2008年7月23日 (水)

勇気

 過ちを犯したときに、素直に部下に謝ることができるだろうか。

 自分の判断や指示が間違っていたために、失敗することがある。そんなときに上司から叱責されるのは仕方がない。しかし、自分より目下にある者に対して「悪かった!オレの責任だ」と正直に詫びることができるだろうか。これはなかなか難しいが、そんな魂の懺悔は部下の胸を熱くする。謙虚さは、人間として大切な資質だと思う。

 逆ならたくさんいる。若い頃、会社でさまざまな人を見た。いつも手柄をひとりじめにする人。自らの失敗を部下に押しつける人。そんな人は、酒場でさんざん陰口をたたかれていたものだ。

 昨日、クルマで聴いていたラジオで、アナウンサーがゲーテの有名な言葉を紹介していた。

 「財を失ったら、懸命に働いてとり返したらいい。
 名誉を失ったら、挽回すればいい。
 勇気を失うくらいなら、人間をやめたほうがいい。」

 ここで勇気というのは、謝罪する勇気だという。

 彼は、子供との関係を引き合いに出していた。たとえば夏休みの宿題。子供が分からないから教えてほしいという。ところが間違った解き方や答えを教えてしまった。あとで、その誤りを子供から指摘されたとき、素直に子供に謝る勇気があるだろうか。

 いくら相手が自分の子供でも、間違いは間違い。つまらない言い訳をしたり、話をすり替えたりするのは卑怯である。正直に非を認めて、子供の土俵にまで降りて一緒に考えて解いてみる。その親の姿を、子供は一生忘れない。

 人間関係一事が万事。会社でも家庭でも、けっして頭越しに見下してはならない。

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2008年7月22日 (火)

グレッグ・ノーマン

 久しぶりにビッグネームが戻ってきた。

 Apx200807200003全英オープンでのグレッグ・ノーマン(53歳)の雄姿に心が躍った。おそらく世界中の50代が同じ気持ちを抱いたのではないか。さすがに外貌は年齢を隠せないが、白髪をなびかせながら鬼気迫る形相でのショットは、一時代を築いた全盛期の姿を髣髴させる。

 ホワイトシャーク(白い鮫)という異名を持ち、80年代には世界のゴルフ界の頂点に君臨した男である。あまりに強すぎて、アメリカでは悪役だった。不思議とメジャーのタイトルには恵まれず、2位・3位が多かったと記憶している。それでも、331週間に亘って世界ランク1位を守った。

 リンクス特有の強風に各選手がスコアを崩す中、単独首位で最終日を迎えた。ひょっとして…と思いながら、日曜日の深夜、家族が寝静まったテレビの前にひとり陣取る。テーブルにはスコッチのオンザロックス。

 バレスレロス、ニクラウス、ランガー、ワトソンなど、往年の好敵手たちの姿が次々と目に浮かぶ。若い頃、会社の独身寮で夜更かししながら何度も見た光景だ。

 結局その最終日、ノーマンは77とスコアを崩し、通算9オーバーで3位に終わった。残念だが、充分に楽しませてもらった。

 ホールアウト後のセルフがふるっている。
 「夢を追うのに年齢は関係ない。」
 スポーツだけでなく、すべてに通じる名言である。猛暑の3連休、心の底まで熱くなった。

 ボクも同い年。負けてはいられない。

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2008年7月21日 (月)

筆順

 その昔、小学校の先生に、漢字の部首やら画数やら筆順やらをうるさく教えられた。

 部首と画数は漢字辞書を引くのに必要だった。日本語というのは難しいものだと思いつつ、無理やり幼い頭に叩き込んだ。「次」という漢字の部首が、偏(へん)ではなく旁(つくり)の欠(あくび)だなどと、大人になった今ではほとんど必要のない知識。半分以上はすっかり忘れている。

 筆順も苦労した。「必」「飛」「武」「発」などは何度も書いて覚えた。「右」はタテの払いから、「左」はヨコ棒から、と似たような字でも筆順が違うのが不思議で、どうしてこんなつまらないことを覚えさせるのかと思った。最近は漢字を書くことがめっきり減ったので、筆順どころか漢字そのものが思い浮かばない。

 子供たちが勉強しているのをたまに覗くことがあるが、驚くのは筆順が滅茶苦茶だということ。漢字どころかひらがなにしても同じ。今どきの先生は鷹揚で、あまり気にしないのだろうか。しかし箸の持ち方と同じで、いったん誤って覚えると、あとで矯正するのは難しい。

 早くきれいに字が書けるなら、それほどやかましく言うことでもないのかもしれない。そう思いつつ、目につくと思わず注意してしまう。子供たちは「また始まった…」と顔を見合わせている。

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2008年7月20日 (日)

野茂の引退

 何日か前に野茂の話を書いたばかりなのに、その野茂が引退を発表した。

 2008071800000000maipbaseview0004月にロイヤルズを解雇された後も、現役続行を希望していたらしい。でも結局は、彼を獲得する球団は現れなかった。引退に際して、会見も開かずに「悔いが残る」とコメントしているのが、いかにも野茂らしい。

 彼が近鉄を任意引退して海を渡ったのが1994年。翌年ドジャースとマイナー契約を結ぶ。ボクが会社を辞めて大阪に戻ってきた年だから、よく覚えている。

 今回の報道を見ていると、メディアは一様に「メジャーに挑戦したパイオニア」と高く賞賛している。勝ち馬に乗るのがマスコミの習性とはいえ、「今ごろよく言うよ」というのがボクの素直な感想である。

 14年前を思い起こしてほしい。あのとき、日本球界もマスコミも彼を手厳しく非難した。わがままだと決めつけて、メジャーでの活躍にも懐疑的だった。

 あの寡黙さから彼の気持ちを読み取ることは難しいが、パッシングの嵐の中、傷心で日本球界を去ったのだと思う。そして二度とここには戻らないと退路を断ったはずだ。

 彼の素晴らしさは、自らを信じ、他人の意見などに一切耳を貸さず、自らの力で進むべき道を切り開いていったこと。名門校で指導者に恵まれたわけでもなく、自分で編み出したトルネード投法を頑固に守り通した。雑草のように武骨な生き方。

 かつて『平成の名勝負』と言われた清原との対決は見ごたえがあった。フォークを封印してストレート1本勝負。記録を調べてみたら、5年間の対戦成績は118打数42安打(10本塁打)。3割5分6厘の高打率を残しているが、34三振も喫している。

 その清原が「自分のタマで勝負できる最後のピッチャー」だったと述懐している。清原にしてみたら、あの松坂だって眼中にないのだ。

 これからは引く手あまただろうが、日本での解説者などつまらない仕事は引き受けてほしくない。海の向こうで、また新しい道を切り開いていくのが彼には似合っている。

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2008年7月19日 (土)

ボク・僕・オレ・俺

 このブログでは一人称を「ボク」に統一している。

 「私」にしようかと思ったのだが、ちょっとイメージが固い。覆面ブログで自由に書くのなら「ボク」のほうがペンが弾むかもしれない。そう思って「ボク」にした。

 ふだんの生活の中で「ボク」という言葉はまず口にしない。初めのうちは読み返しながら「このボクっていったい誰?」というような戸惑いを感じたが、最近はさすがに慣れてしまった。

 常用漢字に「僕」という字がある。辞書を引くと、もともと身分の低い召使い=「しもべ」の意味で、自分を謙遜して使う言葉らしい。耳で聞くと同じでも、目で触れると「僕」と「ボク」とでは印象が異なる。カタカナの「ボク」は柔らかくて情緒的。ガラス細工のような脆さと優しさが同居している。

 仕事のときや改まった場での一人称はたいてい「私」だが、これはいかにも無機質でつまらない。ちょっと親しい友達には「オレ」という。

 現在、常用漢字に「俺」は含まれておらず、今回の改定でこれを入れるかどうかもめている。たしかに新聞を見ていても、中日・落合監督の代名詞「オレ流」なんて言葉はカタカナを使っている。

 日常の口語では頻繁に使われているのに、「子供に教えるべきでない」という反対論があるらしい。でも「言葉として汚い」とか「品がない」とかいう理由で排除すべきではないと思う。

 「僕」から「俺」というのは少年から青年への通過点であり、男なら誰しもたどる道程だ。最初は背伸びして、ちょっと悪ぶって使う言葉だが、いっぱしの大人になればみんなちゃんと使い分けができる。

 何とか委員会のエライ先生方に申し上げる。「公文書では使わないから」なんて、頭の固いことを言わないでほしい。

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2008年7月18日 (金)

マロン

 我が家のマロンも、8月3日で7歳になる。

 イヌの年に7を掛けると人間の年齢になるというから、もう立派な中年オヤジである。ボクの域に近づいてきた。

 Dscf0038我が家に来たのは生後40日のとき。さすがに生まれ故郷のみかん農家(和歌山)など記憶にないだろう。

 高速を飛ばして御坊ICまで受け取りに行ったら、黄色いバスケットの中で震えていたのが初対面。あまりに小さいのに驚いた。体重 500gほど 体長は 25センチもなかったと思う。我が家での最初の夜は、母親が恋しいのかクンクン夜鳴きをしていて、子供たちがその様子を心配そうに見守っていた。それが今では、仰向けになって大股開きで寝ている。

 初めの頃は子供たちが喜んでいじり回していたのに、結局は散歩とエサやりは妻の仕事に落ち着いた。シャンプーはドライヤーが難しいので断念し、今ではプロにお願いしている。歯磨きと爪切りは嫌がって、歯ブラシを見ただけで逃げてしまう。妻が初めて予防接種に連れて行ったとき、人間のように腕(前足)を出したら「首の後ろです!」と獣医に笑われたらしい。たしかにあんな骨ばった細い足では注射針が刺せない。

 イヌのくせに臆病で内弁慶。電話やインターフォンが嫌いで、ずっと吼えている。ネコもどうやら苦手と見える。一度家の裏でイタチに出くわしたようで、それからは裏には行かない。

 Dscf0012一度見合い話があったのに、流れてしまった。マロンの子供を見たいが、これも縁のもの。一生独身で終わるかもしれない。

 いつもケージに入れているのだが、たまに柵を飛び越えて出てくることがある。そのときは必ず長女の部屋でイタズラをしている。間違ってもボクの書斎には入らない。やっぱりオスの本能なのだろうか。

 ヤマほどデジカメで撮った写真がある。子供たちの成長と重ね合わせて眺めるのも楽しい。いつまでも元気でいてほしいと願う。

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2008年7月17日 (木)

袖の下

 ある大手メーカーの下請けをしているKさんの話。

 彼は、某車両工場内で、われわれがふだん乗っている地下鉄やJRなどの車両の一部を作っている。法人組織にはしているが、プレイングマネージャーの社長と、熟練工5、6人の零細企業。

 同じような下請け数社で受注合戦になるらしいが、最後に勝負を分けるのは発注担当者とのコミュニケーションの濃淡。情報をいち早く聞き出したり、便宜を図ってもらったりするには、それなりの苦労がある。

 「でも最後は現ナマなんですよ。」
 とKさんは恐ろしいことをサラリと言う。仕事をもらう見返りとして、数パーセントの謝礼を発注担当者に渡すらしい。

 「それは公務員だったら賄賂ですよ。そんなお金をもらったら、むこうの会社でも服務規程違反になるんじゃないですか?」
 「いや、会社は見て見ぬふりをしてるんです。発注担当だけじゃないですよ。検査担当にも渡します。検査は何十項目もあって、ちゃんと付け届けをしておかないと意地悪されて検査が通りませんから…」

 Kさんの会社は、こうしてオモテに出せない交際費がかかる。そしてこれはみんなKさんのポケットマネーから出る。中小企業の社長は大変だ。

 今どきの言葉でいうと”パワハラ”。昨今は訴え出る場も用意されているが、でもまさかケンカまでする勇気はない。こんな人を、ボクは他にも何人か知っている。

 「来月はお盆でしょ。盆暮れにはまたプラスαが必要なんです。」
 今年は不況で夏のボーナスが減るらしいが、会社以外からこうやってせしめる輩もいる。こんなことがまかり通る世の中は、どうもおかしい。

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2008年7月16日 (水)

金光大阪vs高槻

 いよいよ大阪も梅雨明け宣言。真夏の陽射しが眩しい。

 そんな中、午後から仕事を休みにして、豊中球場まで行ってきた。

 2008_07160012妹の次男が高校野球の地区予選に出ているのだ。5年ぶりに緒戦を突破し、今日の2回戦の相手は”金光大阪”。昨年夏の大阪代表として甲子園に出た強豪である。

 双方のスタンドを見比べると、さすがに格が違う。相手校はベンチ入りできなかったユニフォーム姿の選手たちを中心に、そろいのTシャツ姿で応援席に整然と陣取る。地鳴りがするような一糸乱れぬ手拍子には、思わず見とれてしまう。

 対するこちらはバラバラの寄せ集め応援団で、声を出すのも何だか恥ずかしげ。いや、こういうのが素人臭くていいのだ。試合前のノックにしても、相手はプロの監督。こちらは… でも、もうそれは言わない。

 2008_07160022しかし驚くなかれ…コールド負けかと思いきや、フタを開けてみると試合はがっぷり四つに組んだ好ゲーム。そしてクライマックスは8回裏。1点差に追いついてなおも1死満塁。一打逆転の好機に、1年生ながら3番を任されたわが甥っ子が登場。3塁側スタンドは興奮の坩堝(るつぼ)。隣の母は目をつぶって手を合わせ、最前席で父はデジカメを構えて微動だにしない。固唾を飲んで見守る応援席。しかし、その願いもむなしくフルカウントからあえなく三振。後続も絶たれ、スタンドから悲鳴が聞こえる。

 大金星の夢は消えた。でも敗れたとはいえ、2-3の善戦は立派。

 泣くな!胸をはれ!

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2008年7月15日 (火)

一斉休漁

 お昼に回転寿司屋に入った。

 ひとり客はカウンターに案内される。

 「お飲み物は?」
 「お茶でいいです…」

 2この店は、一皿105円から525円まで、それぞれ皿の色が違う。タコやイカは105円だが、タイは210円、穴子は315円、大トロになると525円。平日の昼のこと、さすがに高級ネタには手が伸びない。

 隣の先客は初老の夫婦。生ビールで顔を赤らめつつ、高そうな皿を積み上げていく。あとで入ってきた女性グループはビールのミニグラスを楽しみながら、美味そうにウニを平らげた。

 そういえば今日15日は、全国一斉休漁だとか。原油高のために国内漁業は「漁に出れば出るほど赤字」という状態が続いている。

 漁船の燃料となるA重油が5年間で2.7倍に上昇して、漁業経営を圧迫している。全漁連が水産庁に燃料費補填などを求めていたが、その窮状を訴えるための抗議ストライキらしい。

 消費者の関心が漁業に向けられたとすれば、デモンストレーション効果はあったかもしれない。しかし原油高騰の被害者は漁師たちだけにあらず。彼らの要求だけに耳を傾けるのも片手落ちだし、補助するだけでは根本解決にならない。

 これからは魚も値上がりするかも。そうなると回転寿司といえども、今までみたいに気楽には食べられない。最後の一皿は、奮発するかな… 回る皿を見ていると、目が回る。

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2008年7月14日 (月)

記録と記憶

 イチローが3000本安打までカウントダウン。

 Mlb_photo_thumb_2173春先から低迷していた打率も、このところの固め打ちで3割を超えた。そして8年連続で球宴出場。

 イチローが天才打者であることは今さら言うまでもないが、ボクは打撃よりも、むしろ走塁や守備が印象に残る。とくに矢のようなレーザービームで走者を刺すクロスプレーは圧巻。でもこれは記録としては、一刺殺というだけのこと。

 「記録に残らなくても、記憶に残るプレーヤーでありたい」というのは、かつての巨人軍・中畑清の名セリフ。たしかに打率290(実働13年)はともかく、171本塁打、621打点、1294安打では巨人軍の4番として物足りない。

 4月に金本が2000安打を達成したときに、ふとこの言葉が頭をよぎった。

 阪神に来て6年目。広島時代は前田・江藤とクリーンアップを組んでいたことは知っていたが、それほど目立つ選手でもなかった。もしあのまま広島にいたら、2000本を打ったかもしれないが、こんなに騒がれることもなかっただろう。

 野球に取り組む真摯な姿がファンの共感を呼び、人気チームの4番打者ということで余計にスポットライトが当たった。でも金本が光り輝くのは、けっして安打数ゆえではない。

 2000本安打や200勝が立派な記録であることを否定はしないが、それだけを超一流選手のモノサシにするのはどうか。ボクは名球会という組織の体質が好きではない。お山の大将になりたいカネヤンが、ONを両脇に従えてボスに座った。しかも入会資格を昭和生まれに限って、大先輩たちを弾き飛ばしてしまう。

 かつての柴田(巨人)は、一度も3割を打つことなくこの名球会に入った。最近では田中幸雄(日本ハム)をはじめ、立浪(中日)や駒田(横浜)などはお世辞にも超一流とは言えない。有資格者の落合監督が入会を辞退したのも肯ける。

 中西(西鉄)が打った安打は1262本だし、杉浦(南海)がマークしたのは187勝。だが、名球会に名を連ねた選手たちより、はるかに強烈な印象を残している。

 地味に安打や勝ち星を重ねるだけが野球選手の勲章にあらず。サヨナラホームランやファインプレーなど、大観衆を沸かせることこそプロの真骨頂である。

 日米で200勝を達成した野茂。でも彼のすごさは、あのトルネード投法を引っさげて、単身海を渡ってメジャーへの道を切り開いたこと。新人王や2度のノーヒットノーランも経験したが、事実上の解雇通告も一度ならず受けた。現役続行への執念が、所属球団11チームというとんでもない記録を作った。もし200勝が達成できなかったとしても、彼の雄姿はいつまでもファンの心に残る。

 もし自分が野球選手なら、やはり記録よりも記憶に残る選手でありたい。 

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2008年7月13日 (日)

偲ぶ会

 昨日、4月に亡くなった『Sさんを偲ぶ会』に出席してきた。

 昔の同僚や仲間など50数人が集まり、夫人を囲んで賑やかな会となった。仙台や岡山からなど遠来の参加者もあり、自分としても長らくご無沙汰している人たちと久々に旧交を温めることができた。

 席を移動しながら注しつ注されつ、昔話に花が咲く。そして宴が盛り上がった頃合いを見計らって、いよいよメーンイベント。

 あらかじめ幹事が集めておいた懐かしい写真をスライドにして、次々と前方スクリーンに映し出す。『総務課時代』『新ビルチーム』…テーマごとに、ゆかりの深い人が前に出てきて交替でその思い出を語る。

 だいぶアルコールが入った客席からは、
 「誰?あの人…あんなに若かったの?」
 と笑いの渦が広がる。
 「この写真はいったいどこ?」
 画面に見入りながら、懐かしさに声が弾ける。天国から故人がみんなをつないでいる。

 こういう趣向の会は初めてだが、なかなかいいものだと思った。

 タイミングも絶妙。3ヶ月も経てば悲しみも少しは癒えて、落ち着いて思い出話ができる。共通の知人が集まって故人を偲ぶには、ほどよい頃合い。

 2時から5時。昼間の酒がよく効いた。二次会も準備されていたが、翌日の予定があったので、後ろ髪を引かれる思いで会場の赤坂を後にした。

 帰りの新幹線で、Sさんの人徳の大きさを思う。64歳。短かったけれど、大きな軌跡を残した人生だった。

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2008年7月12日 (土)

教員採用

 大分県の教員採用をめぐる汚職事件で、関係者が逮捕された。教育界でも金やコネがものをいうらしい。

 さらに驚いたのは、現職の先生が不正を働いていたということ。テレビのニュースで贈賄側の女性校長が映っていたが、ふつうの良識ある先生の顔だ。我が子可愛さのあまり、事の善悪の判断ができなくなってしまったのか。一人につき 200万円が相場だそうで、この人は長男と長女を教員にするために 400万円もの大金を県教育委員会幹部に渡したと報じられている。

 いったい学校の先生というのは、そこまでしてなりたい職業なのか。とくに親が教員である場合には、その思いは格別らしい。地方に行くと、教員一家というのは一目置かれる名士名族なのかもしれない。

 不正合格者が出た場合、当然その犠牲で不合格になった受験者もいる。何年もたってから「実はあのとき合格していました」といわれても、今さら時計の針を戻すこともできない。また不正合格を取り消すにしても、当の本人が不正の事実を知らなかった場合は気の毒というほかない。こういう事件は、過ぎ去った時間と既成事実の壁が重くのしかかって、修復が難しい。

 国家試験や公務員試験は厳正であるべし。文科省の全国一斉調査が始まったが、また他の自治体でも同じような話がないことを祈りたい。

 人の心は弱いもの。不正は起きるものと考えたほうがいい。そしてこれを防ぐためには、システムの構築が大切。お金を預かる金融機関などは二重三重の牽制体制を巡らせている。一部の幹部だけで採用や人事を決めるのではなく、外部の有識者も含めた選考委員会でも作ったらどうか。

 夏休みを前にして、教育現場が揺れそうである。

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2008年7月11日 (金)

氷山の一角

 次々と出てくる食品偽装問題。賞味期限の改ざんから食べ残しの使い回し、産地の偽装…など。

 こういうニュースを見ていて、いつもこれは氷山の一角ではないのかと疑う。どこでもやっていることがたまたまバレて大きく報じられてしまったのか、それともこの会社だけの特別な事件なのか、いったいどちらなのだろう。

 もしみんながやっていることならば、今さら大騒ぎする話でもない。謝罪会見を見ていても、アクの強そうな社長が「誰がタレこんだのか…」とやり場のない悔しさをかみ殺しているのが分かる。反省しているというよりも、身の不運を嘆いているようにしか見えない。

 スピード違反や信号右折でたまたま最後尾のクルマが捕まるのと似ている。違反には違いないが「何でオレだけ…」という気持ちが強く出てしまう。

 マスコミは鬼の首を取ったみたいに騒いでいるが、幸いにしてこれまで大きな健康被害もない。

 みんなが守っていないルールはたくさんある。われわれは一人の消費者としてもっと賢くならないといけない。同じ法律違反といっても、絶対に許せないことと、どちらかというと許せないことと、どっちでもいいこと。新聞の活字はみんな同じ大きさだが、これを自分の尺度でキッチリ計れるようになりたいものだ。

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2008年7月10日 (木)

洞爺湖サミット

 洞爺湖サミットが終わった。

 いくつか感じたこと。

 Cap_053まず議長の福田首相だが、どうもこの人には華がない。少なくとも国際舞台の中央に座る人ではない。英語力不足もあろうが、引っ込み思案で各国首脳が談笑する輪に入っていけない。日本の顔としてはもう少し存在感が欲しいところ。

 政治家にとって、サミットの議長というのはそれほど魅力的なものなのか。モトはと言えば、前任の安倍さんが務めるはずだったのが、急な辞任劇でおハチが回ってきたにすぎない。この人はむしろ、裏方をソツなくこなすのが向いている。

 思い起こせば8年前の沖縄サミットのときもそう。お膳立てをした小渕さんの急逝で森さんに思いがけない大役が転がりこんできた。でも無神経な森さんは、上機嫌で終始うれしそうだった。

 この8年でサミットの顔ぶれもすっかり代わったが、3人もトップが交代したのはわが日本だけ。この腰の落ち着かなさは、諸外国からはどう思われているのだろう。

 沖縄で開催したのは、基地問題を前進させるという政治的思惑があったから。でも、今回はなぜ洞爺湖なのか。自然にあふれた北海道は安倍さんが提唱した美しい国のイメージに合うからか。ついでに自著『美しい国へ』の宣伝効果も期待していたのかもしれない。それにしてもロシア大統領が初めて北海道の地を踏んだというのに、積年の北方領土問題については解決の糸口すら見えない。

 いったい費用対効果、つまり収支計算は合うのかどうか。何百億円という血税を投じて得たものは何か。警備上の障害が少ない会場とはいえ、飛行機や船で日本中の警官を集めたのだから、かかる費用もハンパじゃない。

 あのプレスセンターだって、30億円もかけて作って、終わったらすぐに取り壊すらしい。環境とかエコとか言いながら、やってることが首尾一貫しない。

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2008年7月 9日 (水)

ケータイ時代

 長女の学校は今、期末試験のまっ最中。

 今どきの子供のこと。昨日の試験中に、ある男子生徒のカバンに入っていたケータイが突然鳴り始めたらしい。即刻、先生から退出を命じられたのはもちろんのこと、今回の期末テストは全科目0点という重い処分が下されるという。

 長女の学校は中高一貫で、平均点の8割以下の生徒は高校に上がれない。1学期の期末テストで全科目0点となれば、挽回するのはまず無理。そうすると彼は、外部受験をしなければならない。自分の不注意とはいえ、あまりにもその代償は大きい。

 2ヶ月ほど前の教育再生懇談会で、小中学生のケータイ所持を禁止(またはその機能を一部規制)すべしとの議論があった。若者によるケータイを使った犯罪の増加を受けて、教育的視点からのメッセージである。

 しかし今や、公立小学校でも6年児童の4割近くがケータイで通話やメールをしていて、中学3年にもなると、それが7割を超えるというアンケート結果がある。小学生でも日常的にケータイを利用する時代。ここまで浸透してくると、有害と決めつけて隔離するよりは、認知して使いこなすための準備教育を進めるべきではないか。ただ禁止するだけでは問題は解決しない。

 ボクは機能を制限した子供用ケータイを普及させるのがいいと思う。

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2008年7月 8日 (火)

私学助成

 大阪府の私学助成金削減問題でもめている。

 橋下知事は、私立学校に対する助成金を大幅に削減する方針を固めた。これによれば、1人あたりの助成金額が小中学校で全国最低に、高校はワースト2位の水準に転落する。

 かつて石原東京都知事が「私学助成は憲法違反」と発言して物議をかもしたことがあったが、憲法89条がそんな趣旨でないことは明らかだ。

 橋下知事が言うように、私学の付加価値を求めるなら、公立よりもお金がかかるのは当然のこと。公教育のメニューが準備されているのに、あえて私学を選ぶ人にはそれなりの負担をさせてもいい。

 問題は、それがどの程度が適当かということ。今の私学は、この助成金なしには経営が立ち行かない。とくに大阪の私学の現状は厳しい。共学トップ校でさえも3年もすれば資金不足を起こし、人員削減や賃金カットが確実視される情勢だそうだ。ゼロから教育制度を作るのならともかく、強権発動するには影響が大きすぎる。

 助成金を減らせば、直ちに授業料にはね返るから、生徒募集にも影響が出る。それでなくても少子化で受験者が減っているのに、私学はたちまち存亡の危機に立たされる。

 公教育の底上げを図るのは大賛成だが、当面はソフトランディングが望ましいのではないかと思う。府議会での論議に注目したい。

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2008年7月 7日 (月)

七夕

 今日は七夕。

 Sasa近所のマンションのベランダから笹が覗いている。

 娘たちが幼い頃は、我が家も短冊に願い事を書いた笹を飾っていた。七夕の後、その笹を短く切ってゴミ袋に詰めていたら、次女が涙を浮かべていたことがあった。願い事が捨てられるとでも思ったのか。その次女も、今ではすっかり大人びた口のきき方をするようになってしまった。

 ゴミの収集日には、小さい子供がいる家からは、相変わらず同じような笹が出てくる。色紙で作ったスイカやナスを、カラスが不思議そうに眺めている図も、現実的で夢がない。

 子供の頃、七日の夜に、祖父母に連れられて近くの淀川まで笹を流しに行った記憶がある。夜の川面に、街の灯が逆さに映って揺れていた。今どき、そんなことをしようものなら環境問題で大変なことになるが、ロマンチックな心象風景としていつまでも脳裏に焼きついている。

 そんな経験のないウチの子供たちには、ゴミの記憶だけが残るのかもしれない。でも、何だかそれも味気ない。

 新暦の7月7日は梅雨の真っ只中。今年は雲の切れ目からわずかに星が覗いているが、残念ながら天の川は見えない。晴れる確率は26%だそうだ。年に一度の逢う瀬はままならない。

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2008年7月 6日 (日)

テレビの買い替え

 実家のテレビを買い替えた。

 5年前に買った23型の液晶テレビが故障した。修理業者を呼んだら、部品の交換に4万円ほどかかるらしい。また3年後には、地上デジタル放送用の専用チューナー(約3万円)が必要になるから、今買い替えるのがトクだという。

 ということで、両親を連れて梅田のヨドバシカメラへ。いつの間にか、液晶もプラズマもすっかり安くなっている。どうせ難しい機能は使いこなせないから、32型で12万円弱のお手ごろ商品を買い求めた。

 それでも親は勿体ないと思うらしい。故障したテレビは、当時で30万円近くした。でも、もうモトはとっているだろう。1日6時間使うとして 5年間で1万時間。ということは時間当たり30円。テレビほど酷使する家電製品はない。

 その昔、こうやって単位当たりの計算をするのが得意な先輩がいた。5万円のスーツを50回着たら1回1,000円だとか、1万円の靴を100回履いたら100円だとか。

 レジで「古いテレビはどうされますか?」と聞かれた。持って帰ってもらうと3千円ほどのリサイクル費用がかかる。6千円払って5年間の保証をつけるのは惜しくないが、捨てるものにお金を払うなんて戦前派には許せないらしい。

 結局は近所の廃品処理業者に無料で引き取ってもらった。解体して換金するのだろうか。それも、余計なコストがかかると採算が合わないはず。明日から始まる洞爺湖サミットでも、テーマのひとつは環境問題。資源を無駄なく活用することと、ソロバン勘定のバランスは難しい。

 新しいテレビの鮮明な画像を見ながら、古いテレビの行方が気にかかる。

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2008年7月 5日 (土)

漢字とカタカナ

 ここのところ、連日、新聞にウナギとかエビとかいう大きな活字が躍っている。

 中国産ウナギの偽装問題やエビ養殖詐欺の関連記事である。

 ところで、こういう動物や植物の名前を書くときに、漢字、ひらがな、カタカナをどんなふうに使い分けるのだろう。最近よく出てくるウナギの場合は、新聞はほとんどカタカナ、ネットはたまにひらがなもあるが、漢字は見たことがない。

 「カタカナだと表音文字の羅列になって原意が失われるから、学術表記以外は漢字が好ましい」という意見があるらしい。しかし、これもケースバイケース。原意といわれても固有名詞にはとんでもなく難しい字を使うものもあって、ふつうの人には読めない。團 伊玖磨の『パイプのけむり』などには難しい字がいっぱい出てきて辞書と首っ引き。苦労して読めても、今度は姿かたちが浮かばない。

 ボクは原則、動植物の名前はカタカナで書く。ひらがなにしないのは、言葉の切れ目が分かりにくいからで、特別な意図はない。

 たまに漢字を使おうかと迷うのは、犬、牛、馬、桜、柿、桃、竹…あたり。比較的平易な漢字で、日常でなじみの深い動植物が多い。漢字かカナか、他人が書いたものを読んでいる分にはあまり気にならないのだが、自分で書いてみるとなかなか悩ましい。

 ただし同じ魚の名前でも、食卓に上がると断然漢字がいい。雲丹豆腐、穴子の八幡巻き、海老しんじょう、真名鰹の西京焼。壁に貼られたお品書を眺めているだけで、皿に盛り付けられた生き生きとした姿が目に浮かぶ。

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2008年7月 4日 (金)

深夜営業

 若い頃、長らく初台(渋谷区)の独身寮でお世話になった。

 甲州街道に面していて交通至便。さらに便利なことに、寮の隣にコンビニがあった。日付が変わる時分にタクシーで帰還して、そのコンビニに立ち寄る毎日。

 カップ麺やら飲み物、ツマミに雑誌の類を調達。レジで支払いをすませて表に出ると、新宿副都心の高層ビル群が夜空に輝く。都会暮らしは何と便利なものかと思った。こんな生活をしていたら、婚期が遅れるのも当然だ。

 たしかその頃に、コンビニの24時間営業が始まったと記憶している。

 さらにそれから10年ほどして、ボクはある中堅ハンバーガーチェーンに籍を置く。経営は厳しく、少しでも売上げを伸ばしたかった。繁華街の店では、閉店後の深夜でも向かいのコンビニは賑わっている。「ウチもやろう!」と誰かが言い出した。たしかに深夜営業したからといって、盛り場では文句も出ないし、家賃が余分にかかるわけでもない。。

 試験的に数店でスタートしてみた。深夜の売上増によって変動費だけカバーすればいいと割り切ったから、業績は好転する。「他の店でもやろう!」 反対できる空気ではなかった。わずかながら数字は改善したが、そのために深夜のシフトまで組んで、従業員たちにも家族にも大変な負担を強いることになった。背に腹は変えられなかったとはいえ、今思えば、商売の正道ではなかった。

 最近、その深夜営業規制を検討する自治体が現れている。目的は、地球温暖化防止対策や青少年の非行防止など。京都市では早ければ来年度から深夜営業の自粛を求めるという。

 人間らしい生活を取り戻そうということだ。特別な仕事の人でもないかぎり、夜は家族団欒や安息にあてる時間のはず。便利さばかりを追求するのはいかがなものか。われわれも、生活スタイルを見直す好機かもしれない。

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