2008年6月28日 (土)

ポケットバーブック

 本棚の隅に、『ポケットバーブック』という薄くてコンパクトな本がある。

 辞書やら地図やらの隣に並んでいて、今でも月に1回くらいはパラパラと手に取って眺める。

 Cci00008執筆者はウイスキーライターのマイケル・ジャクソン(あの有名なミュージシャンと同姓同名)。たしか昨年の夏に亡くなって、新聞に小さな訃報が出ていた。

 奥付けに、昭和56年初版とある。社会人になって3年目。新宿の紀伊国屋書店で買った記憶がある。178ページで1,200円だから、当時としては高い本だ。

 “世界の酒/カクテル・ガイド”という副題がついている。酒の本は何冊か持っているが、これは無味乾燥な解説書にあらず。生き生きした筆致はユーモアと皮肉にあふれ、文才がほとばしる。読み物としても充分楽しめる。

 あちこちに、鉛筆でつけたチェックやマーカーの跡が残っている。まさか全部飲んでやろうと思ったわけでもあるまいが・・・

 しおり代わりに愛読者カードがはさんである。「牛込局承認 差出有効期間昭和57年12月」。あて先は倒産してしまった「鎌倉書房 第二書籍編集部」。

 遠の昔に絶版になっていて、ネットでは2万円弱で取引されている。もちろん売る気もないが、今となってはお宝らしい。

 破れかけた帯に、開高健のこんな書評がある。

  キックがある。ない。
  コクがある。ない。
  ノドごしがいい。わるい。
  飲める。飲めない。
  酔える。酔えない。
  そんな議論だけで酒を飲むのはさびしいことである。
  この本を一読してから飲んでごらん。
  突然、なにかが一変するよ。

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2008年6月 2日 (月)

「字のないはがき」

 たまに向田邦子の作品をパラパラと読み返す。

 『父の詫び状』『思い出トランプ』などの代表作もいいが、『字のないはがき』という短編が印象に残っている。戦争や家族愛という、今の子供たちには分かりにくいテーマをさらりと描いた佳品である。

 終戦直前に、彼女の父親はこれまで親元を離さなかった末娘を学童疎開に行かせる。その前夜、膨大なはがきに自分の宛て名を認めて、元気ならマル印をつけてポストに入れるよう末娘に言って持たせる。彼女はまだ字が書けなかったのだ。

 疎開初日は赤鉛筆の大マルでひと安心。しかしだんだんとマルが小さくなり、ついにバツに変わり、そしてとうとうはがきも来なくなった。

  心配した母親が疎開先を訪れると、末娘は狭い布団部屋で百日ぜきにかかって寝ていた。家に戻すことになったその日、家庭菜園のまだ小さなカボチャまで全部収穫して末娘を迎える。裸足で家を飛び出した父親は、末娘を抱きあげて声を出して泣いた。筆者は、厳格だった父親の泣く姿をはじめて見たと結んでいる。

 最近、この作品が中学の国語教科書に採用されていることを知った。短い文章の中に、戦争の悲惨さやそれに翻弄される家族の絆が浮き彫りにされている。心に響く名文だと思う。

 それにつけても、昔の父親は威厳があって、妻や子供たちからも一目置かれていたものだ。それに引きかえ…と妙なところで感心してしまう。

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2008年5月11日 (日)

「美しき自転車乗り」

 小学校の高学年くらいから、推理小説に夢中になった。

 始めは子供向けに書き直した『怪盗ルパン』や『怪人二十面相』などを読み耽った。そのうちにシャーロック・ホームズに行きつく。中学に入った頃からハヤカワミステリー文庫をシリーズで揃えて何度も読んだ。大学の教養課程ではコナン・ドイルの原作がテキストになったこともあって、もう一度読み返した。

 Holmes1今から20年ほど前だったと思う。NHKの海外ドラマとしてこのシリーズの放送が始まった。残念ながら見逃したものが圧倒的に多い(全部で41作品あるらしい)のだが、このときボクはジェレミー・ブレットという俳優を初めて知った。

 黒いフロックコートとシルクハットを身にまとって、ステッキを肩に当てながら軽快に早足で歩く姿、人差し指を唇に当てたり、手のひらを顔の前で合わせたりするのは原作のまま。何より、あの印象的な大きな灰色の瞳は、まるでシャーロック・ホームズを演じるために生まれてきた役者だとしか思えない。

 吹き替えの露口茂の声も渋くて良かった。相棒のワトソンは長門裕之で、アフレコとはいえ豪華キャスト。

 とても印象に残っているシーンがある。『美しき自転車乗り』(”Solitary Cyclist”)という作品で、イギリスの緑鮮やかな田園風景の中、若い家庭教師が颯爽とペダルをこいでいくのを、覆面をした不審な男が自転車でつけ回す場面。帽子を被った正装姿の女性が田舎道を自転車で走っている姿がいかにも奇妙で、ハッキリと頭の片隅に残っている。

 それに比べると、書物の記憶というのはあいまいなものだ。十代であれだけ耽読したホームズですら、今あらすじを覚えている作品はせいぜい5つくらい。

「百聞は一見に如かず」というが、いいか悪いかは別にして、視覚による映像はイメージを固定化してしまう。それに対して読書の楽しさは、想像力で行間を自由に膨らませすことができること。もちろんどちらも面白いが…

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2007年12月11日 (火)

「落日燃ゆ」

 『落日燃ゆ』(城山三郎)を読んだ。

 00429492 この作品は今年の春に亡くなった著者の代表作で、東京裁判で唯一の文民として絞首刑に散ったA級戦犯・廣田弘毅の生涯を描いたドキュメンタリー小説。

 「自ら計らわず」をモットーに激動の昭和を生きた廣田弘毅。地位や権力に恬淡としながら、逆にその無欲さゆえ首相の座に押し上げられたことは不幸なことだった。陸軍の専横をさらに増長させた軍部大臣現役制の復活など、廣田の失政を批判する声は今なお強いが、彼が首相に推輓されたときには既に文民統制などなく、時代のスケープゴートにされたといえなくもない。

 東京裁判では言い訳もせず、開戦を防げなかった責任を強く自覚して従容と死に向かう。しかし、日本中に狂気が渦巻いていたあの時代、誰が指導者であっても戦争を回避することは難しかっただろう。著者は廣田に同情的で東京裁判に疑問を投げかけている。それにしても、勝者が敗者を裁く東京裁判とはいったい何だったのか。

 たまたま昼に喫茶店でスポーツ紙を広げたら『阪神が優勝できなかったA級戦犯』という活字が目に入った。選挙で負けたら『戦犯探し』とやらが始まる。

 どうもこの言葉は、最近違った意味で使われている。本来は第二次大戦での戦争犯罪者という意味で、彼らは日本を誤った戦争に導いたことの責任を取らされたのだ。つまり戦勝国側からみた犯罪者であって、日本が戦争に負けた責任を被(かぶ)ったのではない。

 先の例でいうと、優勝した巨人のオーナーから「こんなに強いウチのチームに盾つくとはどういうことだ。責任者出てこい!」と呼び出されてお灸をすえられる阪神の監督が戦犯なのだ。何だかピンとこないけど・・・

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2006年4月17日 (月)

国家の品格

 ベストセラーの『国家の品格』(藤原正彦 著)を読んだ。

 日本は世界で唯一の『情緒と形の文明』である。国際化という名のアメリカ化に踊らされてきた日本人は、この誇るべき『国柄』を長らく忘れてきた。『論理』と『合理性』頼みの改革では、日本の荒廃を食い止めることはできない。いま日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義より武士道精神であり、『国家の品格』を取り戻すことである。

 というのがサワリの部分。著者は東大卒の数学者、右翼かと思わせるような国粋主義観がちょっと鼻につくが、視点は新鮮で面白い。たとえば、1500年という年をピンポイントにとると、文化的には東洋のほうがずっと優れていたらしい。その後、西洋にルネサンスや産業革命が起こり、欧米列強の近代兵器によってアジア・アフリカは武力支配される。しかし、5世紀から15世紀の中世を眺めると、ヨーロッパは王侯の抗争が続いていて、アメリカはまだ歴史にすら登場しない。それにひきかえ、当時の日本はすでに洗練された文化を持っていた。

 これからは日本の時代。欧米崇拝主義はやめようではないか、というのが本旨らしい。

 総論は賛成。でも、この本がこんなに売れるということは、我々日本人の琴線に触れたということ。裏を返せば、欧米にコンプレックスを持っている日本人がいかに多いかということを物語る。願わくば、これからは相手と同じ目線で、こちらの考え方もシッカリと主張するという上手な付き合いをしていきたい。その点 同じ東アジアでも、中国や韓国・北朝鮮の人たちは我々よりはるかに老獪だ。海に囲まれた単一民族国家で、しかも鎖国によって太平の夢を貪っていたことが災いしたかもしれない。でも、これからは我々の出番だというから、もっと自信を持ちましょうか。

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2006年4月10日 (月)

桜の森の満開の下

 先週末、調べ物があって中ノ島図書館に行ってきた。

 平均すると、毎月1回くらいはここの閲覧室やコピーコーナーに来る。高校時代から通い慣れた場所だが、この建物に一歩足を踏み入れると、三十数年前にタイムスリップしたような錯覚を起こす。いまだに、コピー一枚取るのにも『複写許可申請書』とかいう古色蒼然たる書類を書かされる。しかもその書類は、最近ではあまりお目にかかることのない藁(わら)半紙。ここでは時間はずっと止まったままで、職員は黙々と同じような単純作業をこなしている。でも、このカビ臭い空間には、ボクの青春時代の思い出がいっぱい詰まっている。何だかここに来ると、母親の胎内に戻ったような不思議な感覚にとらわれる。

 図書館を出たら、中ノ島公園は桜が満開。川風に吹かれながら少し夜桜見物をしていたら、ふと、坂口安吾の『桜の森の満開の下』という小説を思い出した。日本人が桜を愛でるようになったのは江戸時代以降からの風習で、それ以前は、桜の下に行くと気が狂うと恐れられていたらしい。そういえば、万葉集など古来の和歌集でも、花といえばたいてい梅のことだ。

 ボクがこの本を読んだのは高校時代。その後しばらくして映画化されたが、これはホラー映画より怖かった。盗賊(若山富三郎)が旅の京女(岩下志麻)を山中で襲って妻にする。ところが女は気が狂って生首を求め、盗賊はその言いなりになって毎夜人殺しを続ける。生首に囲まれた酒池肉林も狂気の沙汰だが、桜の森の中で、無数の花びらが雪のように舞い散る情景は無気味で幻想的。その中で、底知れぬ女の欲望と怖さを演じ抜く岩下志麻の圧倒的な存在感。

 それ以来、桜を見ると、ちょっと怖い! オンナはもっとコワイ!!

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2006年1月11日 (水)

「信長の棺」

 正月に、『信長の棺(ひつぎ)』(加藤廣)を読んだ。小泉総理が感動したことで有名になった本だが、ハードカバーで約400ページ。読み始めたら一気に最後まで読んでしまった。

 織田信長は、本能寺の変で明智光秀によって天下統一の夢を絶たれる。そして、この物語は、信長唯一の伝記『信長公記』の作者である太田牛一を主人公にして、その本能寺で信長の遺体が発見されなかった理由を解き明かしていく。

 作者は、すでに多くの歴史家が挑んでいる本能寺の変の謎と合わせて、信長の人物評価から、桶狭間の戦いの真相や秀吉の出自に至るまで、新しい解釈をつなぎ合わせている。本能寺の変の黒幕が朝廷だったとか、事前に秀吉が情報を掴んでいたとかいう話は荒唐無稽で、にわかには信じがたいが、「奇跡には必ず裏があるもの。歴史とは勝者の作り話に過ぎない。」という部分は、なかなか説得力がある。

 穿(うが)った見方をしたら、秀吉は、自らの天下統一を正当化するために、「主君を殺(あや)めた逆臣光秀を討って 主君の仇をとった」という表看板を、巧みに利用したのかもしれない。事実、その後秀吉は、主家の織田一族を次々と上手に失脚させていった。本能寺の変は、信長に怨恨を抱いた光秀が突発的に起こしたものではなく、従来の価値観を根こそぎ覆そうとする信長に対する旧守派のクーデターで、これには朝廷(ひょっとしたら秀吉も)が一枚噛んでいたという突拍子もない仮説が、最近注目を集めているらしい。

 ボクがいちばん面白いと思ったのは、常々自らを信長に喩える小泉総理が、この小説にいたく興味を持ったという点だ。歴年の戦いで抵抗勢力を一掃したかに見える小泉さんだが、いまだに枕を高くしては眠れないとしたら、何だかそこに妙に人間臭いものを感じる。革命の指導者は孤独なものなのかもしれない。

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2005年10月10日 (月)

「夏草の賦」

 司馬遼太郎の歴史小説に、『夏草の賦』という作品がある。

 戦国時代の土佐の梟雄 長宗我部元親の生涯を描いたもので、文庫本で上下2冊、早い人なら丸1日あれば読み通せる。ボクはもう4、5回は読んでいるが、今日また読み返してみた。主人公もマイナーで、数ある司馬作品のなかでもあまり知られていないが、ボクの好きな本の一つだ。

 元親は、戦国後期に土佐に興り、やがて四国全土の統一を果たす。さらに中央を窺うが、秀吉の大軍に抗する術もなく降伏。その結果、半生をかけて切り取った領土の大半を失い、元の土佐一国に封じ込められる。失意のなかで、秀吉から島津討伐の先陣を命ぜられ、今度は、親をしのぐ器量人と期待された長男の信親を戦死させてしまう。

 この頃から、元親は急速にすべてに情熱を失っていくのだが、その葛藤や失意の描写が巧みで、何度読んでも厭きることがない。中央で政権を掌握した信長や秀吉だけでなく、志半ばで天下への夢を阻まれる武将たちの、その後の生き方も興味深い。元親の損耗は激しく、似たような経歴を持つ伊達政宗が、晩年まで時勢への感度を研ぎ澄まして、江戸期の伊達家繁栄の礎を築いたのとは好対照である。

 今の世の中にも、似たような話はある。政治家でも企業人でも、権力闘争に敗れた場合に、その後どのように身を処すかというのは難しい。上手に次の権力者を嗅ぎ分けていく政宗のような生き方もあるし、それを潔しとせずに野に下る元親のような処し方もある。男のロマンとかプライドを考えると、元親の心情は痛いほど分かる。

 余談だが、幕末に活躍した薩・長・土佐藩は、すべてその後の関ヶ原の戦いでは西軍に組している。ところが、毛利家と島津家は巧みな外交能力で戦後を立ち回り、本領を安堵されて幕末まで大藩として残った。ひとり長宗我部家だけは取り潰され、忽然と歴史から姿を消してしまう。その遠因は、晩年、政治や外交に興味を無くした元親が、信親亡き後の世継ぎに指名した末子の盛親に対して、時流を読み取る術を教育しなかったことにある。

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2005年7月 8日 (金)

雨ニモマケズ

 このプログのタイトルだが、言わずと知れた宮沢賢治の有名な詩の題名である。誰でも子供の頃に一度は読んだことがあるはずだ。最近、娘がこの詩をどこかで覚えてきたらしく、家で口ずさんでいる。いつも耳元で聞かされるので、もう一度初めから読み返してみた。小学校の低学年では少し難しいし、時代背景が相当違うので、今の子供には理解できないかも知れない。しかし、大人になって何十年もたった今、改めてじっくり読んでみると、私たちが忘れていた大切なものを思い出させてくれる良い作品である。

 宮沢賢治は、童話と詩が有名だが、教育者であり、農業者でもあり、天文・気象・地理・歴史・哲学・宗教・化学・園芸・・・・・・あげていけばきりがないほど多彩な内面を持っている。そして、37歳で早世。

 そして、代表作であるこの詩には、粗食、勤勉、無欲、奉仕、といった現代社会ではおよそお目にかかれない価値観が含まれている。時代錯誤といえばそれまでだが、最近の青少年問題を考えるとき、賢治の時代のこのような価値観が、時代を超えて人間の基礎を形成する重要な考え方だと思えてならない。

 「一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ」、「小さな萱ぶきの小屋」に暮らして、他人のために東奔西走し、みんなに「でくのぼう」と言われても、自分は「そういうものになりたい」。今はワケも分からずに暗唱しているだけの娘。いつの日か本当の意味が理解できる日がくるのだろうか。

 

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