2008年10月21日 (火)

はじまりは中之島

 10月19日、京阪電車中之島線が開通した。

 2008101900000030kytl26thum000初日は日曜日とあって、物見高い見物客でごった返していた。ホームは一眼レフを抱えた鉄道マニアであふれている。ボクも天満橋から乗り換えて、なにわ橋・大江橋・渡辺橋・中之島と、中之島の地下を通る各駅で下車してみた。駅の随所に木材が使われていて、温かみを感じる。

 ボクが持っている淀屋橋までの定期券でも、大江橋(淀屋橋と共通)までは乗ることができる。そして、そこから先の中之島までの区間は運賃もやや割高(大江橋-中之島 210円)に設定されている。

 2008_10200002_2昨日は渡辺橋の”駅ナカ”に誕生した”ミナモ”というショッピングゾーンに寄り道してみた。小さなイタリアンバールを見つけてカウンター席へ。小皿のつまみも充実していて、ひとりで一息入れるにはちょうどいい。生ビールとジントニック、生タコカルパッチョとインゲンのサラダで 1,500円ほど。改札の中にあれば遠回りして来てもいいが、わざわざ降りるのはちょっと面倒かもしれない。

 この工事が始まってから不思議に思っていたのは、なぜ淀屋橋から延伸せずに天満橋から分岐させたのかということ。答えは単純で、淀屋橋は京阪電車と地下鉄御堂筋線が同じ深さなので、延ばすとぶつかってしまうからということらしい。

 これまで中之島西部地区には鉄道が通っていなかった。数年前から大規模な再開発も進められていて、これで東西の軸ができる。大阪経済の活性化など期待は大きいが、それにしても総工費1,500億円というのは気が遠くなる金額。シンクタンクの調査では経済効果が3,600億円とされているがどうだろう。ボクはせいぜい月1回、2千円が関の山である。

 開業とタイミングを合わせて、イメージソング『はじまりは中之島』のCD(1,000円)を発売。さてこっちは売れますかな…

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2008年9月15日 (月)

県境

 最近のクルマには、さまざまな機能がついている。

 我が家のクルマのカーナビしかり。頼みもしないのに、使いこなせないほどの機能がてんこ盛り。このあたりは、いかにも日本のクルマらしい。

 納車の翌日にエンジンをかけたら「今日は○月○日です」という音声が流れるのに驚いた。今どきさほど難しい仕組みではないのだろうが、まったくもってお節介としか言いようがない。

 都道府県境を越えるときには「○○県に入りました」などという。そしてナビの画面にイラストが映る。たとえば京都府に入ったら東寺の五重塔。

 これはなかなか地図好きには面白い。昨夏、クルマで軽井沢まで行ったとき、大阪・京都・滋賀・岐阜・愛知・岐阜・長野と越えていった。中央道の恵那山トンネルが岐阜と長野の県境であることも初めて知った。

 目に見えない県境なんてあまり意識もしないが、正月の箱根駅伝を見ていると、県境を越えたところで先導の白バイが所轄の警察に交替している。行政機関というのは、よくも悪くもこういうところはキッチリしている。

 びっくりしたのは、先月下旬のニュース。青森・秋田両県にまたがる十和田湖面の県境が確定したという。明治の廃藩置県から持ち越されていた積年の懸案が、137年かかってようやく決着したそうだ。これまで両県とも湖の面積約61k㎡を県土面積に含めていなかったらしいが、そんなこと今までちっとも知らなかった。

 『日本全国県境の謎』という本を見つけた。

 全国47都道府県のうち23都道府県に県境未確定地があるらしい。それを全部合わせると、岩手県の面積に匹敵するというから驚きである。

 こんなややこしいところに足を踏み入れたら、わがカーナビ君、いったいどんな反応を示すのだろうか。 

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2008年9月13日 (土)

地下鉄谷町線

 今日から3連休。

 用があって、天満橋から地下鉄谷町線に乗った。

 昨日も同じ時間に同じ路線に乗っていたが、平日と週末とでは乗客が違う。箱は同じでも中味が変わると、ずいぶん印象が異なるものだ。天満橋あたりは官庁街だから、平日の昼間はビジネスマンが多い。つり革につかまりながら、あわただしくケータイを操ったり手帳を広げたりと、車内にも緊張感が漂っている。

 それに比べたら土曜日は、車両も閑散としていて空気が緩い。お寺参りらしきお婆さんが布袋から飴を出して口に入れた。その隣で関東言葉のカップルが路線図を広げている。あとは居眠りをしている高校生が数人。

 大阪の中心部を南北に走る地下鉄は、西から御堂筋線、堺筋線、谷町線。みんな微妙に雰囲気が違う。

 御堂筋線は大阪のキタとミナミを結ぶ大動脈。さらにその北側には千里、南側は堺という広大なベッドタウンが広がる。淀屋橋・本町あたりには名だたる一流企業の本支店が建ち並び、通勤時間帯はビジネスマンであふれる。夕方はデパートの紙袋を持った買い物客も多く、車内は活気にあふれている。大阪の表の顔とでもいうべき路線。

 堺筋線は、北浜・道修町(証券・製薬)を中心として、その北には大阪天満宮・天神橋筋商店街、南には日本橋電気街がひかえる。ちょっとすました御堂筋線に比べたら、エネルギッシュで下町情緒が垣間見える路線。

 20080913そして谷町線。大阪城から南に広がる上町台地には、学校やお寺が多い。先の2つに比べたらややマイナーな路線だが、出身高校が天満橋にあったから親しみが湧く。今でも時間のあるときに沿線の駅でぶらっと降りて、あてもなく散歩するのが好きだ。思いがけない場所から、いきなり通天閣が顔を見せたりするサプライズもある。「夕陽ケ丘」なんて、なかなか素敵な地名だと思う。

 これからは散歩に相応しい季節。クルマの多い平日よりも、息を潜めたような休日の佇まいが、何とも好きである。

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2008年5月19日 (月)

奈良町あたり

 この週末はずっと事務所で、来客と資料整理に追われた。

 だから今日は月曜なのに、休み明けという気がしない。ということで、気分転換も兼ねて奈良まで行ってきた。

 県庁での仕事をすませて時計を見たら、まだ11時前。足は奈良国立博物館に向かうが、なんと月曜で休館日。お目当ての特別展 『天馬 シルクロードを翔ける夢の馬』 はどうやら縁がなさそうだ。

 しかたがないので、あてもなく奈良ホテルから猿沢池のあたりを散策。途中でアメリカ人とイタリア人に道を尋ねられたが、土地勘がないので役に立たず。そういえば、真の教養人とは自国の文化や歴史を語れることが必須条件だと、誰かの本に書いてあった。反省しきり。

 2008519時間があったので、もう少し南の奈良町界隈まで足を伸ばしてみた。シカのいる奈良公園は遠足の小学生で賑わっているが、このあたりまで来ると人影もまばら。時代から取り残された町並みはひっそりと息をひそめていて、生活臭も感じられない。

 さらに春日大社近辺まで来ると、昔のままの築地塀や石垣が残っている。たしか京都の上賀茂あたりにも、こんな一角があったはず。

 一木一草まで洗練された京都では、器の持ち方ひとつ違ってもすぐに注意されそうな研ぎ澄まされた視線を感じるときがある。でも奈良はもっとおおらかで、人の心を解き放つような、嫋(たお)やかでゆったりとした空気が流れている。普段着の気楽さとでもいおうか。心休まるのは奈良のほうかもしれない。万葉の昔から大和は日本人のふるさとである。

 雨がポツポツ降ってきた。蛇の目傘の向こうに若草山が煙っている。

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2008年5月 1日 (木)

明日香にて

 仕事で奈良まで。

 年に何回か京都や神戸には行くが、関西で暮らしていても奈良へ行くことは少ない。空港も新幹線もないから、東京からだと距離以上に遠く感じるだろう。でもそれが逆に奈良の良さでもある。

 近鉄奈良駅から地上に出ると、登大路は広々として街は緑にあふれている。目の前には若草山。その麓あたりにどこかの伽藍が見える。そう思うせいか道行く人たちものんびりしていて、大阪みたいにセカセカ歩いていない。

 思ったより仕事が早く終わったので、ちょっと明日香まで足を伸ばしてみた。

 200851同じ奈良県とはいえ結構遠い。ローカル線を乗り継いで奈良盆地をコトコト南へ。車窓からは右に左に大和三山が現れる。近鉄吉野線の飛鳥駅まで 1時間ちょっとで 560円。大阪に戻るよりも遠くて高い。

 明日香は子供の頃に何度か来ているが、今日の目的はまだ行ったことのない高松塚古墳。駅前でビジネスバッグを預けてレンタサイクル(1日900円)を借りる。できたらスーツも着替えたいところだが、そうもいかない。

 道路はよく整備されていて、もらった地図を片手に快適なサイクリング。高松塚壁画館を見た後は、古い記憶を呼び起こしつつ、鬼の雪隠、鬼の俎などの奇石を巡りながら、気分よく石舞台まで銀輪を飛ばした。立派な駐車場が整備されていて、拝観料(250円)まで取られたのには驚いたが…

 駅に戻る道、ケータイが鳴った。さすがに女子高生のようにはうまく取れず、自転車を停めて話をすることに。遠足の小学生の集団が賑やかにすれ違っていく。電話の相手がいぶかって、
 「いったいどこにいるんですか?」
 「いや充電中…充電中…」
 すると何を勘違いしたのか、
 「あっ!ゴメンなさい…」

 いやいや充電しているのはケータイではなく、ボクの心と身体なのである。

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2008年3月31日 (月)

長浜にて

 長女が春合宿で不在。急に思い立って、残りの3人で昨日から長浜に行ってきた。妻は寂しそうだが、子供の成長とともに、これからは家族が揃って動けないことも増えてくる。

 彦根ICで名神高速を下りて、北国街道を長浜へ。昼過ぎから降りだした雨がフロントガラスを叩く。若狭街道(鯖街道)とともに、かつては京と日本海とを結ぶ重要な動脈だった北国街道、その呼び名が何ともレトロでいい。

 2008331あいにくの寒の戻りで震え上がるほどの寒さ。11階の部屋から眺める琵琶湖は絶景だが、伊吹おろしが波を荒立てて湖北の春はまだ遠い。ゆっくり食事をして早めに床に就いたが、激しい風雨の音で何度か目が覚めた。

 そして今朝起きたら雲間から青空が覗いている。ひと風呂浴びてロビーで朝刊に目を通す。旅先で地方紙を読むのも楽しみのひとつだが、ここは京都新聞と中日新聞。以前は滋賀日々新聞というローカル紙があったが、数十年前に京都新聞に経営統合されてしまった。

 2008331_2雨も上がったので、琵琶湖最北端の海津大崎まで足を伸ばしてみた。ここは遅咲きの桜の名所。見ごろの4月中旬には交通規制があるらしいが、今日はすれ違う車もまばら。湖岸道路から湖にせり出す桜の枝ぶりは見事で、満開の美しい姿を想像しながらドライブを楽しんできた。

 帰りは湖西道路をのんびりと南へ。このあたりはスキー場や水泳場があるくらいで、京阪神の経済圏からは遠く離れている。通勤しないですむのなら、こういう場所で完結できる人生もいいかもしれない。もっともネオン街が恋しい人には難しいが…

 それにしても立派な学校や体育館が並んでいるのには驚く。これもハコ物優先のバラ撒き行政の産物だろうか。また、こんなところにと思うような場所にまで、コンビニやファミレスがあるのは少し興醒め。日常生活から離れるために旅に出るのに、どうやら近ごろはそういうわがままも許してもらえないらしい。

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2008年2月22日 (金)

コリアタウン

 生野区のコリアタウンに行ってきた。

 200802焼肉というと鶴橋が有名だが、このコリアタウンというのは鶴橋駅から1kmほど東南に離れた鄙びた場所にある。

 現在の生野区の人口は約15万人。そのうちの3万8000人が韓国・朝鮮系の人たち。もちろん在日二世や三世も多く、彼らは日本語も堪能で、見た目は日本人と区別がつかない。

  ここはかつては『猪飼野(いかいの)の朝鮮市場』と呼ばれ、在日コリアの人たちが食材や日用雑貨を買い求める生活に密着した市場だった。子供の頃から名前は聞かされていたが、当時は部外者が近寄れるようなところにあらず。店主と客の会話や品書きもすべてハングルだったらしい。その後、日韓共催のサッカーワールドカップや韓流ブームで一気に全国区に。現在では地域の生活拠点でありながら、観光客の姿も多い。

 11時半過ぎに近くのコインパーキングに車を停めて、商店街に入ってみた。まだ人通りも少ない。行列のできているキムチの店を覗くと、普通の白菜キムチのほか、キュウリや大根、イカ、カキ、タコ、カニなど珍しい具材の入ったキムチが並ぶ。手のひらにとって試食してみたが、左党にはビールが欲しくなる。 ニラがたっぷり入った焼きたてのチヂミは1枚100円とバカ安。

 地元の人が多い店にはチャリがたくさん停めてあるはず。そう思って『パゴタ白雲』という変わった名前の焼肉屋を選んだ。焼肉ランチのほか上タンとハラミを追加注文。柔らかくて肉が美味い。二人で4,600円。鶴橋あたりの観光客向けの店よりもずっと良心的である。

 今度来るときは誰か運転手を探さねば…

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2008年1月21日 (月)

大阪見物

 今日は大寒。

  暦の通り、ここ数日は大阪も凍てつくような鉛色の空模様。平野部では雪こそ降らないが、通勤電車から見える生駒連峰や北摂の山々の頂きは真っ白。

 そんな寒いときに、妻の妹が、学校の休みを利用して子連れで遊びに来ている。東京育ちで、関西には中学の修学旅行で来ただけ。そのとき京都と奈良には行ったが、大阪は初めてだという。

 「どこへ連れて行けばいいかな~」と妻に訊かれて答えに窮した。コチラは夜の街ならいくらでもご案内できるが、あいにく御天道様の下では西も東も分からない。

 近代的な超高層ビルなら、汐留やら六本木あたりで見飽きているだろう。大阪の名所といえば、大阪城に通天閣。せっかく来たのだから大阪を堪能して帰ってほしいと思うが、残念ながら我が大阪には女性を惹きつける場所が少ない。そういえば東京で暮らしていた若い頃、会社の女の子から京都や神戸のことはよく訊かれたが、大阪の話はほとんど出なかった。生粋の大阪っ子としてはこれも寂しい。

 結局昨日は、道頓堀の「くいだおれ」の人形と「かに道楽」「づぼらや」の大きな張りぼての前で写真を撮るお決まりのコースだったらしい。女6人でグリコのネオンで有名な戎橋(通称「ナンパ橋」)を渡ったそうだが、どこからも声はかからなかったと笑う。そして夜は、ボクも合流して梅田でホテルビュッフェ。姪っ子たちはそれなりに喜んでいたようだが、ボクとしてはもう少しディープな大阪の味を楽しませてやりたかった。

 今日はまた寒空の下、妻と一緒にUSJに出かけていった。吹きさらしだから、風邪など引かなければいいが…

 やっぱり大阪はB級グルメの街。もう少し大きくなったら、新世界の串カツ、道頓堀の大タコ焼き、鶴橋の焼肉などに連れて行ってやろう。

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2008年1月11日 (金)

タクシーの色

 今から40年近く前のこと、中学校の修学旅行で初めて東京に行った。

 何十畳という大広間に布団を並べて寝る。悪ガキ連中と夜中までマクラ投げに興じ、昼間のバスでは疲れて熟睡。だから、東京タワーや靖国神社もあまり記憶にない。

 それが唯一ハッキリ覚えているのが東京のタクシーの色。赤、黄色、オレンジ、緑とカラフルな車が走り回っていた。

 Verb_20060708_01ボクが住んでいた大阪のタクシーは、黒かそれに近い地味な色が圧倒的に多い。繁華街のネオンや女性のファッションを見ていると、目立つことが大好きで派手好みの大阪なのに、タクシーだけどうして…

 不思議に思って調べたら、昔は大阪のタクシーもかなりカラフルだったらしいが、高級感があるからという理由で黒のタクシーが増えていったとか。もうひとつは文化の違い。東京では冠婚葬祭(特に葬祭用)では黒塗りのハイヤーを使うのが一般的だが、合理的な大阪ではタクシーとハイヤーを使い分けず、黒のタクシーは冠婚葬祭でも活躍する。

 ちなみに、ニューヨークのタクシーは「イエローキャブ」、ロンドンのタクシーは「ブラックキャブ」。タクシーの色がその都市を象徴するカラーのひとつになっている。

 大阪はさしずめ、ドブネズミキャブかな… 悲しい色やね。

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2007年12月31日 (月)

年末風景

 日本では大晦日だが、こちらでは時差の関係で1230日。

 昨夜あたりから気の早い若者たちがカウントダウンの予行演習をしていて、あちこちで爆竹が鳴っている。

 2007_12310029今日は波の音を聞きながらビーチでゆっくり。時計を持たない休暇とはこんなものなのだろうか。プールサイドの木陰で飲むバドワイザーは、南国の砂に浸みるように五臓六腑に消えていく。

 部屋に届く地元紙を見ていると、原油価格の高騰やサブプライムローン問題が連日大きく報じられている。週末の朝刊がクーポンチラシで厚く膨らんでいるのは日本と同じ。何とはなしに眺めていたら、知らない間にドンキホーテまで出店している。日本の正月用品やおせちなども手軽に手に入るらしい。不動産ローンの金利は7%前後と、依然として高い。

 2007_12310042 昨日、バスの信号待ちでガスステーションの看板が目に止まった。ガソリンの小売価格は数年前の倍近くに上がっている。ボクがはじめてアメリカでレンタカーを借りた頃は、まだ日本にはセルフスタンドもなかった。恐る恐る無人スタンドで給油したことが懐かしい。ホノルルは空港で車を借りるといきなりフリーウェイだから、右側通行や左ハンドルに戸惑っている余裕もない。またホテルやレストランの駐車の際のヴァレーシステムも慣れるまでは分かりにくい。

 2007123005_2 昨夜は、ヨットハーバー近くのシーフードレストランを予約。ホテルでタクシーを頼んだら、何と来たのは大型リムジン。しかも普通のタクシー料金でいいという。周囲の熱い視線を浴びながら、子供たちは臆せずそのリムジンに乗り込んでいく。

 年末でしかも週末。店は混雑している。入ってすぐの階段を上って行くと、左手がダイニングコーナーで、右手にカクテル・ラウンジが広がる。海側に張り出したテラス越しに一望するハーバービューは、異国情緒たっぷり。係留されたヨットやクルーザーの向こうに、美しい夕陽が沈んでいく。

 さて、明日はいよいよ帰国。

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2007年12月30日 (日)

ちょっと食べすぎ

 この季節、こちらは雨季らしい。

 カラっと一日中晴れた日は少なく、夕方にはシャワーが降る。それでも最高気温が28℃、最低気温が20℃というと、日本なら9月くらいの暖かさ。こちらの人なら半袖で充分で、ましてやセーターやコートなどは縁がないはず。それなのにブランド店に冬物が並んでいるのは、観光客をターゲットにしているから。

 そろそろ本格的な年末年始休み。成田や関空も出国ラッシュだろうが、こちらでも日本人が増えてきた。新婚カップル、家族連れ、OLらしき女性グループ… この時期には社員旅行がないからか、カラカウア通りで怪しい女性やインチキ将棋に声をかけられているほろ酔いの男性団体は見かけない。

 今日はワイケレのアウトレットモールに行ってきた。

 2007123003ワイキキからフリーウェイを30分ほど。ちょうどバーゲン時期で、これまで何度か行った中でいちばん混んでいた。奥さんたちが目の色を変えて買い物に走り回り、疲れ切った男性諸氏はベンチに座って子守りか荷物番というのがだいたいの通り相場。我が家も似たようなものだ。

 昨夜、ワイケレ往復バスのチケットを買った。日本人向けのツアーデスクだと25ドル前後。JCBプラザに足を伸ばすと16ドルから22ドル。ところが妻がフリーペーパーで何と8ドルのチケットを見つけてきた。丹念に探すとずいぶん違うものだ。

 ドルの金銭感覚は1週間くらいでは身につかない。ついついレジで札ばかり出すので、コインがたまって財布がパンク寸前。こうして自室の引き出しには、外国のコインがたくさん詰まっている。 

 数の数え方も難しい。ルームナンバーを尋ねられて“twelve zero eight”(1208号室)とは即座に出ない。プールでタオルを借りようとして頭の中で考え込んでいると、何だか疑われそうだ。

 20071229このホテルに泊まると、ビュッフェの朝食と、夕方のカクテルタイムのドリンクが無料でついている。毎朝いじましく食べ過ぎるが、それでも欧米人の旺盛な食欲には到底かなわない。隣のアメリカ人夫婦の食べっぷりに感心しながら、

 「英語で『大食い』って何だっけ?」
 「”glutton”か”big eater” でもあんまり使わないわね…」
 「あっそうか… みんな大食いだからな…」

 ここ数日で、少し胃袋が大きくなった気がする。

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2007年12月29日 (土)

日系人

 ホノルルで暮らしている妻の友達が来たので、一緒に朝食をとった。

 2007_12280022ホノルルには日本人観光客も多いが、彼女のようにこちらで暮らす日本人も多い。外務省の統計を調べたら、在留邦人数は2万人弱で、NY、LAに次いで全米で第3位。顔は日本人なのに色が黒くて日本語のたどたどしい人たちをアチコチで見かけるが、こうした日系人は9万人近くいる。

  さまざまな事情で日本を飛び出したのだろう。でもはたして幸せな人生を送っているのかと、同胞としては少し気になるところ。それにしてもボクみたいにイラチな人間は、たまに来るからいいが永住はできない。

 2007_12280023レストランで”check,please”と精算を頼んでから勘定書きを持ってくるまで最低5分。カード決済手続きが終わるまでにさらに5分。日本人のDNAをたっぷり備えるボクなどは、ノイローゼになりそうだ。そう言えば、昔勤めていた会社のホノルル駐在員は、長くても3年で帰国させるという不文律があった。それ以上いると、このスローモードが身体に染み込んで日本では使えなくなるというのだ。分かるような気がする。

 そう思いつつ、今日はビーチをのんびり散歩。夕食はイタリアン。その後、ポリネシアのマジックショーを見物。最近頭角を現したこの有名なマジシャンも日系3世だとか。

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2007年12月28日 (金)

タイムシェア

 ハワイ2日目。

 ぐっすり寝たので時差も解消。遅めの朝食の後、今日からバーゲンの始まったアラモアナショッピングモールへ。地元の人も多いが、ブランド物のクリスマスプレゼントのrefund(払い戻し)のために詰め掛けるのだとか。不要なものはすぐに換金するというのはいかにもアメリカ的だが、プレゼントする側はお気の毒。

 2007_12270025_2 ショッピングに飽きてしまった次女を連れて、一足先にホテルに戻った。気持ち良さそうにプールで泳ぐ次女を見ながら、のんびり寝そべってビールを飲んでいるのは悦楽の時間。

 しばらくして妻からケータイメール。部屋で熱いシャワーを浴びていたら、両手に戦利品を抱えて二人が戻ってきた。

 夕方からカラカウア通りを散歩。日本人と見ると巧妙にタイムシェア物件の勧誘をしてくる。タイムシェアとは、最近流行りの不動産の共同保有システムで、安いものは100万円くらいから。旅先でつい気が大きくなって買ってしまい、あとで後悔するという話はよく聞く。

 車で送り迎えしてくれて、しかも商品券(100ドル)のお土産まで付くというのはいかにも怪しい。財布のヒモが緩んだ旅行者をカモにする商売は後を絶たないようだ。

 夕日を見ながら、ステーキハウスで夕食。夜になると風が出てきて、半袖では少し肌寒い。

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2007年12月27日 (木)

常夏のクリスマス

 今、ホノルルにいる。

 200712260024時差(マイナス19時間)の関係で、こちらでは昨日がクリスマス。Tシャツと短パン姿でクリスマスソングを聴いているというのも不思議な感じ。欧米では聖夜は家庭で過ごすものらしく、大半のショップやレストランも早めに店じまい。いくら観光地とはいえ、このあたりはクリスマスが商業イベントとして定着してしまった日本とは歴史が違うところ。

 ワイキキビーチウォークにできたばかりの新しいホテルは設備も快適。客室にもブロードバンド回線が整備されていて、持参したノートパソコンでサクサクと高速インターネットがつながる。最新のネットニュースも常時見られるから、改めて地球が狭くなったことを感じる。

 関空からこちらに向かう飛行機では恐ろしい経験をした。

 食事も終わってウトウトしかけた頃に、いきなりドカーンという激しい衝撃。ジェットコースターのように大きく機体が揺れて降下し、乗客の悲鳴が機内にこだまする。アチコチでモノが飛んで、ボクの膝にかけていたセーターは天井まで浮き上がった。乱気流だというアナウンスが流れたが、それから5分近くそんな状態が続いて、まったく生きた心地がしなかった。

 これまで何十回と国際線に乗っているが、これほど激しい揺れは初めての経験。結局その後はほとんど眠れなかった。

 不可解なのは、着陸直前の機長のアナウンス。気流の悪い中で3マイル(約2キロ)ほど前に他の機体の姿を認めて、大きく進路を変えたという。それじゃ乱気流じゃなくてニアミスだ。時速千キロで飛んでいるのだから、3マイルなんてわずか数秒の距離。今ごろは太平洋の藻屑と消えていたかもしれないと思うとぞっとする。ところがその直後の日本語アナウンスでは、意図的にかその部分だけが省かれていた。機長は確かに”We apologize(謝罪する)”と言ったと思う。

 ホノルル空港には10台近くの担架が待機していた。かなりの怪我人が出たらしい。しかも機内に乗り込んできた役人らしき連中が、ものものしい雰囲気で操縦室に姿を消した。

 とりあえずは無事に着いたことを神に感謝。ということで、改めて気をとり直してクリスマス休暇…

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2007年12月16日 (日)

空中庭園

 夕方から家族で梅田に出かけた。

 20071216_3食事をした帰りにスカイビルの空中庭園に上がってみた。家族4人で2千円ほどの入場料は高いが、地上170mの展望台から一望できる360度のパノラマは見ごたえがある。

 ボクもここからの夜景を見るのは初めて。たまに飛行機から見下ろす景色とは違って、高層ビルにはさまれた大阪城は思ったより小さく、それよりはるか南の通天閣は探しても見つからなかった。

 40階から外に出ると舗道が設(しつら)えてあって、星雲や流れ星をモチーフにしたセラミック製の蓄光石が敷き詰められている。回りは寒空に身を寄せ合って幻想的な雰囲気を楽しむカップルばかり。

 帰りに落ち着いた住宅街のクリスマスイルミが見たくなって、ちょっと遠回りして星田山手の山ナリエに足を伸ばした。ついこの間の情報誌で見たばかり。住民たちが地域活性化のために始めたらしいが、一軒ごとにそれぞれ工夫が凝らされていて素人っぽい温かみがある。

 驚いたのは夜空の星の美しさ。家から車で20分ほどしか離れていないのに、オリオンやカシオペアの他、肉眼でも20や30の星がはっきり見える。清冽な空気を胸いっぱい吸い込んで、満足して帰路についた。

 さて今年もあと2週間。まずは仕事の後片づけ、仲間内の忘年会も数件残っている、年賀状も書かねば、大掃除もあるし… はたして全部終わるのかな…

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2007年11月26日 (月)

新世界にて

 ちょっと時間があったので、新世界あたりをぶらぶら…

 20071123大阪でもいちばん猥雑な界隈。英語で書くとNew World。通天閣を中心にして、パリの街を模したという路が放線状に広がっている。通路にまで看板がせり出して、串カツ屋や一杯呑み屋が所狭しと建ち並ぶ。

 昔は浮浪者があちこちに寝ていて、ちょっと若い女性は入りにくい雰囲気の街だった。路地には入らない、写真を撮らない、生モノは口にしないというのが一見客の掟だったが、観光客が増えたからか、ずいぶん明るく健全に生まれ変わったような気がする。

 軍艦マーチが鳴り響くパチンコ屋から夢敗れたオヤジが肩を落として出てくる。その脇をホクホク顔で換金所に向かうオバちゃん。やはりオンナはたくましい…

 この街は10年ほど前にNHKの朝ドラ『ふたりっこ』で全国的に有名になった。江戸っ子の義父から「大阪にはあんな街があるのか…」と不思議そうに訊かれたことをよく覚えている。

 東京でいえば、浅草と山谷あたりをギュッと圧縮したような街。とうてい常連にはなれないが、たまにブラっと覗いてみるのも面白い。ケータイカメラを振りかざしている若いカップルを見ると、時代が変わったものだと思う。

 帰りはJR新今宮駅まで歩いたが、フェスティバルゲートやスパワールドの威容は何だかこの街にはそぐわない気がする。レトロで混沌とした雰囲気こそ新世界の魅力である。

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2007年7月13日 (金)

「そうだ京都、行こう」

  昨日から祇園祭の山鉾曳初(ひきぞ)めが始まった。

 Img3547たまたまニュースを見ていたが、今年は雨にたたられて気の毒に思う。これから7月いっぱいは、祇園囃子(ばやし)が響くなかで各種の神事や行事がくり広げられる。

 自宅から京都までは電車で30分ほど。その昔、多感な青春時代をすごした場所だから、この街には格別の思いがある。

 JR東海が「そうだ京都、行こう」 というキャンペーンを始めたのは15年ほど前のこと。当時まだ東京で暮らしていたボクは、そのコピーに思わず吸い込まれた。深みのある長塚京三のナレーションが里心をくすぐる。BGMにサウンドオブミュージックのテーマ曲を配したのも心憎かった。

 先日 本屋で、そのキャンペーンポスターをまとめた本を見つけた。数多くの風景写真とさりげないコピー。そのなかで気に入ったものをいくつか。

「地球にポッと桜色になっているところがあるとしたら… 京都です。」 (1995年春 醍醐寺)
「日本史という額縁に、一九九五年の紅葉がおさまっていました。」 (1995年秋 南禅寺)
「ブロードウェイの賑やかさもいいけれど『祇園』で過ごす粋な時間もなかなかですよ」(1998年冬 八坂神社)
「1年なんて、あっという間に過ぎていくって言いますけれど、もう少しゆっくり過ぎて行ってくれるといいな。」 (2006年秋 曼殊院)

 梅雨が明けたら京都に行ってみようかな。いや雨に煙る京都もいいかもしれない。
 「そうだ京都、行こう」

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2007年6月16日 (土)

新幹線の中で

 今、帰りの新幹線の車中にいる。

 昨日は東京の知人たちと年に1回のゴルフ。梅雨入りしたばかりなのに、運よく天気にも恵まれた。汗ばむほどの陽気だが、雨に降られるよりはいい。東京組と浜松駅で待ち合わせてタクシーでゴルフ場へ。このゴルフ場は昼食休憩なしのスルーラウンドをさせてくれるから午後のスタートにした。コースコンディションも申し分ないが、スコアはいつもと変わらず。

 夜は遠州灘を見下ろす駅前の高層ホテルで食事。ひとりは先週までロンドンにいた金融の専門家。もうひとりは前日ホノルルから帰ってきたばかりの渉外弁護士。そんな人たちと一緒に、浜松というひっそりした地方都市で海の幸と地酒を楽しんでいるというのも不思議な図である。

 昔話はつきず、二次会で繁華街にくり出してみた。でも残念ながら大都市との格差は歴然としていて、寂しい思いでホテルに引き上げてきた。若者が東京をめざす気持ちはよく分かる。

 さっきから各駅停車のこだまは、岐阜羽島駅で列車の通過待ちをしている。どの駅でも5分から10分の待ち時間があって、次々と後続ののぞみやひかりが抜き去っていく。

 たしかこの駅は新幹線開業のときからあったはずだが、それから40年以上経ってもあまり代わり映えしない。駅を作ったから発展するわけでもないという好例だ。通過していくのぞみの轟音を聞きながら、昨夜の寂しい盛り場の光景を思い出した。たまにこうして地方に来ると、環境の違いを痛感させられる。

 ようやく列車が動き出した。新大阪まであと1時間ほどである。

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2007年5月22日 (火)

東京ミッドタウン

 上京したついでに東京ミッドタウンに行ってきた。

 02_1 旧防衛庁跡地を再開発したもので、ホテル・住居・オフィス・商業文化施設・病院・公園などからなる複合施設。

 広すぎて迷子になりそうだが、緑地が多いのがいい。4年前にできた六本木ヒルズが『文化の発信拠点』であるのに対し、東京ミッドタウンは『上質な日常の提供』という明確なコンセプトの違いがあるらしい。商業店舗数も思ったより少なく、観光地化してしまった六本木ヒルズよりは落ち着いた感じがする。

 平日の夕方だから、家族連れや(ボクのような)おのぼりさんは少ない。いったいどんな会社が入っているのと思ってオフィス棟を覗いてみたら、ボクでも知っている会社は富士フィルム、富士ゼロックス、ヤフー、コナミくらいで、あとは外資系やらIT関連が多い。こんなに高い家賃を払えることに改めて感心。

 お目当てのサントリー美術館はちょうど定休日(火曜日)。スタッフをしている知人に頼んで内緒で案内してもらった。周囲を一望できる3階のテラスでは都心の静寂を味わえる。誰もいない夕方にビールでも飲めたら素敵だろうと思いつつ、その続きは新幹線で・・・

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2007年4月27日 (金)

JR福知山線

 昨夜、知人宅のお通夜で、神戸市(北区)まで行ってきた。

 神戸市といっても有馬温泉のまだ北のほうで、まったく土地勘もない。ネットで行き方を調べたら、新開地経由でも三田経由でも1時間半くらいかかる。結局は乗り換えの少ない三田経由を選んだ。

 ということは、あのJR福知山線で、尼崎駅を通って行くことになる。事故の後、現場を通過するのは初めてで、思わず緊張が走った。再発防止のための充分な対策がとられているとは思うが、それにしても運転手サン!ちょっと飛ばしすぎではないか。

 滅多に乗る路線ではないから、窓の外ばかり眺めていた。川西池田、宝塚あたりまでは、山の中腹まで住宅が建ち並んでいる。それを過ぎるといきなりトンネルが増えて外の景色が一変する。大阪から三田までは40分ほど。思ったより開発が進んでいて、通勤・通学客が多いことにちょっと驚いた。

 三田からさらに神戸電鉄に乗り継いで20分ほど。弔問を済ませて外に出たら、すっかり日が暮れていた。喪服で食事をする気にもならず、そのまま家路につく。三田駅のホームで電車を待っていたら、運悪く目の前に女性専用車両が停まった。ガラガラだが乗るわけにもいかず、隣の車両に移ったらコチラは満員。たくさん女性も乗っていて、何だか不思議な気がした。

 車内の路線図を見ながら、途中の伊丹駅で快速電車に乗り換えた。見慣れない高校の制服姿を眺めたり、ローカルな中吊り広告を見たりしているうちに、あっという間に大阪駅。

 たまには知らない電車に乗るのもいい社会勉強になる。

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2007年3月27日 (火)

南国土佐

 春休みをとって、家族で高知に行ってきた。

2007_03260004 学生時代に一度行ったことがあるが、それはもう30年前の話。当時は岡山から宇高連絡線で高松へ渡り、国鉄土讃線で急峻な四国山地を抜けていった。

 それが今では高速を乗り継いで4時間半で高知に着く。便利になったものだ。

 昨日の高知市内は23℃で、ポロシャツ1枚でも汗ばむ暖かさ。好天に誘われて、名勝桂浜を散歩してみた。紺碧の海と白砂とのコントラストが美しい。陽射しはすでに春爛漫だが、さすがに外海だけあって打ち寄せる波飛沫(しぶき)は豪快そのもの。

 振り向けば坂本龍馬像が太平洋の遥か彼方をしっかりと見据えている。温暖で豪放なこの大海原に異国の香りを嗅ぎながら、龍馬は育ったのだ。

 夜は新鮮な魚介類に舌鼓を打ちながら、土佐の地酒が進む。いささか度を過ごして早々とベッドに沈んでしまった。
 夜中に妻の声で目が覚めた。部屋のベランダに出たら、夜空に数えきれないほどの星が煌(きらめ)いている。二人で息を凝らして満天の星を見上げながら、しばし言葉も出ない。

 帰りは神戸の南京街に立ち寄るのも慣れたルート。夕食用の中華惣菜を買って、渋滞する夕方の阪神高速を走っていると、否が応でも気分は現実の生活に引き戻される。

 2泊3日の旅で印象に残ったもの。ボクは雄大な太平洋と満天の星。妻は炙(あぶ)り立てのカツオのたたきと満天の星。長女はテニスと高知城。次女は露天風呂とゲームコーナーのエアホッケーだとか・・・

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2007年2月 2日 (金)

雪景色とオルセー

 早朝の新幹線で東京へ。

 昨夜からの寒波で、京都市内も薄く雪が積もっている。逢坂山トンネルを抜けると、近江平野は一面の銀世界。昨日、暖冬の話を書いたばかりなのに、そのすぐ翌日にこんな見事な雪景色を見られるとは思いもしなかった。関ヶ原あたりから徐行運転が始まって、吹雪が舞う中を列車が走る。

 いくら科学技術が進んでも、自然の力は克服できない。逆にそれをおおらかに受け入れるだけの心のゆとりを持ちたい。夕方だったら雪見酒を楽しめたのにと思いながらも、予想外の観光気分を堪能させてもらった。

 東京には少し延着したが、早めに仕事が終わったので、上野の東京都美術館に足を伸ばしてみた。目当てはもちろん1月末から始まったばかりのオルセー美術館展

 昨秋、家族と一緒に神戸で見たのだが、今度はひとりでゆっくり楽しんできた。平日の夕方なのでシルバー世代や学生が多い。ぐるっとひと回りして、残像をしっかりと目に焼きつけてきた。

 不思議なもので、同じ絵が展示されていても、場所が違って、展示位置や角度、距離感や照明などが違うと印象が異なる。

 そんなことを思いながら美術館を出て、上野公園からアメ横をブラブラ。鮮魚店の店先から威勢のいい声が飛び交う。天井が落ちそうなほどバッグを吊るしている鞄屋。ガード下のホッピーの立呑み屋には夕方から屯(たむろ)する酔客たち。このあたりの猥雑さは何十年も前からちっとも変わらない。

 銀座線で赤坂見附へ。ちょうど今ホテルにチェックインしたところで、これから昔の知人たちとの宴会。きっと今夜のうちには帰れないだろうから、先にこのブログを書いています。

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2007年1月23日 (火)

大阪のオバちゃん

 先週は電車に乗ることが多かった。

 ふだんの通勤電車と違って、昼間の電車はノンビリしていて乗客も少し違う。いちばんの違いはオバちゃんたちが多いことだ。

 以前に『大阪のオバちゃん』の話を書いたことがある。このオバちゃんの特徴は、ひとりだと大人しいのだが、それが何人か集まるとトンでもなく賑やかになるということ。

 先日近鉄電車で、そんな元気なオバちゃんたちの団体に乗り合わせた。丁々発止のやり取りを聞いていて、思わずコチラが噴出しそうになった。
 このオバちゃんたちの特徴をいくつか・・・
  ①服装はヒョウ柄が好きで、
  ヒカリモノをジャラジャラぶら下げている。
  ②自分の服が安いのが自慢。
  ③他人の話に同調するときにパンパン相手を叩く。
  ④「アンタ若こうみえるワ」と言われたら、
  「うちアホやから」と切り返す。
  ⑤アメのことを「アメちゃん」と呼ぶ。
  いつもバッグに「アメちゃん」を持っていて、
    「アメちゃん食べる?」と聞いてくる。
  ⑥値切るのは大好きで、デパートでもタクシーでも平気。
  (さすがにスーパーで値切る人は最近見かけない。)

 なぜだかボクは、電車で知らないオバちゃんからよく話しかけられる。
 「えー天気やねぇ・・ どこまで行くん?」なんていうのはよくある話。
 この間は、発車ギリギリに飛び乗ってきたオバちゃんが隣にドンと座ったかと思ったら、いきなり「この電車どこ行き?」
 おいおいそんなモン 確認してから乗れよ~

 昼間の電車はエキサイティング(?)で、居眠りしているヒマもない。

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2006年12月27日 (水)

悲しい色やね

 神戸からの帰り道、阪神高速を大阪に向かって走る。ちょうど鉛色の大阪湾に冬の陽が沈んでいく。
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  尼崎あたりから景色が変わって臨海工業地帯の中を進む。USJを左手に見ながら天保山から大阪市内に入る頃にはトップリ日も暮れている。

 ハンドルを握りながら、上田正樹の「大阪の海は~♪ 悲しい色やねぇ~♪」という曲がふと頭に浮かんだ。大阪のイメージは猥雑。ボクはその大阪で生まれ育ったが、この風景を美しいと感じる人は残念ながら少ないと思う。

 江戸の八百八町に対して、大阪は八百八橋とうたわれた水の都。かなり埋められたとはいえ、まだ水面が都市面積の1割を占める。これをどうして上手に活用しないのだろう。水上に出るとまったく違った風景が広がる。川を渡る風、川辺にそよぐ緑、朝霞のたなびく遠景、夕焼け雲を映しだす川面、水から跳ねる魚の影や水面を飛びかう鳥の姿・・・水辺の景色は人の心に潤いを与え、都市にとってかけがえのない財産であることに気づかされる。

 この空間を活用したら立派な観光資源になるはずだ。遊歩道を整備してライトアップしたり、リバーサイド・カフェや和風のお茶屋なんかも面白い。そのなかを水上タクシーが行きかう。水上ステージや水上音楽船、水上ホテル船を浮かべるのも楽しいだろう。レガッタやカヌーレースなど水上オリンピックも招致しよう。

 大阪はイメージでずいぶん損をしている。都市景観のデザインにはあまり関心がない文化風土なのかもしれない。『大阪発』というよりも『神戸発や京都発のブランド』の方がカッコよく思えてしまう。商都でありながら、イメージでずいぶん商機を失っている。

 悲しい色が似合うというのは寂しい。「もうちょっとええカッコしようよ!」とボクは思う。

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2006年10月30日 (月)

曽爾高原

 昨朝、目を覚ましたら青空が広がっていた。

Sonikougen5  前の日テレビで見たススキの群生する曽爾(そに)高原の様子が急に頭に浮かんだ。子供たちに聞いたら今日は予定がないという。ボクは事務所で仕事を片づけるつもりだったが、月曜日に頑張れば何とかなりそうだ。今日は気分転換に車を飛ばすことにしよう。

 ということで急いで仕度をして家を出たのが9時半。目ざす曽爾高原は奈良県と三重県の県境付近。ウチからだと近畿道経由で西名阪の針ICで降りる。そこからさらに369号線の山道を南へ約40km。たっぷり2時間半かかって、到着したのはちょうどお昼前だった。

 ボクも実は40年ぶり。当時はバス停から山道を歩いたが、今では曽爾高原のすぐ近くまで車道が舗装されている。

 人が増えたのに驚いた。昔来たときは人影もまばらで、ちょっと友達と離れたら子供の背丈より高いススキに埋もれて何も見えなくなった記憶がある。そして倶留尊山の中腹まで登ると、眼下には見渡す限り一面のススキが秋の陽を浴びて金色に輝いていた。その雄大な風景は子供心の奥深くにしまい込まれた。

 ボクはその後大人になってから、箱根仙石原などあちこちのススキの名所といわれるところにも行ったが、ススキの原点はこの曽爾高原だった。そしてその景色を子供たちにも見せてやりたいと勇んで出かけたのだが、整備された散策路は数珠つなぎで、旗に先導されたバスツアーの団体客まで歩いているのにはちょっと複雑な思いがした。

 何でも便利になることばかりがいいとは思わない。汗水たらしてたどり着いた山頂で頬張る冷たいオムスビの美味しかったこと。そんなこと言っても分からないだろうねぇ~

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2006年10月14日 (土)

新宿界隈

 昨夜は東京泊まり。

 夕方、知人たちとの待ち合わせまで時間があったので、ひとりで新宿三丁目界隈をブラブラ散歩してみた。

 伊勢丹本店から末広通りあたりは、若い頃、会社帰りに毎晩のように徘徊していた街。独身寮が近かったので、休日も新宿に出ることが多かった。紀伊国屋書店や伊勢丹で買い物をした後、夕食もたいていこのあたりですませていた。考えてみたら勝手気ままで自由な生活だった。当時は路地裏の隅々まで熟知していたつもりだが、さすがに何十年も経つと店も相当変わっている。残っていたのは、末広亭隣りの『ビフテキあづま』と『桂花ラーメン』くらい。

 あったあった『上燗屋富久』。窓越しに店内を覗いたら、おでん鍋の湯気の向こうに懐かしい親父さん夫婦の横顔が見える。相変わらず二人で忙しそうに動き回っている。それにしても年とったなぁ。ヒトのこと言えないか・・・ ちょっと店に入ってみようかと思ったが、座ると長くなりそうなので今回はあきらめた。店の常連客で10周年記念パーティを開いたこともあったし、休日に湯河原温泉へ魚を食べに行ったこともあった。

 『新宿末広亭』の前には、昼の部と夜の部の出演者の看板が出ている。立ち止まってザッと目を通したが知らない名前ばかり。若い頃、休日に前座から見ていたことがあったが、トチると客席から「しっかりしろ~ぃ!」と手厳しいヤジが飛ぶのが面白かった。

 そのうち日も暮れて待ち合わせの時間。懐かしい顔ぶれがテーブルを囲む。週末の気楽さもあって時間を忘れ、何軒かハシゴして赤坂のスナックでお開きになったのはもう1時過ぎ。昔は毎晩、こんなことしてたなぁ・・・

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2006年10月13日 (金)

新幹線で・・・

 早朝の新幹線に乗ったら、京都の手前で深い霧に包まれた。

 木津川、桂川、宇治川が合流して淀川になるこのあたりは、水温の差から霧が多いことで知られている。源平の昔から、霧のお陰で兵馬の進軍を悟られず勝機をよび込んだ合戦は数多い。また濃い霧は、夜更けに恋人のもとに忍んでいく平安貴族の姿を包み隠す粋な役割も果たす。レーダーもない時代は、人の五感だけが頼りだった。それが今だと千キロ近く離れた北朝鮮の核実験やミサイル発射でさえも簡単に探知できるのだから、人間の英知はとどまるところを知らない。

 そんなことを思いながらふと車内誌を開いたら、『霧』というタイトルのコラムが目にとまった。気象大学の先生が、霧と靄(もや)の違いを解説している。どちらも小さな水滴が空気中に漂って視界が妨げられる現象だが、違いは視界の距離で、霧は1キロ未満のものが、靄は1キロ以上10キロ未満のものが、それぞれ見えなくなる現象をいうらしい。

 似たような霞(かすみ)は、気象学上は認められていないが一般には春のもの。日本の古典文学では、霧と霞は明確に使い分けられている。

 ところで、雨かんむりの字をいくつ書けますか?

 中学生くらいの頃はこういうクイズが得意だったが、今ではまったくダメ。インターネットで辞書を引いたら、霜 露、霰、雹、霙、雫、霖 と書いて、それぞれ しも、つゆ、あられ、ひょう、みぞれ、しずく、ながあめ と読む。あまりふだんは縁のない字が多いし、読めても書けない字も多い。

 ボクらは学校で一生懸命覚えさせられたが、部首名はまだしも、画数やら筆順なんて今の子供に必要なんだろうか。でも、ヒマなときに漢字をじっと眺めているのも情緒があっていい。そう考えると、日本語というのはなかなか美しいものである。

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2006年9月28日 (木)

ドタキャン

 実は明日から3泊4日でバンコクに行く予定だった。
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 これは数ヶ月前から決まっていた業界の親睦旅行。ところがご承知のように、10日ほど前にタイミング悪くそのバンコクで軍事クーデターが勃発した。

 一緒に行くメンバーは大騒ぎ。ボクもこの1週間ほどは、外務省の海外安全情報を眺めながら日夜悩んでいた。国王が新政権を承認して、表向きはクーデターも沈静化した様子。しかしまだ不満はくすぶっていて、南部ではテロの可能性もあり、治安の悪化を指摘する声もある。

 さんざん迷って出発2日前の昨日 意を決してキャンセルすることにした。特殊なケースだからということで、旅行代理店はキャンセル料を30%にマケてくれた。往生際が悪いと言われそうだが、同じ行くなら安心して行きたい。

 ということで、今回は留守番役に回ることになった。参加される13人の方々が無事に帰国されることを祈る。

 何だか仕事も気持ちもポッカリ空いたような感じ。明日はゆっくり美術館でも行ってこようかな。

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2006年9月16日 (土)

土産物

 午前中の新幹線で帰阪した。

 ちょうど3連休の初日で、あいにく下りの新幹線は混んでいた。こだまからひかりに乗りかえるために名古屋駅のホームに降りる。立ち食いのきしめんをすすりながら横に目をやると、中年の男性がスポーツ紙を広げている。トップ記事は昨夜の中日-阪神戦。「川上完封」というあまり見たくない大きな文字が躍る。そうかここはドラゴンズの地元だった。よそ見をしないで、きしめんを黙々と平らげる。ここのきしめんは何度か食べたことがあるが、なかなか美味い。掻き揚げを乗せて1杯 500円也。

 昨日の昼食は修善寺で『伊豆蕎麦』(1100円)とやらを食べたが、普通の蕎麦とどう違うのかよく分からなかった。今朝も駅前の土産物屋にその蕎麦が並んでいたが、あまり手が伸びない。「名物に美味いものなし」とかいうけれど、たしかに『○○せんべい』や『××饅頭』なるものも買わないほうが賢明。そう思いつつ、店のヤリテ婆さんに入荷したばかり(本当かなぁ・・)というわさび漬けを強引に買わされてしまう。

 新幹線の車内では相変わらず『安倍川餅』と『うなぎパイ』をワゴンで売りに来る。ボクもよく買うが、数多くのライバル商品との競争を勝ち抜いて残っただけあって味は水準以上。この2つと『崎陽軒のシュウマイ』とが、ボクのお勧めの新幹線土産。

 でも家に帰ると、それくらいなら大阪でも買えるといつも言われている。もう買わないヨ・・・

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2006年9月15日 (金)

修善寺にて

 早朝の新幹線で伊豆に来た。

 Spo_photo1_1年に1回、東京にいるゼミの先輩たちとゴルフをすることになっていて、今回は『ラフォーレ修善寺』。新幹線の三島から伊豆箱根鉄道で修善寺まで35分。駅からさらに送迎バスで25分かかるから、大阪から行くのは大変だ。

 ちょっと早めに着いてのんびりしていたら、東京組が到着。会話と景色を楽しみながらのゆったりしたゴルフのつもりだったが、球筋が定まらないので、結局は左右を走り回るハメに・・・ でも、気のおけない仲間とのゴルフはスコア抜きに楽しい。

 風呂から上がって宴会が始まる。お互いの近況報告やら昔話やら・・・ こうしたふだん距離のある人たちとの会話は、自分の1年間を冷静に振り返ることができる。

 二次会はカラオケになった。同年代だから古い歌ばかり。どうも平素はアップテンポの若者たちにマイクを独占されているらしく、そのウサを一気に吐き出すような熱唱ぶり。部屋に帰ったらドッと疲れが・・・

 さあ、少し充電したから、また明日から頑張ろう!

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2006年8月31日 (木)

帰国

 夕方の便で無事帰国。
  関空で預けた車とイヌを受け取って、帰路につく。

 明日から子供たちは新学期。そしてボクも夏休みモードから切り替えて、旅行中にたまった仕事をひとつずつ片付けていく予定。

 今回12年ぶりの香港で感じたことを少し。

 まずは、当然のことながら、日本みたいに単一民族で構成されている国は少数派だ。香港にしても、中国人とイギリス人以外に、東南アジア系移民からアメリカ人、インド人、韓国人まで多種多様。共通言語は英語だが、意思疎通は日本人同士のように簡単ではない。昨今 日本でも人間関係の複雑化による事件が多発しているが、多民族国家での相互理解の難しさとは比較にならない。

 たまたま帰りの飛行機でニュースを見ていたら、ヤンキースの松井秀樹選手が高校野球の選抜メンバーから日米の違いを聞かれて「文化や習慣が違う。食事や言葉も違うけどね・・・」と答えていた。食事や言葉より前に、文化や習慣が出てきたことに彼の成長の跡が見てとれる。

 それから、今回特に感じたのは日本の果物の甘さ。向こうのイチゴは酸味が強いし、スイカも水っぽい。そういえば子供の頃、イチゴには砂糖や練乳をかけて食べていた。ミカンはもっと酸っぱかったし、リンゴも硬かった。牛肉や食パンの柔らかさも世界一だと思う。

 技術革新は物事の本質を隠してしまう。過保護に育てられた子供の感性が鈍るように・・・過ぎたるは及ばざるが如し。帰りの車で「○km先に渋滞があります」というカーナビの丁寧な案内を聞きながら、そんなことを考えていた。

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2006年8月29日 (火)

香港3日目

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 ゆっくりホテルで朝食を食べた後、地下鉄で海中トンネルを抜けて旺角(モンコック)へ。地下鉄の切符を買うのも一苦労で、子供たちが慣れないコインを選んでいる後ろには長い列ができてしまう。

 新しくできたショッピングモールで買い物をした後、また2階建てバスでフェリー埠頭まで。今度は小銭が足りず、あきれた運転手がバス代をおマケしてくれた。

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 バスから看板を眺めているのも面白い。漢字だからだいたい意味は分かるが、あちこちで自選寿司(回転寿司)の看板を見かける。叉焼のぶら下がった店先に外売熱線と書いてあるのは、持ち帰り用の専用電話番号ということだろうか。また、在家創業と書いたチラシは、今流行りの在宅勤務の勧誘らしい。

 ハーゲンダッツやスターバックスにも入ってみたが、味はまったく日本と同じ。その昔、上海で日本と同じハンバーガーを作るのに苦労した記憶が蘇る。郊外のケチャップ工場にまで行ったことを思い出すが、隔世の感がある。

 夜はホテル近くのB級グルメ探訪。ふらっと入った店で、蒸し鶏、小籠包、中華野菜の炒め物、餃子などを適当に頼んだ。たっぷり堪能して3千円でお釣りが来る。昨夜の店とは大違い。ちなみに、この店で青島ビール大瓶1本400円。ホテルのプールサイドだとカールスバークの小瓶1本1200円。まあ、そんなモノなのかな・・・

delaney's @wanchai 夜中に、湾仔(ワンチャイ)の盛り場に出てみた。猥雑な街中の英国風パブでスタウトビールを注文。キャッシュオンデリバリーの気楽な店で、2人で一杯ずつ飲んで2千円弱。このあたりはイギリスと中国が同居する不思議な空間。それが香港の魅力かもしれない。

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2006年8月28日 (月)

香港2日目

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  2階建てバスで香港島南部の赤柱(スタンレーマーケット)へ。急カーブの山道を結構なスピードで飛ばしていくのはなかなかスリリング。途中の淺水灣(レパルスベイ)は名作『慕情』の舞台になった場所で、風光明媚なビーチとして有名。今はホテル跡はショッピングセンターに改築されている。

  

Stanleymarket  香港島南部の赤柱は雑貨屋が軒を並べたような場所。シルク、印材(その場で名前を彫ってくれる)、怪しげなブランド品などが並んでいる。
  海沿いの小さな食堂(もちろん英語は通じない)に入って、漢字のメニューを見ながら、1杯150円の雲呑麺を注文した。初めは面白がって食べていた次女が、青菜に青虫がついているのを見つけて箸が止まってしまったのが可笑しかった。

  またバスで跑馬地(ハッピーバレー)まで戻って、譽満坊で飲茶。この店は最近日本のグルメ番組でもよく紹介されている。少し足の便は悪いがなかなか美味い。4人で6千円もあれば満腹になる。

 その後、妻は買い物に消えて、ボクたち3人はホテルのプールに。プールサイドの日陰で本を開いたが、いつの間にかウトウト・・・

 Starferry_1 部屋でシャワーを浴びていたら妻も戻ってきて、スターフェリーで九龍半島側へ。夕食はガイドブックを頼りに尖沙咀(チムサーチョイ)の竹園海鮮飯店に行ってみたが、日本語に堪能な店員が高いものばかり勧めるのには閉口した。名物のロブスターのチーズあえも口に合わない。4人で2万6千円。ちょっと勿体なかったなぁ・・・

 店から一歩外に出るとむせ返るような雑踏。目に飛び込んでくるのはギラギラの電光看板、そのすき間スレスレを走る2階建てデッカーバス、またそれに足早に飛び乗っていく人々のエネルギー・・・子供たちは目を丸くしてその風景を眺めている。

 少し散歩した後、またスターフェリーでビクトリアハーバーを渡る。約10分。2階席で2.2HK$(33円)。香港島の摩天楼に迫るパノラマはロマンチック。今日は長い一日で、胃のほうも少し疲れ気味・・・

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2006年8月27日 (日)

香港から

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 ちょっと遅めの夏休みをとって、家族4人で香港に来た。
  関空で車とイヌを預けて、そこから4時間弱の空の旅。時差は1時間。若い頃に何度か来たことがあるが、1997年に中国に返還されてからは始めてだ。以前のカイタック空港時代は、ビルをかすめるようなスリリングな離着陸を味わえたが、8年前に開業した新空港は離島に建設されたので、そんな心配もない。

 タクシーで香港島中心部まで約30分。エアポートエクスプレスにも乗ってみたかったが、荷物を考えてあきらめた。ホテルにチェックインした後、アイランドシャングリラのビュッフェに向かう。『食在香港』といわれるように、今回は4日間で胃袋の限界に挑戦する予定。

Yakei  日暮れに合わせて、トラムでビクトリアピークの山頂へ。15年前は寂しい展望台だったのが、お洒落な建物ができて昔の面影はない。でも、やはりここからの景色は『百万ドルの夜景』と呼ぶにふさわしい。しばし暑さを忘れる。
 ちょうど今ホテルに戻ってきて、子供たちが風呂に入っているところ。疲れて早く眠ってくれたら妻とこっそりシャンパンバーに抜け出そうと思っているが、コチラのほうが早くクタバリそうな気配・・・
 では、今宵はこのあたりで・・・
 

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2006年6月18日 (日)

町の名前

 子供につき合って、ディズニー映画の試写会に行ってきた。

 ふだんの睡眠不足がたたってか、ボクは会場の照明が落ちるとウトウトし始めて、2時間近くグッスリ眠っていた。お陰で、家族からはあとで大顰蹙。

 外に出たら、ちょうど雨も上がって気持ちがいいので、淀屋橋まで御堂筋をのんびり歩くことにした。さすがに日曜は車も少なく、気持ちのいい散歩だった。大きなビルの立ち並ぶ本町界隈を歩きながら、住居表示板に目をやると、本町、安土町、備後町、瓦町と、ワンブロックごとに町名が変わる。

 家に帰って地図を見たら、それぞれの町名が京都のように東西に長く広がっている。もうひとつ地図を見ていて気がついたのは、町と町との境界が、道路ではなく、家と家との背割り線に設定されていること。

 おそらく、城下町当時の町割り、つまり道をはさんで自治組織を作る『両側町』の名残りだろう。たしかに、ふだんの近所つき合いでも、背中合わせの家よりも道を隔てた向かいの家とのつき合いの方が濃い。公立学校の校区や上下水道、ゴミの収集などの行政サービスも、背割りのほうが合理的かもしれない。

 それにしても、大阪のど真ん中である御堂筋沿いに、古い地名がこんなに細かく残っているのは興味深い。

 ボクは一つの町をやたらに大きくして、『丁目』を乱造するのは反対だ。丁目では覚えにくいし、数字で個を識別することほど無粋なことはないと思う。

 東京で今をときめく西麻布界隈・・・現在の住居表示では『西麻布○丁目』だが、昔ながらの『霞町』『材木町』『龍土町』というほうが温かみがある。事実、タクシーの運転手はこちらのほうが分かりやすいのか、いまだに『○○町の交叉点』というように使う。小中学校でも『○○三小』『△△五中』とかいう愛想のない名前があるが、これも命名した人のセンスを疑う。

 地図を眺めていたら、目が冴えてきた。さて、これからクロアチア戦。試写会でタップリ昼寝をしたから、体調は万全だが・・・

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2006年5月28日 (日)

神戸空港

 久々の休日。朝起きたら、天気予報が外れて雲間から青空がのぞいている。阪神高速を飛ばして、今年2月に開港した神戸空港の見物に行ってみることにした。片道1時間ほどの快適なドライブ。

 神戸空港は、ポートアイランドのさらに南の人工島に建設された海上空港。実際に車で走ってみると、荒涼とした埋立地の広さに驚く。改めて感じるのは、3千億円という気の遠くなりそうな事業費の重み。聞くところによると神戸市がその9割を負担したとか。まだ震災復興のための市債も返せていないのに、ちょっと無理したかなぁ~という気がする。

 こじんまりしたターミナルビルは意外だった。ふだん関空や伊丹の大きな施設を見慣れているせいか「エッ!これだけ・・・」という印象。でも考えてみれば国内線だけの地方空港としては、充分な施設かもしれない。

 当分はボクたちみたいな物見遊山客のお陰でレストランも長蛇の列だろうが、これが一段落した後が本当の勝負。この近畿圏で3つの空港がうまく役割分担して共存できるとは思えず、採算ラインに乗せるのはなかなか厳しいだろう。

 20分ほど並んで、ターミナルビル最上階の中華ビュッフェの店に入った。展望が良く、飛行機が離着陸していく姿がすぐそばに見える。今日の神戸は雲が厚くたれこめて、残念ながら視界不良。この空港の前途を象徴していなければいいのだが・・・ 

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2006年3月12日 (日)

ひと休み

 少し仕事の区切りがついたので、昨日の午後から山中温泉に行ってきた。考えてみたら、2ヶ月ぶりの休みである。

 京都駅から湖西線経由の北陸本線特急『サンダーバード』に乗って、加賀温泉駅まで約1時間半。そこからホテルの送迎バスで30分弱。谷合いの静かな温泉町で、ちょっと疲れを癒すには恰好の立地だ。

 今回の目的は『雪』と『蟹』。しかし、ここ数日の暖かさで、雪のほうは残念ながらほとんど融けてなくなっていた。もう北国の春も近い。

 思い返せば、去年は知人に誘われて、いちばん忙しい2月末に能登の和倉温泉まで行ってきた。そのとき、ホテルの窓から見た『海に降る雪』の情景がずっと頭に残っていて、引き寄せられるように再び北陸路を訪ねてみたのだが、3月も半ばになるとずいぶん趣きが違っていた。

 雪国の人には怒られそうだが、大阪で暮らしていると、子供の頃から雪は憧れの対象だった。そして冬になると、いつも雪が降らないかと期待していた。年に1、2回、うっすらとでも雪が積もろうものなら大喜びで、校舎の陰に残ったわずかな雪を友達と奪い合って、イヌのように学校の校庭を走り回ったものだ。

 そんな年頃に、小学校の教科書で、世界的な雪の研究者 中谷宇吉郎の『雪は天からの手紙』というエッセイを読んだことがある。子供には少し難しかったが、科学者が書いたとは思えないような瑞々(みずみず)しい感性に溢れた筆致で綴られていて、雪の結晶の写真とともに、子供心にいたく感銘をうけた。彼は、すぐ近くの片山津温泉出身だとのこと。生家とともに保存されている『中谷宇吉郎 雪の科学館』にも足を伸ばしてみたかったが、今回は時間の関係であきらめた。

 もうひとつの目的 『蟹』のほうは、『活蟹』を味わうことができた。ちょっと小ぶりだったが鮮度は抜群。料理してくれた板場の人に聞いたら、本当にいい蟹は京阪神に送られてしまうので、地元ではなかなか手に入らないとか・・ 本場まで足を伸ばしながら、何だか不思議な思いで夜更けの湯に浸かっていた。

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2005年10月25日 (火)

天気予報を見ながら・・・

 ボンヤリとテレビの天気予報を見ていたら、『近畿地方』には三重県が含まれていなかった。今まであまり意識したことがなかったけど、そうだったかなぁ・・・ 

 子どもに聞いたら、学校の地理だと、三重県を含めた2府5県を近畿地方と呼んでいるらしい。たしか、ボクの記憶でもそうだ。もっとも、学校では『東海地方』という言い方はなく、愛知・岐阜より東はみんな『中部地方』で一くくりになっていた。

 中央官庁の管轄では、たいてい三重県は名古屋圏に含まれている。昔の高校野球でも、岐阜と三重で一代表校とされていた時期があった。特に四日市や津あたりだと、同じ伊勢湾沿岸だし、経済圏としては名古屋に近い。地勢的に見ても、東海地方でまとめたほうが好都合なのだろう。

 複数の都道府県をどう束ねるかという話は、結構神経を使うことが多い。会社の営業組織でも、わざわざ支店を置くほどの規模でもない場合は、他の都道府県から出張してくることになるが、どことくっつけるかは意外と難しい。単に営業効率で決めるというのではなく、その土地の人の気持ちを配慮しないとならないからだ。特に日本海側がややこしい。西からいくと、島根と鳥取は一緒にすることが多いが、お互い競争意識が強くてやりにくいらしい。兵庫と京都は飛ばして、福井は京阪神を向いている。石川は加賀百万石の独立国家で、富山はそれに付随している。そして、新潟は上越新幹線もあってか、気分的には東京に近い。山形はよく分からないが、秋田と青森は昔から仲が悪い。

 今流行りの市町村合併でも、住民投票やその前の推進協議会の段階で頓挫することが多いが、行政効率と住民感情の狭間で振り回されているような気がする。地元住民には、昔からの地名に対するこだわりや、大きいところに吸収される不安感があるが、それが中央の役人からは見えにくいのかもしれない。

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2005年10月22日 (土)

懐かしい駅弁

 朝刊の折込みチラシに、「全国駅弁大会」という活字が躍っていた。

 ふだん、あまりチラシを読むことはないが、駅弁の写真が目に入った。北海道の「カニ弁当」「ウニ弁当」、横川の「峠の釜飯」、高崎の「だるま弁当」・・・  みんな美味そうだ。これくらいなら名前も知っているし、何度か食べたこともある。

 昔の家族旅行で、よく見かけた光景である。列車が駅に停車する。窓から手を伸ばす客、短い停車時間の間に、我先にホームへ降りて家族分の駅弁を抱えて車内に戻ってくる客。そして、座席に持ち帰った駅弁の包装を、揺れる列車の中で注意しながら解く。蓋についた飯粒を、丁寧に剥がして口に入れてから、おもむろに中身に箸を伸ばす。ちょっと濃い目の味付けが、固めに炊いた冷たいご飯によく合う。でも、もうこんな経験をする機会も減っているのかもしれない。

 ウチの子どもたちにしても、生まれてこのかた列車の旅をしたことがないから、車内で駅弁を食べた経験がない。数年前のこと、自宅の食卓に並んだ駅弁を見た長女が、「このお弁当、どうして駅弁って言うの?」と、妻に聞いていた。唖然としているボクを尻目に、妻が長女に説明していたのを思い出す。

 新幹線でいつも不思議なのは、浜松駅には停車しないはずの『のぞみ』でも、そのあたりになると、決まって「浜名湖名物 うなぎ弁当 と 安倍川餅 はいかがでしょうか?」と車内販売が回ってくること。東京駅から積んでいるのは分かっているのだが、たいていはお腹の空いた時間帯で、またひっかかったと思いつつ、乗せられて買ってしまう。でも、たとえ浜松に停車したとしても、新幹線は窓が開かないから、ホームまで降りてハラハラしながら買うしかない。そう言えば、昔の信越線横川駅の弁当売りのオバさんたちの早業(はやわざ)を思い出す。お釣りの束を握り締めて短時間で効率良く売りさばくあの人間国宝並みのテクニックは、もう宝の持ち腐れになってしまったのだろうか。

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2005年9月17日 (土)

愛・地球博

 昨日、「愛・地球博」に行ってきた。

 あとでニュースを見たら、ちょうどこの日で開幕からの来場者が2千万人を突破したらしい。平均すると、日本人の7人に1人くらいは行ったことになる。平日とはいえ、この日の来場者は21万人。とにかく、人・ひと・ヒト・・・・・  どこに行ってもすさまじい人の数である。東京ディズニーランドがいくら混んでいるといっても、休日でも10万人を超えることはない。それを考えたら、この数字がいかにとんでもない数字か分かると思う。

 当然、人気パビリオンは長蛇の列で、トヨタ館、日立館などは軒並み3時間待ちだとのこと。文句も言わずに並んでいる人たちを見ていると、日本人の我慢強さにホトホト頭が下がる。新聞によれば、昨日オープンした東京・秋葉原の「ヨドバシカメラ」には、開店前から徹夜組を含めて5千人が列を作っていたとか・・・ そういえば神戸の震災の際にも、被災者たちが救援物資の配給を受けるために整然と並んでいた。その映像は海外にも配信され、そんな非常時でもルールを守る日本人の姿に、欧米人たちは驚嘆したという話を聞いたことがある。今回のアメリカのハリケーンの被災地が、略奪や暴行で無法地帯と化している姿とは比ぶべくもない。

 しかし、ボクは日本人のDNAが足りないのか、そこまで並んで入る気がしない。せいぜい30分程度で入れるようなパビリオンを4、5ヶ所回って、お仕舞いにした。それでも人ごみを5時間近く歩き回っていると、さすがに足が棒のようになった。

 帰りのバスで、「皆さん、いかがでしたか。疲れたでしょう。地球に優しいということは、人に厳しいということです。」というガイドさんの言葉だけが妙に印象に残っている。

 会期末まであと10日、まだの方は覚悟してどうぞ・・・

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