白いカーネーション
母の日に花屋の前を通りかかると思い出すことがある。
小学校の低学年くらいの頃だったと思う。
教室で担任の先生がカーネーションの造花を配った。安全ピンで胸の名札の横につける。リボンには「お母さん ありがとう」というような文字が印刷してあった。回りを見回すとみんな赤いカーネーション。その中に一人だけ白いカーネーションをつけた女の子がいた。
ボクは先生の説明を聞いて、彼女には母親がいないことを知った。亡くなったのか、離婚したのかは知らない。でもまるで悲しみに追い打ちをかけるような白。どうして幼い子供にそんな残酷なことをするのだろう。彼女は泣きべそをかいていた。
その子の家は二間続きの古い文化住宅で、一度だけ万年床の上でトランプをした記憶がある。あれは今でいう父子家庭だったのかもしれない。そしていつの間にかその子は転校して姿を消してしまった。その古家のあたりも再開発されて、今では跡形もない。
亡くなった橋本竜太郎元首相が、母の日の思い出を聞かれて「ボクはカーネーションを赤と白に分けるという発想が嫌いだった」と答えたことがある。質問した記者も意外な返答に言葉を失った。
彼のお母さんは社会福祉活動で活躍した有名な方だが、実母ではなかったのだ。嫌味で鼻っ柱の強い性格は好きになれなかったが、寂しそうな横顔から、ちょっと人間臭い一面を垣間見た思いがした。
我が家では昨日、子供たちが赤いカーネーションの鉢植えを買ってきた。妻の笑顔を見ながら、ふと遠い昔を思う。あの子もどこかで幸せなお母さんになっただろうか。
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