2008年7月18日 (金)

マロン

 我が家のマロンも、8月3日で7歳になる。

 イヌの年に7を掛けると人間の年齢になるというから、もう立派な中年オヤジである。ボクの域に近づいてきた。

 Dscf0038我が家に来たのは生後40日のとき。さすがに生まれ故郷のみかん農家(和歌山)など記憶にないだろう。

 高速を飛ばして御坊ICまで受け取りに行ったら、黄色いバスケットの中で震えていたのが初対面。あまりに小さいのに驚いた。体重 500gほど 体長は 25センチもなかったと思う。我が家での最初の夜は、母親が恋しいのかクンクン夜鳴きをしていて、子供たちがその様子を心配そうに見守っていた。それが今では、仰向けになって大股開きで寝ている。

 初めの頃は子供たちが喜んでいじり回していたのに、結局は散歩とエサやりは妻の仕事に落ち着いた。シャンプーはドライヤーが難しいので断念し、今ではプロにお願いしている。歯磨きと爪切りは嫌がって、歯ブラシを見ただけで逃げてしまう。妻が初めて予防接種に連れて行ったとき、人間のように腕(前足)を出したら「首の後ろです!」と獣医に笑われたらしい。たしかにあんな骨ばった細い足では注射針が刺せない。

 イヌのくせに臆病で内弁慶。電話やインターフォンが嫌いで、ずっと吼えている。ネコもどうやら苦手と見える。一度家の裏でイタチに出くわしたようで、それからは裏には行かない。

 Dscf0012一度見合い話があったのに、流れてしまった。マロンの子供を見たいが、これも縁のもの。一生独身で終わるかもしれない。

 いつもケージに入れているのだが、たまに柵を飛び越えて出てくることがある。そのときは必ず長女の部屋でイタズラをしている。間違ってもボクの書斎には入らない。やっぱりオスの本能なのだろうか。

 ヤマほどデジカメで撮った写真がある。子供たちの成長と重ね合わせて眺めるのも楽しい。いつまでも元気でいてほしいと願う。

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2007年1月 8日 (月)

二人きり

 朝起きてお茶を飲みながら、今日の予定を考える。

  事務所に出るつもりだったが、考えてみたら来週末からしばらく休みは取れそうにないので、今日はオフにした。気ままなものである。
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  ということで、久々にマロンと朝の散歩に出た。4歳のオスのポメラニアン。体重わずか2.8kgだが毛が伸びてフワフワ。抱き上げた人はあまりの軽さに驚く。獣医からはもう少し太ってもいいといわれているらしいが、なかなか体重が増えない。

 時間もあったので、少し遠くまで足を伸ばしてみた。気の向くままに住宅街をブラブラ歩く。不思議なもので、イヌを飼い始めてから、どこの家にどんなイヌがいるかだいたい分かるようになった。散歩で会う飼い主の顔も知っていて、会うと会釈をする。子供を介しての付き合いも増えてきたが、公園でイヌ仲間とも声を掛け合うようになった。

  帰りに晴れ着姿の若い女性とすれ違ったが、しばらくしてから今日は成人式だったことに気がついた。第2月曜日といわれても、今ひとつピンとこない。

 午後からは、妻はバーゲンに、子供たちは部活に塾にとそれぞれ出かけてしまった。またガランとした寒々しい家にマロンと二人きり。時々ケージに目をやると、柵のすき間からジッとこちらを見ている。ふだんはボクにはあまり反応しないのだが、誰もいなくなると寂しいらしくクンクンと鼻を鳴らす。

 まあ男同士、今年も仲良くやろうということで、好物のチーズを与えて、ボクは冷蔵庫に氷を取りにいく。静かな真冬の午後・・・

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2006年1月25日 (水)

ペット・ロス

 昨今のペットブームの中で、『ペット・ロス』という言葉をよく耳にするようになった。愛するペットを亡くした寂しさ、虚脱感というような意味だろうか。

 これは、一種の現代病だと思う。少子化や核家族化によって、同居家族の数が減りつつある。そして、子供がいない夫婦や老人家庭、ひとり暮らしの女性などの世帯では、人の代わりにペットが家族の一員として重きをなしつつある。おのずとペットへの思い入れは強くなり、ペットロスによる心の傷は大きくなる。

 毎月1回、ウチの事務所に来る北新地のママがいる。

 ひとり暮らしの彼女は、自宅マンションで用心棒代わりにシベリアンハスキーを飼っていた。店を閉めて家にたどり着くのは、遅いと明け方になる。でも彼女は、帰宅後 愛犬と散歩に出るのを日課にしていて、その後ゆっくりシャワーを浴びてから、一緒にベッドで眠る毎日だったという。

 その愛犬が、昨年末に亡くなった。15歳というから、天寿全うといえるだろう。最後の1年半くらいは要介護状態で、自力で立つこともままならず、定期的に獣医の往診を受けていたらしい。もちろん、健康保険や介護保険はきかないから、多い月は20万円近くの費用がかかったそうだ。

 それでも最後は、彼女が自宅にいる日曜日に、彼女に抱かれながら天国に旅立ったと、涙を浮かべて語ってくれた。「優しい飼い主に手厚く最期まで看取ってもらえたのだから、ペットとしては幸せな一生だったでしょう」とボクは彼女に言った。

 彼女が帰った後で、イヌの幸せとは何だろうと考えた。今はペットだから、人間が餌を与えなければ生きていけない。でもその昔は、オオカミとして野山を駆け回っていた。その頃は、長くても4,5年の命で、その屍骸は他の肉食動物の腹に収まっていたはずだ。それが、いつしか人間に飼われるようになって、自分で狩りをする必要もなくなった。寿命も伸びて、死ねばペット霊園に祀られる。野山を走る自由は失ったが、三食昼寝付きで食べ物や外敵の心配はない。短くても自由な人(犬)生を選ぶか、味気ないペットフードを食べながら安穏として天寿を全うするのがいいのか、イヌの心は誰にも分からない。

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2006年1月17日 (火)

イヌの名前

 今年は戌年だが、某保険会社の調査によると、イヌの名前でいちばん多いのは『チョコ』だとのこと。以下、『モモ』(2位)、『マロン』(3位)と、美味しそうな名前が続く。ちなみに、ウチのイヌの名前は『マロン』だが、こんなに多い名前だとは知らなかった。

 マロンの名付け親である長女に「いちばん多いのはポチかと思った。」と言ったら、「ハナサカジーさんじゃあるまいし・・・ ヨソで言わないでヨ。トシがバレるから」と軽くいなされた。

 ところで、イヌは自分の名前が分かるのだろうか。イヌを飼っている人の大半は肯定するから、きっと賢いイヌは分かるのだと思う。でも、残念ながらウチのマロンはダメ・・ 甘やかして育てたせいか、あまり利口ではない。「マロン!」と呼んだら、遊んでもらえると思ってシッポを振るが、「ポチ!」と呼ばれても喜んでいる。広い公園でリードを放そうものなら、いくら大声で呼びかけても近寄ってこない。飼い主の区別がついているかどうかも怪しくて、シャンプーしてくれるペットショップの若いお姉さんには異常に慣つくので、コチラがイヤになる。

 しかし、いくらバカ息子と言っても、深夜帰りの主(あるじ)をチャンと迎えてくれるのはオマエだけだ。夜中にクンクンと纏(まと)わりつかれると、ついつい好物のビーフジャーキーを与えてしまう。こんなことをしているから、飼い主はいつまでもナメられているのだろうが、戌年に免じて今年は許そう。

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2005年8月 4日 (木)

男同士

 3年前から、雄(おす)のポメラニアンを飼っている。

 きっかけは長女だった。幼い頃から動物が好きで、よく公園を散歩している犬の相手をして遊んでいた。そして、3年ほど前に近所の人から、その長女を近くのペットショップで見かけたという話を聞かされた。本人に訊ねたら、どうせ飼ってもらえないだろうと思って、親に内緒で友達とペットショップに行っていたという。

 そこまで欲しいのならと、ボクも重い腰を上げた。予想外の展開に驚いた彼女は、親の気持ちが変わらないうちにと、ボクの手を引っ張るようにそのペットショップに連れていった。しかし、目指すポメラニアンの子犬のケージには、無情にも売約済みの札が貼られていた。本当に僅(わず)かの差だったらしい。長女の目からは大粒の涙がボロボロこぼれ、ケージの前で泣き崩れた。

 その夜、意を決したボクは、子供たちが寝静まってからインターネットでポメの子犬を探し回った。すると、和歌山県の南部(みなべ)の山中にいた。ミカン農家が副業でイヌのブリーダーをしていたのだ。翌朝すぐに連絡をとって即決、こちらから車で迎えに行くことになった。そして次の土曜日、ボクは二人の娘を乗せて、待ち合わせの御坊ICまで高速を飛ばした。待つことしばし、生後40日のポメが少し遅れてやってきた。

 栗毛色だったので、長女がマロンと名づけた。マロンは家族にすっかりとけ込んで、今ではマロンのいない生活は考えられない。最初は生き物は嫌だと言っていた妻が、今ではいちばん可愛がっているかも知れない。ふだんの散歩やエサやりは妻子に任せっ放しの面倒見の悪い飼い主だが、家族が寝静まった深夜に帰宅しても、マロンはちゃんと目を覚まして主(あるじ)を出迎えてくれる。人とイヌと言っても、そこは男同士、女には分からぬ心の触れ合いがある。そして、ナイトキャップの氷の音がすると、マロンは大好物のチーズが貰えると思ってシッポを振って鼻を鳴らす。しばし、お互い至福の時間・・・

 こうして、男同士の夜は静かに更けていく。

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