ。秋の陽は遥か西の空へ傾こうとしている。

 窓を開けると、夕方の冷気が頬にあたる。はるか上空にはウロコ雲。その下をカラスが数羽、ねぐらに帰っていく。われわれ人間もそろそろ人恋しく、熱燗が恋しい季節である。

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2007年10月15日 (月)

コスモス

 毎月半ば頃に、仕事で泉南方面まで出かける。

 車で1時間半ほど。ドライブがてらにハンドルを握るのはちょっとした気分転換になる。天気がいいと、金剛山、大和葛城山から二上山まで金剛連峰の稜線がくっきり見える。ボクはその遠景が好きで、いつも目にしっかりと焼きつけて帰ってくる。

 毎日見ていると気づかないことでも、月に1回だと確実に季節の変化が見てとれる。先月はまだ稲穂が青々としていたのに、もうすっかり稲刈りまで終わってしまった。近ごろの稲刈りはコンバインを使うから藁の山もない。殺風景な田んぼの道端にエノコログサだけが秋の陽を浴びて光り輝いている。

 ちょうどラジオから『秋桜』が流れてきた。
 Cosmos02
 往年の山口百恵の名曲。明日嫁ぐ娘に、母親が幼い日の思い出をくり返して語る。庭先に揺れるコスモス。秋の陽だまりで、静かに最後の母と娘の時間をいつくしむ二人。

 歌を聴いていて、これほどその情景がはっきりと思い浮かぶ曲も少ない。おそらくこの曲には、日本人の心象風景が映し込まれているのだと思う。

 イタリアから日本に来たのは明治の中頃。はじめはハイカラな花だったのだろう。それが秋桜などという和名をつけられて、すっかり日本に根を下ろしてしまった。

 この季節、少し人里を離れるとあちこちの休耕田に群生して競うように咲いている。でもあの曲のイメージが強すぎるのか、この花の居場所は縁側から見える庭先がいちばん似合う気がする。

 久しぶりにじっくり聴くとやはり名曲。思わず口ずさんでしまう。どこかにCDあったかな・・・ 

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2007年10月10日 (水)

秋の気配

 さすがに10月の中旬ともなれば、秋の気配・・・

 毎朝6時に目覚ましをセットしているが、たいてい5時半には目が覚める。朝刊を取りに外に出ると、夜明け前の冷気が肌寒い。門灯を消してから、誰もいないリビングに電気をつける。ゆっくり朝刊に目を通していると、東の空が白み始める。

 ちょうど妻が起きてくるのが6時ごろ。そしてボクが食事をすませる時分には、子供たちが部屋から出てくる。もうその頃には、さっきまでの静けさはどこへやら。

 駅まで歩いて10分ほど。暑くもなく寒くもなく、これから1ヶ月ほどがいちばん心地よい季節。どこからか金木犀の甘い香りが漂ってくる。通勤電車の車窓から生駒連峰の山並みを望む。澄み切った青空に稜線がくっきりと浮かび上がっていて、凛とした佇まい。ついこの間までの夏景色とは明らかに違う。

 街角のショーウィンドーは秋冬物であふれている。運動会に文化祭、気の早い情報誌はもう紅葉狩り特集。グルメ本が書店に山積みしてあるのは行楽の秋・食欲の秋というところか。ラーメン屋ではいつの間にか『冷麺(冷やし中華)』のメニューが下げられてしまい、訪問先でもアイスコーヒーを出していただくことがなくなった。

 昨日ちょっと遠出したら、ススキが穂を出しているのを見つけた。ひと仕事終えて車に戻る道すがら、長く伸びた自分の影に驚く。秋の日はつるべ落としで、もう家路に向かう頃はとっぷり日も暮れている。そろそろおでんや鍋物が恋しい季節。

 夕食の後、久しぶりにイヌの散歩に出た。夏場と違ってリードを引く力が強い。公園のベンチに腰を下ろすと、天空高くペガススが輝く。イヌに引かれるように小走りに帰宅したが、もう汗もかかない。湯船に浸かって窓を開けると、すぐ近くでコオロギが鳴いている。

 風呂上がりに長袖のパジャマ姿で、今日一日を振り返りつつゆっくりブログを書いている。もうすぐ日付が変わる。

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2007年8月17日 (金)

ウロコ雲

 最近は、他人(ひと)に会うと猛暑の話ばかり。

 昨日は熊谷市と多治見市で 40.9度と、ついに日本記録を塗り替えたらしい。大阪も 38.1度だったから体温より高い。日本列島全体を熱気流が包み込んでいるようだ。

 若い頃に上海で40度を超える暑さを経験したことがあるが、あのときはもっと蒸し暑く感じた。家にはエアコンなんてないから、日が暮れるとみんな戸外で涼をとる。真直ぐに歩けないほど歩道にイスが並んでいて、むせ返るような人いきれ。上海雑技団を観た帰り、路地裏で生ぬるいラムネを買った。道ばたで寝そべる人たちの白い下着姿が夜陰に浮き上がる。その横にはウラびれたネオン看板、飲食店の排気口から残飯の饐(す)えたような臭いが漂う。上海の夏は暑い。

 調べてみたら、世界最高気温はバスラ(イラク)の 58.8度だとか。聞いただけで気が遠くなりそうだが、そんなところでの暮らしなど想像もつかない。
 2007817
 今日も暑くなるだろうと覚悟して玄関先から空を見上げたら、入道雲は姿を消していた。澄みきった高い青空にウロコ雲が広がって、その先に巻雲がたなびく。もう暦の上では秋。このうだるような暑さもあと少し。それまでもうちょっと頑張ろう。

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2007年8月16日 (木)

五山の送り火

 昨夜、ソファから立とうとして腰をギクっとやった。

 湿布をして早めに床に就いたが、ひと晩経っても痛みは引かない。家から駅まで歩いて10分ほどの距離なのに、妻に車で送ってもらった。背筋を伸ばして立つと疼痛が走るので、準急でゆっくり座って出勤。若い頃から腰など一度もやったことがないのに情けない。

 ということで、朝から事務所の近くの病院へ。ボクよりひと回りほど若そうな整形外科医は、レントゲン写真を見ながら、
 「骨には異常ありませんね。筋肉性腰痛です。」
と丁寧に解説してくれる。要は加齢による筋肉の損傷で、あまり無理をするなということらしい。自分の腰骨の写真など初めて見たが、ボクはこうして画像を見ながら説明を聞くのが好きだ。 
 Dai
 今日8月16日は『五山の送り火』。
 祇園祭とともに京都の夏を代表する風物詩で、昔の人たちは燃えさかる炎に夏の終わりをみたという。それが今ではすっかりお盆休みの観光行事になって、どこへ行っても人・ひと・ヒト。長い夏の日がとっぷり暮れた頃から順番に点火されて、待ちわびた見物客たちからいっせいにどよめきが起こる。

 両親が友達夫婦と鴨川の川床で食事をするといって、夕方から京都に出かけていった。ボクも子供たちに見せてやりたかったが、こんな体調ではとても無理。

 家で食事をしながら、五山の送り火の中継を見ていた。10年ほど前に出町柳の橋の上で人の波に押されて、進めず戻れず立ち往生したことがあったが、あれから妻は行きたがらない。最近は商業主義も過熱の一途で、風流とはほど遠い。ウチでのんびりとテレビ見物しているのが、いちばん気楽でいいというのは負け惜しみか。

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2007年8月15日 (水)

終戦記念日

 今日は終戦記念日。

 お盆休みで、家で高校野球を見ていたら、ちょうど正午に黙祷が始まった。でもそれで初めて気づくというのは、幸いにして戦争体験がないからだろう。

 ボクの記憶では、お盆休みと甲子園と終戦記念日は3点セットみたいなものだ。ウチは両親とも大阪出身なので帰省はなかったが、よくお盆の頃に友達と甲子園へ高校野球を見に行った。今はどうだか知らないが、当時の外野席は子供はタダ。麦わら帽子と弁当と大きな水筒を持って、朝早くから出かけた。

 阪神電車は同じような高校野球ファンばかり。開門と同時に席取りに走るが、真夏の外野席には日陰はない。穴場は最上段の看板の下。ちょっとホームベースは遠いが、看板で陽射しがさえぎられて浜風も抜けるから多少は涼しい。

 甲子園名物のカチ割り氷を舐めながら、ほとばしる汗を拭って大声をはりあげる。その甲子園のスタンドで何度か黙祷を捧げた覚えがある。ということは、この終戦記念日に甲子園にいたということだ。お盆で学校のプールも休みだし、ウチにいてもうるさいから、多少の小遣いを持たされて高校野球を見に行かされたのかもしれない。

 しかしあの暑さは尋常ではない。しかもすさまじいスタンドの熱気。ジッとしているだけで身体中から汗がダラダラ噴き出してくる。まあ、直射日光のサウナにいるようなものだ。35度を越えると猛暑日とかいうらしいが、あの暑さを一度経験したらどんな暑さだって我慢できる。でも最近はすっかりヤワな身体になってしまって、同じ甲子園でもタマにナイター観戦に出かけるくらいが関の山。昼間の高校野球を見に行こうなどとは絶対に思わないが、頭の中まで真っ白になるようなあの暑さを懐かしく思う。

 今朝の毎日新聞に、あの終戦記念日の空はもっと青かったという特攻隊員の手記があった。同じ空をさまざまな思いで仰ぎ見る人たちがいることに改めて気づく。

 今年もエアコンのきいた部屋で甲子園の熱闘を見ている。せめて国際平和に思いを致すことで、幾多の英霊やご先祖サマにお許しをいただこうと思う。

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2007年8月12日 (日)

お盆の楽しみ

 ひと足先に夏休みをとったので、お盆休みといっても特に予定もない。

 子供たちは朝からハリーポッターを見に行くというので、ボクだけ出勤して両親と墓参りに行くことにした。通勤電車はふだんより空いていて、大きな荷物を持った家族連れが目立つ。ボクは幸いにして実家が近いので、帰省という大イベントがないことだけはありがたい。

 墓参りをすませて、日の高いうちに帰宅。ウチは最寄り駅から徒歩10分ほどだが、日陰を選んで歩いても、容赦ない灼熱地獄に首筋から汗がしたたり落ちる。歩いている途中で妻からケータイメールが来た。どうやらまだみんな帰っていないらしい。

 それじゃ昼間からウチでのんびり一杯飲(や)ろう。ということで、まずはエアコンを入れて部屋をギンギンに冷やす。そして大きめのグラスにクラッシュアイスをタップリ入れて、ジャックダニエルをちょっと濃い目に注ぐ。そこに炭酸水を満たしてレモンの輪切りを浮かべるのが好み。テレビをつけたらゴルフ中継。音声でセミしぐれを聞きながら、誰もいない涼しい部屋で寝転がってウィスキーソーダを飲むのが真夏の楽しみ。つまみは買い置きの生ハムとチーズがあれば充分。安上がりな男である。

 2杯目のお代わりを作ったあたりでウトウト眠ってしまったらしい。しばらくして子供の声で目が覚めた。やっぱり4人揃うとにぎやかだ。ずっと家にいたら身が持たない。お盆休みは事務所に避難して涼んでいるに限る。

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2007年7月22日 (日)

雨上がり

 梅雨明けが遅れている。

 雨上がりの日曜日。マロンと散歩に出た。時間があったので少し遠出してみたが、ここのところの雨のせいか、潅木の枝が伸びて緑豊かな吐息を発散している。舗装の割れ目からも草の匂いが湧き立つ。ニイニイゼミが合唱しているところをみると、もう本格的な夏の到来も近そうだ。早足で歩くと首筋から汗が迸(ほとばし)る。

 妻が次女を連れて実家に帰っているので、一昨日から長女と二人暮らし。その長女も部活の試合に出かけて、静かな休日の午後。

 例年の里帰りだとボクだけが留守番だから食事はほとんど外食ですませるのだが、今年は長女も残っているのでそうもいかない。

 昨夜はスーパーの寿司と惣菜ですませたが、今日は時間もあるから久しぶりにチキンカレーを作ってみた。これでも独身時代は多少の料理もできた