冬の朝
子供の頃、朝起きるのが苦手だった。
とくに冬場は、目が覚めてもなかなか布団から出られない。母の声が階下から聞こえてくるのだが、またウトウト眠ってしまう。
そんなことを続けていたら、最後は誰かが布団を剥がしにくる。あきらめて下に降りると、火鉢に乗ったヤカンからシューシューと立ちのぼる湯気。そこからホーローの洗面器に少し湯を移して、やけどしないように水を足す。顔を洗いながらも、まだ半分寝ぼけ眼(まなこ)。肌着と靴下はコタツの中で温めてくれていて、急いでパジャマから着替える。
卓袱(ちゃぶ)台で妹たちと朝食を食べながら、NHKの朝ドラ『おはなはん』を見ていた記憶がある。調べてみたら、やはりボクが6年生のときに放送されていた。
そのうちに近所の同級生が誘いに来て、一緒に登校する。子供の足で 3、4分。途中でドラム缶で焚き火をしているところが何ヶ所かあった。ちょっと暖をとって、また学校へ急ぐ。
全国的には珍しいことだが、当時、大阪市内の公立小学校は制服を導入しつつあった。ウチの小学校も、ボクが5年生くらいのときに制服になった。もちろん冬でも半ズボンで、コートなんて誰も着ていなかった。
教室は石炭ストーブ。毎朝、当番の児童が石炭をとりに行って、先生が火をつける。ストーブで暖まってくると、モップ掛けされた床から安物の油の臭いが教室に充満する。あの鼻をつくような臭いは、学校でしか嗅いだことがない。
寒い朝の朝礼は苦行である。校長の訓話はいつも長くて飽き飽きしたが、それでもポケットに手を入れることは厳禁だった。
昭和30年代の学校はまだ軍隊の延長線上だったのか、怖い先生も多かったし、体罰も当たり前。さまざまな環境の変化もあるにせよ、今どきの先生はどうも子供と近すぎる。
寒々しい廊下に出て、窓ガラス越しに見上げた空は凛として青かった。同じ冬空を仰ぎながら、そんなあの頃のピシっとした緊張感を懐かしく思い出す。
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