名古屋国際女子マラソン。
復活を期した高橋尚子の夢はかなわなかった。9キロ地点で失速し、あとは先頭集団との差は開く一方。終わってみれば27位と惨敗だった。
Qちゃんの強みは、マラソン10戦7勝という実績と経験。しかし、1年4ヶ月ぶりのレースと35歳という年齢を考えると不安は大きかった。さらに、これまでは練習の目安としていたハーフマラソンに出ずじまい。
今日のブログはQちゃんのことを書くつもりだった。もし優勝して北京の切符をつかんだら書こうと思っていたネタもあったが、それは封印しておく。
昔からQちゃんのファンで、彼女が出るレースはほとんどすべてライブで見ている。過酷なマラソンレースとあの爽やかな笑顔とのアンバランスが何とも魅力的だった。2000年のシドニーで、シモンとの死闘を制してゴールのテープを切った姿は今でもハッキリ覚えている。
その彼女に対する印象が変わったのは、アテネの代表選考から落ちたときの記者会見。陸連が下した決定そのものは正しかったのだろうが、選考基準の曖昧さに国民は憤った。
会見は圧巻だった。ヒロインの悔し涙を待ち望んで集まったテレビカメラを前にして、当のQちゃんは恨みごとひとつ言わず、一粒の涙も見せなかった。陸連の決定を従容として受け入れ、すべてを自分の責任として甘受する姿勢を貫いたのだ。タダの人ではない。記者団とのやりとりを見ていて、ここまでデキた人間はそうザラにはいないと感心した。
そのアテネの翌年11月、東京国際で2年ぶりのフルマラソンを制して、不死鳥のように蘇る。表彰台で彼女は、国立競技場を埋め尽くした観客に笑顔でこう語った。
「夢を持ち続けて頑張れば、暗闇の道にも光が射してくることをみなさんに伝えたかった」
オリンピックがすべてではない。マラソンは楽しむために走るのだ。そういう生き様が気負いのない言葉に表れていた。泣けた…
仕事でも勉強でも、苦しいとすぐに投げ出す人がいる。失敗したら二度と同じことに挑戦しない人がいる。 それに比べて、シドニーの金メダルからいったん奈落の底まで落ちて、再び這いあがってきたQちゃんが何と神々しく輝いて見えたことか。
結果が出せずに挫折したときに、まず自分の弱さや欠点を省みることのできる強さ。自分が一番苦しいはずなのに、弱音を吐かず、言いわけもせず、ふだんと同じ笑顔で答えられる精神力。
今日のレースでも、沿道を埋め尽くす応援はQちゃんひとりに向けられていたといっていい。そのプレッシャーをバネに、声援をエネルギーに、彼女は先頭集団から離されても黙々と完走した。
剣道に『遊剣不動』という言葉がある。厳しい剣の修行に耐えて、その苦しさを楽しみつつ不動の自分をつくる、という意味だろうか。人生万事に通ずる極意である。アベベも円谷も君原もみんなそうだったが、マラソンランナーは哲学者であり求道者である。
解説をしていた有森裕子が、かつてこんな言葉を残している。「レースの日は 42.195kmですべてが終わる。だから少しも苦しくない。その水面下にあるこの何百倍もの練習こそがマラソンと呼べるものなのです。」
これからのQちゃんの人生にエールを送りたい。