「美しき自転車乗り」
小学校の高学年くらいから、推理小説に夢中になった。
始めは子供向けに書き直した『怪盗ルパン』や『怪人二十面相』などを読み耽った。そのうちにシャーロック・ホームズに行きつく。中学に入った頃からハヤカワミステリー文庫をシリーズで揃えて何度も読んだ。大学の教養課程ではコナン・ドイルの原作がテキストになったこともあって、もう一度読み返した。
今から20年ほど前だったと思う。NHKの海外ドラマとしてこのシリーズの放送が始まった。残念ながら見逃したものが圧倒的に多い(全部で41作品あるらしい)のだが、このときボクはジェレミー・ブレットという俳優を初めて知った。
黒いフロックコートとシルクハットを身にまとって、ステッキを肩に当てながら軽快に早足で歩く姿、人差し指を唇に当てたり、手のひらを顔の前で合わせたりするのは原作のまま。何より、あの印象的な大きな灰色の瞳は、まるでシャーロック・ホームズを演じるために生まれてきた役者だとしか思えない。
吹き替えの露口茂の声も渋くて良かった。相棒のワトソンは長門裕之で、アフレコとはいえ豪華キャスト。
とても印象に残っているシーンがある。『美しき自転車乗り』(”Solitary Cyclist”)という作品で、イギリスの緑鮮やかな田園風景の中、若い家庭教師が颯爽とペダルをこいでいくのを、覆面をした不審な男が自転車でつけ回す場面。帽子を被った正装姿の女性が田舎道を自転車で走っている姿がいかにも奇妙で、ハッキリと頭の片隅に残っている。
それに比べると、書物の記憶というのはあいまいなものだ。十代であれだけ耽読したホームズですら、今あらすじを覚えている作品はせいぜい5つくらい。
「百聞は一見に如かず」というが、いいか悪いかは別にして、視覚による映像はイメージを固定化してしまう。それに対して読書の楽しさは、想像力で行間を自由に膨らませすことができること。もちろんどちらも面白いが…
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